クラシックの私的名盤

バッハ (J.S.Bach)
無伴奏チェロ組曲―ビルスマ
世間では、パブロ・カザルスの演奏が決定盤で、それ以外は要らないなどと言う人もいますし、名盤紹介の本などにも、大抵まずカザルス盤が挙がっています。私も学生時代にカザルス盤を買って聴き始めました。優れた曲(と演奏)だとは思いましたが、好きにはなれませんでした。この曲を本当にいい曲だなぁと思うようになったのは、バロック・チェロを用いたビルスマの演奏を聴いてからです。
ビルスマは「バッハ」とか「チェロの聖典」とかいった余計な飾りを取り払って、何の気負いもなくひたすら音楽だけを奏でているように聞こえます。当時としてはまだ珍しかったオリジナル楽器の音色も美しく、(現代のチェロに較べて)軽やかな音の流れに浸ることが出来ます。
ビルスマがバロック・チェロを演奏するようになったのは、長いこと演奏活動を続けているうちに、色々なものが溜まってきたのでしょう、ある日、このままでは音楽が嫌いになってしまうと思ったことが切っ掛けだったそうです。それも私には分かる気がします。
ビルスマにはSonyへの再録音もありますが、Seonに入れた最初のものの方(→特価11枚組にも収録)が私は好きです。
(以上のような事を10年くらい前に書いた訳ですが、最近一番気に入っているのは、ギターへの編曲版で、
イェラン・セルシェル
と読むらしい Göran Söllscher の"J.S.Bach: Suites・Sonata"(ドイツ・グラモフォン)です。
セルシェルは、11弦のギターを使って、リュートのような軽い澄んだ音で、チェロだと重くなることの多いこの曲を、軽やかに演奏しています。
組曲第一番の一曲目など、普通は「ガッガガガ、ガガガガッ」と重~い感じで始まるのですが、セルシェルは弱音で何気なく弾き始めます。チェロという一つの楽器で複数の旋律を弾き分けるためには、最初の音を「ガッ」と強めに弾いて、それが後まで耳に残るようにする必要がある訳でしょうが、ギターの場合、開放された弦から響く音が後まで通奏低音のよう残り、自ずとポリフォニックな構造が浮き彫りになります。また弦弾きで音が連続して繋がっていくチェロとは違い、複数の指で爪弾かれるギターの音は、アタックが強くリズミカルであるだけでなく、残響も豊かで立体的(チェロが二次元ならギターは三次元)です。つまり、音にメリハリがあり、和音と旋律を同時に演奏できるのがギターです。そのようなギターの特質を生かして、本当に何気なく、何の余計なものも混じえず、セルシェルは、バッハの心の歌を聞かせてくれます。リュートとガターの良い所だけを取ったような11弦ギターの奏でる音の美しい響と、演奏の技巧を全く感じさせない音楽への献身が、セルシェルの演奏の美点です。
―しかし、信じられないことに、このCDは現在、AmazonにもHMVにもTower Records見当たりません。
セルシェルの弾いたバッハの「リュート曲集」の方はAmazonでもHMVでも買えますから、興味があれば、そちらの方をどうぞ。
(上記のCDには6曲あるチェロ組曲の中から2曲だけが収録されていますが、「リュート組曲」の一曲はチェロ組曲からの編曲版ですから、このCDでもう一曲聞けます。)
というか、代わりに、
ホプキンソン・スミス
が、リュートを大きくしたようなテオルボという楽器で全曲を演奏しているCD(2枚、1-34-6)がありますから、そちらではどうでしょうか。
というか、ホプキンソン・スミスなら、リュートで演奏している無伴奏ヴァイオリン曲集(Sonatas & Partitas BWV 1001-1006)の方を先に聞いたらどうですか、と言いたい。チェロ以上に、ヴァイオリン一本だけでの演奏(時に高音が耳にきつい)より、何倍か楽しめるはずです。
(両方をセットにした四枚組セットがありますが、注文しても届くかどうか微妙。)
―ついでに書いておくと、「リュート曲集」については、Jacob Lndberg (BIS)、Hopkinson Smith (Astrée)、Lutz Kirchhof (Sony/Vivarte) など、名前も知らない頃に輸入盤で買ってよく聞いていました。今手元にあるはずのCDが見つからないので聞き返せませんが、どれもギターではなくリュートによる素晴らしい演奏で、―「平均律」などに比べると曲も比較的シンプルですから―夜中に掛けると時を忘れてリラックスできます(どれも2枚組で全曲版)。
(2016/3/10)

フーガの技法―リステンパルト指揮ザール室内管弦楽団
バッハの音楽は、基本的にポリフォニックで、幾つかの声部が平行して流れていきますから、それらを集中して聴いていれば、それなりに聴けるのですが、それが楽しいかと言われたら、それは別の話、ということになります。とりわけ「フーガの技法」辺りにそういう傾向は顕著です。楽器がオルガンだけとかいうと、少し苦しい場合が多い。
このヴィンシャーマンの編曲による演奏は、各声部の色彩感が豊かで、ポリフォニーが感覚的な喜びを与えてくれます。最も楽しく聴けるバッハの一枚ではないでしょうか。―CDは今は単品(フーガの技法)以外に「管弦楽組曲、ブランデンブルク協奏曲」を含めた6枚組もあります。

ゴールドベルク変奏曲―ドミートリィ・シトコヴェツキーSitkovetsky
この曲の真価を世に知らしめた、グールドの新旧の録音は別格です。しかしグールドのは聴いていて眠くなるような演奏ではありません。不眠症の伯爵のためにバッハが書いたという逸話のある(史実ではなさそう)この曲に最も相応しい演奏は、弦楽三重奏に編曲された、シトコヴェツキー・トリオの演奏(→Orfeo)ではないでしょうか。響きがまろやかで、確かに、聴いていると快適で―いい意味で―眠くなります。
比較的最近になって聴いたのは、「全集」に入っているベルダーのチェンバロによる演奏と、ペライアのピアノによる演奏ですが、どちらも名演でした。

平均律クラヴィーア曲集―リヒテル
レコードがまだ貴重なものだった時代、「無人島に持って行く一枚のレコード」などという企画がよくありましたが、バッハで一枚と言えば(→CDで四枚ですが)、これでしょうか。
まず曲の方ですが、バッハの名曲としては「マタイ受難曲」など他にいろいろあります。しかし度々取り出して聴きたくなるというような性質のものではありません。純粋に音楽だけを楽しむというのであれば、この平均律曲集の二巻は、曲自体が十分に複雑な上に全48曲と曲数も多く、なかなか聞き飽きるということがありません。
次に演奏に関しては、リヒテルの演奏は、もう40年以上前から名盤として有名なものなので、今更別に言うこともありませんが、グールドとか他に名演もあるのに、リヒテルの演奏を選びたくなるのは、よく歌っているから、という点に尽きます。音の流れが心地よく、何時までも聴いていたくなる名盤です。
ピアノではなくチェンバロなら、コープマンか、スコット・ロスを聴きます。

フランス組曲―ペライア
もちろんグールドの演奏もありますが、最近よく聴くのは、ペライア。ペライアはモーツァルトもいいけどバッハもいい。

パルティータ―グールド(名曲、名演)

管弦楽組曲、ブランデンブルグ協奏曲―カール・リヒター
他の演奏で聞くと、そうでもないのですが、リヒターの演奏で聴くと、両方とも、バッハの最高傑作だと言いたいような気にさえなります。なぜか背筋がすっく伸びて、正座して聴いてしまう名演奏。



バッハ全集」(Brilliant Classics)―モーツァルト全集が予想外によかったので、こっちも買ってしまいました。と言うか、カンタータ全集など持っているものを売ったら、これが買えそうになったので、通販で注文してしまいました。昔まだ、Brilliant Classics の名前も知らない頃、中古屋でカンタータ全集の箱を見つけて、余りに安いので試しに何セットか買って聞いてみたら、予想外にいい演奏だったので驚いたことがあります。それが、Brilliant Classics との出会いでした。
ただこちらの方は、160枚(その後出た新版は155枚)、何枚か聞いたという程度で、余り聞いていません。そのうち聴くとは思いますが、全部聴くとは考えられません。(差し替えられた演奏を聴き比べてみると、新版全集の方が、若干レベルが上がっているようです。)

2026年追記
グレン・グールド『バッハ録音全集』
グールドの残したバッハの録音は、
グレン・グールド/バッハ全集(1996 全20枚+2CD)
The Complete Bach Edition (2012 全CD38枚+DVD6枚)
The Bach Box - The Remastered Columbia Recordings (2020 全30枚)
グレン・グールド/バッハ全集(2023 SACDハイブリッド・エディション全24枚+2CD)
など箱入りでも何回か出ていますが、私が買った(買い直したのではない)のは、二番目の青箱です。
これだけが他より枚数が多いのは、レコード時代に出たオリジナル仕様で30枚、未発表などが8枚という形で出されているからです。もちろん、DVDがついているも、これだけ。
(ただし、平均律クラヴィーア曲集第一巻の24番だけがオリジナルではありません。しかしこれは他の箱も同じです。録音時間を見ても分かる通り、24番の前奏曲のテーマの繰り返しが省略されて、レコードより短くなっています。
聞くところによると、録音時にテーマを一回だけ弾いて、「後でコピーして繰り返しにしといて」、とグールドが注文したのを、LP時代にはその形で出たのですが、後になってCD化するとき、エンジニアが覚えてなくて、繰り返しが省略されてしまった、ということらしいです。→「毎日クラシック」の記事「グールドの平均律における反復」
これが気になる場合には、日本で、神じゃけぇ(広島人?)じゃない紙ジャケで出た、あれか、あれを買っておいたらどうかと思います。私が買ったのは、あっちの選集の方です。)
最後のSACDは知りませんが、何度かリマスターされているので、音はどれも違います。
他に単体で、
CBS Masterworks (1986頃)
The Glenn Gould Edition (SBM=Super Bit Mapping 1992)
Glenn Gould Jubilee Edition (2007)
The Glenn Gould Collection (2012)
最後のCollectionのシリーズと青箱の音源は、たぶん同じで、個人的にはこれが一番いい音だと思っています。
アナログ時代にレコードで聴いた音にも近いし、これは良いことかどうかわかりませんが、
グールドの「唄」も、多少抑えられているようです。
(BeethovenとかMozartとかバッハ以外の録音もこのシリーズで買い直しました。)
3番目のJubilee Edition と4番目のCollection との関係は目下調査中です。


バッハのジャズ
ジャック・ルーシェの「Play Bach」が1960年頃に話題になりましたが、
今聞くと、リズムが悪いし演奏もイマイチです。
しかし当人はその後もバッハ演奏を続けていたようで、1985年になって第二次トリオを組織して、バッハの再録音をしていますが、これがよい。
1)サイドメンの質が上がって、リズムが良くなった
2)演奏がこなれて来てバッハのテーマと即興とを無理なく繋いで、優れた即興演奏に聞こえる
そもそもバッハ自身が即興演奏の名人でもあったようですが、
バッハがジャズ演奏をしたらこんな感じになったかなあと思わせるような演奏(褒め過ぎ?)です。
CDはどれでもいいですが、93年に録音した「Play Bach 93」とか、2000年録音の「ゴ-ルドベルク変奏曲」(これは第三期トリオ)とか、お勧めです。
(2026年追記 続く)


→音楽の聞こえる喫茶店
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