妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
 
 
F−1:五精使いINグラスゴー
 
 
 
 
 
「だから、私は無銭宿泊ではない、とさっきから言っていただろうが」
 カラン、と音を立ててルビーを置いたシンジの前で、署長が平謝りに謝っている最中だ。
 イギリスはエディンバラ、その郊外にあるホテルに、一夜の宿を取ったシンジだが、何を思ったか金を持っていなかった。
 いや、持っている事は持っていたのだが、四百万あまりは全部日本円だったのだ。
 両替した分は、空港を出てから此処へ来るまでに、使い切ってしまったのである。
 が、本人もころっと忘れていて、ボーイに渡したチップで最後だと、気付いていなかった。
 翌朝精算時になって、日本円しか持っていないのが発覚、近くに外貨両替の出来る銀行があったにもかかわらず、中年の女オーナーはそこまで連れて行くのを拒んだ。
 どこの世界にも、頭の固い中年女はいるものである。
 パトカーに押し込まれたシンジは、逃げるのは簡単だったが何を思ったか、おとなしく乗っていた。
 初体験をしてみたかったのかも知れない。
 日本大使館に、身分証明の確認をして見ろと言うシンジの言葉に、いかつい顔の警官が問い合わせると、外務省に訊くから待てと言ってきた。
 そして数分も経たない内に、指一本触れるなと怒鳴り声が飛んできたのだ。
 犯罪者から一転して、VIP扱いになったシンジは、ポケットから何かを取りだして机の上に置いた。
 呆然と見つめる署長の前では、小粒のルビーが真紅の輝きを放っていた。
「宿代には足りるだろう。渡して置いてくれ」
 それだけ言うと身分証明書、日本で言えば始末書ともなるのだろうか、それにすらすらと、“へのへのもへ”を書いて、さっさと立ち上がった。
 慌てて付いてこようとするのを、
「結構だ」
 制して、表へ出る。
 数回首を捻ってから、
「両替ぐらいは、してくるべきだったかな」
 札束を眺めながら呟いた。
 
 
 
 
 
「愚か者どもが」
 白眉を吊り上げているのは、無論碇フユノである。
 珍しく時間が空いたから、編み物をしていたのだが、外務省から電話が入ったのだ。
 それも、シンジがイギリスで警察に捕まっているという。
 確かに両替しないのも悪いが、シンジを連行するなどフユノには、到底許せない事なのだ。
 第一、出ようと思えば簡単に抜けられるシンジだというのに。
「ま、しようがないじゃない、婆様」
「しようがない?なら、お前が代わりに入っておいで」
 ブランデーを一気飲みしているミサトを、フユノはじろりと見た。
「あたし?やーよ、そんな趣味無いもの。大体シンちゃんの事だし、物好きで入ったんでしょ」
 そう言うと、控えていたメイドにグラスを放り投げた。
 乱暴だし、このグラスが一つ数万の代物だが、落としても怒らない事を使用人達は知っている。
 性格は、と言うより人間性自体が理不尽だが、メイド達に理不尽に当たるような事はない。
 ある意味豪放な性格でもあり、その辺がシンジと一緒に慕われている原因なのかも知れない。
 とその時、ドアがノックされた。
「開いてるわよ」
 失礼致します、と入ってきたのは綾小路葉子である。
 まだミサトとさして変わらぬ年齢ながら、使用人達を束ねる地位にあり、殊にシンジからの信頼は厚い。
「御前様、私が現地へ参ります。若君を、下賤な留置場へなど入れて置くわけには」
 葉子がそこまで言った時、電話が鳴った。
 邸内は、最新式の電話があるのだが、ここだけはベル氏がものしたとされる、あの最古型の物が置かれている。
 ミサトが出た。
「もしもし…あら、元気だった?え?ちょっと待って」
「シンちゃんからよ。葉ちゃん出せって」
 葉子の実家は、かつては京都の華族であった。
 それを誇るような事はさらさら無いが、彼女をちゃん付けで呼ぶのは、世界中を捜してもただ一人である。
「葉子でございます、お電話代わりました」
「ああ、葉ちゃん?」
「はい」
「俺は大丈夫だから」
「は?」
「もう釈放されたし、こっちには来るなよ。どうせ、俺が捕まったって聞いて、飛んでこようとか思っただろ」
「そ、それはあの…で、でも若様…」
「いいから、いいから」
 と、彼女の敬愛する若主人は、受話器の向こうでからからと笑った。
「留置場に放り込まれて、掘られた訳じゃないから。それより、着いたら成田へ迎えに来てくれ」
 一瞬躊躇った節はあったが、
「分かりました。仰せの通りに致します」
 静かに受話器を置いた葉子に、
「あの子、来るなって言ったでしょ」
「はい…」
「葉子の事は、ちゃんと読んでいるのよ。ま、無事に帰ってくるから待ってなさい」
 はい、と一礼して部屋を出ていった後、
「まったく…しゃくに触るわね」
「何がじゃ」
 編む手の止まらぬフユノだが、その口元には笑みがある。
「だってさ、実の姉には何にも言わないで、いきなり葉ちゃんいる?だって。まったく失礼よ。帰って来たら覚えてなさいよ」
 それだからだ、とはフユノは言わなかった。
 ブラコン…ブラジャーコンプレックスではなくブラザーの方、それも軽度ではないミサトには、言っても無駄だと知っているのだ。
 ほとんど予定が詰まっているフユノには、珍しく出来た空き時間であり、そんな事で邪魔されたくは無かったのだ。
 
 
 
 
 
 自由の身となったシンジは、取りあえず銀行へ行くと全額換えてきた。
 シンジに見とれた女子行員が、手の切れるような新札で実際に手を切ってしまい、シンジの治癒術で完治した後、出て行く後ろ姿に熱い視線を向けていた。
 ブロンドの大柄な美人で、綺麗に手入れされた金髪が人目を引く。
 仕事が終わった後に誘ったら、間違いなく陥落しただろう。
 が、シンジはもうそこにはいなかった。
 列車にがたがた揺られて、やや離れたグラスゴーに来ていたのだ。
 規模はエディンバラとさして変わらず、町並みもなかなか賑やかである。
 真っ白なコートに身を包んだシンジは、長く伸びた髪もあって、さっきから衆目を集めていた。
 ポケットに軽く手を入れたまま歩くシンジだが、特に目的があるわけではない。
 元々こっちへ来たのは、古跡でも回ろうかと言うのが目的だし、ヒースローへ行く前にカンタベリーによって、ついでに大司教のサインでももらおうかと思っていたのだ。
「喉乾いた」
 水を出して飲むことは出来るから、日干しになる事はない。
 ただし、今までにまだ一度も使ったことがないシンジであり、水は外部供給する物なのだ。
 ビールの看板が出ている所を見つけたシンジは、ドアを開けた。
 やや薄暗い店内では、昼間だと言うのに十名以上がたむろしており、ちびちびと飲んでいた。
 場所間違えたかなあ、と内心で呟いたが出て行くのも嫌だしと、カウンター席に腰を下ろす。
「ビール一つ」
 頼んだがひげ親父が、
「坊や、年は幾つだい」
「シクスティーン(16)」
 やっぱりな、とふふんと笑い、
「後十年したら来るんだな。それまでは、ママのオッパイがお似合…」
 ただし、その後は続けられなかった。
「巨乳なら間に合ってる」
 流暢な英語で言ったシンジの手が伸びて、白髪混じりのヒゲをばっさりと斬り落としたのだ。
「首もついでに落とされてみるかい?」
 のんびりと訊いたシンジに、店内から危険な視線が飛んできたが、親父は両手を上に上げた。
「分かったよ、降参だ。見くびって悪かったな」
「分かればいいんだ」
 何思ったか、特大ジョッキに注がれて出てきたそれを、ぐいと傾けたのはいいが、
「にがーい」
 顔をしかめたそれに、何故か妙な視線が注がれた。
 そう、どこか欲情にも似たそれが。
 東洋から来た綺麗な顔の少年は、彼らに取っておかしな好奇心の対象になったのかも知れない。
 だがそれは、数秒後に一転する事になった。
「大丈夫?」
 若いウェイトレスが、声を掛けてきたのだ。
 顔と雰囲気からして、まだ二十歳にはなっていまい。
 あるいは、シンジとさして変わらない位の可能性もある。
「使って?」
 差し出されたハンカチには、周囲に花の刺繍が施されている。
「謝々…じゃなかった、サンクス」
 礼を言って受け取ると、うら若き娘はわずかに顔を赤らめた。
 口元を拭いながら、
「あまり若いと、法律にまずくない?」
「家事手伝いだ。それなら文句もないだろう」
 ヒゲを落とされたせいか、幾分ぶっきらぼうな感じも見えたが、
「じゃ、娘さん?」
「ああ、そうだ」
「綺麗だし、気立てもいいと来てる。ご両親には自慢の娘さんだろう」
 シンジがそう言った時、わずかながら誇らしげに胸を張ったのに、シンジは気付いていた。
 無論英語だから、彼女の耳にも届いている。
「クレアは、ワシの自慢の娘だよ。最近は、家内に似て綺麗になってきた」
「のろけまで付いてきた」
 内心で呟いた時、
「ここへは何をしに来たの?」
 クレアが好奇心たっぷりの口調で訊いてきた。
 ちょっと考えてから、
「旅行、かな」
 が、何を勘違いしたのか、まあと豊かな胸を押さえて、
「失恋して、癒すために旅行に来たのね」
 妙に熱っぽい視線を向けてきた。
 刹那だが、シンジは考え込んだことで妄想を膨らませたのかも知れない。
「いや、そんな事は…」
 と言いかけた時、ガタンと音がして数人の男達が立ち上がった所であった。
 どいつもこいつも、危険な表情と変わっている。
「おい、ジャップ」
 言わずと知れた東洋人への蔑称にも、シンジの表情は変わらず、
「マスター」
「どうしたい」
「ホットミルクくれる?口直しだ」
「はいよ」
 無視されて頭に来たか、
「おいガキ」
 肩に掛けようとした手が振り払われる。
「あなた達、お止めなさい」
「あ?」
「彼は何もしていないわ。店で暴れるなら、出て行ってもら…ああっ」
 軽々と、クレアの身体は持ち上げられていた。
「出て行ってもらう?やってもらおうじゃないか」
「おい、お前ら」
 親父の血相が変わったが、
「うるせえなあ」
 引き抜かれた大口径に、顔から血の気が引く。
「まったく、こちとらさんざん通っても見向きすらされないってのに、こんなイエローモンキーにあっさりと持って行かれちゃあな」
「ああ、まったくだぜ」
 とちびの男が続き、
「どれ、濡れてるんじゃねえのか。トニー、触って確かめてみろよ」
「もう洪水かも知れないぜ」
 野卑な笑い声が上がり、軽々と持ち上げられたクレアのスカートに手が掛かる。
 決して丈の短くないそれは、流行とはやや違う感もあるが、足首までをすっぽりと覆っている。
「さて身体検査と…がああっ」
 次の瞬間に、信じられないような事が起きた。
 スカートに手を掛けた男が、その全身から血しぶきを撒き散らしてぶっ倒れたのだ。
 一瞬事態が分からなかった連中も、どうやら原因は渦中の少年だと知ったらしい、
 すなわち、東洋から来た全身白ずくめの少年に。
 すっとシンジが立ち上がる。
「お前達のせいで、ホットミルクの出てくるのが遅くなった。償いは、身体でしてもらおう。まずはお前、そこのモヒカン族もどきからだ」
 シンジの指があがり、モヒカン頭を指差した。
 なお、そいつは自動拳銃を親父の顔面に向けている所だ。
「てめえっ」
 腕が動き、その銃口がシンジをポイントしようとする前に、その腕は床に落ちて重たげな音を立てた。
「が…あっ」
 二秒ほどしてから苦痛が訪れ、付け根から喪った右肩を押さえてのたうち回る男を見ながら、
「本物のモヒカン族の方たちが迷惑だ。そっちも直せ」
 奇妙な台詞とともに、髪の毛がすべて地に落ちた。
「これで坊主頭だ」
 日本語のそれは、誰も理解し得なかったろう。
 幾分荒っぽかった証拠なのか、頭皮も所々切れており、出血しだしている。
「娼婦の股間に突っ込んだ手で、クレアに触るな。余計な物が付いてるから、いらない事を考えたがる。いい物を処方してやるよ。薬は、男根の切除だ」
 到底似合わぬ台詞に、男の顔から血の気が引く。
 だが、顔色を変えただけで悲鳴を上げる事も、股間をおさえる事も出来なかった。
 落ちたのは…そう、股間の物だけではなかったのだ。
 下半身全部が、上半身と別れてしまったのだ。
「あ、切りすぎた」
 気にした様子もなく、残る二人に視線を向ける。
「ジャップのジャッジ、跳ね返してみるがいい」
 うっすらと笑った口調に、大声で叫びながら懐中に手を入れる。
 勢いよく引き抜かれたのは小口径の拳銃、身分は分かっているらしい。
 大口径の大型拳銃など、素人が撃てる物ではないのだ。
 いや、撃てたとしても反動で後ろに飛ばされたり、明後日の方向に弾が飛んでいくのがオチだ。
 その点小口径なら、腕力や運動神経の問題もあるが、さほどぶれずに撃つことは出来る。
 もっとも、引き金を引けたならの話だが。
 ボッ、と指先から出火したのを知った途端、その手から拳銃は地に落ちた。
 ギャア、と絶叫するのに、与えられた時間は約三秒間しかなかった。
 あっという間に、その全身から炎が吹き上げたのだ。
 文字通り、火達磨になった男達は、ものの十秒と経たないうちに炭化しており、床に奇妙な物体となってわだかまった。
「焼き方はウェルダンだ」
 だが炎が吹き上げたにもかかわらず、店内はまったく焦げた部分がない。
 炎と同時に水、ちゃんと延焼は防いでいたのだ。
「まったく、ヤンキーにはクレイジーが多くて困る。マスター、水を…あれ?」
「こ、こいつらどうする気だあんた。こ、こんな事して警察が黙っていないぞ」
「のおぷろぶれむ」
 妙にもったい付けた口調で言うと、
「それより娘さんを奥に運んでいってやった方がいい。あ、それとこの辺りにマフィアか――」
 ちょっと言葉を切ってから、
「過激な環境団体のアジトとかある?」
「アジト?この町のボスのならあるが…」
「どこの街でもボスはいる物だ。ここの店はそいつに用心棒料は払っているのか?」
 ああ、と奇妙な顔で頷いた親父に、
「で、そいつの住所はどこ?」
 危険な声でシンジは訊いた。
 
 
 
 
 
「で?」
「さっぱり分かりません」
「全員が眠り込んでいる家で、どうして急に火が出てしかも全焼するんだ!大体火元は家の中だぞ」
 焼け落ちた邸を見ながら、消防団長が部下と共に首を捻っている最中であった。
 不審火もいいところで間違いなく放火の線だろうが、出火原因は家の中に、それも焼けこげた死体が一番火力は強かったのだ。
 一体どうなっているのかと、誰でも首を捻りたくなるだろう。
「あのボス…」
「何だ」
 おそるおそる声を掛けてきた部下が、
「な、なんでも真っ黒になった奴は自分で歩いてきたと目撃情報が…」
 言わなきゃ良かったと、言い終わらぬ内から後悔した顔になったのは、上司の顔を見れば当然だったかも知れない。
 間抜けな情報を持ってきた部下に鉄槌を下すべく、ボスは大きく息を吸い込んだ。
 
 
 
 
 
「あんた…一体何者だい…」
 妻を呼びだして、娘の手当を任せた親父はボビーと名乗った。
「僕?シンジ、碇シンジだ」
「さっきのあれは、東洋の魔術か?」
「似たような物だよ」
 と曖昧に笑い、
「あ、思い出した。ホットミルクをさっき頼んだ筈だぞ」
「ああ、そうだったな。今最高のやつを出してやるよ」
 特大のジョッキにミルクを注ぎ始めた背中から視線を逸らし、シンジは店内を見た。
 木の床には少し焦げが残ったが、五番目の精を召喚した時に完全に消えた。
 すなわち、木の枝を。
 屑共の死骸に、蔓を巻き付けて運び出し、枝の一部分で床の材料にする事など、シンジにしては造作もない事であり、今の店内には騒ぎの痕跡など微塵もない。
 無論、街を牛耳るボスの家に運び込み、そこで発火させて燃やしたのも、シンジの仕業だ。
 これが人のいい親分なら気も変わったかもしれないが、最初に用心棒代を断った時、クレアも拉致られそうになったと聞いて、あっさり着火サインは出た。
 完全な密室の中では、誰も放火などと気付くまい。
 いや、これを放火と呼べるのかどうかは疑問だが。
「出来たよ。さ、ぐっとやってくれ」
「ありがとう」
 湯気の出ているそれだが、シンジは今度も一気に傾けた。
 おいおい、と止めたくなったのは、無論ホットに加熱してあったからだ。
 それもとびきりに。
 少なくとも、一気に飲み干す温度ではない。
 が。
「あ、美味しかった」
 まともに飲んだ筈だが、口元には白さをまったく残さずシンジは全部飲み干した。
 ことり、とグラスを置いたとき、
「いい飲みっぷりね。ニホンダンジと言ったかしら」
「ん?」
 見ると、クレアが支えられて降りてくる所であった。
 持ち上げられた時点で失神しており、その後の光景は一切見ていないが、シンジが連中を撃退したとだけ聞かされたらしく、
「ありがとう、おかげで助かったわ」
 顔を寄せて来た、と思ったら頬で音がした。
「こんなのでは足りないけれど」
「十分だよ」
 うっすらと笑って見せたところへ、
「娘を助けて頂いてありがとうございました」
「こちらは?」
「妻のキャシーだ」
 妻に似て、とさっきボビーは言ったが、たしかに目許の辺りはよく似ている。
 既に三十台後半の筈だが、それでも基本的な部分の美貌は衰えていない。
「この後は、どこかへ行かれるの?」
「まだ予定は特に」
「それは良かったわ」
「は?」
「もう少し、ゆっくりして行って。ね、ママもパパもいいでしょう」
「勿論だとも。今晩は、いやでもごちそうさせてもらうよ」
「そうね、私が最高の物を作らせて頂くわ」
 無理強いは馳走とは言わない、とはシンジは口にしなかった。
「分かりました。じゃ、お言葉に甘えて」
 軽く頷き、クレアの顔に笑顔が浮かんだのを見てから、
「夕方まで、少し町中でも見物してきます」
 と立ち上がった。
「待って、ミスターシンジ」
「え?」
「ここへは初めてでしょう?」
「ええ」
「道案内はいた方がいいわ。帰ってこられなくなっては困るもの」
 はあ、と言った時、腕に柔らかい感触を感じた。
「さ、行きましょうシンジ」
「君が?」
「勿論よ。隅々まで案内してあげるから」
 腕をぎゅっと絡めたまま、クレアはシンジを引っ張って出て行った。
 二人が出て行った後、
「ねえ、あなた」
 キャシーが、真顔で夫を呼んだ。
 さっきとは違い、そこにはどこか不安そうな感じもある。
 だがボビーは首を振った。
「彼の正体は分からない。だが分かっている事が二つある。一つはクレアと、そしてこの店が助けてもらったと言うこと。そして二つ目は、この町からボスが消えた事さ。起きた事を説明しても、誰が信じてくれる?」
「そ、そうね…」
「折角クレアが気に入ってるんだ、あの子のあんな笑顔を見るのは、久しぶりじゃないか。ここは、素直に感謝するとしよう」
 夫の言葉に、キャシーはゆっくりと頷いた。
「そうと決まれば、さっそく準備だ。買い物の方は頼んだよ」
「ええ、じゃ行って来るわね、あなた」
 
 
 
 
 
(つづく)


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