魔王の世界征服日記
第14話 大宴会!
「えー、では皆様お待たせしました」
幹事は(これはまおが決定する)シエンタが取り仕切っていた。
ぐるりとコの字に取り囲んだ席に、正面2つの席。
四天王、軍団長、そして隅っこにアクセラとシエンタの席。
真ん中二つは、右にマジェスト、左にまおの順番だ。
「それぞれ酒ホットは行き渡りましたでしょうか!」
酒ホットの正しい飲み方はこうだ。
瓶ごとお湯で熱して、さわれないぐらい熱いこれを、土を灼き固めたトー器と呼ばれる分厚いカップに注ぐ。
そして、縁を酒で溶かした塩で飾って、舐めながら呑むのだ。
塩の飾り方が巧い女がもてるのが、ここの流儀らしい。
どこの世界でも、男は雑である。
「おー!」
「では乾杯の御発声を、まお様に行っていただこうと思います」
わー ぱちぱちぱち
「こほん。みんな、よくがんばったよ。温泉は逃げないから、ゆっくり休んでね!じゃ、かんぱーい」
怒号のような轟きのような唱和の声。
そして、一斉に酒ホットに口を付ける。
「あちあちあちあちっ、ふー、これ、少しづつしか飲めないのね」
真っ先に口を離したのは、火傷しかけたまおだけだった。
「では、皆様ご歓談下さい」
まおは、こう見えても子供ではない。お酒の経験もある。
但し酒ホットは初めてだった。
雑然とする喧噪。
一部では既に酒ホットが呑めなくてビールに変わっていたりするが、まあそれはご愛敬。
ここに限らず、宿では国外からの客用に普通にビールも用意してあるのだ。
宴会特有の雰囲気の中、アールは気持ちよく杯を空ける。
「んー、なかなかの良い酒ですな」
アールは文字通り舌鼓をうつと食事に箸を延ばす。
「うんうん、おみやげに持ってかえろうか」
「お、おもちかえりですか?」
「うわっ」
突如聞こえた声に、思わず仰け反る。
食事の上に頭がある。
というよりも、思いっきり上目遣いで、彼の食事の手元にまで顔を突っ込むシエンタ。
……幹事なんだが、明らかにダメになる程酔っている。
「お前、何を」
「こらシエンタ」
よく見れば真っ赤な顔で何故か目を潤ませて見上げている。
そんなシエンタを猫でもつまむように、後ろからアクセラがひっつかむ。
そして、ずるずると引きずっていく。
「……なあ」
隣で面白そうに笑みを湛えて、大きな盃を傾けるカレラにアールは困った顔を向ける。
カレラはくすりと笑って、大きな盃を空ける。
「なぁに?」
「いや。……何だか、気分的にお前さんに聞いてみたくなっただけだ」
困った顔でため息をつきながら、右手を振って会話を断ち切るアール。
カレラはさらにくすくす笑い、盃のお代わりを頼む。
「お前、呑むなぁ」
「そりゃあ、こんなおいしいお酒は滅多に呑めないんだから」
そう言う意味で聞いたんじゃないと、否定しようとする目の前でさらに大きく呷る。
「うっぷ。見てる方が気分悪くなる……」
時間にするとおよそ半時間。
宴会らしく、既にあちこちでそんな状況が発生していた。
「誰?シエンタに呑ませたの」
今度はまおに両腕を預けるようにして、とろんとした目で迫っている。
「まおさまぁ、おいてかないでくださぁい」
半泣き状態で首を振る振る。
「こらしえんた」
「アクセラ。あんたも平仮名で喋ってるよ」
一応セットの片割れがとんでもなくなってるので、まともにしようとしているのは判るのだが。
二人とも充分に酔っているらしく、ダメになっている。
「……こいつら、弱すぎ」
ジト目で呆れながら、まおは器の縁の塩をなめる。
「酒ホットは危険なぐらいすぐ酔いがまわるのです、魔王陛下」
そう言うマジェストは、いつもの白い顔を通り越したような真っ青な顔である。
冷や汗を額に浮かべてまおは彼に無言の視線を向ける。
「ね、まじーは酒に強かったっけ?」
つう、と彼の額からおとがいまで一気に汗が流れる。
「…………人並みには」
魔物が人並みなどという比較を。
「あちゅあ〜ほあーっ」
「そーそーっ!話わかるぢゃん、意外にっ」
リィとゼクゼクス。
「……宴会芸、誰からいく?」
「お前、ネタは?」
「くっ……相方が居れば漫才できんのに」
酒が入ろうが入るまいが、ずーっと陰鬱とした雰囲気の軍団長軍団。
「まじー。ね、この宴会、しっぱいだと思うんだけど」
「魔王陛下。少なくとも宴会は失敗ではございません。このような酒宴は、気晴らしや気分転換、鋭気を養うのには外せません」
いつものように言い切る物の、彼の悪い顔色が妙に説得力をかき消してしまう。
「ですが、酒ホットと温泉の組み合わせが……恐らくは悪いのではないかと」
酒は、まおの住む付近で造られているワインに近いものだ。
まお自身、ワインなら樽一つ空ける自信はある。
だがワインは普通温めると痛むから、そんな事はしない。
「……うん。……異常にまわってる」
自分の感覚を表現しようとして、めまいするような感覚にふらりと身体をかしがせる。
「温まった体に、暖かい酒は予想以上に回るようです。尤も酔いが早ければ抜けも早いはずですが」
それは事実である。
だが、少量で羽目が外れる程酔いが回ってしまえば、悪酔いや宿酔いはなくてもそこで終わってしまう。
理性も記憶も意識も、酒に流されてしまうから。
「……ま、いっか」
そう言ってまおも、自分の酒を覗き込む。
まだ半分以上残っていて、欠けたように少し塩の山がなくなっている。
「たまにはいーかな」
「先刻と言ってることが変です、陛下」
くふふ、とまおは笑う。
「それは変じゃないでしょ。変なのはお互い様じゃないの」
あ、と目を丸くして口元に掌を当てるマジェスト。はっきり言って、二度と拝めないだろう。
「私もよってるもんねー。ねー」
そう宣言してかっと一気に呷る。
「ぷーはーっっ!ほら、ほらぁってば、まじー。あんたものめっ」
「ちょ、陛下っ!」
まだまだ、宴会は始まったばかり。
でも、もう半数以上がおわりかかってたり。
「まおさまぁ」
「こらーしえんたー」
「……なあ、カレラ」
「なに?」
「……そろそろ、何とかしないとな」
くすくすと続ける嗤いを、カレラはひときわ高い声にかえる。
「そーかしらねー。くすくす」
ゆっくりと宴会は、次の演目に続こうとしていた。
「意外とシエンタちゃんってば、呑めないんだよねぇ。くすくす」
言うまでもなく、それは仕組まれた物だった。