妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
 
 
M−8:魂の座
 
 
 
 
 
「つけ回すとは趣味が悪い。で、あんた誰だ?」
 中華と日本は、よく見れば区別はつく。
 まして、シンジのように世界中をチョロチョロしてる者なら、同じ文化圏で似たような顔つきでも区別は付くのだ。
 目の前の女が純粋の日本人だとシンジは見抜いていた。
 なお、ミロクはこの時点で首を伸ばしていない。
「ミロク、紅のミロクと覚えておいてもらおうか。もっとも――」
「もう一度会えないのが残念だって?」
「…次が最後になるんだよ」
 途中で遮られて、ミロクの顔を一瞬苛立ったような色が流れたが、すぐ元に戻し、
「一応訊いておこうか。お前、名前はなんと言うんだい」
「訊かれてるよ」
「わ、私?」
「誰が小娘なんかに用があるんだい。脇侍に追われて死にそうだった娘になんか用はないよ。もっともその溶けきった顔――その男と随分乳繰り合ったようだねえ。思い切り抱いてもらったかい?」
 不意に空気が変わった。
 それはマリアが思わず後じさりし、ミロクも一瞬身を固くした程のものであった。
「誰も、マリアに手など出してはいませんよ。もう少し反論したいところですが、その前に訊きたい事があります。この中国の地で、あなたとあなた達のボスは何をしようとしているんですか?」
「帝都への侵攻さ」
 口は勝手に動いた。
「何のためにですか?」
「決まってるだろう、帝都を落とせば日本は手中にある。いや、帝都の膨大な力を手に入れれば、それこそ世界だって手に入れられる。どんな最新式の兵器でも、見えない力には対抗できないのさ」
「帝都の霊的防衛ラインの変化、それはかつての降魔大戦にあったと聞いています。その辺りの関係者の方ですか?」 
「あの方は、かつてはあたし達降魔の敵にあった方だ。だが下衆な人間共の本性を知って、すべてを無に返す事を決められたのさ」
「なるほど、そう言うことでしたか」
 一見すると、冥土のみやげに教えてやってるように見えない事もない。
 二対一とは言え、片方は戦意満々だし、二人組の方はと言うと、片方は顔が青ざめているし、もう片方は少なくとも戦意などない――ただ、その雰囲気を別にすれば。
 しかし、何かに後押しされるように口を開いている事に、ミロクは自分でも気づいてはいなかった。
「よく分かりました。ありがとう」
 不意にシンジが微笑んだ。
 何故か綺麗な、そして毒を含んだ妖華のような笑みに、ミロクもマリアも視線を奪われた。
 だがそれも一瞬の事で、笑みは崩れぬまま、
「あなた達が過去の遺物だと言う事は分かりました。そして、僕に取って邪魔になるという事も。素直に教えてくれたお礼に、楽に殺してあげます」
 次の瞬間ミロクの首が伸び、その直後に首があった場所を凄まじい気が襲った。首が伸びたのは無論攻撃ではなく、本能が命じた回避行動であった。
「ほう、首が伸びるのですか。そんなのは、妖怪図鑑の中だけのお話だと思っていましたが、僕の勘違いだったようです」
 軽く貫手の形を取った手が下に向けられ、それが軽く開かれた途端一斉に炎が飛び出し、思わずマリアは悲鳴を上げた。
 だがそれがマリアに向かう事はなく、ミロクを四方から襲ったのである。まるで時間差の罠でも仕掛けてあるかのように、それは間隔を空けてミロクに襲いかかった。
 三つまではかわしたが、それが精一杯であった。二つを避けきれずまともに受け、苦痛の呻きを洩らして膝をついたミロクに、
「三つとはなかなか。でも五つ避けなきゃ完璧じゃないんだ。さっきの言葉、そのままそっくりお前に返しておこう」
 その声はもう、いつもの物に戻っている。
(シ、シンジ…)
「あの五文キャラはこれで送った。お前も後を追うがいい」
 ミロクに向けた手が、今度はおさえられなかった事にマリアは気がついた。
 左手の補佐はなく、
「猛虎烈火演舞」
 口にした途端、三騎士を倒した時と同じ物が放たれたが、今度は蹌踉めかなかった。
 しかし、それよりマリアが目を見張ったのは、その行く先であった。猛虎の形を取ったそれは、まっすぐミロクに向かっていき――その寸前で止まったのである。
 止まったかに見えた次の瞬間それは向きを変え、
「ぎゃああっ」
 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が上がった直後、地に何かが落ちた。
「に、肉塊っ!?」
 マリアの目に飛び込んできたのは、紛れもない肉塊であり、
「お、おのれよくも…よくもあたしの胸をー!!」
 口と目をかっと開き、悪鬼の形相で睨め付けるミロクの片胸は鮮血に染まっていた。
 やはり、片方の乳房をふっ飛ばしたものらしい。
 しかし次の瞬間、派手な音と共に煙幕が張られ、たちまち辺りの視界は限りなくゼロに近づいた。
 シンジは別段動こうともせず、黙って立っている。
 やがて視界が晴れた時、そこには千切り取られた乳房だけが残っており、ミロクの姿はなかった。
「おっぱいの忘れ物――利子など欲しくもないね」
 血まみれのそれを見て呟いてから、気がついたようにマリアを振り返った。
「お邪魔虫は消えたみたいだし。さ、帰ろうか」
 
 
 その数時間後。
「う、うンッ、や、やだシンジそんなにしちゃ、あうっ」
 二人が止まっている部屋で、足を崩して座っているシンジの膝上に乗せられているマリアの姿があった。
 シンジの手はマリアの胸に伸びており、シンジがわざわざ緩いチャイナドレスを選んだ理由がやっと分かった。
「これ、大きいみたいだけど」
「いいの。小は大を絶対に兼ねないから」
 よく分からない台詞だったが、何か考えあっての事だろうと頷いたのだが、まさかこんな事を考えているとは思わなかった。
 ただし、何故か今までのような快楽はなく、ほんの少し揉んでは離れ、二本指に乳首が捕らえられては解放される。
 シンジにその気で揉まれると、快楽が脳天まで直通する。
 これはマリアが自らの身で知った事だから、今みたいな方が確かに――助かる。
 しかし一度バブリーな生活にはまった娘が質素に戻れないのと同様、あの強烈な快感が得られないのが何故かもどかしい。
 そんな事を思った途端、くにゅ、とシンジの指が乳首を押し、
「ひうんっ」
 マリアは小さく喘いだ。
「足りない、とか思ってる?」
「べっ、別にそんな事は…す、少しだけ…」
「マリアもすっかりえっちになったよね。会った頃は剣にトゲが生えてるみたいなイメージだったのに」
「だ、だってシンジがいろんな事するから…こ、こんなになっちゃって…」
「色々?胸から下は触ってないじゃない」
「だ、だからこんなにおっぱいが敏感に、ふうんっ」
 乳首から指は離れたが、今度は小指が乳房にのめり込む。
(意地悪してる…)
 マリアはそう気づいていた。
 快感をくれる――でもくれない。わざと寸前で焦らすようにして…。
 シンジにしてみれば発想は逆で、こんな感じやすい身体をそのまま刺激すると早く終わるから、どこから手を付けようかと贅沢に悩んでいるのだったが。
 しかし気が変わったのか、乳房を軽く掌に収めて、
「帝都に進撃、とか言ってたよね。マリア、どうする気?」
 と訊いた。
 シンジに乳房を押さえられていなかったら、マリアはシンジと視線を合わせる事は出来なかったろう。
 幸いシンジの顔は自分の後ろにあり、その視線が自分を素通りしている事にマリアは気づいた。これなら、とりあえず肩身の狭すぎる思いはしなくても済む――シンジといるだけで、自分はあまりにも無力であり降魔に立ち向かうなど暴挙以外の何物でもない事を、マリアは見せつけられていたのである。
 銀角の群れ、あれを自分なら何とか出来たか?
 否。
 あの三騎士と名乗った降魔の中ボス、あれを自分ならスムーズに撃退できたか?
 否。
 では残る降魔を一気呵成に片づけ、帝都へ凱旋しうる可能性は?
 マリアは激しく首を振った。
 結論など最初から出ている。一考の余地すらない。
 目下マリアに取れる建設的な策はただ一つ、シンジが言った通りただ帰る事だけを念頭に置き、帝都に戻って報告する事だ。
 しかし、今のマリアには何にも残されていないのだ。一体どうやって?
「胸触ってると、大体その子の思考が伝わってくる。例えばそう、マリアが現在ジレンマ中だとか」
 ぴくっとその肩が震えた。
「でもマリアの性格からすれば、それは取りえない策だよね。ここを放り出してまっしぐらに帝都を目指すなんて事は」
「……」
 つう、とマリアの目から涙が流れたのは、触れられている胸から違う感触が伝わってきたからだ。
 すなわち、温かさが。
 無論肌と肌が触れているから冷たいはずはないが、今までは快感のみであった。
 だが今触れているシンジの手から流れてきたそれは、確かにマリアの全身をゆっくりと包んでいったのだ。
「理屈で言えば」
 胸から手が離れた時、咄嗟にマリアは手をおさえていた――離さないで…私を一人にしないで、とでも言うように。
 シンジの手が元の位置に戻った時、マリアは心から安堵した。
「あの連中が何をしようと、俺が妨害しなきゃならない義務はない。でも、放っておけばマリアは無意味覚悟であの連中に突っ込んでく。連中は帝都を目指すとか言っていたが、帝都は落ちない。あそこには夜香もいるしシビウもいる。あの二人だけで一国の軍隊に等しい。単なる武力で済むなら、魔道省じゃなくて防衛庁から自衛隊でも引っ張ってくる所だ。でもマリア、帝都は決して落ちぬと分かっていても、進軍する後ろ姿を眺める事は――お前には無理だな」
「ごめんなさい…」
 嗚咽混じりの声にも、別段シンジの様子に変化はなく、
「やはり、止めにゃならん。バカマリアとは言え、みすみす死んでいくのを放置しておくわけには行かない。マリア」
「は、はい…」
「あの連中は、俺が片づける。お前は見物しているといい。帝都を手に入れるとか公言してる奴が、どの程度の力なのか俺が試験してくれる。滓みたいな連中を帝都に行かせたら、面倒くさい事をさせたってあの二人に苛められるからな。何されるか分かったもんじゃない」
 その口調には、悲壮感や気負いという物が全く感じられないのだが、もう一つ、正義感もまた全く見られない。
 かといって、マリアを庇うそれにも見えないのだ。
「あ、あの…」
「何?」
「シンジどうして?」
「かつての降魔大戦の折、一人の男がその身と引き替えにして帝都を守った。何故だと思う」
「…」
「守るべき者がそこにいた、あるいは正義に動かされて――普通なら出てくる答えはこんな物だが、シンジがそんな答えを視界に入れてないのは、最初から分かっている。
「答えは簡単、周りが馬鹿で弱かったからだ」
「どういう…事?」
「つまり国に、あるいは個人レベルでもいいが、降魔を片づける力があれば、少なくともそんな無意味な犠牲は出さなくて済んだ。どうせ感謝もしないしすぐに忘れる、そんな不特定多数の為にただ一人が命を落とす、そんな話などごめんだ。誰かの命を犠牲にして自分が助かるなら、俺がその前に総攻撃だ。もっとも、マリア一人行っても無駄だし、はっきり言って自爆だけどね」
「そ、そんなひどい、ふああっ」
 不意に伝わる感触は戻った――温かさから快感へと。
 軽く指が食い込んで揉まれる度に、指先から送られる快感はまるで血液の流れに乗ったかのように全身を駆けめぐり、マリアは身悶えした。
「ひどい?ほんとの事言っただけなのに。じゃあこうしよう」
「ふえっ?」
 上擦った声のマリアに、
「左手は乳首だけ、右手は乳首には触れない。この条件付きで五分間耐えられたら、マリアも実力があると認めてあげる」
「そ、そんなの何の関係が、くふっ」
 抗議しながらも指は動かない。
 待っているのだ――シンジに責められて喘ぐのを。
 躰が待っているのだ――熱すぎる程に気持ちのいいその快感を。
 既に乳首は限界まで硬く尖り、服の布地にこすれるだけで痛く、そして熱い。
 揉まれる乳房がシンジの手の中で形を変える度に、唇を割って出そうになる声を必死に抑えた。
 なぜ乳房がこんなに気持ちいいのか、マリアにも分からない。
 自分で触れた時は無論、他人に触れられた時だって、こんなに快感を感じたことはなかったのだ。
 分析する事で神経をそっちに向け、何とか時間を稼ごうとするマリア。あるいは、好きなように喘がせられ続けて来た事で、一度位は自分だって感じやすいだけの娘ではないと、シンジに見せたかったのかも知れない。
 だが、マリアは知らなかった。
 シンジを開発したのは、その辺の小娘ではないという事を。
 そして、その開発が予想以上に進んでおり、それはすなわち普通の娘では到底太刀打ち出来ない事を指している、と言うのもまた知らないのだった。
(あと少し、あと少しで…)
 必死に達するのを抑えていたマリアを見て、シンジの口元に笑みが浮かぶ。
 妙に楽しそうな表情で、
「マリア」
 と呼んだ。
 囁かれただけで達しそうな淫声を無視したマリアだったが、
「あそこ、びしょびしょでしょ?」
 その途端脳内と躰の中で快感の渦が爆発した。
「だ、駄目イクっ、イっちゃう、ひはああっ!」
 びくびくとマリアの躰が揺れた途端、シンジは顔をしかめた。
 両手をシンジの足に置いていたマリアだったが、達した途端ぎゅっと爪を立てたのである。無意識ではあったろうが、却ってその分余計に痛い。
 そんなシンジの様子には気づかず、
「も、もう少しだったのに…シンジのばかぁ」
 目には涙が浮かんでいるが、甘えた声と共にちらっと恨めしげな視線を向けたマリアが、ゆっくりと身を寄せてきた。
 
 
 
 
 
「二千?」
「いや、それ以上はいるな」
 紐型の水着じゃなくてもいい、シンジはそう言ってある。別に強制はしないよ、と。
 しかしマリアはそれ以外の水着にしようとはせず、
「シンジが色っぽいって言ってくれたら脱ぐわ」
 と言うのだが、別に燃えないシンジとしては嘘も言えず、とりあえず言っておこうかと思ったら、
「嘘は言わないでね。全然嬉しくないから」
 先に言われてしまい断念した。
 プール内でシンジに抱きかかえられ、きゅっと水着を乳首に食い込まされたまま引っ張られ、数度達したマリアは、ぐったり弛緩した躰をシンジに担がれて戻ってくると、そのまま夕食も取らずに眠ってしまった。
 よほど疲れたらしい。
 作業を終えたシンジが夜景を眺めていると、すっとフェンリルが現れたのだ。
「脇侍と銀角とか言ったな。あれが基本的に主力のようだ。それと、それを指揮する連中が数名いる」
「ふうん…」
「どうした?」
「連中は帝都と言ってた。で?」
「……」
 数秒考えてから、
「解体して運ぶわけではあるまい。おそらく属性を利用して召喚するのだろう」
「よく分かったね」
 よしよしとフェンリルの頭を撫でるシンジ。
 で?と訊かれただけでは、普通は分かるまい。
「マスターの思考くらいは、読めねばなるまい。だからこそ従魔なのだ」
「だよねえ」
 うんうんと頷いたシンジに、
「それはそうと、五精だけで倒せる相手ではないぞ」
「ないの?」
「ない」
 次の瞬間、フェンリルの姿は妖艶な美女の形を取っていた。
「…何で裸なの?」
「マスターにはもう剣も教えてある。だがあれでは不足なのだ」
「手抜き?」
「違う。技量がいくらあっても、剣が持たぬ。マスターが使いこなすには、それなりの道具が必要なのだ」
 頷いたシンジに、フェンリルは次の瞬間奇妙な事を告げた。
「マスター、私の体内に手を入れよ」
「手入れ?洗って欲しいの?」
「違う、手を入れるのだ。場所はそう、胸の少し下あたりだ」
 怪訝な表情になったシンジだが、言われるまま手を伸ばす。
 ずるり、と手は入った。
「そのまま手を伸ばして」
 体内に手が入る、と言う一種異様な状況でも、フェンリルの表情に変化はない。
 そして変化があったのは、シンジの方であった。
「何かある…これは?」
「そのまま抜き出して」
 棒状の硬い感触をそのまま抜き出してくる――フェンリルの体内から出たそれは、一本の刀であった。
「剣…剣だよね」
「そう。エクスカリバー、その名を訊いた事は?」
「アーサー王と円卓の騎士にその名は出てくる。結局徒労に終わった聖杯同様伝説の品かと思っていたが…」
「そのエクスカリバーだ。もっともあれは、これの存在を知った人間がありもしない物を、さも存在するかのように吹聴したものだ。神の手に依る武器など、人間ごときが触れてよいものではない」
「くれるの?」
「私からの贈り物だ。ただし、普段は持ち歩かぬ方が良かろう。その剣は――」
「んなこた分かってる。持ち歩くのは遠慮しよう」
 柄には宝石が埋め込まれ、見た目も派手な巨剣なのだが、それ以上にそれは使い手の精気を要求するものだと、シンジは感じ取っていた。
 そう、既に吸われ出していたのである。
 シンジに取ってはどうという事もない、と言うより幾分むずむずする程度だが、普通の人間ならたまらない。こんな物が人間に見つからなくて大正解であったろう。
「これなら、例え万を斬っても刃こぼれ一つ起こさぬ。マスターにはちょうどいい代物だ」
「ちょっと物騒だけどね。これなら何とかなりそうだ…どうしたの?」
 ふとシンジは、何か言いたげなフェンリルの表情に気がついた。
「いや…何でもない」
「分かってるよ、マリアの事だな」
「……」
「気がついていない、わけじゃない。俺はそこまで鈍くはないよ。ただ…泣かせる事にはなるかも知れないけどね」
「そうか、気づいていたか。済まない、余計なことを」
「別にいいんだ。そんな事より」
「何?」
「服着てちょうだい。裸だとこっちまで寒くなってくる」
「手が伸びる、とは言わないのか?マスター」
 初めてのからかうような言葉であったが、一体シンジは何に気がついていたと言うのだろうか。
 二人の口調からして、少なくともシンジを好きとかそんなレベルではあるまい。
 シンジの口調が僅かに沈んだ原因は、どこにあると言うのか?
 巨剣を軽々と肩に乗せたシンジは下を見下ろしながら、
「簡単には変わらない――いや、変えていいものでも…ないのかも知れないな。人には人の物がある――魂の座が。マリアのそれは、変えるにはあまりにも幅がありすぎるか」
「マスターは良くやった。自分を責める事はあるまい」
「責めてるんじゃない。ただ…魂の座を断ずるには、随分と早すぎる。自分すら見切れていないと言うのに」
「だからこそ他人には手を出さぬ、か。マスターがその気なら、私が手を入れても構わないが」
 シンジは首を振った。
「それは駄目。それをすれば俺は――例え結果がどうあろうと一生自分からの批判を浴びて暮らさなきゃならない」
「我が君の仰せの通りに」
 シンジの静かな声に、フェンリルはすっと一礼した。
 
 
 
 
 
(つづく)


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