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魔王の世界征服日記
第16話 あとしまつ


「18番!あくせら、吐きますっっ!」
 まだ同じような調子の宴会芸は続いていた。
 既に三周ほどしているようだった。
 アクセラ自身も既に三周目のようだった。
「こらこらこらっ」
 もう大慌てでどたばたと走り回る軍団長。
 それをけらけら笑いながら見るカレラやアール。
 未だにまともな言葉を発さず、隣のゼクゼクスと会話し続けるリィ。
「もう収集ついてないわね」
 思わず漏らした感想に、マジェストは律儀に応える。
「始まった当初からです、魔王陛下」
「今度からシエンタはこの手の幹事はやめね。明日お仕置き」
 こくりと頷くマジェスト。
「さあっっ!これで終わり!終わりだかんね!」
 まおは怒鳴るように元気に叫ぶ。
 そして自分の席につくと、酒の器を手に取る。
 素早く横から注ぐマジェスト。
「んじゃ、かんぱーい!」

 強引に宴会を閉めると、意外にも素直にぞろぞろ自分たちの部屋に引き上げていく。
 この辺り真面目なのが、ちょっと意外でおかしいかも知れない。
 魔物なのに。
「魔王陛下、先程までどちらに」
 まおは自分一人専用の部屋が確保されていた。
 隣にマジェストの部屋。
 途中までは同じ方向だ。
「ん。先刻の子供のところだよ」
 そしてくすりと小さく笑う。
「あの子、強がって大人ぶってるけど、お姉さんに弱いの。おかしかった」
 自然な笑み。
「左様でございますか」
 マジェストは、彼女の笑みを皮肉に感じた。
 あまりにも自然、ごく綺麗な彼女の笑みは崩すにはあまりにも惜しい。
 でも間違いなく彼女はその笑みを失うことはないだろう。
 同時に良かったと思う。
「後で夜這いにいきたいんだけど、多分お姉さんと一緒に寝てるよ」
「お待ち下さい陛下。不穏当な発言はキャラクタを疑われます」
 あはは、と明るく笑って首を振る。
「まあ、半分冗談だよ。ホントにあの子は子供だし」
 何を半分か。思わず呟きそうになってため息をつく。
「ホントにお姉ちゃんと一緒に寝てそうだし、それを確認したくないしね」
 確かにそれは同感だった。

『姉ちゃん邪魔だよ』
『五月蠅い、おとなしく寝なさい』

 思わず想像して吹き出すまお。
「本当に、楽しそうでございます」
 マジェストは言って、細い目を嬉しそうに歪める。
 偶然と言う言葉は。
「そう?」
 きっと、その後に続く必然のためにある。
 運命の皮肉とか、いや、そもそも『運命』などという言葉すらここでは生ぬるい。
 先日戦った相手だと言うことにもまおは気付いていないのだから。
「どちらにせよ、今回の旅行はいい気分転換になったようですね」
 まおはくすくす笑う。
「気分転換というよりも……また、これでしきり直しって感じがする」
 うん、と両腕で大きく伸びをしてくるりとマジェストの方に振り向く。
 まおの背丈では、くびをうんと傾けて見上げる位置にあるマジェストの顔。
 マジェストは僅かに腰をかがめて、少しでもそれを低くする。
「まじー?私は、魔王だよ?」
「何を今更」
「『魔王』は世界を征服する。でも、私は違うんだよね?――まじー」
 少しだけ驚いたように背筋を伸ばし、マジェストはにっこりと笑みを浮かべる。
「貴方は――魔王陛下は、『魔王』です」
 さすがに。
 マジェストは、予想していた事とはいえ僅かな驚きと、敬意と、そして創造主への皮肉を込めてまおの頭を撫でる。
 まおはくすぐったそうに笑い、マジェストはそれに抱き始めた疑いをぶつけようと試みる。
 果たして――魔王とは、何であるのか。
 まおではない彼にとっては、それは抱くことの出来ないはずの疑問であり、そして知り得るはずのない答え。
 彼が少しでも惑うならば、『魔王』が前を向いたまま進むことが出来ないから。
「でも、魔王陛下、貴方が魔王なのです。陛下が魔王として行動しなければ、我々がいなくなってしまうのです」
「判ってるよそんなこと。全く、誰だろうね、こんな因果な話、作ったの」
 全くだ。
 マジェストが頷くと、まおはけらけらと小さく笑って背伸びして彼の頬をぺちりと叩いた。
「陛下」
「じゃ、おやすみ。また明日」
 そして彼の目の前でくるんと渦を巻く彼女のテール。
 律儀に纏めた二つの房が互い違いに揺れて、扉の向こうに消える。
「お休みなさいませ、魔王陛下。きっと明日も良い日になりますよう」

「んくー」
 魔王用に宛われた部屋。
 畳に、ふかふかの布団が敷かれている。
 それもかなり大きなサイズらしく――有り体に言えば、まあ、二人用だ――その中で眠るまおはいつにも増して小さく見える。
「すー」
 まだ幸せそうに寝息を立てている。
 よく見れば、時々笑みを浮かべているようだ。
 俯せで。
 枕を懐に抱き込んで。
 顔を真横に向けて。
 こうしてみれば、猫が丸まって眠っているようでもある。
「んくー」
「魔王陛下、おはようございます」
 襖を勢いよく、でも閑かに開いたのは――まあ、言うまでもなくマジェスト。
「さあ、もう起きていただきますよ」
 これもマジェストの日課だった。
 布団を剥いで、掛け布団にしがみついたままのまおを引き剥がして、それでも丸くなって眠っているまおを蹴り起こす。
「さっさと着替える!もう朝ご飯はできているんですよ!」
「ふみーん」
 世界を征服する魔王が、朝は低血圧で遅いうえに執事に蹴り起こされているのだった。
 多分、人間が見たら頭が痛くて敵わなかっただろう。


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