と、ある晴れた日の昼下がり。深崎籐矢はすこし不機嫌そうな顔をして廊下を早足で歩いていた。
もう何分も前に予鈴が鳴り、すぐにでも本鈴が鳴るような時間だというのに、彼のクラスメートである一人の少女が、移動先の教室に現れないからであった。普段なら放っておくところなのだが、彼女は最近授業に遅れがちになり、それにともなって籐矢は何度も、特に彼が生徒会の副会長をしているからかやたらと用事を言いつけてくるある教師から、彼女を呼んでくるように言いつけられていた。今回もこの調子では同じことになるのが見えていたため、仕方なく先に呼びに行くことにしたのである。

深く溜息をつく。まったくどうして自分が、と思う。
また、もともと彼女は友人が多い方なのだから、教師もその友人達に呼びに行かせればよいものを、と思う。そして、そもそも彼女の友人達は何故に彼女をきちんと連れてこようとしないのか。

………いや、連れてこようとしていない訳ではないな。

何度も彼女を迎えに行かされた立場から、移動教室の際には自分が移動する前に彼女の様子を確認するようになっていたのだが、彼女にはいつも自分が釘を刺さなくとも誰かが、次の移動について伝えていた。そしていつも彼女は移動の準備をしていたように思える。だから、大丈夫だと思って置いてきてしまうのであろうか。それは、彼女がいつも遅れて来るというわけではないことを考えると、仕方がないことのようにも思えた。
そして、籐矢が迎えに行くと、彼女はいつもきちんと準備は済ませていた。ただ、そんなときはぼんやりと、いつも何かを考えているように見えた。もともと、彼女は籐矢から見て、落ち着きが足りないと思うほどに元気がよい少女だったので、彼女のそのような様子は、あまり親しくはない彼であっても、何かあったのかと多少気になっていた。

本鈴の音を聞きながら、扉に手を掛ける。
…………………………その時。

爆発音と言った方がよいような鼓膜が破れるかと思うほどの轟音と、それに続く机が倒れる派手な音が、教室の中から起こった。

「………!!!!」

思わず、扉から手を引く。
次が移動教室で良かった…………そう思って息を付きかける……………

………………自分は何故ここにいたのか?

「橋本さん!!!!!!」
そのことに思い当たり、慌てて扉を開き、教室へと駆け込む。
まず目に入ったのは、いくつもの倒れた机。普段はきちんと並んでいる机の列が、ある一角だけひどく崩れていた。
それから少し離れて、橋本夏美が立っているのを確認して、籐矢はふぅっと息を付いた。

「橋本さん、今、凄い音がしたけど、大丈夫かい?」

そう、声を掛けると、彼女は、

「………え?…えーと………あー、うん。本当。す…すっごい音だったよねぇ……?」

と、先程の爆発音に衝撃を受けている、というよりも、慌てている、といったかんじで、やたらと歯切れの悪い答えを返した。何やらしきりと机が倒れている辺りを気にしているように見えた。

「……?」

不思議に思い、その方向に目線をやると、そこには、大変奇妙な恰好をした少年が、倒れた机の間から起きあがるように座っていた。


しばし、互いに見つめ合う(不本意ながら?)。籐矢が新たに口を開くまでには少し、時間がかかった。

「……………君は?」

答えようとした少年を遮って、夏美がまた、慌てたように口を差し挟む。

「いやあのっっえーとねぇ……あたしの…その知り合いとゆーかなんかその〜…………」

「……とりあえず、きみの知り合いだということはわかったよ」

しどろもどろになった夏美の言葉をそう結論づけて、新たに、なんでその少年がそのような恰好でここにいるのか、そして彼はさっきの轟音に関係があるのか、と当然持つべき疑問を口に出そうとしたそのとき、籐矢は、教室の外で、階段をこちらの方に向かう物音に気付いた。未だ人がここに来ていないということは、つまりこの階に自分達しかいなかったという幸運を表していた。だが、あのような凄まじい音がした以上、教員にしろ生徒にしろ、誰かが音源を確認に来るのは、当たり前のことだった。

「うわ…どうしよ…」

そうつぶやいた所を見ると、夏美も自分と同じことに気付いたようだが、彼女は、既に机の中から立ち上がって服の埃を払っていた少年と籐矢、そして廊下の方をわたわたと見回すだけで、どうも次の行動が定められないように見えた。

ふぅ、と大きな溜息を一つついて、籐矢は夏美の机の方に歩み寄ると、横に掛けてあった鞄を取り、

「橋本さん」

と声を掛け、夏美にそれを手渡した。

「へ??」

不思議そうな声をあげる夏美に

「先生には早退と言っておくから、早く行った方がいい」

そう言って、教室の後ろの非常口を指し示す。

「もう、人が来るから…早く!」

「あ…ありがとう!」

そう言って、側に立っていた少年の腕をつかむ。ベランダへと駆け出し、非常階段へと向かう。

その後ろ姿を見て、籐矢は廊下の方へと向かう。さて、詳しい事情は彼女に後日訊ねるとして…外に来る人には、どう言って誤魔化したものだろうか……まぁ、なんとかなるだろう。




<<序章 02>>
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