戻る

魔王の世界征服日記
第8話激突そして邂逅 そのに


「砕けよ」
 まおはごくごく簡単に、しかしよく通る声を発した。
 『言霊』だった。それは強力に物体に作用する言葉だった。
 だから、

  がががががが

 振り上げた腕が振り降ろされることはなく、ゴーレムの上半身だけがゆっくり前傾するに留まる。
 腕は、根本から崩れてちぎれ、その場で地面へと落下する。
 尤も一瞬でも遅れていれば腕は振り下ろされ――しかしその勢いでどこかに飛んでいっただろう。
「さあ、こんどはこっちから行くからね。しっかり受け止めてね♪」
 そう言うと思いっきり右腕を振りかぶる。
 彼女の腕の周囲でざざあと音を立てる積雪。
 まるで、何かが通り過ぎたかのように大きな跡を付けて流れると、まおはパンチを出す要領で腕を振るう。
 すると、彼女に大きな腕でもあるかのように、雪が、何かが舞い上がり「腕」を形作っていく。
 それは丁度ゴーレム程の大きさで。

  むぎゅ

 あまりに巨大な拳は、ゴーレムをめり込ませてさらに圧迫する。
 素材は雪。
 彼女の身体から、丁度まるでマジックハンドのようにのびていて、まおが踏ん張ればぎしぎしとゴーレムを後ろに下げていく。
 だからと言ったって、所詮雪だ。
 ゴーレムを砕くことができるはずもない。
 きっちりゴーレムの形にめり込んで、既に拳の形は失ってしまっている。
――むぎゅ
 ただし。
――………動けない
 ゴーレムは呼吸こそできないが、既に動きは完全と言っていいほど封じられていた。
「そーれっ」
 そして、そぐわない明るいかけ声。
「嘘」
 フユは目の前でおきている出来事に目を疑うしかなかった。
 巨大な雪でできた拳にめり込んだゴーレムが、拳と一緒に持ち上がっていく。
――まさか、そんな
 はっきり言って想定外、規格外の少女の魔力に彼女は混乱していた。
――それに先刻確かに言霊を紡いだ
 有り得ない。
 今目の前に起きている現象は、言霊で引き起こすのは異常に難しい。むしろ直接精霊に働きかけるのが普通だ。
 それは魔物でも同じ事。
 長く正しい方程式で刻んだ魔法言語が駆使できるとしても、触媒を利用しなければ自然現象を言霊で刻むのは難しい。
 それだけ微妙で、デリケートだからだ。
 精霊術であれば、精霊にお願いするだけで簡単に同じ事ができる。
 魔力総量から考えれば、精霊術でなければおかしい――はず。
 と、フユは思った。
 だが勿論まおは精霊を従えているわけではない。
 彼女の考えている事とは全く逆、「長く正しい方程式で刻んだ魔法言語」を使用しているのだ。
「どーしようか」
「魔王陛下、拾った物は元通りに返さなければなりません。持って帰ってはダメです」
「はーい」
 そして。
 無慈悲に拳は再び振り下ろされて――ゴーレムは地面に叩きつけられた。

 ここはサッポロ最南端の砦、トマコマイ。
 そして今は、最南端の廃墟――ただの荒れ地だけが残る、サッポロ最初の魔王の橋頭堡。
「…うっ……」
 酷い頭痛を残して、ナオは目覚めた。
 まるで酒ホットを飲み過ぎた後のような、強烈な頭痛とふらつきに彼は半身を起こしただけに留まる。
 じんじんと脳の中身が痛む感触に、ゆっくりと首を振りながら堪えると思い出した。
 自分がカタシロになったことを――姉の術で闘ったことを。
 そして、何故か非常に大切な何かを知ったような気がして、強引に顔を上げる。
「大丈夫」
 そこにはいつものように、藪睨みの少女がいた。
 言葉から一切の険を感じないから、その顔が生まれつきの物だというのは判る。
 見慣れた姉のその貌を見て、彼は安堵に胸をなで下ろす。
 まだ生きて居るんだ、と。
「ああ。…いつもより目覚めが悪いけどな」
「悪いはずよ。今日、貴方は負けたんだから」
 え、と彼は喉に詰まったような声を出す。
 記憶にはない。
 負けた――つまり、カタシロが壊された事を意味する。
 普通なら死ぬところを、自分の肉体ではないからフィードバックすら残すことなく、彼は無傷で生き返った。
 今の頭痛は術の名残、後遺症と言う奴である。
「まけ……た?」
「あっけなく叩きつけられて、バラバラになって。……」
 フユは無言でナオを見つめる。
 それは何かを言わなければならないと知っているからなのか。
「フユ姉」
「ごめんね、術を解かずにそのままにしたから」
「放置かよ!普通死ぬぞ!」
 ごめんどころではない。
 今の頭痛の原因は、どうやらその時のダメージが残ったからだろう。
「だからごめん」
 姉は表情を変えずに言う。
「…ったく……いいよ、別に。どうせ、まだ生きてるんだし」
 付け加えるとすると。
「ところでフユ姉、今回の魔物ってどんな奴らだったの?」
 相手の事が気にかかる。
 奇妙に、丁度喉の中に刺さった魚の骨のような、しこりのようにいつまでも疼く物。
 カタシロを破るだけじゃない。
 何故か奇妙なまでに残った記憶。有り得ない、無の中の記憶。
 忘れてはいけないような。
「身長3メートルを超える巨大な岩の巨人だったわ」
 フユは本当のことを言うのを躊躇いもせずやめた。
「あっという間に強化した砦を粉々に砕いてしまった」
「嘘はやめなよ、見苦しい」
 む。
 フユは僅かに眉を寄せて抗議する。
「…じゃあ、年端もいかない少女と青年の組み合わせは?」
「笑えない冗談だ」
 全くだ、とフユも思う。
「でもそれが真実だって言うんだろ」
 曖昧で、いい加減な記憶が。
 何故か彼女の言葉に一致する。
 振り上げた腕をたたきつけようとした、その姿は――青年のような姿と、子供。
 『目』で見た訳じゃないから、はっきりしないけど。
「ええ、そう。私の術はあのちんまいガキにしてやられた」
「口が悪いよ、姉さん」
 表情のない姉とは対照的に、くるくると良く変わる貌で応えると腰に手を当てて鼻を鳴らす。
「どうせまた会う。ここを破られたからには、魔物は間違いなく本格的に侵攻してくるだろうし」
「ナオ」
 彼は何故かそれが確実な予感として感じられた。
 また、会う。
 もう一度顔を合わせた時に判るかどうか自信はないが(何せ全く覚えてないから)。

「あーたのしかった。こんなに全力で暴れたのひさびっさ!」
 どうやら堪能したようだった。
「魔王陛下。サッポロ攻めは大成功に終わったみたいですね」
「大成功よホント。今時ここまで巧くいくことないよねー」
 両手にジュースとアイスクリームを抱えて。
「凱旋よ凱旋。きゃー♪」
「すぐに温泉旅行ですね。いい場所を確保できました」
 サッポロが次の魔王の軍勢との戦闘に備えようとしている間、暢気に魔王達は次の『サッポロ観光』について話していた。
「そーねぇ。じゃ、シエンタとアクセラに宴会の準備させて。はねのばそーよ♪」
「はい。たまにはよろしいかと存じます」
 サッポロは戦力を南の防護に慌ててさしむけたものの、あれだけ居た魔王の軍勢が襲ってくる気配はそれ以降なかった。
 様々な憶測が飛び交ったが、まさかその間に温泉旅行を堪能していたなどとは知る由もなかった。
「てことは、次回はおんせんりょこー!」
「良いネタですからね。次の侵攻は年明けでしょう」


Top Next Back index Library top