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魔王の世界征服日記
第22話 あとのまつり


 サッポロ温泉旅行も終えて、将軍や四天王は自分の持ち場に戻った。
 まおは今日も執務室で書類と格闘していた。
 いや、別に拳を握って紙と戦っていたわけではないが。
「むー」
 彼女の前に、四角い箱が置いてある。
 丁度、大きめのケーキが収まるぐらいの奴だ。
 その上にまんまるくラインが引かれていて、中央にコンセントのような二重線が書かれている。
 そして。
 みょうにちんまいまおの人形と、マジェストの人形が向かい合わせに置かれている。
「てーい」
 両手で、箱の端に書かれた『PUSH!』という文字の辺りをばんばんとめったやたらに叩く。
 叩く叩く叩く。
 ひょいひょいひょいと二つの人形は踊り、そのうち停滞して中央付近でぐるぐる回る。
 相撲で言うところのがっぷり四つで動かない状態である。
「これ、PUSH!じゃなくてBANG!とかATTACK!とかの方があってるんじゃないのかな」
「TAP!が一番正しいでしょう」
 うわ、と思いがけない声に仰け反ると、マジェストの人形がぱたりと倒れて箱から落ちる。
「いぇーい、まじーのまけー」
「私の負けじゃありません、魔王陛下。…ちょっと目を離した隙にこれですか」
 呆れかえった表情で彼はまおを見下ろしていた。
「えー。だってぇ」
「だってではございません、魔王陛下。全く…」
 彼は眼鏡の中央をくいと。
 お説教モードのスイッチをくいっと入れようとした時、ふと気がついて眼鏡を押し上げるのをやめる。
 別にやめる必要もないのだが。
「魔王陛下?」
「ん?なに?」
 マジェストが口ごもるように彼女を呼ぶのは珍しい。
 というか初めてだろうか。
 何故か眼鏡が光を反射していて、その表情を窺うことが出来ない。
「その、いや。あまり陛下は髪型にはこだわっておられないのでは」
 数日前からおだんごあたま(後ろでまとめるアレ)かぽにーてーる(2本だったり後ろじゃなかったり種類はあるが)しか見かけていない。
 以前はその時の気分で全く違う髪型だったりしたが、ここのところ纏める髪型数種しか見かけていない。
 これは有り得ないことだった。拘らない事に拘っているようにも見えたのだが。
「あ?あ、あはは」
 追求されると笑って、頬を人差し指でぽりぽりとかいた。
「んー。この間の男の子にさ、リボン貰ったんだよ。飾ろうと思ったらこんな髪型しかなくて」
 濃い青い色、群青とも言える程鮮やかなリボンが彼女の言葉通り団子をくるんでいる。
「……ヘアバンド代わりにもなりますよ?」
「あ゛ー!」
 マジェストの指摘に泣きそうな半眼になって人差し指を突きつけてくる。
 よっぽど壺に入った指摘だったらしい。
「あやまれっ!あやまりなさいまじー!」
 何故か半狂乱で腕を振り回すまお。
「わ、わわ、申し訳有りません失礼いたしました。落ち着いてください、魔王陛下」
 暴れるのはやめて両腕を降ろした物の、まだ涙目でじとーっと睨み付けている。
 半分上目なので、子供がだだをこねているようにも見える。
 マジェストはため息をついて肩をすくめる。
「書類仕事はまだ有りますからね」
 今度こそ、彼はいつもの微笑みを浮かべ、まおに背を向けて執務室を出ていった。
 じと。
 彼が消えた方向を、半眼で睨む。
 きょときょと。
 周囲に誰の気配もないことを確認する。
 尤も、マジェストに至ってはどうやってるのか知らないが、突如彼女の側に現れる事が出来るので油断は禁物だ。
 特に、それ以上追求もせずに立ち去るなんて事は、これまでに一度もなかった。
「……まじー、何か考えてるのかなぁ」
 だからすぐ機嫌を直した彼女は、机に肘をついて頭の上に?マークを幾つも飛ばしてみる。
「さとりきってるとか!まあ、さとってるやつだけどぉ」
 ?が増えていく。
 ぽこぽこと増殖していく。
 彼女は両腕を伸ばしてそれをかき消して、首を振る。
「えーいやめやめ。……どーでもいいや」
 それよりやることがある。マジェストがすんなり引いたから忘れていたが、彼が本気になったら休む暇なんかないのだから。

――『『魔王』は世界を征服する。でも、私は違うんだよね?――まじー』
 完全に執務室から離れると、彼はまおの言った言葉を思い出して視線を落とす。
 勿論視界に何が入るわけではない、見えるのは石畳だけ。
「ええ、陛下。…陛下ほどご自分を理解された『魔王』は初めてです」
 もしかすれば、先代のうちに悟っていたのかも知れない。
 だからこそ今の魔王はあんな姿であり、そして彼女も自覚しているのかも知れない。
 この物語を。
――だとすれば、喜劇的な悲劇に過ぎませんがね……
 理解しているのであれば、もう少し『魔王』らしくなってもおかしくない。
 尤も彼女の性格では演じきれないだろうが――だとすれば、何故先代はあの姿を望んだのか。
「何も考えていなかった、と言うのが実だったりするかも知れませんね、魔王陛下」
 先代の魔王は、まお以上に何も考えず、周囲の迷惑も考えず突っ走るタイプだった。
 魔王としては魔王らしく、きちんと魔城で待ちながら勇者の来訪を待ち受けた。
 軍団長も、四天王も全滅、魔王は最後に執務室まで逃げ延びながら非業の最期を遂げる。
 まるで仕組んだような英雄伝を、彼は造り上げたと言っても良いだろう。
 マジェストは一度執務室を振り返る。
「魔王陛下。『魔王』は望んでもそれ以外にはなれないのです。そう言う風に設定されているのですからね」
 唯一の不確定要素である彼女であれば、もしかしたら。
 一瞬過ぎった彼の思いつきは、彼の設定によって強引に消去された。
 まおが、世界征服を躊躇う事がないように。


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