クラシックの私的名盤

ショスタコーヴィチ
ピアノ五重奏曲―さて、最近よく聴いているショスタコーヴィチ、一番好きなのは、これです。
ショスタコーヴィチ(1906-75)は今年(2006年)が生誕100年、新録音も復刻もCDはどんどん出そうです。
ショスタコーヴィチの悲劇は、何といってもスターリン時代のソヴィエト連邦で生きなければならなかったことで、「民衆のための芸術」を標榜する政府から、公式に「作品が退廃的」と非難されたりしました。ストラヴィンスキーのような激しいリズムはダメ、流行の12音技法も罷りならぬといった厳しい制限のなかで作曲を続けなければならなかったのです。
ですから、ショスタコーヴィチの作品は、同時代の音楽家たちが「現代音楽」を書いていた時代に、15曲の交響曲、同じく15曲の弦楽四重奏曲といった代表作が示すように、前世紀の音楽形式、前世紀の音楽技法で書かれています。
それがショスタコーヴィチにとって本当に不幸だったのか、私は微妙だと思っていますが、ともかく、逆らったらシベリア送りという過酷な状況下で、多かれ少なかれ、屈折した音楽を書かなければならなかったというのは事実としてあります。
だから―なのかどうかは分かりませんが―ショスタコーヴィチの音楽には分かり難い点があります。
このピアノ五重奏曲にしても、最初に聴いた時には、取り留めのない変てこな音楽に聞こえました。
第一楽章だと、まず、ピアノが大仰な身振りで和音を奏でた後、フォーレを思わせる弦楽器の合奏が続きますが、それが終わると、ピアノが主題を奏します。聴き慣れると、これは実に美しいテーマなのですが、最初は、どこか関節の外れたような、どこが頭でどこが尻尾か分からない、妙なメロディにしか聞こえません。
第二楽章は、これも聴き慣れると精妙な美しいフーガなのですが、弱音で何やら淡々と進んでいきます。
第三楽章と第五楽章には、おどけたようなメロディも現われ、要するに、最初は何が何だか訳が分からないのです。
メロディも、リズムも、途中の転調も、何か少しずつ違うのです。
ところで、他のところでもいろいろ書いていますが、真にオリジナリティのある作品というのは、最初は分かりにくいものです。常人ならぬ鋭い感受性と理解力を持ち合わせた一部の人はいざ知らず、多少とも「普通」である人にとっては、新しいもの=馴染みのないものを受け入れるには、多少の時間がかかります。その作家の天才が隔絶しており、真に新しいもの=オリジナルなものを生み出している場合には尚更です。
私の場合、「何か分からんが、フォーレのピアノ五重奏(この分野の最高傑作)に似てる」と思いながら、何度も聴いているうちに、「あっ、これは!」と思うことが増えていったのです。
既に何十回となく聴いていますが、今のところ聴き飽きる気配がありません。
曲全体が軽やかな清明さに満ちており、第五楽章など、「革命的な思想は鳩の足でやって来る」というニーチェの言葉が思い浮かぶほど、軽やかなダンスのような終わり方をします。
普通の感受性からすれば「変てこ」な楽想も多いショスタコーヴィチの作品の中で、この曲は文句なく美しいものの一つでしょう。
よく聴くCDは、レオンスカヤとボロディン四重奏団
あと、幸いなことに、優れたピアニストであったショスタコーヴィチ自身による演奏も、残っています。

弦楽四重奏曲―交響曲と同じく15曲ある弦楽四重奏の後期の曲を聴いていると、暗~い、厭世的な気分になります。
一番有名な第八番は、「音楽的な自伝」と言われていますが、
全体は、ピアノ五重奏曲と同じように、精密に書かれた名曲です。
特に第二楽章の、暴力的な、不安と怒りと狂気に満ちた楽想は、圧倒的で、
これが音楽による「自伝」なら、ショスタコーヴィチの人生って、何だったのだろうかと思います。

24の前奏曲とフーガ―屈折した表現の多いショスタコーヴィチの中でも、ピアノ曲は、例外的に普通に美しい曲を書いています。
私が最もよく聴くのはこれ。
「24の前奏曲とフーガ」には、
この曲の初演を果たしたニコラエーワの(DVDを除くと)、三枚のCDがあります。
キース・ジャレット―この曲の演奏の流れを変えた名盤では?
(精神性の強かった、ノコラエーワやリヒテルの解釈から、おそらくバッハに習って、「音楽」だけを取り出して美しく演奏した)
メルニコフ―世評も高い名盤
(続く)

ウィキペディアには
ピアノによる全曲録音には2022年現在、以下がある。

1962年 タチアナ・ニコラーエワ、1975年 ロジャー・ウッドワード、1987年 ニコラーエワ、1990年 ニコラーエワ、1991年 キース・ジャレット、1992年 ニコラーエワ、1992年 ボリス・ペトルシャンスキー、1992年カロリーネ・ヴァイヒェルト 、1996-1998年 ウラジミール・アシュケナージ、1999年 コンスタンティン・シチェルバコフ、2006年 ムーザ・ルバッキーテ[46][48]ボリス・ペトルシャンスキー、2008年 デイヴィッド・ジャルバート[49]、2008年-2009年 アレクサンドル・メルニコフ[50]、2008年 コーリ・ボンド[51]、2009年 ジェニー・リン[52]、2009年 コリン・ストーン[53]、2015年 クレイグ・シェパード[54][55]、2017年 ピーター・ドノホー[56]、2021年 イゴール・レヴィット[57]、2022年 ハンネス・ミンナール[58]、2025年ソフィア・サッコ[59]、2025年ユリアンナ・アヴデーエワ[60]

アレクサンドル・メルニコフによる全曲録音は、BBCミュージックマガジンが2012年1月に選出した『史上最高の録音50選(The 50 greatest recordings of all time)』の一つに選出されている[61]


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