Preface/Monologue2026年 3月


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奄美大島の金作原(きんさくばる)にて。右手の黒い幹はシダ植物のヒカゲヘゴ。

ここまでのCover Photo:奄美大島の金作原(きんさくばる)にて。右手の黒い幹はシダ植物のヒカゲヘゴ。

1 Mar 2026

一か月近く続く右の僧帽筋中ごろの筋肉痛でQOL低下。それでも山に行く。いつも以上に時間がかかるけれど。でも連続は厳しい。早く治らないかな。


川崎-水戸、2-2(4 PK 2)。前半終了間際に立て続けに2失点。終盤に劇的に追いつき、PK戦で勝利したのは執念のたまものだけど、今年J1に上がってきたばかりの相手は一蹴するくらいの貫禄を見せてほしかったな。

それでも集中力は改善してきているらしい。「緩さ」「甘さ」の自覚と克服意思は共有されつつあると思えた。望むらくはさらなる強化を。PK戦、今回もブローダーセンありがとう。

8 Mar 2026

三浦半島へ。横須賀線東逗子駅から三浦乳頭山を経て三浦アルプス南尾根に乗り、連絡尾根から森戸川に下って二子山へのルートに登り返す。二子山は割愛して東逗子に戻る。


以下は備忘録。

東逗子駅からのルート、二子山と乳頭山との分岐に丸太ベンチが一基設置されていた。当地の林業組合は解散したとのことだが誰が作ったのだろう。”マムシ注意”の看板が見えなくなっていたような気もする。座るときは足元注意。

乳頭山から芽塚を巻いて観音塚少し手前で南尾根を下りたが、芽塚の先の高圧線鉄塔から先は細かいアップダウンが続く。本日の最高標高は200mそこそこなのに、獲得標高差は600mを超えている。高尾山口から稲荷山コースを往復する高尾山より多い。南尾根は訓練によいとあらためて思う。

連絡尾根はよく踏まれているが森戸川に下る最後の部分は急傾斜でかつ一部がヤセ尾根。次は早めにトレッキングポールを仕舞うようにしよう。降り立った森戸川脇の小平地には先ほど見たような丸太ベンチが四つ五つあった。これも新設されたものかもしれない。

二子山へは合流してくる南沢を右に見て上流に向かう。コースは沢の脇を行く。浅いとはいえ沢を渡って右岸の斜面に取りつくところがあり、この取りつき、増水で削られたのかロープにつかまらないと上がれない。再び沢に下るところも足元に注意が必要。廃道扱いになったせいか少しずつ荒れていってるのではと思っていると犬の散歩をしているような方たちが下りてくる。水辺を行けたのだろうか。次回来た時に確認してみよう。


行きに乗った昼前の横須賀線はそこそこ混んでいた。鎌倉に春の花を見に行く観光客が多かった模様。

15 Mar 2026

好天で風も穏やかな日、奥武蔵に。

東武東上線越生駅から虚空蔵尊を経て桂木観音下の桂木峠に向かい、椎木山、鼻曲山と越えて一本杉峠へ。エビガ坂からユガテを経て橋本山を越え、西武秩父線東吾野駅へ下る。


山名のあるピークは上述以外にもいくつも踏んだものの抜きんでたものはないので少々冗長に感じる山行だった。そんななかでも鼻曲山と橋本山は展望がよく足をとめるスペースもあるピークらしいピークで、武甲山や大持山が遠望でき(鼻曲山では武甲山は山頂部だけだが)、奥多摩の蕎麦粒山も眺められた。

全体によく踏まれた穏やかな道(一部車道や林道あり)で、名のある峠がかつての生活道の面影を伝えている。とはいうものの椎木山や鼻曲山への登路は短いとはいえ急傾斜だし、鼻曲山からの下り途中にある幕岩の岩場は転落事故も起きたことがあるというちょっとしたもので、山歩きであることは間違いないのだった。


出だしの越生駅から虚空蔵尊に向かう人影は見る限りなかった。たいがいは大高取山方面に行くのだろう。ガイドマップでのルートは医王寺というお寺を経由するものだったが大宮神社を経由する道のりで歩いた。この神社、本殿を取り囲む壁面彫刻が素晴らしい。題材は天岩戸の物語とかヤワタノオロチ退治とか。神話を彫ったものは初めて見た気がする。(忘れているだけかも)

下山後、まだ明るかったので例によって西武秩父駅に出る。銭湯”クラブ湯”で汗を流し、改装なったパーラーコイズミで甘いものを食べて帰路についた。飯能に着くまでは眠りっぱなしだった。

21 Mar 2026

軽量化が流行り。
振り返り見るに、一番軽量化しなければならないのは自分自身だろうなと。

25 Mar 2026

映画『マーティ・シュプリーム』を観る。自分のことしか考えていない掛け値なしの身勝手野郎が周囲に死傷者まで出してまで富と名声を求めようとする。そのため遂には高慢ちきだったプライドも投げうつのだったが、それでも果たせないと知った時、最後に求めたものは何だったか。

問答無用のトラブルメーカーで絶対に傍にいてほしくないタイプなのだが、妙に魅力的に見えるのは彼は彼なりに純粋だったからか。余計なものを削ぎ落した後の彼は、善き人の人生を送るかもしれない。というか送ってほしい。

29 Mar 2026

香川県の屋島を南から登って北端まで縦断。縦断したのち折り返して戻ってくれば、なかなかの歩きでのある山に。

鉄路の登山口は琴電の潟元が紹介されるようだが琴電屋島駅から歩き出す。山に向かって上がる幅広の道が突きあたるところに家があり、その裏になんとケーブルカーの駅跡が残っている。古びたケーブルカーまである。なるほど道幅が広いのも、旅館まであるのも、琴電屋島駅の駅舎が立派なのも、かつてここが屋島の玄関口だったからなのだろう。

屋島寺を目指す登路はほぼ全体が舗装路だが、屋島を屋島足らしめた山上台地を覆う硬い岩盤をそこここで目にできる。チャートかと思ったら安山岩で、これがサヌカイトらしい。観光客に混じって到着するお寺は、車道が通じてなかった当時はまさに修業の場だったのだろうが、いまは明るいばかりでその面影はない。屋島は名の通り平坦な山上部を持つが、中ほどで標高をやや下げたくびれ部分があり、これを境に南嶺と北嶺とに別れるのだが、南嶺は広い駐車場もある立派な観光地。お土産屋が軒を連ねる道筋もある。レストハウス近辺では高松市街が眼下に見下ろせる。

北嶺は有人施設がなにもなく、南嶺に比べればやや山の雰囲気が濃い。舗装された周遊道ではなく平坦部の中央を行くルートを辿ればさらに気分が良い。ただし眺めはない。瀬戸内海やすぐ隣の五剣山を見渡したければ周遊道に出る。五剣山は採石されている部分が痛々しいが、岩峰の迫力がそれを補って余りある。折れて崩れたという五番目の岩塔の往時の姿を想像したりもする。

北嶺山上部最北端の遊鶴亭というあずまやからの下り始めは驚くほど急だが、そのせいかわりとすぐ高度を下げる。瀬戸内海の水を間近に眺める長崎の鼻まで出て振り返ると、船の舳先のような鋭角的な姿になった屋島に出会える。帰路は麓の車道を歩いて潟元駅に出た。連れの実家のある岡山からだと屋島だけなら日帰りが可能だが、翌日も香川の山を登るため高松に泊まる。

30 Mar 2026

讃岐富士(飯野山)を南から登り、北にある登山口に下る。本家の九分の一の標高だが、本家に引けをとらない美しい山。

琴電琴平線で栗熊駅に出て丸亀コミュニティバスに乗る。駅は無人駅で、バス停は車の往来が激しいほうにあるかと思ったら逆で、鄙びた側に目立たないように標識が立っていた。飯山町登山口には駐車場があり、月曜の朝9時過ぎで何台も停まっている。しかも次々と下りてくる。どうやらこのコースを往復するのが地元の人たちの健康登山コースになっているらしい。顔見知りが上り下りで出会って、下ってきた人が○○さんとは分岐で出会った、とか言っているのが聞こえても来る。

しかしここを健康登山する人たちは大したものと思う。頂上近くまで延々と急な階段。一時間ほどとはいえ楽な工程ではない。そこを中高年も若者も軽々と登っていく。そしてだいたい軽装。空身のひとも珍しくない。通常の日帰り装備で登っているこちらが大げさすぎるような気がしてくる。広い山頂には薬師堂や石碑がいくつも建っているものの、長居をする人が少ない。やはり上り下りそのもののに意味があるのだろう。

山頂自体は周囲の眺めがなく、ほんの少し下ったところに展望台があり金毘羅さん方面が望めるのだが、昨日同様に春霞で遠望がほぼ効かない。うっすらと金毘羅さんの山が見えるくらいだった。下山は往路を辿らず山体を右回りに廻っていく幅広の平坦路を行く。こちらを登ってくる人も少なくない。眺めもよいし脚に無理がないのでのんびり行きたい向きにはよいのではなかろうか。3合目から丸亀市と坂出市と出る先が別れるところがあり、坂出側を選んで昼過ぎに登山口に出て坂出駅まで一時間強歩いた。振り返り見る讃岐富士は、午前中に反対側から見たのと同様、円錐形の美しい山容だった。

31 Mar 2026

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観る。原作は読んでないが書名は気になっていて、”Hail Mary”とはなんのことかと思っていたら映画本編中で親切にも説明があって「神頼み」と教えてくれる。「”神様お願いします”プロジェクト」というところか。地球に迫る未曽有の危機に直面した人類が苦し紛れに発動したものなのでこんな命名になったのだった。とはいえ、何もしないよりは遥かにマシというのは、こんな特異な状況でなくても多々あるものだ・・・。

宇宙空間での困難な状況下で主人公が出会う異星人との交流が楽しく心温まる。そんなに上手くコミュニケーションがとれるワケが・・・とか、あんな高度に発達した科学を持ちながら×××を知らないというのは無理がある・・・とか考えるのは無粋というものだろう。友人を得たうえ、大役をこなしたあと元の仕事に(場所は違えど)戻れて嬉しそうな主人公の姿に幸せな気分になれるから。


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