魔王の世界征服日記
第24話 ライバルしゅつげん?
騒々しい道場に突如現れた軍司令と将軍に、僅かに緊張感が走る。
普通は現れないし、勿論これが初めてだ。
それに、司令官の副官のように付き従うのが将軍で有ればなおだ。
――副官はどうしたんだ
多分今てんてこまいになって、大慌てでこちらに向かっていることだろう。
そんな周囲を振り回すような真似をする自分の姉二人を見て、僅かに呆れた貌を浮かべた。
「……司令」
キリエも驚きを通り越して素直な声を漏らす。
「ん?ああ、キリエくんだね」
しゅた、と右腕を上げて彼女に挨拶する。
そして顔をナオに向ける。
「ナオ、最近成績が良いから視察に来たけど」
ちら、とキリエを見る。
「手合わせ中で」
「じゃ、続けて良いよ。フユ、端まで離れましょう」
「はい姉さん」
続けて、と言われてもいきなり現れたギャラリーには戸惑うモノがある。
いきなりテンポを狂わされたので、構え直してもどうにも息が合わない。
――司令が、何で
アキとナオが姉弟なのは彼女も知っている。
それは問題じゃないが、わざわざフユまで連れて来ているのだから、家族絡みで何か大きな話があるのは確かだろう。
キリエは僅かに木刀の先端が震えるのが判った。
動揺が刃に出ているのだ。
ひゅ
空気を裂く音。
慌ててそれを遮ろうと刃を引いて左手を峰に添える。
振動と手応え。
それが木と木を打ち合わせる音として理解できる時には、彼女は一歩思わず下がっていた。
殺気というか、、修練の成果と言うべきか。
彼女の足下を木刀の斬撃が舞う。
もし下がっていなかったら間違いなく、膝から下を抉られていただろう。
「待て、な、お前卑怯だぞっ」
とんとんと間合いを開いて、一気に退いて両腕を突き出すようにして非難の言葉を上げる。
いつものように大きく斬魔刀を構えるナオは、頭の上に大きく?を飛ばして首を傾げる。
「何言ってるんだよ、ぼうっとしてる方が悪いんだろう」
言われてみればその通りである。
そうなのだが、何故かキリエは納得できない。
むすーっとふくれて、再び構え直す。
この斬魔刀という刀はサッポロ防衛軍の中でしか使われていないし、またその中でもかなり特殊且つ独特な武器である。
普通に使おうと思っても使えるが、握りにも鍔代わりにも使われる丸い円形の部分が、デザインとしてもまた機能的にも特殊なのだ。
キリエはこれを握りに使い、ナオは振り回す為の支点として利用する。
「いーや、卑怯だ!幾ら家族だからって、司令殿が側にいるんだぞ!」
「それ、別に俺のせいじゃないし」
くすくす、とアキは笑って、にんまりとした顔をナオに向ける。
「ううん、ナオちゃんのせいだね」
ナオは怯えたような表情で、姉の顔を見返す。
彼女のこういう貌はよくない。非常に嫌な予感がする。
「最近ナオちゃんの様子がおかしいのは。……聞いたぞ、姉ちゃん」
「な、何をだよ」
むすと拗ねた表情を浮かべる。
「女の子と会ったでしょ、この間の温泉で」
ぼん、と音を立てて貌を真っ赤にするナオ。
その向こう側で、唖然とした表情のキリエ。
「そんな事」
「何してるんだーっ」
空を裂く音。
ナオは慌てて身体を振って、自分を真っ二つに切り裂こうかというその殺気を、見事にかわす。
「ほお」
完全に気配を殺して、背後からの一撃。まあ、気合いのような叫び声はあったようだが。
神速の踏み込みからの大上段の一撃、喩え木刀でも、当たっていればナオはただではすまなかっただろう。
実際道場の床に木刀が綺麗にめり込んでいる。
まるで、真剣が突き刺さったように。
それを何事もなかったかのように片手で引き抜き、まだ避けた格好のままのナオに突きつける。
「見損なったぞ!貴様!覚えとけ!もう安全な夜道なんかこの世にないって事をな!」
ぶるぶると震える切っ先(とんがってないけど)の向こうに見透かす、真っ赤でふくれた彼女の顔。
「一体どうし」
「五月蠅い!いい、今日はもう相手しない!勝手にしろ!」
微妙に片言で叫ぶと、真っ赤な顔のままキリエは彼に背を向けて去っていく。
「……なんか、怒らせるようなことしたんだっけ」
思わず首を傾げて、ナオは姉を見やる。
アキはますますおかしそうな貌でくすくす笑うだけで、フユはそれをジト目で睨み付ける。
「姉さん、趣味最悪」
とかなんとか、追い出すようにしてナオを確保した彼女達は取りあえず質問責めにした。
訂正しよう。質問したのは彼女、アキだけだが。
真っ赤な顔で怒り狂いながら恥ずかしがるナオの姿を、取りあえず姉妹で堪能して。
「もう良いわよ。訓練に戻りなさい」
「五月蠅ぇ!言っとくがねーちゃん、二度と来るんじゃねーぞ!今度キリエを怒らしたらただじゃすまねぇ!」
捨て科白を吐き捨てて彼ものっしのっしと去っていく。
「ふふーん」
何故か妙に嬉しそうなアキ。
「……まあ、状況は今聞いての通りです。情緒的に影響を与えているのは確かかと思いますが」
道場の一角にある小さな応接室。
先刻まで和気藹々とナオを虐めていたその部屋で、フユは淡々と報告を始めた。
先程までナオが座っていた場所に座り直して。
「何か?」
「その、今お話しした少女。…名前がないと不便なので、仮に花子としますが」
「先刻まおちゃんだって言ってたじゃない。聞いてなかったの?」
う、と言葉を詰まらせるフユ。困った貌で頷きながら言う。
「自分に都合の悪いことは私の耳には届きませんので。えー…その、まおですが、二月前ぐらいのトマコマイ砦の報告は」
彼女自身が後始末をした事件、あの際にナオを連れて初の負け戦だった――尤も、防衛には成功したようだったが。
アキは瞬くように頷き、話の続きを促す。
「あの際の少女型の魔物に酷似している気がするのです」
「では何?フユは魔物が湯治に来て、それも家族風呂できゃいきゃい騒いでいたとでも?」
事実はどうあれ。
「……はい、仰る通りです」
彼らにはその真実を飲み込むことも、頷くことも出来そうになかった。
――しかし
フユは『勘』に近い感覚で、まおの正体を疑っていた。
アキとの話し合いとは裏腹に、殆ど女の勘というか嫉妬に近い感覚でまおを――そしてナオの行く末を案じていた。