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魔王の世界征服日記
第15話 えんかいげい?


「はいはいはーい、みなさーん」
 ぱんぱんぱん。
 カレラは立ち上がって両手を叩く。
 甲高い音を立てる彼の掌がひらひらと舞う。
「まおさまぁ」
「こらーしえんはー」
「のめー呑むんだー」
「魔王陛下、もう勘弁してください」
 でも誰も聞いちゃ居ない。
「む」
 どん、と一度大きく床を蹴って、もう一度大きく手を打ち鳴らす。
「はいはーいっ!聞きなさいってばぁ」
 どんどんどん、と合わせて床を蹴ると、さすがに静まりかえる周囲。
「そろそろ宴もたけなわではあるよぉ」
「おい、それじゃ意味不明だぞ」
 アールの突っ込みを無視して、カレラは続ける。
「ね、そろそろ芸の一つも欲しくないかしらん?」
 本来であれば、シエンタが色々と仕込んだネタでもって、もう少しイベントがあったはずだった。
 だが等のシエンタは今やただの酔っぱらい。
 酔っぱらったアクセラに背中を引っ張られながら揺れてるだけ。
「今から一人一芸!どう?」

  ををおおおをををう!

 わき起こる歓声。
 いや、半ば強引な罵声だろうか?
 想像していただけに、多分予定通りのものだろう。
「んじゃあいくわよ。まずはあたしから」
 そう言うと、先刻から呑んでいた大きな盃を手に片膝をつく。
 あの盃、量にするとそれだけで瓶一本の酒が入る。
 そこへ文字通り一瓶の酒を注ぐ――彼は酒ホットで呑んでいない――。

  んく んく んく んく んく

「ぷはーっっ」
 朱塗りの盃を飲み干して、それを勢いよく自分の後ろへと投げる。
「役にもならんっっ!」
「それは色々まずいだろう」
 ぼそりと言うアールの言葉はほぼ無視されて、おそまつさまと頭を下げるカレラに拍手が響き渡る。
「をーをーっ、カレラちゃんって意外と呑めるんだぁ」
 意外と、どころではないが。
 ともかくまおには大受けだったようだ。
 ちなみにちゃん付け、これをまじー同様の縮め方をしないところがいいところ。
「……次、俺らか」
「絶対そうだ。煽ってやがる」
 目で合図をする軍団長たちのなかで、ひとり。
 すくっと立ち上がった。――西の軍団長、シェアである。
「貴公ら、我が先陣を切る。後は……頼んだぞ」
「にばんっっ!」
 悲壮感溢れる軍団長、涙ながらの別れのシーンを、絹でも裂いたような完全に音程を外した声が響く。
「あくせら、泣きます!」
 振り向いた彼の前で、舞台代わりの宴席の中央で、無意味なぐらい元気に、明るくそう言った。
「………え?」

  しばらく お待ち下さい。

「まじー、酒吐かせて温泉」
「御意に」
 叫び声と共にアクセラはその場に突っ伏しておいおい泣き出した。
 泣きながら床を叩いての熱演(?)やむなく、早々に拘束されてしまう。
「ううー……しえんたのやつぅ」
 ほぉ、と草臥れたため息をついてまおはジト目でそれを見送る。
「随分ため込んでたんだねー」
 そう言いながら、肝心のシエンタを探す。
 シエンタは既に床で突っ伏して眠りこけていた。
 ……俯せで。
 ちょっと見間違えば、凄惨な格好である。
「こっちは既に泣き疲れて眠ってるし」
「参番っ!不肖、西方軍団軍団長シェア=ラィトウェイトが…」
 既に幹事も死亡、お付きはその連れを介抱に行った。
 やんややんやと騒ぐ四天王に、滂沱と涙して声援する軍団長を見るだけでも充分宴会芸のような気がする。
 頭の痛くなったまおはすくっと場を立つ。
「ちょっとといれ!」
 女の子だが、気にしない娘だった。

「全く……少しは気にして欲しいよ」
 呟く男の子。
 月明かりの下で、やっぱりしなっと柔らかくなった髪型のまま、ナオは手すりに身体を預けて街を見つめていた。
 この宿場はその立地条件から若干遅くまで店が開いている。
 酒場の集中した盛り場に至っては朝から晩までって事もしばしばだ。
 その灯りは、彼が護るべき灯り。
 ヒトの生活。
 そんな枠の中に収まらなければならない――そう、誰かが呟いたのかも知れない。
 ナオはそれを『禁忌』とか『倫理』という言葉で覚えている。
 魔物というのはその枠を超えた所に存在している。
 そして、枠を壊そうとして、壊して、この生活そのものを消し去ろうとしている。
――でも、どうして魔物っていうのはいるんだろう
 色んな魔物がいる。でも、普通の生物のカテゴリに入らない物が多い。
 存在としては生命体であることは確かだ――心臓や、脳を弱点として、生き物の素材でできている――。
 それを滅ぼすためには、人間を超えた生命体を殺すためには、人間を越えるだけの修行が必要になる。
――実はその時点で、人間でなくなったのではないだろうか。
 ナオは時々思う。
 ヒトを越えなければならないなんて。
「滑稽……」
 にこにこ。
「…………」
 じろり、と左横から覗き込んできた人影を睨む。
「滑稽だな、お前」
 ナオは先刻温泉で会った(会いたくて会った訳じゃないが)女の子が側にいる事に気づいた。
 というよりも気づかされた。
「何が?」
「俺を見て何が楽しい」
 頭をがりがりとかいて、身体をひっくり返す。
 宿のテラスの手すりに二人で並んで穹を見上げる構図。
「えーと。……ううん、なんか、凄く寂しそうだったから」
「寂しそう?俺が?」
 こくこく。
「違った?先刻のお姉さんは?」
 む、とナオは口を尖らせて彼女から顔を背ける。
「別に。ちょっと喧嘩しただけだよ」
 実際には、あんまりべたべた構ってくるので厭になって逃げてきたのだ。
 似たような物だが。
「そ?私もちょっと風に当たりたくなったんだよ。丁度良かったよ」
 にこにこ。
 どうにも無邪気に笑う彼女が、彼は逆に苛ついた。
「そうかよ」
「あれ?…何か悪いこと言ったかな……ごめん」
 ぺこり。
 いきなり、それもこの流れでは何処も誰も悪くないのに頭を下げられてしまった。
 会って間もない女の子に、だ。
――困った
 自分勝手なぐらい応えない姉を相手にしていると、つい他人に対してやってしまってと後悔する。
「あ、いや」
 まおが顔を上げる。
 僅かに上目遣いに彼を見上げる。
「謝るんじゃねえ、お前は何も悪いことをやってない」
 でも口をついてでるのは、やっぱり怒声だった。


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