デューク・エリントン(Duke Ellington)

エリントン全集
最近(2004年5月)、AmazonでCDのセットセールをやっていたので、「The Duke―The Complete Works from 1924-1947」(History)という40枚組のCDを買いました。SP時代のエリントン楽団の録音を集大成した「全集」ですし、値段も\12,000(一枚当り\300) と廉価です。でも、買ってみたら、いろいろ問題があるのに気づきました。
この時期の録音を、ライブ音源を除いて、ほぼ網羅しているのですが、以下箇条書きすると、

1)いわゆる「別テイク」は抜けている(ただし同じ曲でも別の日のセッションは収録されている)。
2)最初期(24/5年)の録音のうち、エリントンの名義ではない録音が 10曲ほど落ちている。
3)スモール・グループの録音も収録されているが、例えばブラントンとのデュオ2曲が収録されていない(ビクターの4曲は収録されている)。
4)初期の録音はコンピューター処理でノイズが減って聞きやすくなっているが、一方、終りの何セットかは特に、不必要に擬似ステレオ化されているように聞こえる。
5)機械的にCD一枚に20曲という編集方針は納得できない、もっと内容の繋がりなどに配慮するべきだ。
6)個々の演奏の解説がなく、データの記載も甘い。(記述の脱落や誤りも目につくが、他にも、例えば「このトランペット奏者は三人のうちの誰なんだ」という疑問を持つ人もいるだろう。ソロ・オーダーくらいは書いておくべきだ。)
7)最後の2セットにだけ、なぜかライブ録音(46/47年のカーネギー・ホール)が収録されていて、統一性を欠いている。それに、ライブも入れるのなら、40年のファーゴとか、43/4年のカーネギー・ホールとか、他にも入れるべきものがあるだろうと言いたくなる。

―という点で、「全集」として見ると、物足りない所が多いのです。
全体として、恐らく Chronogical のシリーズと同じもののような気がします。でも、正式な録音は、ほぼ網羅されており、40年代前半のバンドの全盛期については、本家のRCAで出しているセットにも収録されていない曲も聞けますから、エリントンに関心がある人は、買っても損はしないかもしれません。

(モダン以前の古いジャズに関しては、フランスのClassics Records から出ているChronogical(「Chronological」ではありません)のシリーズと、これもフランスのMedia7で出しているMasters of Jazz のシリーズが双璧だと思います。Masters of Jazz の方は、別テイクまで完璧に収録しており、解説も充実しています。)

なお、私が受け取ったセットにはプレスミスがあり、9セット目の一枚目が、13セット目の一枚目と全く同じ内容でした。(別のセットと交換中です。)

そういう訳で、久しぶりに、エリントンの古い録音を聞き返しました。特に40年代初めの録音は、ジャズファンなら一度は聞いたことのあるような名曲名演揃いですし、ブラントンの力強いベースや、クーティ・ウイリアムス、ジョニー・ホッジス、ベン・ウエブスターといった豪華なソロイストの競演が聞けます。
30年代から40年代の初めには、ベニー・グッドマン楽団を初め、多くのジャズ・バンドがありましたが、エリントン楽団は、多くの優れたオリジナル曲とバンドの独特な(甘酸っぱいような)ハーモニーという点で、また、カウント・ベイシー楽団は、何をおいても猛烈にスイングするという点で、別格です。一番よく聞くのは、ベイシー楽団です。レスター・ヤング在団中の古い録音だけでなく、新しい録音もよく聞きます。カンサス・シティ・なんとかという小グループの演奏も、「スイング」というのはこれだ、と思うほどの素晴らしいリズムで、聞いていると身も心もくつろげます。それに較べてば、エリントン楽団は、偶にしか聞きません。でも、偶に聞くと、やはり素晴らしい演奏だと思います。その他の古いビッグ・バンドとなると、ベニー・グッドマンとか、アーティ・ショウとか、レコードはいろいろ持っていますが、10年以上掛けた記憶がありません。そういう意味では、やはりエリントンは格が違います。「デューク(公爵)」という名前に負けないノーブルな音楽です。

エリントンのピアノ
エリントンのピアノは、人によって好き嫌いはあるようですが、これも独特なものです。以前、パソコンでランダムに曲を流していた時、ちょっと前衛的な感じのするピアノが聞こえてきました。打楽器的な奏法で、意図的に間が外されているような演奏でした。セロニアス・モンクの影響を受けた若いピアニストかと思うと、これがエリントンでした。「モンクの影響を受けた」のではなく、「モンクが影響を受けた」のでした。(「マニー・ジャングル」というトリオ演奏です。)やはり独特なスタイルのピアノです。

「女王組曲」
1958年の10月、エリントンは、イギリスの芸術祭に招かれ、その後、イギリス女王に招待され、女王と言葉を交わす機会を与えられました。その時は、さすがのエリントンも緊張して言葉に詰まったそうです。エリザベス女王に「前にイギリスにいらしたのは、何時ですか?」と聞かれて、エリントンは、こう答えました。「1933年です。女王様のお生まれになるずっと前のことですが(笑)。」
アメリカに帰ったエリントンが、その招待に感謝して作曲したのが、この「女王組曲(The Queen's Suite)」です。エリントンは、これを自費で録音し、たった一枚だけ、レコードをプレスして、それをエリザベス女王に贈ったのでした。
優雅なエピソードですが、六曲から成るこの組曲はもっと優雅です。特に、五曲目の「The Single Petal of a Rose(薔薇の花びら一つ)」は、途中からバックにベースの和音が重なるものの、ほぼエリントンのソロ・ピアノで、まるでオーケストラの演奏のように、美しいメロディーが奏せられます。最近、CDを買ったのですが、音もよく、つい何度も聞き返してしまいます。また、一曲目の「Sunset and the Mockingbird」も、美しい曲です。名前が示すように、夕暮れの静かな林に、モッキンバードが鳴くように、ピアノがメロディを奏する中、あちらこちらでホーン奏者がメロディの断片を奏でます。独特の和音が聞けます。
この曲は、私がリアルタイムで買ったエリントンの唯一の新譜です。私がジャズを聞き始める前に(1974年)、既にエリントンは亡くなっていました。しかし、この「女王組曲」は、生前にエリントンが発売を許可しなかったので、その死後になって初めて新譜として発売されたのです。ですから、これは、私が持っている唯一の、エリントンのオリジナル盤です。(76年ですから、自慢にはなりませんが。)
このCDは、ジャズだとか、ポップスだとか、現代音楽だとかいったジャンルに囚われずに、ジャズファン以外の人にも聴いて欲しいと思います。気品があり、文句なく美しい曲ですし、独特の和音や独特の楽器の奏法を駆使した、ワン・アンド・オンリーの音楽です。なぜ、エリントンが多くの音楽家から尊敬されているか、これを聞けば、よく分かると思います。(CDは「The Ellington Suites」というタイトルで発売されています。)

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