チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)

パリ・コンサートの謎
最近、CD二枚組みの「The Great Concert of Charles Mingus」(仏Universal Music)を買いました。ドルフィーを加えたグループによる、1964年4月パリ・コンサートのライブ録音です。三枚組みのオリジナルLP(America 30)も、Mingusの未亡人Sue Mingus の手による、その正規CD「Revenge!」も(ついでに、ブートレッグの「Meditation」(仏Esoldun)も)持っていたので、「CD二枚で二千円!安いなあ、この名盤が!」と思いつつも、要らないだろうと無関心を装っていたのですが、先日、ふと店頭で手にとってデータを見てみると、「Previously unreleased」と表記された未発表曲が二曲も入っています。これは買って聞かねばっ!
ところで、これまでの私の理解では、こうでした。
1)これらは、1964年4月18日パリでのコンサートの録音で、内容は殆ど同じ。
2)「The Great Concert」の最初の曲「So Long Eric」には、録音ミスがあったので、途中まで別の日の同曲の録音に差し替えられている。
3)だからこの曲の最初だけ、旅の途中で倒れたトランペットのジョニー・コールズが参加している。
4)海賊版の横行に怒った未亡人が、1996年になって、このコンサート録音を正規に発売したのが二枚組みCDの「Revenge!」(Revenge! Records)。
その差し替えた別の日の録音はどうなっているのか、とか若干の疑問はあったのですが、買ってきて、CDを聞いたり、ライナー・ノーツを読んだりしていると、その若干の疑問が膨れ上がってきました。
新しいCDの「The Great Concert」には、「従来18日と表記されてきたが、ミュージシャンの到着が遅れ、実際にコンサートが始まったのは、日が変わった19日の深夜 12時10分からだった。だから録音日は、4月19日と表記した」というようなことが書いてあります。そして、「A.T.F.W.」と「So Long Eric」という未発表の二曲は、マイクの不調で失敗した録音を、最新技術で復元したもの、とも書いています。それなら、結局これは「4月18日」の録音のコンプリート盤ということになります。
でもこれを4月18日録音の表記がある「Revenge!」と較べてみると、(「So Long Eric」が「Goodbye Pork Pie Hat」と誤記されていることは別としても)曲目が少し違います。上述の二曲以外にも、「Sophisticated Lady」が加わっており、「Peggy's Blue Skylight」が欠けています。また、個々の曲の演奏時間も異なっています。そして実際に聞き比べてみると、どれも違う演奏のようです。
いろいろ調べてみた結果、こういうことのようです。
1)「Revenge!」は17日に、「The Great Concert」は18日に予定されていたコンサートの録音(実際の日付は、それぞれ、17/18日と19日)。
2)レコードの「The Great Concert」では、録音の不備で、一曲目の「So Long Eric」が、前日の録音に差し替えられていた。
3)その前日(17日)のコンサートで「So Long Eric」の演奏が始まった後、途中でジョニー・コールズは演奏できなくなり、舞台の袖に引き込んで病院に向かった。だからこの曲の最初だけに参加している。
4)「Revenge!」は曲順は違うが、17日のコンサートのコンプリート盤(たぶん)。「Meditation」も同じ。
なぜこういう混乱が生じているのかというと、その大きな原因の一つに、96年頃「Revenge!」のCDが出たとき、これは「The Great Concert」の正規盤だと言われた(『スイング・ジャーナル』の輸入盤紹介のページにそう書いてあったし、ディスコグラフィーを集めた1997年の『スイング・ジャーナル臨時増刊 ジャズ・ジャイアンツ大事典』にも「国内旧LPで《GD》の『ザ・グレート・コンサート・オブ・チャールス・ミンガス』(日本コロムビア、3枚組み)とほぼ同内容」と書いてある)ことがあります。Sue 夫人が18日と誤記したことが、その遠因でしょうが、聞き比べてみれば違う音源であることは分かるのですから、確認せずに同じ録音と断言したライター&編集者たちのミスですし、レコードもCDも持っているのに、それを鵜呑みにした私自身のミスでもあります。
でも今回、改めて未発表曲を含むコンサートの全体を聞くことが出来ただけでなく、「差し替えた元の音源はどうなっているのか!?」という永年の疑問が氷解して、すっきりした気分になったのは、望外の収穫でした。
註) ここには、「Meditation」(Esoldun)についても、「パリ・コンサートの中で45(=「Revenge!」筆者註)では聴くことのできない1曲<ソフィスティケイテッド・レイディ>を収録したCD」という二重の誤記(このCDに「Sophisticated Lady」は入っていません)があり、混乱に拍車をかけています。まだ「Revenge!」が発売されていない1991年に出た『JAZZ HERO'S DATA BANK』(JICC出版局)のドルフィーの項では、日付は逆になっていますが、両者を別の日の録音として挙げています。

ミンガスの愛聴盤
ミンガスの作品について粟村氏は、「ミンガスの作品のなかで第一級のものを数枚選べと言われたら、僕は躊躇することなく「Pithecanthropus Erectus」(Atlantic) 「The Crown」(Atlantic) 「Blues & Roots」(Atlantic) 「C.Mingus Trio」(Jubilee) 「Tijuanna Moods」(Victor) 「Ah Um」(Columbia) 「Pre Bird」(Limelight) 「Mingus Presents Mingus」(Candid) の八枚を挙げる。ベスト・クラスのものが八枚とはいささか多いようだが、ミンガスという人の持っている多面性を理解するためにはどうしても必要なものばかりである。」と述べています。確かに、ベース奏者、作曲家、グループ・リーダーという三つの顔だけでなく、エリントンやゴスペル音楽など伝統的なものを愛する音楽家である一方、前衛的・実験的な演奏を試み、詩や文学を愛する青年(当時は、です)であると同時に、人種差別などの不正を糾弾する闘士でもあるという、多面性がミンガスにはあります。ですから、その作品には、ピアノ・ソロ(!)からデュオやトリオ、スモール・コンボからオーケストラの演奏まで、幅広いのです。
ミンガスの多くの録音の中では、私はドルフィーの加わったグループが一番好きで、中でも、60年のライブ「Mingus at Antibes」(Atlantic) が一番の愛聴盤です。上述のパリ・コンサートやJohnny Coles が抜ける前の「Town Hall Concert」も素晴らしい演奏だと思いますが、Mingus (b)、Dolphy (as, b-cl, fl)、Dannie Richmond (ds) は共通だとしても、64年の Johnny Coles (tp) と Clifford Jodrdan (ts) よりは、60年の Ted Curson (tp) と Booker Ervin (ts) の方がサイドメンとして好ましいと思います。一曲だけですが「四月の思い出」で、パリ在住の Bud Powell がゲストで参加して、いかにも楽しそうにピアノを弾いているのも、この作品の魅力です(もちろん、パリ・コンサートのJacki Byard (p) もいいですが)。演奏されている曲も、「Wednesday Night Prayer Meeting」「Better Git Hit in your Soul」などミンガスの代表的な曲ですし、何より、演奏が10分前後の短めの演奏で、各メンバーが引き締まったソロを取っているのも、好ましいと思います。
(2005年7月)

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