インフォームド・コンセント
( Informed Consent )


医療や人を対象とした実験において、患者及び被験者のインフォームド・コンセントを得ることは、現代では必要不可欠な条件になっている。

1) 歴史的背景

a) ナチスの残虐行為(捕虜による人体実験)等への反省―被験者の人権擁護
ニュルンベルク綱領(1947年)
において、ナチスが行った残虐な人体実験への反省から、
「被験者の自発的な同意が絶対的に必要である」ことが確認された。
これを受けて、64年に世界医師会のヘルシンキ宣言が出された。
ヘルシンキ宣言 (1964年→1975年東京修正)
「人体実験(=臨床実験)は医学の進歩のために必要である」が、その実験にあたっては、
「目的、方法、予想される利益、可能性のある危険やそれに伴う苦痛などについて被験者に十分に説明し、
被験者の自由な意志による同意(インフォームド・コンセント)をとりつける必要がある。」
「その同意はできれば文書でとるべきである。」

b) 個人の権利意識の強化(60年代後半からのアメリカを中心として高まった)―患者の権利
患者の権利章典に関する宣言 (アメリカ医師会 1972年/73年採択)
「患者は担当医師から、自らが理解することを合理的に期待しうる言葉で、
その診断、治療および予後に関する完全な現在の情報を取得する権利を有する。」
Cf. 1930年代から70年頃まで行われていた「タスキギー研究」(梅毒の患者を意図的に治療しないで研究対象にした。)

これらを受けて、1983年アメリカ「生命倫理に関する大統領委員会」の報告書では、
医療における「患者の自己決定権」を尊重することと、
インフォームド・コンセントが、
医の倫理の基本である
ことが、確認されている。

2) 日本の現状

パターナリズムからインフォームド・コンセントへ(省略)
病院や薬局での具体的取り組み;セカンド・オピニオンやカルテ開示などの実例(省略)

3) インフォームド・コンセントの情報内容

  1. 病名と症状
  2. 予想される検査や治療についての目的と内容
  3. その成功の確率、また予想される結果とそれに伴う危険性(副作用など)
  4. それ以外の可能な治療方法
  5. 検査や治療を受けないことにより予想される結果(治療拒否権)

インフォームド・コンセントの三要素―「情報、理解、自発性」
インフォームド・コンセント(ウィキペディア)

4) 患者の自己決定権

カントに由来する「自律( autonomy)」の概念―自己決定の原理
理性的な個人は、自己の所有する身体に対しても、その処遇に関する権利を有する。
インフォームド・コンセントは、「説明と同意」と訳されるが、その際しばしば「医者が説明して患者の同意を取りつける」という意味に誤解される。
しかし「コンセント」の主語は、医者ではなく患者である。
患者が自分で自分の治療を決定するという、「informed choice」もしくは「informed decision」の立場が意味されている。
この原則は、他人(医師)の目から見れば非理性的な決定にも妥当する。
(例えば、1986年に起こった、エホバの証人の輸血拒否事件)

5) 知らない権利

ICには、知る権利だけではなく、「知らない権利」も含まれる。
その一例は、ガンの告知である。
アメリカでは、ガンも本人に告知するのが当然だと考える立場が主流となっている。
日本でも最近の調査では、告知して欲しいという人が増えている。
その背景にはガンの治療が進歩し、ガンが必ずしも「死にいたる病」ではなくなったという事情もある。
とはいえ、場合によっては、ガンの告知は患者に対して死の宣告に等しい場合もある。
「あなたは治療できないガンに侵されています」と、あるいは、
「あなたは末期ガンで、余命は一ヶ月です」と
患者本人に告知することに、どういう意味があるのだろうか。
また、遺伝子診断が可能になったことによって、患者に遺伝病を告知する場合も同様である。
2013年に女優のアンジェリーナ・ジョリーが、遺伝子診断に基づいて(乳癌を発症する危険を87%から5%に下げるために)
乳腺を切除する手術を受けたことが話題になったが(→ウィキペディア /→Wikipedia

これは(乳房の除去と再建という)有効な治療があるから可能なことであって、
治療が不可能な遺伝病を告知することには、問題がないと言えるだろうか。
もちろん致死の病であっても、それを知ることでその後の人生を患者自身が決められるという利点はある。
しかし一方では、希望を失って患者の死が早まるという危険性もある。
(遺伝子診断に関しては、本人だけでなく、多くの遺伝子を共有する家族への影響もある。)
医療の基本的な立場は、「善行(beneficience)」と特徴づけられる。
具体的には、「危害を加えない(do no harm)」こと、そして、患者にとっての「最善の方法を選択する」ことである。
それは、ICという行為についても妥当するだろう。


参考文献
生命倫理の全般的な参考文献は、倫理学の目次(→)を参照。
インフォームド・コンセントに関する理論的な背景は、
R・フェイドン/T・ビーチャム『インフォームド・コンセント』酒井忠昭・秦洋一訳(みすず書房)
が詳しいが、詳しすぎるという(普通の)人は、
水野肇『インフォームド・コンセント』(中公新書)
森岡恭彦『インフォームド・コンセント』(NHKブックス)

辺りで十分だろう。記述も具体的で分かりやすい。

→ヘルシンキ宣言(日本医師会訳
→リスボン宣言(英語 日本医師会訳


付録
インフォームド・コンセント(informed consent)
アメリカの患者の人権運動に伴い医療訴訟が急増し、新しい生命倫理観を基盤とした裁判上の法理が求められた。法曹界の努力により、ヒトを対象とした医学研究の被検者の意思と自由を保障するニュルンベルグ倫理綱領(一九四七年)を雛形として、七○年代の初め頃までに新しいバイオエシックスに基づく法理として「インフォームド・コンセント」が確立された。インフォームド・コンセントは、患者個人の権利と医師の義務という見地からみた法的概念である。医師が業務上知りえた患者の個人的情報について医師は守秘義務があり、患者には医療上の自己の真実を知る権利があるので、医師には個々の患者が理解し納得できるように説明する義務がある。医師は病名や病状を説明するだけではなく、検査法や治療法に複数の選択肢をつけ、それぞれの効果や優れている点のみならず、予後への影響や欠点、さらに生命への危険性まで説明して、患者が比較検討して自分が受けたいと思う治療法を自主的に判断して選択できるようにしなければならない。患者には自主的に選択した治療をその医師にしてもらうことを決定する選択権があり、自分が選んだ検査や治療を受けるために必要な医学的侵襲を医師が自分の身体に加えることに同意する権利がある。もし、患者の同意なくして患者に医学的侵襲を加えれば、医師であっても故意の傷害を加えた違法行為になるが、患者の自主的な同意があれば、その違法性が阻却されて合法的に医療を行うことができる。患者の「同意」にはこのような法的意義があり、患者が同意書に署名捺印する行為と同義ではないのである。患者が説明を理解して選択することの重要さから「インフォームド・チョイス」が最も重要という意見があるが、同意が最重要である。
付言すれば、患者には真実を知る権利を放棄する権利もあり、告知せずに放っておいて欲しいという知らされない権利もあるので、その場合には医師が説明し告知すること自体が患者の権利の侵害になる。この法理は「患者の権利章典に関するアメリカ病院協会声明」(一九七三年)や「ヘルシンキ宣言一九七五年東京修正」などで解説されている。わが国では、病気が重い時などには特に、医師は患者に病状や病名を説明するよりもまず家族に話すことが多い。医療の選択を、患者ひとりだけの自主的判断で決断する習慣もなく、入院加療などで長期間欠勤するような場合に勤務先と相談してからでないと入院も決定できにくい社会的環境もあるので、アメリカ流のインフォームド・コンセントを原則的にわが国に定着させようとしても無理であろう。インフォームド・コンセントの利点は、医師の説明を受けた患者が理解し納得して自発的に受けたいと希望する医療を信頼する医師から受けられるような医師‐患者の人間関係を築くことであるから、権利‐義務の対立関係からではなく、わが国の風土に馴染むように、医師は患者や家族にわかるように説明して、患者が安心して医療を任せられるような人間関係を作ることが大切である。
インフォームド・コンセントの中でも難しいのは、死の宣告ととられやすいがんなどの説明で、慎重を要する。患者に嘘をついてはいけないが、歯に衣を着せずに露骨に言うのもよくない。患者の生きる望みを絶つようなことをいうべきではない。また止めを刺すような表現は好ましくない。医師にいわれたことを患者が理解し受け止めるには時間がかかる。それゆえ、一度に多くをいわずに、機会があるごとに少しずつ説明して、徐々に情報を積み上げていけば、患者は安心感と信頼感をもって医師の説明を受け入れていくに違いない。説明して患者が精神的ショックを受けるのに、精神的に支える準備もなく深刻な説明をするのは無責任であると思われる。患者の意思を知っておくためには、各病院で新患手続をする際にアンケート用紙を渡し、医師が病状や予後について説明したり、今後の方針を相談する時に、自分だけで聞きたいか、家族あるいは友人と一緒に聞きたいか、自分は聞かずに○○に聞いておいてもらいたいか、生命にかかわる重病の場合にはどうしたいか、延命治療を希望するか、などに答えてもらっておくとよい。患者自身の考えが変わったら、新しい用紙に年月日とともに記入して事務室に提出する制度の実施を提言したい。
(星野一正) 『現代用語の基礎知識』(1998)より


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