Holocaust ――The borders――
Chapter:4
玲巳――Reimi―― 第4話
少し当たるだけ。確認するだけと彼は思い、玄関をくぐった。
勘――今回の事に手を出そうと思ったのは、それ以外の印象ではない。
あの人間離れしたタカヤの攻撃や、彼の呟いた言葉。
『…お前はわたし達ではない。以上の理由から消去する。それが役目だ』
だから、どこかに行ってしまったのだとしても、どこかで人間以外の何かが跳梁しているなら。
――信憑性のあるオカルト程見つけにくいものはないけど
そこに彼の影があるかも知れない。そんな単純な考えからだった。
花曇りの煙る中、微かな風で早咲きの桜が花びらを散らせている。
穏やかな春の陽気と共に、気持ちのいい風がゆるゆると流れていた。
何故か実隆は、ふと非現実的なまでにそれが綺麗だと思った。
そもそも、薬の話を聞き込んだのは偶然だった。
こう言う時警察に知り合いがいると便利なのだ。
と言っても直接井上警部補から聞いた訳ではなかった。
たまたま話に登った、最初の取り調べの時にいたもう一人の若い警部補――矢環という――がどうなったのか何の気なしに聞いた時に知った。
「矢環警部補?彼だったら今特別チームに入ってるわ。最近薬絡みで物騒なのよ」
無論その時詳しくは聞けなかったが、あとは実地で探りを入れた。
高校時代の友人のつてで、如月工業の噂も拾った。
『Hysteria Heaven』と言う薬は、全部で7種類。
『Crimson Eyes』、『Blue Chip』、『Yellow Submarine』、『Dark Forest』、『Deep Sea』、『Sunrise Orange』、『Crazy Purple』と呼ばれる。
そのために隠語として『虹』、『雨の弓』というらしい。
それぞれ特徴的な効果があるため、一度に服用する事はできない。
――まあ、世も末って奴か
高校生でバイヤーの一味に知り合いがいるという状況では確かに警察は頭の痛い事だろう。
薬の名称自体は既にテレビでも放送されているが、隠語まで知っている人間は少ないだろう。
それよりも馬鹿げているのは、まるで迷信のように流れたこの薬のもう一つの効果である。
ある順番、ある組み合わせで飲むと『魔法が使えるようになる』というものだ。
――こっちも、世も末な話だよな
超能力程度ならまだしも、『魔法』だという辺り、眉唾を通り越して馬鹿馬鹿しくなってくる。
だが、それを笑っていられないのが、如月で起きたと言われる逮捕劇だろうか。
だから彼は如月工業に向かっていた。
如月工業高等学校まで徒歩で行くのは少し辛い物がある。
かといって、電車という手段を使うには、逆に遠回りになる。
実隆は自転車を駆ってそこへと向かっていた。
繁華街を抜け、住宅地にさしかかる。
スーパーや書店、そんな日常的に人々が通うような店がまばらになり始めた頃、その校舎が見えた。
古びた――少なくとも築十年は過ぎている建物。
あちこちコンクリにも罅が入り、染みの残る壁。
窓には飛散防止の金網が入ったガラスがはめられている。
なのに、何故か落下防止の柵やバーが見当たらないのは――それだけ、しょっちゅうガラスが割れるということだろうか。
――さて
彼は自転車を校門側に停めると、おもむろに校門をくぐった。
特別鍵がかかっている訳でも閉まっている訳でもないのだから、OBの振りをして入れば別に誰も怪しむ事はない。
見つかったとしても偽の名刺も用意している。
桐嶋興信所の桐嶋剛が彼の探偵としての名前となっている。
言うまでもないが、もし電話をしてもその番号ではつながらない――全くでたらめの番号である。
丁度時刻は昼前、普通の生徒ならまだ普通に授業を受けている事だろう。
がさっ
だが、彼が校舎の裏側に踏み込んだ途端、荒々しく人が動く気配がした。
彼が校舎裏を視界に捕らえた時、二人座り込んだ男と、木に背を預けた男の三人が見えた。
「んだよ」
一人が吐き捨てるように呟いて、まるで伸びでもするように背を校舎に預ける。
教師でも、学生でもない見覚えのない顔をした普通の男が現れただけだ。特別反応する必要もないだろう。
「丁度良いと思ったんだけどな」
だから、実隆は聞こえるように呟いた。
実際、都合がいい。
このぐらいの人数なら、どうとでもなる。
一斉に彼に視線が集まる。
険悪というよりも、独特の気配が漂い始める。
「何が丁度良いんだ?」
先刻校舎に投げ出した背中を、まるでバネ仕掛けのように弾いて立ち上がる。
――妙に興奮しているな
全員の視線が集まっているのを感じたまま、実隆はゆっくり近づいていく。
「いや、顧客がこれだけいれば、今日の売り上げに多少は預かれるかなってね」
不敵に口を歪めたまま、実隆は笑みを湛えてそう探りを入れる。
果たして、木にもたれた男が含み笑いを漏らす。
「『虹』のバイヤーのつもりか?」
彼が声を上げた途端、それまでの気配が一変した。
「この辺りはウチが仕切っているんだ。……お前、見ない顔だな」
「そりゃそうだろ?闇でやってるものを、何で顔を知らせなきゃいけない」
ぞわり
一気に背筋が粟立つ感触。
「ルールってものを教えてやる必要があるか」
「教わるまでもない、俺も戴ける物を戴かないと帰れないんでね」
最後まで座り込んでいた最後の一人が立ち上がる。
尤も、奴らは負ける気なんかないだろうし、もう逃がすつもりもないはずだ。
そもそもバイヤーだと言った限り、売る量の薬をもっているはずだ。
それは良い撒き餌になる。
『虹』自体は決して高くないが、まとまった量があれば充分良い小遣いになる。
いわば、その価値は現金と変わらない。
実隆はそれを承知の上で、両手を腰に当てたまま全員を見回した。
一人が――動く。
が きん
「甘い」
まるでステップでも踏むように右足を軸に左足で地面を蹴って彼が一回転する。
空気を裂く独特の音が鼻先を過ぎる。
彼はさらに、左足を軸にして回転の勢いを利用したまま右足を振り抜く。
右足の爪先が四人目のがら空きになったこめかみに吸い込まれるように命中し、まるでおもちゃのように地面に転がる。
そして、その勢いを利用して再び三人を正面に捕らえる。
唖然とした表情で見る者、忌々しそうに睨む者、戦いた表情で既に戦意を喪失した者。
三者三様で実隆を見つめていた。
本来なら奇襲に合わせて攻め立てなければならない。
だがその辺を、彼らは油断していた。
「くそっ」
だから、驚きと苛立ちで冷静さを失った一人が突っ込んできても怖いものでもない。
実隆は捌くように体をねじり、左足で踏み込もうとした相手の外側から足を払った。
何の力も必要なかった。それだけで彼は自分の勢いに飲まれるようにして地面に転がった。
「うんうん、ホントに飲み込み早いよ、ヒイラギくん」
学校に行かないというのは非常に便利な身分である。
だったら働けよ、と愚痴をこぼされそうなので、一応近くのファミレスと運送屋でそれなりのバイトをしている。
巧く時間を空ければ、結局情報収集もバイトをしていた方がやりやすい。
以外と友人を見つけたりする物だ。
そしてその合間に――これを提案したのは、実は菜都美だったりするんだが――紹桜流古武術の基本を教わる事にしたのだ。
師範代の明美は紹桜流古武術と紹桜流長刀術の皆伝である。
「どうも」
一見すると空手着にも見える道着は、実は柔道着並に分厚く、柔らかい。
古武術のほとんどが投げ、間接技を多用する為に、軽く破けやすい空手着のような道着は困るのだ。
投げられた時に以外とクッションになる厚手の物は、しかし重く打撃には向かない。
紹桜流古武術では打撃も直線的なものではなく、回転を利用する掌底打が基本となる。
これは他の流派でも同じように、合戦の際甲冑を着たままの乱戦で使う事を想定しているからである。
そのため暗器や長大な獲物での近接戦の為の技があるのが特徴的なのだ。
実践的と言われるのはこの暗器の使い方で、たとえばペン一本でもあれば、悪くて人を殺してしまえる程の技が揃っている為だ。
世に言う『護身術』と言うより過剰防衛だろう、とは冬実の言葉。
明美はあっけらかんと『殺されるんだったらいっそ殺っちゃえ♪』と言っていた。
そんな暗い面も持つ武術だが、基本は重心の移動と安定である。
重心の移動を利用し、重心をしっかり固定することで素早い回転を行う事ができる。
バーベルを横に回すのと軸に沿って縦に回転させるのでどちらが楽なのか、考えなくても判るだろう。
「人間の重心は、へその下当たりだって考えておけば間違いないから」
明美は構えを取った実隆の脇腹をぽんぽんと叩きながら指導する。
「ここを、いかに素早く回転させるか。どれだけ直線的に移動させるかで決まってくるわ」
彼女は長刀を握っている時と同じ袴姿で、両拳には薄いパッドが入ったサポーターを身につけている。
薄茶色に滲んでいるのは、間違いなく血糊だろう。
「全身の力は抜く。重心を移動させて溜めた力は足の筋肉を撓めて保つのよ」
宙を舞う桜を捕らえる、というこの古武術を極めた人間には打撃は無意味である、という。
実隆の前にいるのは後二人。
鋭く死角から襲いかかってくる明美の突きを考えれば、彼らの動きなど遅い――遅すぎる。
「さて」
毛羽立つ臭い。人間の立てる気配。
喩え気を抜いていたとしても、奴らの動きなんか手に取るように判る。
鋭敏すぎる感覚が教えてくれる。
考えなくても身体が勝手に反応してくれるから、明美との時のように緊張する理由はない。
「動くなよ。俺だって話が聞きたいだけだ、金も薬もいらない。……ちょっと、話を聞かせて貰えれば充分なんだ」
それでもまだ、きちきちと脊髄の裏側で昆虫が騒ぐような感覚だけはどうにも慣れない。
恐怖心を昂揚に変えて、脅えを殺意に載せて奴らを片づけるのは簡単だ。
むしろそうしろと騒ぐ自分を抑える方が大変なのだ。
だから人間相手に対峙する事はできる限り避けたいと彼は思っている。
こういう場合は仕方ないのだが。
実隆はあからさまに不審そうな表情を浮かべる一人の方に視線を向ける。
「それとも、今すぐ地べたに這わせて欲しいのか」
ほんの僅かな間の沈黙。
やがて屈辱的なこの状況に耐えるより、解放される方を選んだのか目で隣の男に合図する。
「俺一人で充分か」
「日本語が通じるなら、一人以上いらない」
実隆の言葉の後、彼が無言で顎を振って一人を送った。
慌てもせずに倒れている二人を介抱しながら、三人はすごすごと立ち去っていく。
「名前は?俺は城崎史郎だ」
「桐嶋だ。桐嶋興信所の桐嶋剛、探偵を一応営んでいる」
実隆は用意していた仮名を使うと、右手を軽く降って門を指さした。
「話を聞かせてくれるんだろ。落ち着ける場所へ行こう」
城崎と名乗った彼は特別変わった風でもない。
さっぱりと刈り込んだ髪に、少しきつい感じを与える目。どちらかというと優男で通じる細身の身体。
――カリスマで仕切ってるタイプか
とても力で不良を牛耳っている風ではない。
すぐ近くにあるファミレスに入ると、少し奥まった周囲の見える席に着く。
「さてと。…知りたいのは、『虹』の効果だよ。知り合いに、捕まった奴がいないか?」
単刀直入に聞いたつもりだったが、どうやら逆効果だったようだ。
城崎はふんと鼻を鳴らすと、皮肉って口元を歪める。
「知り合い?さぁな。俺の知り合いにやってる奴はいないから知らないな」
へらへらと馬鹿にしたような笑みを湛えたまま、鋭い眼光で睨み返す。
実隆はそれには物怖じせずに続ける。
「先刻この辺を仕切ってるって言ったのは嘘か」
城崎は一度目を丸くしてぱちくりと瞬くと、ため息をついて肩を竦める。
「買い手まで把握してねえよ。そんなものは末端に任せてる。第一、俺だって胴元じゃない」
だろうな、と実隆は思った。
でかいブローカーのような組織から買い取り、それをバイヤーにばらまくまとめ役のような存在だろうとは思った。
大体の読みは当たっていたようだ。
「……やったことは」
「ねぇってんだろうが」
逆上するかと思ったが、以外に冷静に、草臥れたように呟く。
ふと見せたのは――慣れていないのかも知れない――何故か、仮面とは思えなかった。
ひどく寂しそうで、頼りない貌だった。それも一瞬だが。
「そんな事が知りたいのかよ」
「俺は警察じゃないからな。依頼人から頼まれた情報が欲しいのさ」
彼が嘯くと、顰め面を浮かべて城崎は体重を背もたれに預けて黙り込んだ。
しばらく彼が黙っているうちに、二人分のコーヒーが届く。
かちゃりと言う音を立ててカップが揺れる。
ウエイトレスが去っていくのを目で追うと、やがて城崎は呟くように言った。
「バイヤーを紹介する訳にはいかない。…結局は金だが、最低限度の信頼が必要だ」
「俺はこの間の奴を知っている友人でも構わない。本人は無理だろうしな」
城崎は顎を撫でてコーヒーを口に含む。
「…先刻、お前に後ろから襲いかかった奴がいただろう。五十嵐って奴だ」
彼なら知っていると言うと、携帯を取り出して素早く呼び出した。
電話口で有無を言わさぬ口調を突きつける彼の様子を見ていて、実隆は少しだけ不思議に思った。
怒鳴る訳でもない。威圧する訳でもない。
相手はどう思っているのか、彼がどう思っているかは判らないが、何故か互いに信頼感がある気がした。
「すぐ来る」
そう呟くと彼はもう一口コーヒーを口に含んだ。
落ち着いているようにも見えるし、気取っているようにも感じられる。
不慣れではあるようだが、決して『交渉』を軽んじない姿勢がある。
「やけに素直だな。俺は、もう少しがつがつした熱い不良しか見てこなかったが」
僅かに笑みを湛え、にやにやとしながら城崎は両手を開いて天を仰ぐような仕草をする。
「は。頭の悪い連中と一緒にしないでくれ。取引に応じられるコレがないと、ここでは仕切れない」
そう言って彼は右手の人差し指でこめかみをとんとんと叩く。
「何が自分達に最も有利なのか。利益があるのか。力で抑えられる奴らじゃないからな」
利益。
――成る程ね、小さいながらこいつらは『マフィア』な訳か
自分たちがやりたいようにやれるべく、力を身につけてやがて組織化した連中。
何よりこいつらは質が悪い。力押しでも崩れない上常に『逃げ場』を確保しようとする。
絶対に不利な交渉は行わない。今更ながら、実隆は後悔した。
「自分の首を絞めない、不利益ではない情報を利用してタダ飯でも喰らう気か」
「冗談」
そして口元を歪める。どうやらこの皮肉った表情は彼の交渉のための仮面のようだ。
「取引って言ったって金銭だけが材料じゃない。あいつが来てから話すさ」
数分も待たず、ファミレスに姿を現したのは小柄な姿。
先刻はいきなり蹴り飛ばした上にちゃんと見ていなかったが、以外に幼い雰囲気がある。
多分一つ以上年下だろう。
彼は慌てるようにして実隆と城崎の座る席へと駆け込んできた。
「お、遅れました」
「馬鹿、お待たせしましたで良いんだよ。ほら、座れ」
現れた少年は怖ず怖ずと城崎の隣に座る。こうして並ぶと判るが、はっきり言って子供だ。
童顔の上に背が低い。とても城崎のような人間と付き合うとは思えない雰囲気がある。
先刻蹴った場所は大きめの脱脂綿が痛々しく貼られているせいで、おどおどした雰囲気がますます子供っぽく見せる。
「この間パクられた奴の事、話してやってくれ」
無言で彼は頷く。
そして、一言一言をきちんと区切りながら話し始めた。
「虹については、僕はあまり知りません。ただ、つい最近になってあの…田山って言うんですけど」
田山真一郎という彼の友人は、ごく最近『虹』に手を染め始めたらしい。
彼は普段からおとなしく――そう言う意味では五十嵐とは気が合いそうな話だ――成績も悪くなかったという。
如月では珍しいタイプだったらしい。
「どこから手に入れたのかは判りません。でも、ちょっとおかしいなって気づいた時には、もう重傷だったみたいです」
五十嵐の口調はしっかりしているが、顔色は決して良くない。
田山という人間がどんな奴だったのかは判らないが、少なくとも良い友人だったのだろう。
「時々会話が飛ぶんです」
「飛ぶ?」
五十嵐は小さく頷く。
「まるで、その直前まで話していた事を忘れるみたいに。聞いても本当に忘れてる事もありました」
実際に側にいるとよく判ったという。
彼の行動と言動が、時折前後の脈絡がまるでそっくり抜け落ちたようになる事があったらしい。
「最後には表情なんかなくて、捕まる直前には時々ぶつぶつと何か訳の分からない事を呟いていました」
完全に人格が崩壊している。
薬のせいというよりも完全に精神病の進行状況を聞いているようでもある。
「…で、何で薬をやってるって思ったんだ」
「僕にせがんだ事があったからです」
田山は、五十嵐が城崎のような連中と付き合いがある事を知っていたのか、気がついたのかしたのだろう。
端的に寄越せと言い、五十嵐が断るとものすごい形相で睨み付けたのだ。
「あと煙草だけだ、煙草を寄越せって。おかしいと思ったし、僕は友人が薬なんて嫌だったから、その日は喧嘩になりました」
『煙草』も隠語らしいが、実隆は頷いて聞き流す事にした。
そんな情報までは流石に知らない。
「あと?ということは、他必要な物は揃っていたということだろう」
「多分……そうだと思います。それから二三日会う事なくて、ひょっこり顔を出した時にはもう表情はありませんでした」
そして、おかしいまま数日が過ぎて、逮捕になったのだという。
実隆はふうん、と頷くと眉を歪めて机の縁を人差し指でこんこんと叩いた。
「その、彼は魔法とか興味がある方だった?」
ぱっと五十嵐の目が驚きで丸くなる。
「どうしてそれを?」
「噂でね。魔力が宿るっていう話がまことしやかに流れてる物だ、あれは」
そうかぁと小さく何故か納得したように頷いて、僅かに顔を強ばらせた。
「あの…」
「ここからは、取引の話だ。無論聞いてくれるよな」
彼の様子に気がついたのか、城崎は割り込んでそう言った。
断る事など許さない――そんな勢いで、実隆の返事も待たずに続ける。
「うちのオカルト部っていう文化部があるんだが、お前のその『虹』がらみの事でかなり前から厄介な事になってきている」
そしてぽん、と五十嵐の背中を叩く。
「こいつの周辺でおかしな動きがある。……お前もどうせ『虹』の探りを入れてるんだろ?」
困ったような貌で五十嵐は城崎を見返すが、城崎は彼の様子を気にするようではない。
むしろ、そういう貌で見るのは判っているのか、目は実隆の方を向けたまま少し大きな音を立てて彼の背を更に叩く。
「オカルト部って、公式な部活動なんだろ。犯罪結社じゃあるまいし」
わざと城崎を煽るように言うと、彼はにやりと笑って肩を竦める。
「まぁ、な。……だが、その行動がきな臭いのと、俺の『場』でバイヤーから購入しているとすると」
そう言って顎を撫でる。
「奴らが『煙草』を切らしているのは、決して不思議じゃない。俺は『煙草』だけは卸していないからな」
「理由は」
「高いからだよ。何故か、それだけ倍近い値段がつくんだ。多分材料のせいだろうが…どっちにせよ俺の扱う範疇だとな」
そして城崎は一度五十嵐を見てから、にやっと笑みを浮かべる。
「奴らは生贄を手に入れる為に奔走しているっていう噂もある。…実際、失踪した人間もいるらしい」
彼の言葉に不安を煽られたからだろうか。
五十嵐が、脅えた小動物のような目で実隆を見上げる。
――俺は、今し方お前のこめかみを蹴り飛ばした人間だぞ
実隆はあまりに男らしくない彼の態度に、眉根を揉むとため息をついた。
「……まあ、魔法って言うのは後ろ暗い、薬が絡んだ儀式ってのも多いって聞くけどね…」
「先刻の噂の信憑性ってのもあるだろ。丁度良いんじゃねぇか。それとも、断るか?」
取引、と彼は先刻言った。
断ったなら――もし事が起きたなら、良心の呵責に悩まされるんだろう。
どこまで信憑性のある話なのかは判らない。
それでも捨て犬のような目をした、情けないこの子供を見ると断りにくくなる。
「巧いな」
思わず実隆は愚痴るように呟き、眉を動かす。
城崎はにやにやしたまま鼻で笑う。
「俺の話は全て嘘かも知れない。でも、俺だって知りたい事がある。『煙草』を、もし手に入れたのだとしたらどこから手に入れたのか」
そう言って目を鋭く尖らせる。その目は、明らかに敵を睨みすえるための、怒りの感情を静かに湛えるものだ。
少なくとも油断できる交渉相手ではないにせよ。
実隆は断る理由が思い当たらなかった。
「じゃあ、その情報はおまけでつけてやるよ」
だから引き受ける事にした。後で、どれだけ後悔する事になったとしても。
◇次回予告
帰宅する実隆の前に現れる、奇妙な少女。
「お互い様でしょう?……あなたの事はミノルでいいかしら?」
玲巳と名乗る彼女は、預言のように言葉を残して去っていく。
失踪する冬実、転がり落ちるように立て続けに起きる出来事の裏側には。
Holocaust Chapter 4: 玲巳 第5話
ん、キミは――如月工業の生徒ではないね。五十嵐君の……友人かな?
『常識』とは『予期』すべきこと
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