Q1-2 期間限定営業とは


A1-2 一定期間だけ営業する鉄道

 ■手続きを簡素化

 旧・地方鉄道法の時代には、恒久的に営業を継続する路線も、博覧会会場などへの足として一時的に営業する路線も、免許の形態は同一でした。大阪万博の会場近くまで仮設の線路を敷いた北大阪急行電鉄や、沖縄海洋博の観客輸送用に同博覧会協会が運行したモノレールなど、一定期間だけ営業した鉄道も、他の鉄道と同じ基準で免許を受けていました。しかし、これでは機動性に欠けるとの判断から、鉄道事業法は3条4項に「一時的な需要のための鉄道事業の許可は、期間を限定して行うことができる」との規定を置き、一定期間に限って営業する「期間限定営業」許可(2000年2月末までは免許)が条文に明記されました。

 期間限定営業路線の許可手続きは、恒久的に運行を継続する通常の鉄道よりも簡素にするとともに、鉄道事業法施行規則71条13号により、国土交通大臣の権限を地方出先機関である地方運輸局長に委任。短期間かつ低コストで営業を始められるように配慮されています。

 ■少なくとも11区間

 鉄道事業法が施行された1987年4月以降、これまでに開設された期間限定営業区間は、私の把握できた範囲で以下の通りです。敦賀港線の2回は同一区間。鹿島臨海鉄道は近年では、毎年秋に臨時運転しています。仙台臨海鉄道の2回もほぼ同一と考えると、これまでに営業されたのは11区間ということになります。

営業期間 事業者名 種別 区間 営業キロ 備考
1987/07/01〜
1994/10/08
東海旅客鉄道 2種 山王(信)〜ナゴヤ球場正門前〜名古屋港 6.2 第1種は日本貨物鉄道。ナイター開催日のみ運転。旅客列車の運行は山王(信)〜ナゴヤ球場正門前0.7kmで、その先5.5kmは回送用
1987/07/18〜
同/09/28
仙台臨海鉄道 1種 陸前山王〜仙台港 4.2 東北博覧会前駅は仙台西港駅より0.3km手前の臨時駅(当時の「交通新聞」(日付不詳)による)
仙台港〜東北博覧会前 2.2
1989/03/25〜
同/10/01
横浜博覧会協会 1種 日本丸〜山下公園 2.1 旧国鉄・山下臨港線を活用
エイチ・エス・エス
・ティ
1種
(浮上)
美術館〜シーサイドパーク 0.5 浮上式鉄道として初めて鉄道事業法の免許を受けた
横浜エスケイ 1種
(鋼索)
桜木町ゲート〜フェスティバル広場 0.7 「動くベンチ」型の変な乗り物
1989/03/17〜
同/09/03
アジア太平洋
博覧会協会
軌道
(案軌)
遊戯施設前〜東ゲート 0.8 ガイドウェイバスとして初めて軌道法の特許を受けた
1989/08/03〜
同/08/08
九州旅客鉄道 2種 香椎〜福岡ボート前 10.2 第1種は日本貨物鉄道。正式な1種区間は香椎〜博多港7.8kmで、その先2.4kmは博多港駅の構内側線を使って営業
1997/07/19〜
同/09/29
東日本旅客鉄道 2種 陸前山王〜仙台港 4.2 第1種は仙台臨海鉄道。ゆめ交流博前駅は仙台西港駅より0.3km手前の臨時駅。東北博覧会前駅とほぼ同位置
仙台港〜ゆめ交流博前 2.2
1997/12/21〜
同/12/28
東日本旅客鉄道 2種 泉〜小名浜 5.4 第1種は福島臨海鉄道。列車運行は21、28の2日間
1999/07/14〜
08/08
西日本旅客鉄道 2種 敦賀〜敦賀港 2.7 第1種は日本貨物鉄道。1999年の期間には、回送列車のみ運転日も含む
2003/08/16
2004/03/25〜
09/25
二千五年日本
国際博覧会協会
1種
(※)
北ゲート〜南大催事場 1.6 種別欄の※印は「磁気誘導式鉄道」。専用走行路面に設けられた磁気マーカーで誘導され、車両が無人隊列走行する「IMTS」と呼ばれるシステム
2005、10、11、12、13年各1日 鹿島臨海鉄道 1種 鹿島サッカースタジアム〜神栖 10.1 鹿島臨港線。1984/12/01に廃止されるまでは北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)〜神栖〜鹿島港南15.4kmで旅客営業をしていた(下記「おまけ・貨物線に乗る」も参照)
 

 ■難しい実態把握

 以上の期間限定路線のうち、私はというと、JR九州・香椎〜福岡ボート前、JR東日本・泉〜小名浜の2区間を除く計9区間に乗車したことがあります。「何と物好きな……」と思われるかもしれませんが、普段乗れない路線、二度と乗れない(かもしれない)路線に乗るというのは、もしかしたら全線完乗よりも味わい深いことではないかと思っています。

 ただ、困ったことが一つあります。それは、期間限定営業の路線は乗りつぶしの基礎資料である『鉄道要覧』に掲載されないため、正確に把握するのが難しい、ということです。例えば、東海旅客鉄道が1987〜94年の夏に、ナイター開催日に旅客列車を運行していた名古屋〜ナゴヤ球場前(臨)間は、その都度、期間限定の第2種鉄道事業免許を取得していたとみられますが、『要覧』に掲載されたことは一度もありませんでした。JR東海の第2種区間が列車の走らない名古屋港まで及んでいたというのは、当時の「鉄道ジャーナル」誌の記述に基づくものです。
 また、1997年の仙台臨海鉄道、福島臨海鉄道の期間限定営業が貨物鉄道会社の直営でなく、JR東日本の第2種営業だったということは、2001年2月、当サイトの読者の方からの情報提供で知ることかできました(1987年の仙台臨海鉄道も第2種営業だった可能性もありますが、全く情報がないため、上表では「第1種」としてあります)。

 というわけで、実態のはっきりしない期間限定営業の路線。もっと他にもあったのかもしれません。何はともあれ、こうした路線が、こだわり派・乗りつぶし派の鉄道ファンを楽しませてくれる存在であることは間違いなさそうです。

(おまけ・貨物線に乗る)
 最近は普段は貨物列車しか走っていない区間にも様々な臨時列車が走ることが多く、日程さえ合えば、変わった体験をできる機会が増えました。上で触れた期間限定営業路線の中にも、通常は貨物営業だけを行っている路線が多数ありますね。
 そんな中で、臨時に旅客営業が行われたわけではなく、純然たる貨物線に乗ったことが一度だけあります。それは鹿島臨海鉄道・鹿島臨港線の鹿島港南(当時)〜知手1.0kmで、1983年11月30日です。日付を見て「おや」と思った方、ご明察です。そうです。同線の旅客営業最終日です。
 鹿島臨港線は元々、貨物専用線としてスタートしましたが、鹿島港から、成田空港に離着陸する航空機の燃料輸送が行われるようになった見返りに、北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)〜鹿島港南(現在は廃止)15.4kmで旅客営業を始めました(始発は国鉄・鹿島線の鹿島神宮駅。北鹿島は旅客扱いなし)。とはいえ、当初からほとんど空気輸送の状態。燃料輸送のパイプラインの完成などを理由に旅客営業は終了することになったのです。
 私が乗ったのは、鹿島神宮駅発の下り最終列車でした。外はもう真っ暗ですが、東京都内を午後に発って駆けつけたので、やむを得ません。幸い、どの窓も全開されているので、工業地帯らしき景色は何とか見えました。さて、いよいよ列車が終着にさしかかったところ、車内放送が響きました。「この列車は、この先の貨物駅で折り返しますが、どうぞこのままご乗車下さい」。
 かくして私は、他の乗客の人々とともに、知手駅までの普段は乗車できない区間を往復した後に、本来の終着駅である鹿島港南駅に降り立ったのでした。同駅には折り返し設備がなく、その先の知手駅まで列車を走らせないと踏切が鳴りっぱなしになってしまうという同線の構造が生んだ結果ですが、最終列車らしい粋なはからいでした。

(2014年05月07日最終更新)


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