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魔王の世界征服日記
第21話 それぞれの朝


「すー。すー」
 かなり不思議な、何というか預言めいた夢が、古い記憶とともなって現れた。
 ナオは、一月ほど前の砦陥落の際の、あの男の事を久々に思い出した。
 結局誰も助からなかったし、フユは術を止めなかった。
 勿論フユの『ナラク』がなければみんな死んでいただろうし、魔物も止まらなかった。
 そして、もう一週間以上前の、あの『カタシロ』。
 ……ふと、気づいた。
「すー。……んんん」
 思わず見ようとした掌も、何故か布団から上がってこないし。
 何より、後ろから妙な声が聞こえてくる。
――姉ちゃん
 時々こうやって、いつの間にか判らないがフユはナオを抱きしめて眠っていることがある。
 両腕を完全に抱きすくめられていて、彼も身動きままならない。
 子供の頃からそうだった。多分、フユにとってはまだよちよち歩きの赤ん坊と変わらないのかも知れない。
「……姉ちゃん、起きろよ」
 言いながらナオは呆れたジト目で、姉を見上げた。
 寝っ転がった体勢で見上げるというのも意味不明だが、ともかく見上げた。
 フユはまだ完全に寝入っていて、なのに両腕はしっかりと彼を捕まえていて離そうとしない。
 ふと見れば、もう一つの布団は既に畳まれてしまっていて――まあつまり。
――確信犯、って奴か
「ん」
 僅かに身じろぎして、フユは腕にさらに力を込めた。
 まるで逃げる彼に反応したように。
「……ナオ」
 ほどこうとして、彼女が聞いたことのない様な声を出したのに驚いて硬直する。
 彼女の手がナオの頭に伸びる。
 目が覚めたのかと、顔を上げても彼女はまだ目を閉じたまま。
――泣いてる?
 ナオは彼女の手が自分の後頭部に当てられているのを感じながら、何が起こっているのか理解できず。
 女中さんが起こしに来てからかわれて顔を真っ赤にしながらフユに文句を言うまで、そのままにせざるをえなかった。
 聞いても教えてくれなかった。
 覚えていないのか、教える訳にはいかないのか。
 ナオには判らなかった。

「まお様。朝でございます、朝食の準備が出来ました」
 まず、扉の前で小声で発声。
 二人の声が完全にそろっているのを確認したら、アクセラが頷く。
 シエンタはノックして入り口の襖を開ける。
 せーの、とアクセラのかけ声。
「まお様。朝でございます、朝食の準備が出来ました」
 二人同時、完全にずれのない発声で彼らの主君を呼ぶ。

  しーん……

 二人は顔を見合わせて、意を決したようにアクセラが部屋の襖を、開ける。
 そろそろそろ。
「!」
 ぼん、と音を立てそうなほど驚いて、アクセラの顔が真っ赤になる。
 首を傾げたシエンタが、ひょいと覗く。
「……」
 言葉なく、彼は蒼くなって顎をがくがくさせる。
 まおが、彼らの方を向いていた。
 いや。
 別に起きてたわけでもないし、睨んでたり怒ってたりしたわけではない。
 眠っていた。
 俯せで、幸せそうな顔で、でかい布団なのに身体を伸ばしていないのか、彼女の顔の回りがぽよんとまるくふくらんでいる。
 顔がこっちを向いている。アクセラは、幸せそうな彼女の寝顔に驚いて顔を真っ赤にして。
 シエンタは、その不気味な様子とまおの顔がこっちを向いているという事実に驚愕したのだ。
 先に我に返ったアクセラが、音もなく襖を閉める。
「…………マジェストさんを呼んでこようか」
「…………そうだね。その方が、良いと思う」
 結果、マジェストがいつものようにまおをたたき起こすという事になるのだった。
「別に私は構わないんですが」
 まだ髪の毛が眠ったままの状態のまおを正座させて、マジェストは眼鏡のまんなかをくいっと押し上げていた。
 まおの大嫌いな、お説教モードである。一月以上ぶりというところか。
「いいですか、魔王陛下。陛下は魔王で有る前に、もっとしっかりと部下にねぎらってやってやらねばなりません」
 ぐすぐすと涙目で、彼の言葉を聞いている。
「アクセラとシエンタがいつも自分のところに『陛下を起こしてください』って来るのはどういうことですか」
「ふみい。判りません」
「魔王陛下が起きていないからです。今も、起きなかったでしょう」
 ちなみに、小間使い兼召使いのアクセラとシエンタが起こしたり、着替えさせたりあまつさえ風呂に入れたり背中を流さなければならない。
 ……んだが。
 まあ、それはあの二人を見ればほぼ不可能であることは言うまでもなくて。
 シエンタ曰く『昔の魔王様は、こき使ったけどまだ出番があった』とのこと。
 まおが子供過ぎて(それに合わせて彼らも子供なのだが)巧くいっていないのも確かだった。
 結果、魔王軍一の良心であるマジェストが、両親代わりという悲惨な結果に。
「いいですか陛下、昔から良い子は早寝早起きと相場が決まっているのです」
「……私魔王……」
「陛下!」
「うううー、判りましたぁ……」
 こくこく頷いて彼女が答えるのを聞くと、マジェストはちらりと後ろを見る。
 そこには、襖に隠れるように覗き込んでいるシエンタとアクセラの姿がある。
「あとはお任せしますよ」
 不安そうな顔をしていた二人が、ぱっと貌を明るくして部屋に飛び込んでくる。
「まお様、今日の髪型はいかが致しましょうか」
 すぐに彼女の前にとりついて、ブラシやら――どこから取り出したのか、ドライヤーを手にして貌を覗き込むシエンタ。
 アクセラはすぐに布団を片づけて、いそいそとちゃぶ台とお茶の準備を始める。
「ん、昨日と同じ。しっぽ」
「判りました〜」
 ばたばたと慌ただしい朝の風景に、マジェストはようやくため息をついて廊下に出た。
 今日で温泉旅行も終わり。サッポロを出て再び魔城に帰らなければならない。
「私は売店で、おみやげでも探してきますかね」

 まおうご一行様の休暇も終わり。再び戦乱の火種となるはずだった。
 妙にいい人ぶりを発揮しまくった休暇だった。
「……私、良い子じゃなくて魔王なんだけど、まじー……」
 彼女の呟きもマジェストには届いていても無視されていた。


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