オスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)

ジャズ界の公務員
オスピーと言えば、世間ではおすぎとピーコかもしれませんが、ジャズ界では、オスカー・ピーターソンです。
去年(2003年)、一番多く買ったCDは、オスカー・ピーターソンだったと思います。たぶん、3/40枚くらいは、買ったでしょう。
理由は、二つあります。一つは、これまで余り持っていなかったせいです。マイルスとコルトレーンとか、ビル・エバンスとか、主なものは買って持っていますから、もう買うものが多くありません。でもピーターソンには、聞くべきものがたくさん残っていたのです。
もう一つは、演奏が高値で安定していて、何を聞いても、損をした気にならないからです。このCDは持ってなかったから買っておこう、ということになります。期待はめったに裏切られません。
(それに、もう一つ。試験の採点とか、何か気の進まない仕事をしながら聞くには、快適で、実用的でもあります。)

私がジャズを聴き始めた70年代には、ピーターソンは比較的軽く見られていました。
マイルス、コルトレーン、キース・ジャレット、…、当時、ジャズは、常に新しい形式を生み出し、進歩し続ける音楽だと考えられていました。創造や変革が重視され安定が疎まれた、そういう時代の流れの中で、伝統的なジャズの形式の中に留まりハッピーに自分の音楽を演奏するピーターソンは、いい人なんだけど考え方がどーしようもなく古い「親戚の公務員の叔父さん」みたいな位置にあったのです。
ところで、「公務員」と言うと、規則は守るけど仕事はしない、自分のミスにならないように形だけ何かしておく、一言で言えば税金泥棒―と思っている人もいるでしょう。残念なことですが、確かに、それは真実です(笑)。
しかし、このカナダ生まれの、ジャズ界の公務員は、Public Servant という名に恥じず、公衆を楽しませるために、実にいい仕事をします。皆さんを幸せにすることが、私の仕事ですから―と、手を抜かない、いい仕事をして定時に帰ります。プロの誇りがあります。
でも、公務員ですから、フリー・ジャズだとか、ヒュ―ジョンだとかいう、民間の事情には疎いのです。限界は最初からあります。むしろ、そういうものを期待する方が間違いなのでした。
ピーターソンはそういう意味では保守的です。テクニック的にも、高度で、演奏に破綻がありません。完全に大人のジャズです。
しかし、ジャズが伝統芸能化し、ビッグ・ネームが次々にいなくなってくると、その音楽性の高さや演奏の格調高さで、ピーターソンの存在は、輝きを増してきました。(ジャズ界全体が60年代のようにヴェンチャー企業ではなく、公務員化してきたとも言えますが…。)
最初に書いたように、パソコンでランダムに聞いていると、ピーターソンの音楽性の高さが分ります。誰だろう、この格調高いピアノは、と思って名前を見ると、ピーターソンだった、というようなことが何度もあり、たいした個性の無い若い人のCDより、買うならこっちだろう、という気分になったのです。

ピーターソンのCDは、リーダー・アルバムだけでも200枚を越えるほどありますから、全部買って聴こうなどという野望は持ち合わせていないのですが、現在のところ(2006年)、半分近くは買って聴いたと思います。ネットの輸入盤や中古屋さんなどで、たまたま安く出ているのを見つけた時に買ったりしているので、たいしたポリシーもなく適当に集めているのですが、それでも買って損したと思うようなことは滅多にありません。
最近でも、これ何だろうと思いながら買った「The Good Life」(Pablo)、ジョー・パスとニールス・ペデルセンと組んだ「The Trio」の残りテープでしたが、なかなかの好演でしたし、ピアノとビッグ・バンドという組み合わせに余り興味がないので放っておいた、「Bursting Brass」(Verve)も、聴いてみると、トリオだけでビッグ・バンドの強力なリズムを支え、バンドをバックに存分にソロを取る、素晴らしい演奏でした。
古い録音だと一枚40分くらいですが、つい終わりまで聴かされてしまいます。
要するに、予想外の何かが起こることを期待すると、期待外れになるかもしれませんが、平均して予想通り、あるいは予想を越えた、素晴らしい演奏を聴かせてくれるのが、ジャズ界のオスピー、オスカー・ピーターソンである訳です。

トリオの名盤
CDとしては、60年前後のトリオ演奏が好きです。London House でのライブ(「The Trio」「 The Sound of The Trio」など)とか、「West Side Story」「A Jazz Portrait of Frank Sinatra」などVerveに残した「ソングブック」のシリーズとか、誰にでも勧められる演奏です。(「ソング・ブック」シリーズでは、「ハロルド・アーレン」だけは、演奏時間もソロも短くて、やや物足りません。また、London Houseのライブは五枚組みでも出ていますが、オリジナルの、レコードでは四枚、CDでは三枚で出ている分だけで、十分でしょう。―ところで、London Houseというのは、カナダにある食事もできるレストランのような店で、温厚なピーターソンでさえ怒って演奏を止めたことがあるというくらい、もの凄くうるさいクラブだそうです。初出のレコード解説では、静かなクラブで落ち着いてジャズを聴くのはいいなあ…みたいなことを平気で書いていますが。)
個人的には、Limelight の「カナダ組曲」と「ブルース・エチュード」も好きです。ジャズは基本的には演奏家のソロ(即興演奏)を聴くものであって、曲を聴くものではないのですが、「どこが」と言われたら、これは曲(ピーターソン作曲)が好きなのです。

今年(2006)になってから、ギターのジョー・パスを加えたカルテットによる日本公演(1987年)を収録したDVD「The Quartet Live」を見ました。演奏内容も素晴らしいのですが、このDVDはいろいろなアングルで撮った映像も面白く、ピーターソンの一向に衰えない超絶テクニックを間近で楽しむことが出来ます。音楽の場合、映像はオマケ的なDVDも多い中で、これは一見の価値ありです。


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