渡邊淳也 フランス語における証拠性の意味論 早美出版社

A5判 330ページ 定価本体4800円 ISBN: 4-86042-022-5 2004年9月24日発行


 わたしのはじめての単著での著書です。
 2002年に筑波大学に提出し、2003年に「博士(言語学)」の学位をさずけられた博士論文にもとづいています。

 証拠性の問題を考えはじめたのは、大学院の博士後期2年めの1995年からで、それから論文が完成するまでに7年もかかってしまい、その後、このようなかたちにして出版するまでには、さらに2年を要しました。
 内容については、みなさまのご批判をまつしかありませんが、個人的には、遅遅たるあゆみにもかかわらず、なんとかここまで来ることができたことを、ひとまずはよろこびたい気もちでおります。

 大きな書店の言語学の棚にはならべられるそうですが、どの書店かは把握しておりません(すみません)。
 しかしもちろん、お近くの書店に著者名、書名、出版社名、ISBN を告げると註文できます。

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 早美出版社による紹介ページ

 ●概要

  本書は、フランス語における「証拠性」(évidentialité) について、具体的な表現の分析を通じて明らかにすることを目的としている。

 まず第1部では、研究対象の画定と、研究指針の確立をめざして、予備的考察がおこなわれている。そのうち、第1章では、証拠性に関する先行研究が検討されている。従来の研究には、「直接経験・推論・伝聞」という、発話にさきだって、あらかじめ外在するなんらかの情報源というとらえかたが多かった。しかし、たとえば通例は「推論」のマーカーとされる il me semble が、直接経験によって得られた情報を提示する場合にも、あえて語調緩和のために用いられることがあるなど、たんなる「情報源の標示」としてはとらえきれない現象が存在する。すなわち、発話者は、先験的にあたえられた情報源を示すのではなく、かなり自由に発話の根拠や、その信頼性のほどを示していると考えられる。そこで、第2章では、証拠性を、「発話から出発して、それを根拠へと関係づける操作」として再規定している。

 第2章ではさらに、証拠性を標示するとみられる機能的 (文法的) マーカー、すなわち、il semble que...il paraît que...、条件法、devoir を研究対象としてえらび、それらを語意義論 (sémasiologie) 的な方向性で研究するという指針が提示される。その際、たとえ証拠性的とみられる用法は当該マーカーの用法の一部でしかなくても、それに観察の範囲を局限せず、ひろく多様な用法を視野にいれ、各用法に共通する、マーカーに固有の本質的機能を抽出することにより、ほかの用法とも整合的な説明ができることが目標とされる。この接近法は、一般に、多くの機能的マーカーにおいて、各用法を截然とはわけられない連続性が観察されることによって正当化される。

 つぎに、第2部では、事例研究として、それぞれのマーカーを具体的に分析している。そのうち、第3章では il semble que...、第4章では il paraît que...、第5章では他者の言説をあらわす条件法、第6章では devoir の認識的用法がそれぞれ中心的な考察の対象となる。

 第3章では、il semble que... について検討している。il semble que... の機能は、que... 以下の命題内容を、間接的徴候から推論によってみちびきだしたことをあらわす証拠性的部分 (composante évidentielle) と、命題内容に認識的モダリティを付与するモダールな部分 (composante modale) をあわせもつ。このうち、証拠性的部分は、動詞 sembler の、《類似性》 (similitude) をあらわす本質的機能に由来する。この仮説について、論拠となるさまざまな統辞的・意味的現象を提示し、また人称用法もふくむ、sembler のさまざまな用法における検証がおこなわれる。

 また、il semble que... にともなう間接目的補語 à qqn. の機能についても議論し、それは、il semble que... の場合は暗示的であった、命題内容を感知する主体、すなわち知覚主体 (sujet percepteur) を明示することであるとしている。そのことから、知覚レヴェルがきわだち、感覚・感情をあらわす内容と親和性が高いことを、うまく説明することができる。

 つぎに、第4章では、il paraît que... の分析がおこなわれる。先行研究では、この表現は、もっぱら「伝聞 (ouï-dire)」という価値を標示する特例的な固定表現としてあつかわれることが多かった。しかし、たとえ特例的とあつかうにしても、この表現が「伝聞」という特定の価値を標示することができるのはなぜかという点に関しては、説明がなされるべきことには変わりはない。

 ここでは、paraître の語彙的用法をも検討し、「出現」、「顕在」をあらわす用法に共通する図式として、《発現》 (émergence) の標示が paraître に本質的な機能であると考える。この動詞は、通常の運動動詞とちがって、運動の起点を示すことができない。このことが、伝聞における (引用や報告話法とは異なる) 本源の不定性とつながっており、発話者にとって伝聞内容が《発現》的にとらえられることが、il paraît que... による伝聞の標示の基底にあると主張されている。

 また、《発現》に内在する起動相・点括相的な語彙アスペクトは、il paraît que... の伝聞内容の単一性・孤立性につながっており、第5章でみる他者の言説をあらわす条件法との対比点となる。

 第5章では、動詞の条件法の、他者の言説をあらわす用法が主たる対象となる。この用法の条件法については、多くの先行研究で、「伝聞」や「情報の借用」、すなわち、「発話内容が、情報の出どころとなる具体的な第三者から来ていること」を示す機能が認められてきた。

 しかし実例を観察してゆくと、「伝聞」的なモデルでは説明のつかないものも少なくない。叙述内容の本源が、具体的な人物・機関ではなく、抽象的な思考内容 (推論、思弁など) として提示されている場合も、条件法はまったく同様に内容をのべることができる。その他にも、これまであまり注目されてこなかったさまざまなタイプの例について検討し、この用法における条件法の機能は、単に内容が、外部の情報源に淵源することを示すだけではなく、より広く、他者の言説の連続性、ひいてはそれに表象される事態の連続性を、あくまでも総体的に仮定し、その連続性の中に事行を位置づけることを要求するものであると主張されている。

 さらに、他者の言説をあらわす用法に関する仮説から出発すれば、その延長線上で、条件法の他の用法についても均質の説明をくわえることが可能であり、条件法というマーカーに通底する本質的機能を理解しうることについても触れている。

 第6章では、いわゆる認識的用法を主たる対象として、準助動詞 devoirの機能を探究している。認識的devoirについては、ほとんどすべての先行研究が《推論》 (inférence)、より細かにいえば《省略三段論法》 (enthymème) を標示するとしている。しかし、実例を観察すると、まったくの決めつけ、当てこみで判断をくだす場合にもdevoir を用いることができることがわかる。この種の実例の観察にもとづいて、先行研究が仮定するような推論過程はつねにみとめられるとはかぎらず、むしろ「他の可能性の排除」という操作こそがdevoirの本質的機能であると主張している。

 第3部では総括と展望が提示される。第7章では、マーカーの本質的機能から出発して、どのような過程をたどることで、多様な証拠性的な解釈が生ずるのかを跡づけ、それにもとづいて、マーカーと証拠性の関係を再規定している。証拠性のカテゴリーに属するさまざまな解釈の変異は、マーカーの本質的機能が、いかなる統辞的・意味的実体へと適用されるかの差異に由来している。証拠性は、それぞれのマーカーがアプリオリに与える固定的な価値ではなく、発話のなかで動的に構築される価値であるとの考えが示されている。

 おわりに第8章で、証拠性と、いくつかのその関連領域とのかかわりについて論じ、発話行為、ひいては言語活動全般に対する証拠性のかかわりについて考察されている。

 証拠性の問題は、発話行為のさまざまな側面と深い関連をもっており、証拠性を考察してゆくことは、言語活動そのものの探究にも寄与しうるものと考えられる。

 

もくじ

序 論

第1部 前提と方法論

第1章 先行研究における証拠性の概念化
1.1. はじめに/1.2. アメリカの記述言語学における証拠性/ 1.3. フランス語学、フランスの言語学における証拠性/1.4. 日本語学、日本の言語学における証拠性/1.5. まとめ

第2章 証拠性の新しい概念化と接近法
2.1. はじめに/2.2.「証拠性」という総称語の採用/2.3. 証拠性の新しい概念化/2.4. 証拠性とモダリティ/2.5. マーカー研究の基盤と指針

第2部 事例研究

第3章 il semble que... について
3.1. はじめに/3.2. il semble que... について/3.3. il semble à qqn. que... について/3.4. モダリティ表現説の再検討/3.5. sembler の本質的機能について/3.6. おわりに

第4章 il paraît que... について
4.1. はじめに/4.2. 動詞paraîtreについて/4.3. il paraît que... について/4.4. il paraît à qqn. que... について/4.5. 知覚される現象とその文法化/4.6. paraître の属詞用法、不定法用法について/4.7. おわりに

第5章 他者の言説をあらわす条件法について
5.1. はじめに/5.2. 先行研究における機能分析/5.3. 他者の言説をあらわす用法/5.4. 条件法の本質的機能/5.5. il semblerait que..., il paraîtrait que... について/5.6. おわりに

第6章 devoir の認識的用法について
6.1. はじめに/6.2. devoir は本質的に証拠性を標示するか/6.3. devoir 三義説とその問題点/6.4. devoir の本質的機能/6.5. 認識的用法のさまざまな例/6.6. devoir の認識的用法と条件法/6.7. おわりに

第3部 総括と展望

第7章 マーカーの本質的機能から証拠性への連関
7.1. はじめに/7.2. sembler の本質的機能から証拠性への連関/7.3. paraître の本質的機能から証拠性への連関/7.4. 条件法の本質的機能から証拠性への連関/7.5. devoir の本質的機能から証拠性への連関/7.6. 構築される価値としての証拠性

第8章 証拠性と発話行為
8.1. はじめに/8.2. 隠喩との関係/8.3. 近似表現 (approximatif) との関係/8.4. 論証 (argumentation) との関係/8.5. 話法・引用との関係/8.6. 言語活動全般との関係

結 論

参考文献

 

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