魔王の世界征服日記
第9話のーさつ
サッポロ攻めを終えて、現在計画中のサッポロ温泉旅行まで僅かに時間がある。
参加メンバーは、まお、マジェスト以下主要幹部メンバー連中である。
説明不要な連中はともかく、まおの側近小間使いを除いて四天王と呼ばれる4人、軍団長が4人である。
まお直属の召使いとして、外観が小学生ぐらいの男の子が二人。
シエンタとアクセラである。
四天王はアール、カレラ、リー、ゼクゼクス。
北方の長ドク、東方の長イズィ、西方の長エフ、南方の長シェアである。
ちなみに、四天王というものと軍団長には大きく地位に差があり、明確には『領主』と『指揮官』との差と言うべきだろう。
四天王が領主である。言うまでもないが。
「まお様も粋な計らいをなさる」
アールは少し小太り気味に見える、ひげ面の中年である。
しかし下半身は駿馬であり、四天王最速を誇る。
「ホントね。先代魔王よりもあたしゃ好きだね」
吊り目でロン毛、派手目の化粧をしたカレラは、しかしその外見とは裏腹に非常に細やかな性格をしている。
現在その繊細な戦術眼をもって、マジェストの下で参謀として働いている。
「……威厳はないがな」
四天王の中では一番細身だが、その芯にある力は絶大と言われるリィ。
何故か常に上半身裸である。
「威厳なんかなくったって、可愛いから良いと思うね」
そして四天王の中で唯一領土を持ったゼクゼクスは、長身の優男である。
恐らく最大にして最悪の、趣味の悪さを誇る。だからどうしたという感じだが。
「全く」
同調して、アールは頷く。
「たまには世界征服を忘れてゆっくりと温泉で一杯」
「アール、馬、きちんと化けてからにしてよね。追い出されちゃ敵わないわ」
四天王はその力と立場から、和気藹々としていた。
ところが。
軍団長はそうはいかなかった。
ドクはサッポロ攻めの際の『命の雫』で一度泣きを見ている。
エフは好物である甘い物をすっかり忘れて名物を献上したためにシメられた。
シェアは既に次の戦闘準備を行っていて、イズィだけが今余裕を持っている状態だった。
それに仕事の関係上、彼らに接触の機会は少なく、今回の温泉旅行にしても唐突に知らされた者すらいたぐらいだった。
一触即発とは言わないまでも、ほぼライバル同士と言っていい彼らはあまり話す機会もないようだった。
そんな、水面下での争いの様子はともかく。
「んー」
まおは執務室で本を読んでいる。
部下に休暇を与えて今回の温泉旅行を準備させているのだから、たまの暇なのだ。
「のーさつ、ねー」
でも読んでいるのは何故か男性向けの写真集だった。
「まじー。のーさつってなに?」
「それを実行することで脳死に至らしめる必殺の攻撃のことでございます、魔王陛下」
「うそをつくな」
即答するマジェストに本を投げつけるまお。
「いえ。ですからのーさつとは脳殺と書きます」
「書かない」
ぼけ続けるマジェストにとどめを刺すように言い放つと、マジェストは困った表情で眼鏡をかけ直す。
「……わかりました、陛下。次の作戦の為の計画でございます」
どさどさ。
どさどさ。
どさどさどさどさ。
「…………」
「陛下が遠征されていた時にたまっていた報告書でございます」
どさ。
どどどどどど。
ぽふ。
「…まじー」
泣きそうな貌で、困ったようにうなり声を上げるまお。
マジェストの顔色は変わらない。
「魔王陛下が遠征されると、書類仕事が終わらないんです。疾く終わらせましょう」
「おんせーんー…」
書類の山の中で泣き崩れるようにして机に突っ伏すまおに、冷静且つ簡単な言葉をかける。
「陛下。どうせ温泉旅行中仕事は為されないんですよね。であれば、旅行中も仕事はたまる一方」
主要幹部連が全員休んでいるこの時期と、温泉旅行中にはたまることはありえないのだが。
勿論、彼はそんな事を承知で話している。
「だったら今のうちに少しでも捌けさせていただかなければ」
「まじー」
「泣いても泣き言を言っても弱音を吐いてもダメです」
うー、と唸りながら最初の書類に手をつけて始める。
「なんで、私魔王なのよぉ」
「ええ。魔王は、魔王だから忙しいのです。喩え部下が休んでいても、仕事を終わらせなければいけないんですね」
そしてくいっと眼鏡を上げて、僅かに口元に笑みを浮かべる。
「いいですか。これがのーさつです」
「忙殺だ!」
「では、殴り殺すことでございます」
「それは殴殺(Oh-satu)だ!」
それから延々下らない駄洒落につきあう羽目になり、結果二日間も徹夜で書類仕事に取りかかる羽目になってしまった。
泣きながら書類の山と格闘しながら、ふとまおは思い出してマジェストに顔を向ける。
「ねえ、シエンタとアクセラの様子をみてきてよ」
まだ計画が提出されていない。
彼らは今、宴会の計画の真っ最中なのかも知れない。
「は。では魔王陛下、お覚悟下さい」
「…………なんでよ」
む、とむくれた不機嫌そうな貌でマジェストの方を振り返るまお。
マジェストはいつもの澄まし顔で、顎に手を当てる。
「私めがこちらに戻った暁には、その書類の倍の書類が、宴会の計画として再び山を作るでしょうから」
そしてにやりと笑みを浮かべた。
「むーきーっっ!私魔王よ!魔王なのになんでこんなに冷遇されるの!書類書くために魔王やってるんじゃないわよ!」
温泉旅行の計画すら、魔王にとってはまともに楽しみに出来る状態ではないようだった。
半分以上、マジェストの差し金ではあったが。