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魔王の世界征服日記
第6話カタシロ


 カタシロという術は、複雑な手順を踏む。
 そもそも、高度な術は複雑な手順を必要とするのだが、そう言う意味ではない。
 カタシロはナラクと違い、性格が違うと言うべきか。
――あんまり使いたくはないのだけれども
 フユが嫌う理由は、それが耐えうる人間以外に使うべきでないから。
 そして、今からその術を付与する人間が、彼女の弟だという事が最大の彼女の悩みだった。
 術を与えるまでにかかる時間は、ナラクほどではない。
 その理由は一つ、調整が必要ないということだけだった。

「ふぅん、意外に面白味のない場所ね」
 そもそもトマコマイという砦は、平らな岩場に設置された砦であり、地形効果は非常に期待できない場所だった。
 逆にそのためにもうけられた砦でもある。
 最南端の最初の、そして最後の『防壁』としての役割を持つ砦として、何もないここに作らざるを得なかった、とも言える。
 最初で最後の砦トマコマイ。
「おんぼろだと思う。まじー?」
「私も、少なくとも新品には思えません」
 当然だろう。
 ここはサッポロでも最古の砦であり、しかもついこの間『ナラク』の一撃により大きく損害を受けている。
――強度だけは、逆に上がっているようですが
 マジェストは一瞥して砦を叩いてみる。
 木材で出来ているにしては硬すぎる。
 不自然な硬度だ。喩え無理に内部から乾燥させたにしてはここまで硬くならないはずだ。
 第一硬いのであれば脆く崩れるはず――
「陛下」
 視線を感じたマジェスタは、冷静に視線の方向を睨み据え、自分の身体をまおと視線の間に入れる。
 まるで抉るようなその視線が、やがて砦の向こう側から姿を現す。
 小さな、背の低い女の子。
「こんな所に、人間はこないでしょう」
 悠々と歩きながら、彼女は呟く。
 それは問いかけではなく、むしろ確信。
「何用ですか?」
 微妙な距離を保ち、彼女は二人を見据えた。
 僅かに風に揺れる髪だけが、軽く、柔らかい。
「用は」
「まずはジュース。取りあえず終わったけど」
 口を開きかけたマジェストの後ろから、紙のカップを投げ捨てながらまおが姿を見せる。
「そして、ちょっとした後始末に。……あなた、フユ将軍?」
 フユの前に現れた小さい女の子。
 少し垂れ気味の目に、ふっくらした頬はどう見たって子供だ。少なくとも自分より。
 顔は可愛いに分類される、幼い感じの顔。
――………まもの、ですよね
 だからフユは混乱していた。
 思わず可愛いと思ったことは内緒だ。
「ええ」
 念のため用意しておいた言霊を口腔で詠唱する。
 既に待機状態で彼女の周囲を魔力が飛び交う。
「…じゃあ、いいよね、マジェスト」
「おまかせします」
 振り向いて男に笑いかけたと思うと、その瞬間に暴風が吹き荒れた。
――!
 フユは両腕を上げて風から身を庇うように。
 腰を下げて、重心を低くして少女の方を見る。
 既に少女は先程までの愛らしい貌から、それをまるで皮肉ったかのような、冥い貌を浮かべていた。
「じゃあ、邪魔だから全部吹き飛ばすよ」
 さらに。
 回転数を上げたように暴風が激しく吹き荒れる。
――やっぱり魔物…それも『魔術師』級の?
 あれだけ幼い人間の格好をしているのだから、収めている魔力もさほどないはず。
 でも、今吹き荒れている暴風は局地嵐の倍近い規模のものだ。
 少なくとも、『言霊』でここまでの暴風を発生させることは出来ない。
 精霊だとしても、今度は人間で在れば人格は既に崩壊しているだろう。
――まさか、こんな大物にあたるとはね
 フユは知らない。
 彼女が、まさか『魔王』であるなどとは。
 そして勿論、魔王だと聞かされたところで「何言ってるの。その格好の何処が魔王なのよ」と言い返してきただろう。
 その実新手の精霊だと彼女は思っていた。
「魔王の軍勢も、本気って訳ですか」
 彼女の声は――不思議なことに、それでもまおに届いた。
 これだけ激しい暴風の中で、クリアではっきりとした声で。
 鋭く、金属のように甲高い声色。そしてそれこそが魔力。
「判りました。――では、目覚めなさい」

  ご

 まるでその様子は、暴風に合わせて地面が揺れたような、そんな感じだった。
「え――ええ?」
 引き続き地面が大きく揺れたかと思うと、砦が。
 ゆっくりと地面から、その身を引きずり出していく。
「陛下、お下がり下さい」
 言いながら既に首根っこひっつかまえているマジェスト。
 まるで借りてきた猫をゴミ箱に棄てる時のように、ひょいと。
「うにゃーっ」
 くるんと身を丸めてそれに身体を預けてしまうまおに、彼はやれやれとため息をつく。
 その間にも暴風は激しさを増し、普通の人間だったなら立っているのは不可能なほどにまで圧力が上がっている。
 にもかかわらず、フユは何もないかのように立っている。
 そして、彼女の前面に、それが大きく体を揺すりながら立ち上がっていた。
――使役言霊『カタシロ』。大規模な軍勢を相手にするのではなく、それも単一の目的で昇華した形で使用する。
 すなわち――対魔物用に研ぎ澄まされた形で。
 それは砦を一つの大きなゴーレムに仕立て上げていた。
「嘘ぉ」
 まおは魔術を操作しながら、目の前で起きている奇跡に唖然として声を上げる。
「こんなのきいてないよぉ!」
「ええ、誰も言ってませんよ!」
 そしてマジェストは、大きく身を逸らして雄叫びらしき物を上げるそれを見ながら、嘆息した。
「それに、今回はオチがないじゃないですか」
 まて。それは必要ないぞ、マジェスト。


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