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魔王の世界征服日記
第25話 こども。


 休暇が明けたんだが。
「はぁふぅ」
 何故か、まおはまだ休暇モードばりばり全開だった。
 いや、だるだるなのに全開ってのもおかしい。
 彼女は思いっきり自分の事務机にべたーっと上半身を寝かして。
「ぶむー」
 先刻から、奇妙な声を出して指先を机にくっつけて、机の上でくるくる手首を回している。
 普通ならどこからともなく出てくるはずのマジェストも、何故か今日に限って出てこない。
 だから、朝起きてからずーっとこんなかんじなのである。

 御陰で、魔王軍は動いていない。長期休暇に入ったも同然である。

「今日一日は、追加で休暇でしょうな」
 ふう、とため息をついてマジェストは――そう、魔城を出てとことこと歩いていた。
 何も無意に出歩いているわけではない。
 マジェストの『設定』で、『魔王』を放っておくことは出来ない。
 無論見捨てることも出来ない。
 では何故いま、執事のような真似をしていた彼がここにいるのか。
「ご説明しよう!」
 だからお前は誰に、どちらを向いて叫んでいるんだ。
「私は、魔王陛下が腑抜けもーどのスイッチを入れっぱなしになってしまった原因を元から断つために今ここにこうしているのです!」
 ……こほん。
 まあそう言うことだ。
 喜ぶべきか否か。
 今までの魔王であれば、執着もなく――恐らくは初めからそう設定されているんだろう――側に侍るアクセラとシエンタが『相手』だった。
――女性型っていうのも、まあ問題ではあるのだろう
 第一設定が両方子供だ。
 しかし問題はそこではない。
――魔王陛下の腑抜けっぷりは、アレは『寂しさ』ですな
 こればっかりは失敗だった、逆効果だったとマジェストは頷く。
 先日までの旅行で、『姉弟』に会った事が発端ではあるはずだ。
 マジェストは、顎に右手を当てて考え込む。
――ふむう。どーしたものでしょうか
プラン1:強引に背後について仕事をさせる。
 無論このプランは既に却下。
 理由は簡単。
――疲れますからねぇ……
 それに根本的な解決にならないのに、そんな事をしても無駄である。
 どの魔王にも言えるが、嬉々として世界征服する魔王はいない。
 理由は簡単。勤勉な魔王なんざ魔王ぢゃないからだ。
プラン2:魔王陛下を慰み物慰める
 まあ、自覚症状のない相手に自覚させる事が一番の治療法ではあるんだが。
「そんな事よりも代用品を用意するのが、今は一番必要な気がするんですがね」
 今そんな荒療治をすれば『魔王』として逆効果になりかねない。
 それはマジェストの頭の中にある『魔王の世界征服プログラム』からも警告が発せられるほどだ。
 今はその時ではない、と。
 だからこそ彼は再び――
「さて。防衛軍の施設はどこでしょうかね」
 北の果ての国、サッポロに足を踏み入れていた。

「いったいマジェストさまはどちらにいかれたのか」
 シエンタはいつもの困った貌をさらに歪めて、アクセラと顔をつきあわせるようにしていた。
 アクセラはアクセラで、ただでさえ可愛らしい吊り目を八の字にした眉で飾っている。
「まったく。まお様が仕事をしなくてこまるぞ」
 執務室の柱の影で、何故か隠れてちょこちょこまおの姿を伺う二人。
 まおは相変わらずやる気Nothing of all!ってな感じで完全に突っ伏している。
 眠っているわけではないようだが。
「なしのー」
「そうやって平仮名で叫ぶと某所から突っ込みと抑えきれない苦情が飛んできますよ」
 んえ、と顔を上げるまお。
 彼女の前に、アクセラとシエンタが呆れた顔で立っている。
「あれ?」
 まおは目を丸くして、机からがばりと体を起こす。
「えと。……うー?まじーじゃないし」
「あんまりにもあんまりだからでてきた」
 アクセラはとことこと近寄ると、むと見下ろすまおに。
 ぽかり。
「あいた」
「しごとする」
 む、と眉だけで表情をつくる。
 もっともアクセラは結構表情豊かだが、少し堅くなってるのかも知れない。
「アクセラ」
「ん」
 むぎゅ。
 唐突で、いきなりの事だったので何が起こったのかアクセラは把握できなかった。
 一応覚悟しての行動だったが、多分怒られると思っていた、のに、まさかいきなり抱きしめられるとは思うまい。
 まおの方もいきなりたたかれた(というか、痛くも何ともないんだが)のでその仕返しぐらいにしか考えていない。
「なにすんだあくせらー」
 むぎゅむぎゅ。
「うわあうあうあうあー」
 顔を真っ赤にしてじたばたともがく。
 まおも痛くなかったが、アクセラも別に苦しいわけでも痛いわけでもない。
 あえて言うなら。
「はー、はなせー」
 かなり心が苦しいようだ。何故か抑揚のない声が、妙に棒読みに聞こえる。
「だめだめだめー。こーしてやるこーしてやるこーしてやるぅ」
 ぐりぐりぐり。
 両腕が交差するぐらいまで腕を締めて、拳でこめかみをぐりぐりするかんじで。
 アクセラの頭を機嫌良く締め上げていたんだが。
「じとー。」
 ぐりぐりぐ……り……
「じと」
 まおはアクセラの頭を挟んだまま固まる。
 アクセラはアクセラで、非難の顔をまおに向けていたんだが、視線をついと向けて頬を真っ赤にする。
「あ、あの、シエンタさん?」
 何故か口調が変わって裏声で言うまお。
 シエンタは、どこかぽわんとした貌で、じとーっと上目遣いでまおを見つめている。
「まお様」
「は、はひ!」
 だから何故口調が変わっている。
「アクセラを放してください」
 無言で大慌てで突き放すようにアクセラを開放するまお。
「じとー」
 アクセラはそそくさと執務室から出ていく。
 それでもシエンタはまだその場に張り付いたようにまおを見上げている。
「……なに、シエンタ」
 額に汗を垂らしながら、彼の視線を受け止めるまお。
「つぎボクの番」
「んあ…ぁあ」
 ぽん、と掌を打って、少し困った貌でシエンタを見下ろす。
「次はシエンタが罰をくらいたいんだなっと♪」
 何となく平和な一日でした。
 結局、魔王軍はこの一日だらーっと過ごしただけで、何も変わらなかった。
 ただ一人マジェストを除いては。


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