「迷惑だったかい?」


そうキールは言った。

非常階段に駆け込み(手すりがコンクリートなのでかがめば周囲から見えない)、とりあえず杖を取り上げ、マントを剥いで畳んで自分の鞄と一緒に胸に抱えさせて、さてこれをどうしようかと杖を見つめて考えていた、丁度その最中に問いかけられて、夏美は一瞬言葉に詰まった。

迷惑ではなかった。そう決して迷惑ではないのだが、困ったのは確かだった。


「……そんなこと無いよ。だって、丁度キールに会いたいって思ってたとこだったし」

「でも、困っているだろう?」


キールの言葉に思わず目を見開く。本当に、泣きたくなるくらいに、息も止まるほどに。会いたいと思ったのは確かだったのでそう答えたものの、 人に見られてしまったとか深崎籐矢にどう説明したものかとかいやでもまだあのタイミングでよかったとかもっと違う時間だったら一人じゃすまなかったとか出てくるとこまで見られたとか服どうしようとか親とか家とか戸籍とか、つらつらと考えてしまっていたのも確かだったからである。

二人の間に沈黙が降りる。
心配そうなそれでいて怒ったようなキールを見て、夏美は気まずいなと思って誤魔化すように視線を杖へと戻した。

なおも沈黙が降りる。


「………………スルドクなったね、キール」

「前からだよ」


沈黙に堪えかねてようやく口を開いた夏美に、キールはそう言った。


「君やフラットの皆なら、機嫌くらいなら判るようになっていたんだよ」


言いはしなかったが。


「だから今、君が困っているのは判る」


そう言って、キールは促すように夏美を見る。


「……………困ってるのは確かだよ」


少し間を置いて、夏美は答えた。


「とりあえず、服。それと杖とかどうやって持って帰るか。こっちじゃキールの服とか目立つから、着替えないと学校から出られないんだよね」


学校の中でも充分に問題だが。ちなみに学外だと職質さえも避けられまい。


「でも、あたしの服じゃサイズが違うから……あぁぁぁぁぁぁもうっっっっ!どうしよう〜」


買いに行くにもいくら人が来ないからと言ってキールをここに一人で置いておくのも不安だし、大体ロクに持ち合わせもない。
そして更に、家族に彼のことをどう説明したら良いのか、という問題も残っていた。流石にキールには言えなかったが。

今までリィンバウムでもテストでも、ここまで悩んだことはなかったぞ。これこそ人生の一大事だぁぁ!!!!!と頭を抱える夏美を見て、キールも困っていた。解決策を提示してみようかとも思ったが、考えつくのは他で調達するということだけで、調達手段が購入すること以外に考えつかない以上口にする気にはならなかった。

そこで、ただ黙ってそっと周囲を観察する。

堅い石のような物でできた灰色の壁で囲まれた同色の階段、壁の間だから見える薄い色の空。
とりあえず自分が見られてはまずいらしいので、それ以上の物を見るのは諦めたが、この無機質な視界とその中で未だに頭を抱えて呻いている彼女が同じ世界のものであることがなんだか不思議なことのような気がした。そして、自分が今彼女と同じ世界にいるのも、同様に不思議なことのように思えた。


「夏美」

「ん?何??」

「久しぶり」

「あ…あのねぇ……」


夏美は盛大にコケたが、キールはそのリアクションにただ嬉しそうな顔をしている。夏美がリィンバウムに居た頃のような、慣れた人間にしか判らないような表情ではなくて、きっと誰にでもわかるようなそんな顔。


「……ひさしぶり」


そういってへにゃっと笑う。正直頭の中は混乱中でまだまだ嬉しいどころではなかったはずなのだが、何故だか涙が出そうになる。


えへへと誤魔化し笑いを浮かべて目元を拭いつつ、ようやく嬉しそうににこりと笑う。


「ホントひさしぶりだね〜。どーやって来たのかは分かんないけど、来てくれて嬉しいよ。困ってるけど」


そう言うと、ふたり顔を見合わせてにこっと笑い合う。
しばらく、ただ互いを眺めながらにこにこしていたのだが、やがてキールの方が問題を切り出した。


「それで、こまっているんだろう?とりあえず服のことかい?…そんなにおかしいのか」

「うん、そう。向こうじゃあたしの今の服はへんでしょ?それと同じだよ。それで出歩いたら下手したら捕まっちゃうから、どうにかして服用意しなくちゃ。でもあたしそんなにお金無いんだよねー」


服にゲームに散財しちゃってさー、と笑う。


「だから、買うってのもナシなんだけど、そうなるとね〜。ま、ここ学校だからサイズあいそな服はゴロゴロしてるんだけど、まさか盗むわけにもいかないし。借りるにしたって、説明がねー」


女子高生が、何の理由もなしに男子にジャージを貸してくれなどと言うと、当然不審がられるだろう。
だが


「ここって、リィンバウムと違って異世界のものがフツーじゃないからね〜」


きちんと事情を説明をすると、こっちの頭を疑われかねない。
そう夏美は続けた。


「そうか…それだったら、さっきの彼に僕を見られたのはまずいんじゃないのか?どうするんだい」


少し考えて言ったキールに


「あー多分だいじょーぶ。深崎くん人にはキール見たこと言わないと思うよ、あの調子だと…ううーでも後で説明してくれって言われるんだろうなぁ…」


どう説明しようかなぁ〜、と夏美は再び頭を抱えた。
本当の事を言うことはできないし、彼は自分より相当頭の出来がよろしいので彼を納得させるような嘘をつくのは無理だろう。でもそれだと本当のことを説明するしかなくなるし……


「ん………?そーか。OK!深崎くんに話しちゃえ」

「それで大丈夫なのかい?」

「うーん、どうせ見られたからには説明しなくちゃイケナイし、嘘の説明なんてできたもんじゃないし、この際無理矢理ナットクしてもらって、ついでに服借りちゃおう!彼キールと背近いし」


言うと、夏美は杖を拾って階段を元来た方へと上り始めた。


「ついてきて、キール。顔、上に出さないでね」






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