妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
 
 
M−5:レア×痴話×鮮血
 
 
 
 
 
「こ、これはいくら何でもその…」
「何か?」
「何かってその…」
 試着室の中でもじもじしているのがマリアで、原因はもちろんシンジだ。
「お、おかしくないかしら…」
 恥ずかしそうに訊いたマリアが選んだのは、上下ともシンプルな白でリボンも付いていない。
「論外」
 女性に下着の感想を訊かれた時の返答としてはかなり不穏当だが、シンジはさっさと身を翻すと店員の元へ向かった。
 一方マリアだが、
「やはりはみ出すのね」
 スーパービキニでもないのにこの台詞は、無論シンジを呼んだ事と関係している。
 そう、別に恋人や彼女気分のそれで呼んだのではなく、脇が開いている中国服だから呼んだのだ。服を着た時どのくらい出るのかを再度着て調べるには、マリアはやや長身過ぎた。
 だいたい、服を脱ぐだけでも狭かったと言うのに。ただ、そこでシンジを呼んだというのは幾分無頓着なマリアの性格も出ている。
 尤も、そんな事を気にするような社会で今までの大半を過ごしてはいなかった、と言う事を考えれば、ある意味合理的な行動と言える。
「や、やっぱりこれしかないのかしら…」
 この店に入った時、マリアはブラもパンツもつけておらず、非常に涼しげな格好であった。下着が穿いて試着できない以上、下半身を晒して当ててみる気にはなれず、最初に手に取った物をまず買ったのだが、これがある意味成功でありまた失敗であった。
 どうやらサイズを確かめなかったのが原因のようで、パンツの方がワンランク小さかったのだ。そのためきゅっと食い込んではくるが、中国服のスリットからも全く見えないと言う功罪半ばの代物であり、ブラジャーがほぼぴったりだったのはまだ幸いであったろう。無論マリアがシンジに見せたのは、その上から当てた状態である。いくらマリアでも、下半身裸のそこへ下着を当てていると言う、犯罪者育成運動みたいな格好をシンジに見せる気はなかった。
 ただし、ブラはハーフカップだから、お椀を伏せたみたいな丸い乳が幾分顔を見せている。
 しかしそんな事より、この中国服で下着が見えないためには、こんなきゅっと食い込んでくる下着じゃないと駄目なのかしらと、マリアにはそっちの方が問題である。脱げばいい、と普通なら思うのだが、わざわざ行ってもらったのに悪いしと、義理を重視するのはマリアたる所以である。
 せめてもう少し大きい物にしようと思ったところへ、
「はいこれ」
 にゅっとシンジが顔を出した。
「え?」
「マリアにはセンスがないから俺が選択。これとこれのセットね」
 サイズや形、そんな物など見る前にマリアの顔は赤くなっていた。
 その視界に飛び込んできた色は、上下揃って漆黒であった。
 
 
「あの…」
「何よ」
「あ、歩きにくいんだけど…」
「なんで」
「な、何でってその、し、下着が…」
 店を出て、てくてく歩いていた二人だが、マリアの歩調は妙にぎこちない。
 会計の段になって漸く、財布がない事にマリアは気づいた。
 しかしシンジは、
「買っとく」
 当たり前みたいに言うと、さっさと下着を籠に放り込んでレジへと歩いていった。
 買った下着をすぐ身につけて出てきたマリアが、初めて穿く形状の下着が気になるのは当然だが、シンジはさもベーシックな物を選んだかのように、
「別にTバックでもVフロントでもない。気のせいだ」
「だ、だって黒だし…いたっ」
 ぽかっ。
「って事は何か、白なら紐みたいなやつでも大丈夫で、黒ならおばさんが穿くみたいなのでも恥ずかしいって?そーいうのは人種差別にも繋がるぞ」
「じ、人種差別って、そ、それとこれとは違うわ」
「同じだよ」
「…じゃあ、どうしてこれはこんなに食い込んでるの」
「マリアがどんな顔するか見たかったから」
 ぷるぷると拳を震わせてるマリアに、
「というのは冗談で――でもマリアも義理堅いね」
「え?」
「さっきの店には普通の服だってあったし、別に着替えても良かった。それにその服だとブラはともかく、下はある程度制限される。でも取っ替えなかったのはわざわざ買いに行ったからでしょ」
「わ、わかってたの?」
「何となく。怪我したのだってその辺にも原因があろう」
「?」
「どこの馬鹿がマリアを寄越したのかは知らないが、戦闘能力を見ても、一人で十分魔道省の連中に値する、と思って来させたんじゃない。となると、やはり娘だし最前線に出すわけには行かないから後方配備になる。でも後ろから襲われたのなら、逆に最前線だからさっさと死んでるし、普通に襲われたのなら、よほど間抜けじゃない限りとっとと逃げ出せてる」
「…私が間抜けだとしたら」
「んなわけあるかい。どうせ、さっさと逃げろと言われたのに、自分だけ逃げられないとか言って迷惑かけた、そんなとこだろ」
「……見ていたの」
 思わずマリアが口走った程、シンジの指摘は当を得ていた――どころかそのものズバリだったのだ。
 もっともマリアからすれば、強要ではなく自分も賛同した以上、さっさと逃げられないと思ったのは当然である。
 が、シンジの口調はそうは言っていなかった。
「俺はクレアボヤンスなんか使えない。まったく、何を言い出すかと思えば」
「一つ教えて…」
「あ?」
「あなたは私が迷惑を掛けたって言ったわ。どうして…そう思うの」
 ちら、とシンジはマリアを見た。
「マリア、お前元々傭兵擬きじゃなかったの」
「傭兵そのものではないわ。用心棒みたいな事は…あったけれど」
「だから銃の扱いも絶えなかった、か。それは別にいいんだけど、そう言う世界って情に流されて済むの?」
「え?」
「つまりだな、用心棒は雇い主をなんとしても守らなきゃなんない。でもそれは情じゃなくて仕事だから。役に立たないって噂が一度広まったら、やってくのは難しくなるでしょ」
「え、ええ」
「そんな情なんか関係ない世界にいたお前が、なぜ情などに拘った?逆の言い方をしよう、屈強な男が四十匹、それが雁首揃えて小娘一人守れない事がどんなに屈辱か、マリアにはわからない?」
「……」
「お前がいれば何とかなる状況、ならまだしも、どうにもならぬ状況なら道連れにするより、せめて女子供は落としたいと思うのが男だ。それを自分が何も出来ず、目の前でその小娘が傷を負った、としたら冥土まで大航海時代だ」
 突っ込む余裕はもう、マリアには残っていなかった。
「…私は…私は間違っていたのか…」
 ぴらっ。
「なっ、なにをっ!?」
「黒のぱんつでシリアスになられてもな〜」
「だ、だからこんなの嫌だって言ったのにっ」
 論点がずれてる。
「じゃ、脱ぐ?今すぐここで脱いじゃう?俺としてはどっちでもいいけど、あまり気にするもんじゃないよ」
 更に論点がずれてる。
「な、何をっ」
 言うまでもなく、と言うより当たり前だが、ショーツを穿いているのと穿いていないのとでは全然違う。
 何を言い出すかと、キッとシンジを見たマリアに、
「何をって、あの銀角やら脇侍やらを全部片づければいいんだし――どしたの?」
「え?あ、ああ、ぎ、銀角ね。も、もちろんそうよそうに決まってるわ」
 むにっ。
「ちょっと待て、お前今何考えた」
「べ、別になんれもらいわ」
「いーや、絶対にキッとか俺を睨んだね。素直に白状しないと胸揉むぞ」
 にゅう、と手が伸びて来たから慌てて、
「だ、だからあの、パ、パンツをその…ぬ、脱がすのかと」
「つまり俺が、チャイナドレスの下はノーパンの女に、首輪と鎖付けて引き回すそう言う性癖の男だと、マリアはそう言うんだな?」
「ち、違、そんな事は…ふひゃっ」
 揉みはしなかったが、シンジの手がもにゅっと触れた途端、電流のように快感が走り抜け、思わずマリアは声を上げていた。
 が、ちょっかい出した方は予想済みだったのか、
「パンツ脱がして連れ歩くって手もあったか。そっか、失敗したな〜」
 破廉恥な事を公道で呟いているのを聞いたマリアだが、銃を無くした事をこの時ほど後悔した事はなかった。
 しかしシンジはすぐ真顔に戻ると、
「今まで銃は何を使ってたの?」
 と訊いた。
「エンフィールド改――リボルバーよ」
「じゃ、自動拳銃の方がいい」
「なぜ?」
「ひとーつ、弾の装填数が少ない。ふたーつ、不埒な悪行三昧――違った、弾倉入れ替えればすぐに撃てるもんじゃないし。やっぱり下手な鉄砲も数撃てば云々て言うし、結局は弾の数だよね」
「…私の腕を弾でカバーしろと言うのね」
「そんな事は知らないよ。でも一発で数人を倒すような腕じゃない限り、どうしたって弾数の多い方が有利になる。今回だってマリアが自動拳銃で、その上で数百発も弾を持ってれば話はまた変わったんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど…」
「じゃ、決まり。後で買いに行こ」
「買うって…この国で?」
「勿論。どこだって非合法のお店はいっぱいあるんだから。ただ品質はちょっと分からないけどね。それに銃がないとマリアは素手じゃない。一人で特攻かけて三秒でやられに行くの?」
「一人?」
 思わず聞き返してしまった途端、失敗したと思ったがもう遅い。
 ただシンジは別に、冷やかしたりあるいは嘲笑するような色は見せなかった。
「俺に手伝ってって?」
「そ、それは…」
 僅かに俯いたマリアに、
「ま、いいじゃない」
「え?」
「別に今すぐ決めなきゃならないわけじゃないんだし、数日の間に決めればいいんでしょ?」
「ええ…」
「じゃ、この話はここまで。観光行くよ観光」
「か、観光?」
「そう、観光。だって俺が景色とか見てないし。マリアも付き合って――やだ?」
「べ、別に構わないけれど…」
「じゃ、行こ」
 言った途端マリアの手が取られて引き寄せられた。
「シ、シンジ?」
「この辺りに綺麗な海があるらしいから見に行く。少し飛ぶから捕まってて」
 正確に言えば海ではない。
 だいたい、こんな奥地に海があったらそっちの方が問題である。
 五花海といい、非常に澄んだ湖水を湛えている湖の事だが、こっちでは結構海の文字が使われる。
 ちょうど、古人が琵琶湖を海と言ったのと似ているかも知れない。
 片手ながら抱き寄せられているから、別に掴まる必要はないが、マリアの腕に力がこもって自分の身体に回されたのをシンジは感じていた。
 ただし、
(飛ぶのに差し支えなきゃいいや)
 こんなモンであり、二十分ほどで五花海に着いた。
「きれい…」
 そこはマリアが思わず洩らした程の美しさであり、
「これにケバい顔映したら、素顔が映し出されそうだな」
 と、普通とはやや変わっているが、これも結構感心しているらしかった。
 湖面を見ながら、
「ところでマリア」
「え?」
「俺はお腹空いたんだが」
「空腹って事?」
「うん」
「それで、私に何とかしろというの」
「それ以外に何がある。お腹空いた!」
 三歳児でもない筈だが、こんなところで地団駄踏むシンジにマリアも困ってしまい、
「そんな事言われても…い、一度この先のホテルまで戻らないと」
「まったく使えないんだから」
「そ、そんな…」
 どう聞いてもこれはシンジが無茶である。
 だいたい、この男がマリアをここへ連れて来たのではなかったか。
「しようがない、自分で何とかしよう」
 今すぐと言っていたし、まさか異次元のポケットでも持っているのかと思ったら、シンジはすっと手を上に向けた。
「あっ!」
 思わずマリアが叫んだのは、次の瞬間上から物体が落ちてきたからだ――真っ黒な物体が。
 無論天の落とした不燃ゴミではない、シンジが撃ち落とした鳥だ。
 正確には一瞬で焼き鳥になったそれが落ちてきたのだが、マリアには放たれた炎も断末魔の悲鳴も聞こえなかった。
「さ、最初からそのつもりで?」
「もちろん。マリアに無茶言ったってしようがないでしょ」
「す、すぐそうやって意地悪言うんだから…な、何」
「マリアって、頬ふくらませるとイメージ変わるんだ。初めて知った」
「な、何を馬鹿なことをっ!」
 ぷいとそっぽを向いたが、
「でもふくらませるなら中身は違う方がいい。はい」
「こ、これ…食べられるの」
「今までに間違えて焼き落とした事はない――数回を除いて」
 後半の台詞に間隔を空けたため、一見鳩みたいなそれを、おそるおそる口に持って行きかけたマリアだが、後半を聞いた途端に手がぴたっと止まった。
「す、数回はあるのね」
「俺はもう食べてるんだけど」
 確かに言葉通り、シンジはもうもぐもぐ食べている。食べられないなら、まず最初にマリアを実験台にするだろう。
「じゃ、じゃあ…い、いただきます」
 例えばアマゾンの奥地で原住民に会った場合、日本人の感覚ではまず口にしないような物が出てきても、理解を超えた物はあまりでない。例えばそれが首狩り族で、戦闘で狩ってきたばかりの首を丸ごと出すと言う事はないだろう。
 反対に、自分が美味しく頂かれる材料になる事はあっても、だ。
 しかしながら、今まで空を飛んでいた鳥が、あっという間にこんがり焼けて落下し、しかも焼き落とした人間にそれを勧められるというのは、古今東西まず経験した人間はいないはずだ。
 対空砲で貴重な弾を浪費して鳥を撃ち落とし、即席の焼き鳥を作るか、あるいは火矢で撃ち抜くか。そのいずれにせよ、もし成功したとしても、ろくな料理が作れないのは間違いあるまい。
「こら」
「え?」
「こう言うのは一気に食べるの。ステーキとフォークで刻みながら食べてるんじゃないんだから。その方が時間もかからないし」
「そ、そう」
 よく分からないが経験者――に見える――シンジがそう言うならと、差し出された塊をマリアは手に取った。
 だが次の瞬間。
 言われるまま口に入れたマリアの顔が、何とも言えない物に変わった。
 そして数秒後。
 つう、とその口元から一条の鮮血が流れ出してきたのだ。
「な、何これ…」
「おやあ?」
 にやあ、と笑ったシンジの顔を見た時、マリアは一瞬ですべてを理解した。
 出会いは冒険者みたいなそれだったが、体の線は冒険者のそれではないシンジが、なぜこんな焼き鳥なぞ用意したのか、しかもご丁寧に自分から先に食べてみせたのかを。
 流れた血は、無論自分の物ではない。
 シンジが差し出したそれは、表面こそこんがりだが、中身は生のままであり、生肉をぐにゅっと噛んでしまったのだ。
「ここまで的確に策が当たると却って…あれ?」
「なんでこんな事…」
「たまにはレアもいいかと思ったんだけど」
「知らないっ」
 普通の娘としては当たり前だが、すっかりマリアはむくれてしまった。
 がしかし、こんな反応などほんの幼い頃以降、一度も見せた事がないのにマリア自身も気づいていない。
 
 
 そして数時間後。
「あの、何でもお好きなものを」
「…」
 一瞬顔を上げるが、またすぐにぷいっとそらして料理に行ってしまう。既に四川料理を四人前ほども平らげているが、なぜかシンジの顔が赤い。
 無論マリアの食欲に感嘆してるわけではない。大食いと言うより食欲に八つ当たりみたいに見えたし、財源にも不安はない。
 では何故?
 理由は簡単で、辛い物を押しつけられたのだ。
 元々四川料理は辛さの本場なので、日本人からすればかなり辛い。しかし現地人には関係ないから、普通に料理を頼めば予め断っておかないと圧倒的な威力を持った物が出てくる。
 シンジは知っていたから断ろうとしたが、
「私が食べるわ」
 とマリアが言うからそのままオーダーした。
 ところがいざ来たら、
「辛そうだから遠慮するわ。食べて」
 有無を言わさず押しつけられたのだ。頬が、と言うより顔自体が赤いのは辛さに襲われたせいである。
 一瞬脳内が爆発するかと思ったシンジだが、異国の地で爆発はしないでくれた。
 しかし料理はまだ残っており、五人分全部片づけたマリアが、
「小食なのね」
 幾分尖りが残った口調で言った。だいたい、ここに来るまでだって、飛行中ずうっとつねられっぱなしだったのだ。さっきとはえらい違いである。
 とは言え、地雷を踏んだせいだし多少は仕方ないかと諦めており、
「普段からあまり食べないんだよ。大食じゃないんだ」
「頼んだ物を食べないのは失礼じゃなくて?」
「じゃ、マリア食べろ。こっちは全身ひりひりして…はい?」
 一瞬シンジの目が見開かれ、ついで口がそれを追った。
 見るからに辛さの女王が鎮座していそうな麻婆豆腐からしてもう、平然と口の中に運んでいくマリアを、シンジは唖然として見ていた。
「私の顔に何か付いているの?」
 ぶるぶるぶる。
 機械人形みたいに首を振ったシンジに、
「私は別に辛いのが嫌いなわけではないわ。ただ――」
「た、ただ?」
「さっきのお礼をしただけ。口の中が鉄の味といやな柔らかさで一杯になったわ」
「おかげでこっちは全身が恋愛中の乙女になっちゃったぞ。まったく…う」
 超訳すると真っ赤になった、の意らしいがそれを聞いたマリアの手が動いた。 
 唐辛子の子分を匙に乗せ、鼻の先に持ってこられただけで思い出したらしく、慌ててマンゴープリンに手を伸ばした。
 シンジに一泡、どころか三泡ほど吹かせて機嫌も治ったようで、やや遅い昼食を澄ませた二人は街の見物に出かけた。
「足りた?」
 店を出たシンジが訊くと、
「ええ、ご馳走様」
「それは良かった。じゃ」
「…えっ?」
 差し出された手にマリアの足が止まる。
「お前一人だ、お前しか襲われない可能性があるからな。ほらぼやぼやしない」
「え、ええ」
 よく分からないまま手を握り返し、歩き出したシンジにぎこちない足取りでマリアが続く。
「あ、あの」
「何」
「わ、私が襲われるって?」
「連中が馬鹿でなければ」
「ど、どういう事」
「連中が何を企んでいたのかは知らないが、邪魔をしに来た奴らの中で一人金髪の小娘が残った。だがそれを追わせた脇侍がことごとく壊滅した、そうなるな」
「ええ」
「あの連中は見たところ、そんなに機動能力は高くない。従って、間違って崖から小娘と一緒に落ちた可能性もある。だが今朝来たのは第二陣、つまり何らかの理由で奴らが脇侍共の消滅を知ったか、あるいは感づいたんだ。ところが、その二陣までもが壊滅したとなれば、これは絶対に変だと気づく。脇侍はもしかしたら岩にディープキスして木っ端微塵になったかも知れないが、銀角にはボスみたいなのもついていた。あれも下っ端だろうが、まとめて壊滅された以上邪魔者がまだ残っている、いや小娘一人の仕業ではなく助っ人が出てきたと考える筈だ」
「そ、それでっ?」
 ぽかっ。
「いたっ」
「考えるまでもないでしょ。一緒に歩いてたって、たまたまとしか見えないかも知れない。でも手を繋いで歩いてる奴がいれば、少なくとも疑ってかかるか、あるいは最初っから襲ってくるかのどちらかだ」
「そ、それで手を?」
「何だと思ったの」
「い、いえその…」
 ほんの少しがっかりしたような口調に、気づかぬシンジではない。ちらっと顔を覗き込んだが、深追いはしなかった。
 内心でほっとしたマリアだが、この日はびっくりの魔王に魅入られていたらしい。
「と言う事だが、また洞窟に泊まって襲われるのもしゃくに障る。だからマリア、今夜はホテルに泊まる。俺と一緒の部屋ね」
「え!?」
 思わず大きな声をあげてしまい、道行く人が何事かと振り返る。
 慌てて口をおさえてから、
「あ、あの悪いから…」
「何が?」
「シ、シンジにお金使わせてばかりだし…あう」
 むにーっと頬が引っ張られ、
「お前の金なんぞより、俺が警戒しながら寝なきゃならん方が余程大問題だっての」
「で、でも…」
「うるさい黙れ却下だ」
 どこぞの独裁者みたいな口調で言ってから、
「言う事聞くね?」
 いくぶん口調を緩めて訊いた。
「はい…」
「大丈夫、夜中に襲ってきたらちゃんと撃退してやるし、そんなに弱くはないから。じゃ、一緒に泊まる?」
 マリアの顔色が微妙な紅を掃いた色に染まり、小さくこくんと頷いた。
 
 
 
 
 
(つづく)


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