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魔王の世界征服日記
第2話出陣


「魔王陛下、献上品でございます」
 ここは謁見の間。
 飾り立てられた椅子に、赤い絨毯。金糸の刺繍がけばけばしい。
 豪奢な大理石の石柱がずらりと建ち並び、無意味に広い。
 そこにまおは足を組んで座っている。
 軍団長は彼女の側に傅いた体勢のまま、側に置いている物を差し出す。
「うむ」
 まおが唯一にして最大の楽しみが、各国を征服して帰ってくる軍団長の報告だった。
 何の情報も与えられないわけではないが、久々に見る懐かしい顔が話してくれる外の様子は面白いものだ。
 そして何より『おみやげ』がある。
 偉そうに受け取る。
 はこ。
 開けてみる。
 なかにちょこんと、小さな石ころがある。
「…………なにこれ」
「これは世界に二つとない、『命の雫』と呼ばれる…」

  ひゅ ぽい

「いらない。小さいし面白くないし」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
 世界に二つとない秘中の秘宝は、魔王の一言でこの世から消えてなくなってしまった。
「あんたサッポロ攻めしてる軍団でしょ。ジュースよジュース。アイスクリームは?あんな下らない物はいらないの」
 世界に二つとない秘宝は魔王にとって何の価値もなかった。
 世界中の魔法使いが垂涎の秘宝、有れば世界を征服するだけの魔力を手に入れるという宝石よりジュースらしかった。
 苦労して手に入れてきた軍団長は驚きのあまり崩れた顔のまま、茫然自失としていた。
「ねえ。ねえってば」
 魔王の声も聞こえなくなっているみたいだった。
 まおはため息をついて右手を振る。『あっちにいけ』の合図だ。
 するとマジェストが彼に近づいてロープでぐるぐるまきにして、見かけに寄らない膂力で軍団長を引きずって出ていった。
「役立たずねー。左遷しようかしら」
 サッポロ攻めは既に開始してから二週間が経過している。
 逐次報告は受けているが、この北の国はなかなか守りが堅い。
 面積は丁度、世界で一番広い大陸の四分の一。
 世界でも最強と言われる防御戦闘を得意とする将軍がいると言われている。
 事実魔王の軍団に攻め入られていない、人間しか住めない大陸の中では強固だった。
「やっぱりこっそりサッポロに行って」
「お願いですから陛下、そう言うことは口に出さずにお願いします」
 びくっと玉座で振り返るまお。
 いつのまにか、いつもの位置にマジェストが戻ってきていた。
「まじー」
「だから私の名前はまじーではありません」
 マジェストは言うと、懐から巻物を出す。無論羊皮紙で、羽ペンを使って書き込まれた報告書だ。
 パピルスでも紙でもないし、鉛筆やボールペンで書かれているわけではない。
「サッポロ最初の砦、トマコマイの陥落まで確認されたものの、こちらの軍勢も全滅」
 僅かにまおの顔が歪む。
「既に取り戻されているでしょう。やはりサッポロの『フユ将軍』はなかなか手強いようです」
 フユ将軍。本名を巳間桜冬(ミマオウ=フユ)という。
 若干十七歳にして前将軍から地位を引き継ぎ、魔物相手に驚異の防御戦闘を繰り広げるという。
 本人は『言霊』の使い手で、並大抵の魔物ではとても相手にならないらしい。
 言霊を使う言霊師はある意味、軍隊ではポピュラーな魔法使いである。
「…『勇者』と比較してみたいな」
 顔は笑っていない。
 彼女の声色は笑っているが、決して――楽しむ風な声ではない。
 マジェストは片眉を少し上げて、魔王の視線を受け止める。
「陛下。勇者は人間です」
「判ってるよ。そのぐらいのことは」
 そう言って玉座から立ち上がる。
「でもサッポロに出る口実には、してもいいんでしょ」
「お咎めしたところで、無駄でしょう。…言っておきますが、お小遣いは三百エンまでですからね」
「え゛ー」
 どうやら魔王といえども買い物はするらしい。それも、人間の通貨で。
「それぢゃあジュース一杯しか買えないじゃないの」
「当たり前です。魔王軍は全世界に展開中、その食事と兵装を整えるだけで既に経済的に圧迫されているのです。温泉旅館で一泊などもってのほか」
 そう言ってマジェストが右手を振ると、黒子が数人、何かを抱えて現れる。
「サッポロ遠征される陛下は、この装備をお持ちになってください」
 箱を開ける。
「…冗談でしょ」
 ふかふかのコート。縁に毛皮があしらってあり、中には多分羽毛が入っている。
 そして、皮で出来た小さいポーチと、大きめの布の塊。樹で出来た骨組み。
 端的に言って。
「冬山用登山セットです。冗談ではありません」
「そう言う意味じゃないの。ないけど…」
「お食事については心配なさらないで結構です。毎日、決まった時間に同じ物をお届けします」
 彼女の食事は、専門のシェフが丹誠を込めた超バランス栄養食である。
 だから彼女の美貌と若さが保たれている。
 …訳ではないが、御陰で太る事も痩せる事も赦されていない。
「届けなくて良い。てー、何?私、魔王なのよ、魔王なのにっっっ」
「はい。世界を征服する魔王陛下だからです。お体を大事にしていただかないと」
「だったらどこか旅館に泊めさせて、せめて普通の屋根のあるところでー」
 だくだくと涙を流して懇願するまお。
 どこか爽やかすぎる笑顔で答えるマジェスト。
「駄目です。お金がありません」


 魔王まお。駄目人間禁止令強制装置マジェストに今日も虐められていた。


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