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魔王の世界征服日記
第4話北国の将軍


 極寒の国サッポロ。
 名物は温泉と酒ホット。
 この世界のここ以外何処にも存在しない、麦以外の原材料で作られる酒。
 それを、寒いからという理由だけで暖めて呑んだらうまかったというのが最初。
「フユ将軍」
 土を灼き固めた大きめのコップに、湯気を立てる熱い酒を注ぐ。
 この国に住む人間は、麦を原材料にする泡立つ酒は飲まない。
 理由は一つ。暖めるとまずいから。
「……なんですか」
 尤も、『酒』の概念は全世界共通らしく、何処に行っても名物の酒がある。
 飲み方と、その礼儀の違いがあるぐらいだ。
「トマコマイの防備、どういたしますか」
 今、サッポロの首都では簡単な酒宴の席が設けられていた。
 この間のトマコマイ攻防戦の勝利を祝う意味と、これからの戦のためのものだ。
 主賓はミマオウ=フユ。通称フユ将軍だ。
 肩で切りそろえた綺麗な黒いおかっぱ頭に、白いはちまきが巻き付けられている。
 吊り目が印象的な美人だ。尤も、全体的な幼さが目立つ感じがするが。
「そうですね」
 前回の魔物の攻撃で、トマコマイ砦は完全に崩壊していた。
 尤も、その後の奇襲攻撃が功を奏し、また砦に仕掛けられていた『罠』を利用して魔物は全滅に追い込むことが出来た。
 その惨事を思い出したのか、フユは目を閉じた。
「……『ナラク』を再度使用できるまで調整するには時間がかかりすぎますから」
 つい、と目を開き、やぶにらみがちな顔で発言した男を見る。
 こうして上目で覗く顔付きは子供っぽいだけではなく、大抵の場合反感を買う。
「少数の軍勢を用いて、トマコマイ自体を罠にするしか方法はありません」
「しかし、今罠は使えないと」
 にや、とフユの口元が歪む。
 ぴくりと男の頬が引きつる。
「誰も罠が使えないといった覚えはありません。トマコマイの防備が大切なのは確かです」
 サッポロが唯一開いている、魔王の軍勢が攻め込める場所はトマコマイだけだ。
 この砦でなんとか魔王の軍勢を止めることが出来れば、それ以上被害は広がらない。

 しかし、魔王の真の目的がアイスクリームとジュースだと知ったら、彼らはどう思うだろうか。
 トマコマイという名前の都市が丸丸消し飛ぶような惨事になったというのに。

「だから、トマコマイ砦で時間を稼ぐのです。もう一つ、私が罠を用意します」
 トマコマイ自体が罠。
 男は彼女の発言を訝しんだ。
「罠?」
「ええ。『ナラク』の構想自体が、『都市爆弾』ですからそうそう使えません。でも」
 『ナラク』というのはトマコマイの砦に仕掛けられた魔法だった。
 砦周囲に触媒を配置し、フユの呪文により動作するように設計された儀式魔法で、巨大過ぎる魔法陣により構成される。
 動作すると陣内総てに高周波が発生し、一瞬で生命は内部から灼き殺される。
 地獄の業火を思わせるその効果から、『ナラク』と名付けられている。
 欠点は魔力の備蓄と、効果範囲を設定するための触媒の調整で、そうそう簡単にはいくようなモノではない。
 出力や魔法陣を構成し損なったら、不発は愚か暴走して周囲を焼け野原にすることだって考えられる。
「『カタシロ』であれば、まだ間に合います。…但し、今度こそトマコマイを棄てることになりますから、後の事も考える必要があります」
 がたん、と男は机を揺らして立ち上がった。
「なんだと?!」
「もうトマコマイには人は住めません。実際、住んでいません」
「それはこの間の戦のせいだろう!お前は、自分の責任から逃れようとしているんじゃないのか?」
 一瞬席がざわめいた。
 男の発言は、陰で言われている事であったからだ。
 フユは、若すぎるあまり信頼を得られていない。
 そして、『魔法使い』というレッテルも彼女を異端視する一つであった。
 彼女が立てる奇抜すぎる作戦が受け入れられないだけでなく、失敗や損害が総て彼女の責任として扱われていた。
「逃れる?」
 可笑しそうに口元を歪めて応える。
 普段無表情な彼女は『仮面』を使って『言霊』の性能を引き出す。
 『言霊』は元々精神を操作する術。人間は、話をする人の顔に影響を受けやすいため、彼女は最大限度自分の意図する効果を補助するために『貌』を使う。
「私の責任は、損害を出さない事じゃありません。この国に、一歩でも、魔物を立ち入らせないこと」
 そして彼女はコップを手にして、軽く煽る。
 かたん、とコップが鳴り、空になった事を主張する。
「最悪の場合でも、魔物に多大な損害を与えて、こちらの時間を稼ぐ事。――違いますか」
 鋭く研ぎ澄まされた刃。
 刃物を思わせる笑みに、男は言葉の意味を良く考えた。
「つまり」
 酔いに染まった貌が、驚愕に青くなる。
「お前は人の命なんか考えていないと」
「責任を果たすために必要なら」
 軍人として切り捨てる部分はどこにでもある。
 特に指揮官には必要な決断を迫られる事がある。
 だが、それを、若い身空で、しかもここまで冷酷に言い切る事は出来ないだろう。
「私の命ですら、捧げて見せましょう」
 彼女は右手をゆっくり自分の胸に当て、目を伏せた。
 男の発言は終わり、一言告げて逃げるように帰ってしまった。
 フユは平静を繕いながらため息をついた。
――あれは失敗でした……
 それは後悔ではなく、犠牲に対する同情の痛みでもなく、『ナラク』を使ってしまった事に対するものだった。
 『ナラク』が強力で有ればあるほど、使えない者にとっては使える者、つまりフユを危険視し始める。
 仕方のないことだとは言え、こう面向かって言われると『別の手段があったのではないか』とも思ってしまう。
 勿論彼女の考え方と発言は危険視に値するものなのだが、彼女にその自覚はなかった。


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