渡邊淳也 フランス語の時制とモダリティ 早美出版社

2014年3月15日発行 A5版 176ページ 2000円+消費税
ISBN :978-4-86042-080-2



●概要
 本書の題名は、フランス語の時制とモダリティに関する総論的な概説書を想起させてしまうかもしれない。しかし、本書の主眼はあくまでも事例研究にあり、フランス語において、時制とモダリティというふたつのカテゴリーが関連しあう諸現象について論ずることを目的とする。フランス語の時制研究にとって、モダリティとのかかわりはもっとも重要な主題のひとつであり、これについて論究してゆくことによって、それぞれの時制に対する理解が格段に深まることは疑いの余地がない。
 第1章(序論)では、各論に入るまえの前提として、時制とモダリティ、および一部の関連概念についての概観を提示するとともに、本書の構成を紹介する。
 第2章、第3章では、いずれもフランス語の半過去形をおもな対象として、特徴的な用法について考察する。第2章では、丁寧の半過去形 (imparfait de politesse) における時制とモダリティとの関係を研究するとともに、丁寧の半過去形のひとつの下位分類である接客の半過去形 (imparfait forain) と類似している日本語の「よろしかったでしょうか」型語法との対照研究をおこなう。第3章では、間一髪の半過去形 (imparfait d'imminence contrecarrée) について考察するとともに、それと類似している西日本方言における間一髪の「よった」との対照研究をおこなう。
 日本語との対照研究を随所に織りこんでいるのは、一見類似している形式と対比し、その異同を確認することにより、フランス語の半過去の特徴的な側面をより明確に理解することができるからである。われわれ日本語話者がフランス語研究をする場合、たとえ明示的に言及していない場合でも、日本語を下じきにして考えることによって、あらたな考え方をあみだしている場合が少なくないが、本書ではその過程を明示できるときには明示するようにつとめている。本書は日本語研究を直接の目的とはしていないが、フランス語との対照から得られる日本語の特徴に関する知見は、日本語の研究にも有益な部分があるものと期待される。
 第4章では、可能世界意味論における分岐的時間 (temps ramifié) の表象をもちいることで、半過去形、条件法現在などが、反実仮想などのモダリティをあらわすに至ることについて、一貫した説明が可能になることを示す。あわせて、日本語の「た」についても同様の説明が可能であることにふれるとともに、フランス語との対照点も明らかにする。
 第5章では、時制の基本的な機能として、事行を時間軸上に位置づけること(叙事的時制 temps de re)とならんで、事行を眺望する視点を時間軸上に位置づけること(叙想的時制 temps de dicto)があることを重視する。そのことによって、フランス語の半過去のモダールな用法の大部分が説明できることを明らかにする。また、アスペクトにも、事態そのものの完了・未完了を示すこと(叙事的アスペクト aspect de re)のほかに、事態をどのように眺めるかを示すこと(叙想的アスペクト aspect de dicto)があることをあらたに主張し、それにより、フランス語の半過去や現在分詞の特徴的機能を説明する。さらに、叙想性が未完了アスペクトときわめて親和性が高いという発見から出発して、叙想性は事態内部に視点をおく認知モード、すなわち「Iモード」 ともかかわりが深いことを示す。
 第6章では、単純未来形と迂言的未来形をとりあげる。まず、フランス語とロマンス諸語における単純未来形の文法化の比較をおこない、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語にくらべてフランス語の単純未来形の綜合化(元来は分析的形態であったものの、接合が進んでいること)が相対的に高度に進展しており、それとともに、時制マーカーへの特化が進んでいることを示す。さらに、フランス語における単純未来形と迂言的未来形の機能の比較をおこない、単純未来形の機能については、第4章で言及した分岐的時間の表象をもちいて説明することができ、それとは対照的に、迂言的未来形は直線的時間によって説明できることを明らかにする。さらに、単純未来形のモダールな用法は、第5章でふれる叙想的時制の一環をなすことについてもふれる。
●もくじ
はしがき

第1章 序論
 1. はじめに
 2. 時制とはなにか
 3. フランス語の時制体系
 4. モダリティとはなにか
 5. 時制、アスペクト、モダリティ、証拠性
 6. 本書の構成

第2章 フランス語の丁寧の半過去形と日本語の「よろしかったでしょうか」型語法
 1. はじめに
 2. 先行の諸説
 3. 丁寧の半過去形
  3.1. 語調緩和の半過去形
  3.2 接客の半過去形
 4. 日本語の「よろしかったでしょうか」型語法
  4.1.「いきなり用法」とその説明
  4.2. 未完了相とその含意
  4.3. 予備的判断の擬制
 5. まとめと展望
 6. 補説:「よろしかったでしょうか」型語法の伝播要因と起源

第3章 間一髪の半過去形
 1. はじめに
 2.「間一髪の半過去形」のおもな特徴
 3. 問題点
 4.「反実的」か、「現実的」な状況か
 5.「断絶の半過去形」との対比
 6.「遅滞型」、「早期型」、「非時間型」の関係
 7. 等位接続詞 et の使用について
 8. 西日本諸方言との対照

第4章 分岐的時間の表象を用いた時制・モダリティの連関の説明
 1. はじめに
 2. 分岐的時間の図式
  2.1. Martin (1983) の図式
  2.2.「分岐的時間」の表象に対する批判
  2.3. 分岐的時間の表象には言語的には根拠がある
  2.4. 分岐的時間の表象は過去にも適用しうる
 3. 諸事例への適用
  3.1. Martin (1983) の条件法論
  3.2. 条件法の本質的機能と分岐的時間による解釈
  3.3. 時制的条件法
  3.4. 反実仮想の条件法
  3.5. 他者の言説をあらわす条件法
  3.6. 語調緩和の条件法
 4. 他の言語にみられる仮定性と過去性の相関
 5. 日本語の反実仮想の「た」との対照
 6. おわりに

第5章 叙想的時制と叙想的アスペクト
 1. はじめに
 2. 叙想的時制―半過去の事例
  2.1. いわゆる「時制的」用法にみられる叙想性
  2.2. いわゆる「モダールな用法」の再編をめざして
  2.3. 叙想的時制に関するまとめ
 3. 叙想的アスペクト
  3.1. アスペクトの基本的図式
  3.2. 半過去と叙想的アスペクト
  3.3. 現在分詞と叙想的アスペクト
  3.4. 叙想的アスペクトに関するまとめ
 4. 叙想性と未完了アスペクトとの連関
 5. 叙想的アスペクトと認知モード
 6. おわりに

第6章 単純未来形と迂言的未来形
 1. はじめに
 2. フランス語およびロマンス諸語における単純未来形の綜合化・文法化
  2.1. ロマンス諸語における単純未来形の成立
  2.3. 綜合化と文法化・意味変化
  2.4. まとめ
 3. 単純未来形と迂言的未来形の用法の比較
 4. 単純未来形の基本図式とその適用
 5. 迂言的未来形の基本図式とその適用
 6. 否定とのかかわりと「異常なふるまい」
 7. おわりに

初出一覧

参考文献

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