ポール・ブレイ(Paul Bley)

Alone Again
ポール・ブレイは、1932年カナダ生まれ、キース・ジャレットにも影響を与えたピアニストです。でも、キースに較べると(較べなくても)、多分、一般的な人気はありません。基本的には、フリー・ジャズ出身のピアニストで、余りメロディアスではありませんし、演奏に緊張感があり、聴くと、ちょっと疲れるからです。気軽に聴こうという気になりません。(近作の「Not Two, Not One」(ECM)も、そういう感じ。)
学生の頃、ジャズ喫茶でたまたま掛かったピアノ・ソロが、「Alone, Again」でした。
「冷たい花びらの渦に巻き込まれるような心地がして」というような表現が、円地文子訳の『源氏物語』にあり、それは光源氏に抱かれた女性の陶然とした感覚を言い表しているのですが、時に「官能的」時に「エロチック」と形容される、ポール・ブレイのピアノにもそんな感じがあります。そういう気分は、このソロ・ピアノを聴くと、分ってもらえると思います。
ポール・ブレイのピアノはスイングしません。スイングとは、ジャズが持っている、身体が揺れるような、心地よい演奏の疾走感です。ポール・ブレイは、巻き込み、引きずりこむのです。そして、キース・ジャレットのような、心地よい音楽のエクスタシーは訪れません。「変態的なピアノ」と言う人も、昔はいました。
最近、CDを買って、聴きなおしてみましたが、やはり名作です。同じソロの「Open to Love」(ECM)より、なまめかしくていいと思います。ポール・ブレイの代表作を5枚(あるいは3枚)と言われたら、この「Alone, Again」と「Blood」(Fontana)は入れなければいけないでしょう。(ムジークから出た紙ジャケットのCDには、ポール・ブレイの許で学んだという、藤井郷子のライナー・ノーツが入っており、読み応えのある解説になってます。)

Japan Suite―深夜のピアノ
ポール・ブレイの演奏を改めて聞いてみようと思い始めたのは、去年からです。だから古いレコードは10枚くらい持っているのですが、新しいCDは手許に多くはありません。70年代の録音が、去年の暮、三枚出ましたが、古いCDは、品切れ状態が続いています。また比較的新しい録音も、余り売れないのでしょうか、お店に行っても、あまり在庫がありません。(もちろん、Amazonでも、たいてい品切れ。)
でも、強烈な個性をもった新人が現われない中、50年以上にわたってわが道を行くポール・ブレイのピアノは、もっと注目を浴びてもいいのではないか?――そういう気分で、近頃、時々聞いています。
私がポール・ブレイを最初に聴いたのは、恐らく、「日本組曲(Japan Suite)」でしょう。1976年7月、三重の合歓の郷で、合歓ジャズインという深夜のコンサートがあり、そこで演奏されたのがこの組曲です。この模様は生でラジオ中継されており、もう明け方に近い夜中の三時頃だったと思いますが、そのときに聴きました。
ポール・ブレイの特徴の一つに、堅くて澄んだピアノの音色があります。キラキラ光るような音です。それが先ず耳を引きます。演奏は冷たい静かな雰囲気で淡々と進んでいきますが、何か引き込まれたのを覚えています。
最近、CDで聞きなおしてみました。ライブではいいのでしょうが、CDで聴くと、最初のイントロダクションなど、ちょっと長いような気もします。
ともあれ、ポール・ブレイの特徴のもう一つは、その音楽の持つ内省的な性格にあり、深夜に耳を澄まして聴くピアノだと思います。

80年代以降のポール・ブレイ
その後、今年(2004)になってから、CDもいろいろ買って、いま手許に30枚くらいあります。やはり、60年代と70年代のものが、覇気があると言うか、瑞々しいと言うか、作品としてはいいものが多いように思います。それに較べると、80年代以降 Steeple Chase を中心に録音した多くのCDは、「円熟」という便利な言葉もありますが、個性がやや稀薄な気がします。
とは言っても、それは比較の話で、今でも、ピアノの音にしろ、その独特な音楽性にしろ、他のピアニストと一線を画す、明確な個性はあります。ブラッド・メールドやエンリコ・ピエラヌンツィのソロ・ピアノを聴いていると、時にクラシックの演奏かと思うことがありますが、ポール・ブレイでは、そういうことが全くありません。徹頭徹尾、ジャズの音であり、ポール・ブレイの音楽です。
録音はたくさんあって、まだよく聞いていないので、暫定的に、好きなものをいくつか挙げておきます。
Charlie Haden with Paul Bley and Paul Motian 「The Montreal Tapes」(Verve)―1989年のモントリオール国際ジャズ祭でのライブ。
「Memoirs」(Soul Note)―1990年録音。これも Charlie Haden と Paul Motian とのトリオ。「メモワール」はフランス語です。
「Homage to Carla」(Owl)―1992年録音。これは、ソロによる、カーラ・ブレイの作品集。カーラは、ポールの昔の妻。「オマージュ」もフランス語。

カーラ・ブレイ
「(Paul Bley)Plays Carla Bley」(Steeple Chase)―1991年録音。Marc Johnson と Jeff Williams とのトリオによる、カーラ・ブレイの作品集。
カーラは、もしかしたら、ポールより有名かもしれない、ピアニストです。ポールの最初の奥さんでしたが、別れた後、ゲイリー・ピーコックと結婚、一方、ゲイリーの妻だった、アーネット・ピーコックは、ポール・ブレイと結婚という、(昔は「スワッピング」と言われた)妙な関係です。ポールは、若い頃、カーラとアーネットの曲を、またかと言うくらい、たくさん演奏しています。
このCDの前半は、スローな演奏で、手探り状態のような感もありますが、次第に熱が入ってきます。リズム隊もいいですし、ピアノもバリバリ弾いています。「Olhos(Ojos) de Gato(猫の目)」なんて何度も録音してますが、音楽的にはこれがベストかと思うほどの出来です。
ポール・ブレイは、70年前後の10年間が第一のピークで、90年前後の10年間が第二のピークだと言っていいかもしれません。ぱっとしない録音もありますが、録音の数が多いし、そこそこのレベルを維持していると思います。(ぱっとしない録音の代表は、85年の「My Standard」(Steeple Chase)。これって、Keith Jarrett の「Standards」に触発された演奏でしょうか? そう悪い演奏でもないのですが、ぱっとしません。「All The Things You Are」や「Long Ago and Far Away」など、これもスタンダード集である後の「If We May」での同じ演奏と較べると、よく分かります。)
ポール・ブレイの代表作を五枚、と上で書きましたが、最近は、これも五枚の内に入れたい気分です。
(1996年に出た『スイング・ジャーナル別冊 モダン・ジャズ名盤カタログ』では、ポール・ブレイの代表作として、「Closer」「Opne, To Love」「My Standard」の三枚が挙げられています。確かに、この三枚は、一応ブレイの代表作かも知れません。でも、この三枚を聞いた人が、もっとブレイの音楽を聞いてみたいという気になるでしょうか。このチョイスには、愛情が感じられません。
断言します。初期のトリオ「Closer」よりは、「Blood」(あるいは「Ramblin'」)、ソロの「Open, To Love」よりは、「Alone, Again」、後期のトリオ「My Standard」よりは、「Plays Carla」(あるいは後期のスタンダード集ということなら「If We May」)でしょう、絶対に。)
(続く)

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