妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
 
 
D−2:人格権侵害――ひっそりと燃える五精使い
 
 
 
 
 
 シンジが腰を抱えて突き上げると、揺れる腰に合わせて遅れて葉子の乳房がぶるっと上下する。
 服を脱ぎ捨てた葉子は、既に自前で濡れきっており、クンニも指愛撫の必要もなく、肉竿の先を膣口にあてがうと一気に腰を落とした。
「はあ…あんっ」
 子宮口まで突き上げられるような感触に、脳髄を痺れるような快感が走り抜けた。腰に添えられたシンジの手を待たず、自分からがくがくと腰を振り出し、同時に揺れる乳房を両手できつく揉みしだく。
「指も舌も無しでぐしょぐしょだったけど、そんなに欲しかったの?」
「だ、だって久しぶり…はああっ、い、いい、すっごく奥までっ…」
「もう、ほんとに淫乱なんだから」
 シンジの言葉嬲りに返す事も出来ず、
「よ、葉子は淫乱な娘、です…だ、だからもっとお仕置きを…ふひゃあっ!」
 自ら腰を振り出した葉子に上下運動は任せ、シンジは左手を葉子の性器に伸ばした。肉竿が抜き差しされる度に、亀頭が敏感な襞をごりごりと引っ掻き、結合部分から白濁した愛液が滴り落ちる。
 喘ぎが間断なく続くすすり泣きのようなそれに変わったのを知り、
「葉ちゃん、も少し?」
「も、もう…あ、あたしのおまんこがきゅきゅって…あひぃっ」
「ぐちゅぐちゅ鳴ってるように聞こえるんだけど」
 うっすらと笑ったシンジが、既に顔を出して赤く充血しているクリトリスをきゅっと掴んだ。
「だ、だめっ、そこつまんじゃ…も、もっとした…ああ、だ、だめええええっ」
 脳内が白くなる位まで、もっとギリギリまでおちんちん欲しかったのに…。
 クリトリスを摘まれた事で、一気に高みまで押し上げられてしまい、がくがくと腰を突っ張らせた葉子は、ちょっぴり不満げにシンジを見た。もうこれで終わりにされてしまうと思ったのだ。
「葉ちゃん、まだいき足りないでしょ?」
「え?」
「今日は膣出しって言ったでしょ?ほら、降りて」
 葉子の中に突き入れた肉竿は、まだ終焉には程遠い。また葉子の膣口からも、途切れる事無く蜜があふれ出しており、葉子を貫いたままシンジは起きあがった。
「じゃ、じゃあ…もっと?」
「久しぶりだから、沢山しよ」
「は、はいっ」
 葉子の目にじわっと涙が浮かび、泣き笑いの表情でシンジにぎゅっと抱きついたが、その拍子に肉竿が膣内をぎにゅっとかき回し、奇妙な表情のまま小さく喘いだ。
 
 
 
 
 
「ねえ夜香」
「はい?」
「俺に何か隠してないか?どうも違和感があるんだけど」
 モリガンが見ィてらっシャイ、とぷりぷりしながら魔界に帰った二日後、完治したシンジは夜香と共に帝都の空を飛行していた。時折ふらふらしているのは、どこまでバランスを崩していいものか、実験飛行しているせいだ。
「違和感、とは」
 シンジは下を見ながら飛んでおり、夜香はその上にいるから顔は見えないが、声には微塵の変化もない。
「付き合いはそんなに長くないけどね、夜香が嘘言ってる時は分かるんだ。赤い瞳が紫になったりする」
「……」
「ま、それは冗談だけど、あのモリガンてのがあっさり帰ったのは、フェンリルに恐れを為したと言うよりも、人間界(こっち)じゃ実力が出ないから。でしょ?」
「それもあるでしょう」
「魔界に帰ったら当社比200%位は出るかもしれない。しかもそれと張り合ってるのが二匹もいる。そんなのがうじゃうじゃしている所に、いつもの夜香なら連れて行かないと思うぞ」
「今度から、目にはコンタクトを入れるとしましょう」
 まるきり冗談でもなさそうな口調で言うと、
「本当は私が防がなければならないのですが…」
「モリガンの事?」
「ええ」
「麗香を殺そうとしてるならともかく、愛撫してくちゅくちゅにして自分の物にって言うんだから、夜香としても口を出しづらいわけね」
「そんな…ところです。無論、シンジさんがご迷惑なら押しつけなどはしません――どうかしましたか?」
「別にいいけど、何処までと思ってたんだ?」
「どこまで?」
「親分のご命令なら殺ってきますが、そこまでお望み…ん?」
 ふと気がついたように、シンジはにゅっと首を上に向けた。
「念のために聞くが、レズの変態従妹は俺に任せたとか思ってないよね?」
「それはありません」
「あっそ、ならいいけど」
「モリガンは男には興味を持っていませんから」
「…真性って事?」
「と言うより――」
 一瞬考えてから、
「同性が相手なら、自分が受け身に回る事はありません」
「つまり?」
「自分の愛撫には自信を持っています」
 屋敷の者達が聞いたら、目を剥きそうな台詞だったが、夜香の口から出ると野卑も淫靡さも消え失せる。
 男は顔だ、と言ういい証明である。
「同性相手なら、一時の快楽としてあくまでも自分が主体です。ですが、男が相手となれば話は別です。女は受け身の方がいい、と言うのがモリガンの持論ですから」
「処女の分際で?」
「ええ、処女の分際で」
 丁寧に繰り返し、
「それともう一つ、自分より弱い男になど興味はない、というのもモリガンのモットーなのです。男を寄せ付けないのも、それが原因です。どこまで、と言うよりも碇さんが一緒におられれば、モリガンも麗香に手出しは出来ないと、そう踏んだのです」
「微妙な所の裏切りだな」
 シンジは頷いたが、別段怒った様子はなく、
「麗香もいい身体してるしね。猟師がレズの親戚と来れば、よだれを垂らしてほしがるのも当然だ。やっぱり、さっさと男あてがって麗香救出するか?」
 ふむ、と何やら考え込んだのだが、不意に振り返った。
「れ、麗香っ?いつからそこに」
「あ、あの先ほど、き、来たのですけれど…」
 月光の下で赤くなっている顔を見るまでもなく、聞かれていたのは明白だ。
「ったく兄貴は転嫁で妹は盗聴と来た。もうサイテー」
「麗香、どうやらお怒りになられたようだ」
「あ、あのっ、碇様申し訳ありませんっ。け、決してそんなつもりは…」
 一転して蒼白になった麗香だが、
「分かってる、言ってみただけ。それに、そんな事考える吸血鬼なら、翼を毟って俺に付け替えてる」
「え?」
 兄の方を見ると、こっちも口許に笑みがあるではないか。さてはからかわれ、それも自分だけがまんまとはまってしまったと気づいた。
「碇様…」
 わずかながら恨めしげな視線をシンジに向ける。極めて珍しい事だが、悪いのはシンジの方だ。
「もう、そんな目で見ないでったら。夜に眠れなくなるじゃない」
「それなら麗香をお貸しします。良かったらお連れ下さい」
「麗香を?」「私を?」
「少し柔らかいかも知れませんが、枕代わりにはなりましょう」
「あ、それ採用」
「あ、兄上…そ、それに碇様まで」
 そう言いながらも、表情は戻っている。悪くない提案だったようだ。
「……」
 と、何を思ったのか、シンジが麗香をじっと見た。
「碇様?」
「思ったんだけどあのモリガン、こっちでは全力は出ないんだよね」
「ええ」
「麗香は魔界に行く用事とかあるの?」
「特にこれと言って決まった事は。私はこちらの方が好きですわ」
「だよねえ」
 勝手に頷いて、
「と言う事は、こっちでだけあの変態を撃破すればいい。にも関わらずそれをしてないって言うのは、あのサッキュバス本当は相当強いの?」
「リリスを切り離したとは言え、残念ながら私では…」
 確かに、魔界の領有権を巡って覇を競っているような女では、麗香では少し荷が重かろう。かと言って、夜香が乗り出すには少々微妙である。
「でも、処女もらうって公約しちゃったし、公約破ると支持率下がるから、ここは何とかしないとね。ま、なんとかなるでしょ」
「あ、あのっ」
 麗香が慌てたように呼んだ。
「何?」
「あ、あのその…本当に私の…」
「夜香に血、吸われたくないから」
「は、はい…」
 どっちとも取れる微妙なセリフに、麗香の表情もわずかに揺れた。
 
 
 
 
 
「さすがに、少し疲れたわね」
 珍しい、それも極めて珍しい台詞を口にして、シビウは首に手を当てた。
 臓器の移植手術を、それも三件立て続けに行ったのは大した事ではないが、最も優秀な助手兼妹は、現在九州に飛んでいる。今日の手術があった為、どうしてもと頼み込まれた方に助手として付けたのだ。
 無論、彼女の優秀さはつとに知れ渡っているし、人形風情がなどと口にする者は、この病院に一人もいない。役に立つ、と言う事は裏を返せば居ないと困るわけで、最優秀な助手がいるのと居ないのとでは、難易度と疲労度は天と地ほども違うのだ。
 ただし、疲れたなどと口にするのは、最近姿を見せていない五精使いの青年を前にした時限定であり、誰もいないとは言え、一人の時に口にするとは相当蓄積していたものらしい。
 その時、小さな鈴の音がした。
「どうぞ」
 シビウの声に、シルクのスクリーンが少女の顔を映しだした。
 人形娘であった。
「クランケに面通しは済んだ?」
「はい。少しずつですが、心の方も落ち着いてきておられます」
「そう。そっちはすべてあなたに任せたから、気に入らなかったら心臓を取り出して羽と比べても構わないわよ」
 生前の生き方を裁く古代エジプトの方法であろう。
 一瞬人形娘の表情が緩んだかに見えたが、すぐに引き締まり、
「お姉さま、少しお疲れのご様子ですわ。少しお休みになって下さいませ」
 シビウはうっすらと微笑んだ。
「ありがとう。少し薬の調合に気を入れ過ぎたのよ」
「薬?お薬でしたら私の――」
「媚薬よ。最近来ない怠け者の男へのね」
「お姉さま…」
「大丈夫よ。シンジもこっちへ戻ってきているし、血の浴場に放り込んで一緒に入れば体調も治るわ。あなたを行かせたのは私よ。代役が誰にも務まらない事くらいは、分かって行かせているわ」
「はい」
「さ、あなたの方は患者に専念して。医者だけじゃ頼りないから、あなたを行かせたのよ。本当は一人で行かせても良かったのだから」
「はい、分かりました」
 人形娘の映像が消えた後、
「いい時に顔を見せてくれる…いい妹を持ったものね」
 穏やかな口調で呟いてから、
「でも特効薬は、やはり生け贄ね」
 一転して妖艶な顔になると、何やらキーを叩き始めた。
 すぐに結果は出た。
「まだ出国はしていない。となると、さっさと捕まえないとならないわね――浮気しないうちに」
 ぞくりとするような声に、院長室までもが妖しく揺らめいたように見えた。
 
 
 
 
 
「ところで夜香」
「何でしょう」
「リリスって誰?」
「この娘です。無論、付けたのはモリガンではなくジェダですが」
「ガキンチョの方は?」
「ジョーン、ジョーン・スタトレイです。この世界に放たれたリリスが、何も知らぬままあの少年と出会い、そして何も知らぬ少年と一緒に暮らしていたのです」
「箱入り娘だったから、たまには箱から出してあげよう――そう考えた訳じゃないね」
「違います」
 シンジと夜香は、屋敷の地下室にいた。先日、シンジが通された棺のある部屋だ。用意が出来るまで二十分程掛かると、この部屋で待っている最中にふと、棺に興味を持ったシンジが訊いたのだ。
「この娘が自我を持ったかどうかは知ったことではない。そんな事よりも、モリガンがこの娘に気付いて上手く取り込んでくれれば良し、或いは失敗してもダメージを受ける筈だと、そう言うことだね?」
「その通りです」
 夜香は静かに頷いた。
「無論、モリガン本人も魔力の分離は承知の上ですが、その娘が実体化した事は知りませんでした。魔界の者であれば、高い魔力を持った者を取り込み、その力を我が物とする事が出来ます。抗争から一歩抜け出すべく、獲物を探していたモリガンの前に放り出せば、間違いなく飛びつくと考えたのでしょう」
「ちょっと待って」
「何でしょう」
「モリガンは、人間界に餌を求めにくるの?わざわざこっちまで?」
 領土を侵害に来る者なのか、その響きをシンジの口調に夜香は読みとった。
「人間界で事を起こすほど、モリガンも愚かではありません。何よりも、適当な所で記憶を消去して、半魔人化させて魔界へ引き戻せば、囮としては絶好になります」
 不意に空気が変わった。
 夜香に背を向けていたシンジの気が、すうと変わっていったのだ。
 鋭利でも凄絶でもなく、だが近づく者をすべて呑み込む昏い闇のような気へと。
「生け贄ですか。世界が違うと、なかなか面白い事を考えるものです」
 シンジがゆっくりと振り向いた。
「魔力を切り離すことは、勿論反対しません。でも、エネルギーはそのままにしておけば良かった。原型をとどめたまま放り出すならまだしも、自我を与えたのは失敗でしたね。まして――人の心を持たせるなどと。彼女を作った人の心を僕は見てみたいものです」
 そのまま歩き出したシンジは扉に触れた。この向こうは魔界だが、まだ開けるには力が足りない筈だ。
 気にもせずに触れる――あっさりと開いた。
「心を見るには臓器を取り出すのが一番、そうは思いませんか?夜香」
「ええ」
 夜香の表情が僅かに動く。
 ドーマ家の当主であり、魔界を統べる力を十分持つと言われるジェダ=ドーマ。その男にシンジは死の宣告を下したのだ。
 見えたどころか、魔界にすら一度も足を踏み入れた事のない青年が。
 だが、静謐な気のままシンジを見る夜香の表情には、侮りや嘲笑の色は微塵も見られなかった。
 
 
 がしかし。
「私負けましたわ」
「何ですって?」
「上から読んでも下から読んでも同じ。知ってた?」
 イヒッと笑った途端、シンジの顔は苦痛に歪んだ。一歩踏み出したのはいいが、身体が保たなかったのだ。
「普段の君なら問題ない筈よ」
 搾取しようと探していたところが、向こうからやってきた。飛んで火に入る夏の虫だと思ったら、担ぎ込まれてきたのだ。
 なお、運んできたのはフェンリルである。
「健康な体を探していたのに、弱った体で担ぎ込まれるとは傍迷惑な患者ね」
「…どう言う事?」
「孤閨にも飽きたし、少し付き合ってもらおうと思っていたのよ」
 魔女医が一転して妖艶な美女へと変貌した。赤い舌でねっとりと舌なめずりし、裸の背に美しく危険な指が触れようとした直前、すっと標的は移動した。
「医者の役目は患者に欲情する事ではあるまい」
 無論、持っていったのはフェンリルだ。
「従魔でも、医療に関しては一切素人、余計な口出しは無用よ」
「診断は分かった。後は私がエネルギーを流し込んで治す。シビウ、礼を言うわ」
 言葉の端々に火花が散り、院長室は危険な様相を呈していた。
 普段なら美女同士の間に殺気が交錯するところだが、この日に限っては様相を異にしていた。
 何しろ患者――双方にとっては獲物――が、裸の背を見せて横になっているのだ。二人の目に殺気よりも危険な、そして妖しい色が満ちているのもやむを得まい。普段なら、健康優良児の反撃に遭うのだが、現時点では絶対にそれはあり得ない。ならば、ここは戦うよりも争奪が優先である。
 美しい手が同時にシンジに伸びた――シンジは逃げ出すほど回復していない。
 だが、結局二人のいずれも勝者となる事は出来なかった。先を争うように伸びた手が触れる寸前で、その身体は宙に浮き上がったのである。
 勿論、シビウでもフェンリルでもない。
「お久しぶりですな。ドクトルシビウにフェンリル小姐」
 二人の取り合いを止めうる人形娘以外では、もっともこの場に呼びたくない男が立っていた。
 天をも恐れぬような逆立ったウニ頭――黒瓜堂の主人がシンジを抱え上げていた。いつもの事ながら、どうやってここへ来たのかは分からない。
 ただ、不法侵入ながら常にシンジを伴って帰るから、捕まえて手と足を付け替えるとシンジに呪われそうだと、心中では呪詛していても出来ないのだ。
「シンジは私がお預かりします。エネルギーの注入で良ければ、うちの店にある物を飲ませておきますから。明日の昼までには元気になってお返しできるでしょう」
 苦虫と呪詛をまとめて噛み潰したような二人に背を向け、歩き出した主人だったが、ふと出口の前で振り向いた。
「一つ忘れてました」
「何よ」
「今は安静が優先されますが、医師の元から連れ出した患者は医師の元にお返しするのが道理――明日、この部屋にお連れします」
「本当に?」
 医師ではなく、女の顔でシビウが訊いた。
 ええ、と頷き、
「今日は、本当はお邪魔したくなかったのですが…占いに優れた可愛いお客の一人が、知り合いの上に死兆星が出てるとか言ってまして。あのまま魔界へ行っていれば危なかったようです。ではこれで」
 シンジに衣服を掛けて黒瓜堂の主人が退出した後、二人は何となく顔を見合わせた。
「フェンリル、どう思う」
「さて。だがあの男は夜香とは違い、マスターに想いはない。わざわざ虚言を拵えてまで、我らの前に躯を晒しには来るまい」
「でも、お邪魔虫には変わりないわ。今度邪魔しにきたら、首から上を切り離してウニのオブジェにして差し上げるわ。まったく、商売人なんてろくなのがいないんだから」
 そんな呪詛を背中に受けて、シンジを運び出した主人だったが、病院を出た所に待っていたのは店の車ではなかった。
「こちらです」
 サングラスとスーツに身を包んだ屈強な男が四人、出てくるのを待っていたのだ。
 その後に付いていき、五十メートルほど先で待っていたのは、戸山町の若き貴公子夜香と妹の麗香であった。
 なお、シンジの方はフェンリルとシビウの気に中ったか、病室を出た時点で気絶している。
「連れてきましたよ」
 すっと差し出されたシンジを、慌てて麗香が大事そうに受け取った。
「今回は怪我ではなかったので、少し気になっていたのです。お世話になりました」
「いえ、本人からの依頼ですから。それなしにこの病院の院長室など入れば、私など五体を灰にされて窓から撒かれてしまいます」
 主人が言った通り、竜虎の獲物となっていたシンジを連れ出したのは、本人から連絡があったからだ。夜香達と会ったのは、病院の少し手前である。
 初対面ではなく商用で数度会っているが、無論ただの関係ではない。
「これを」
 夜香が懐から取り出して渡した試験管には、闇夜で見えないが半分くらいまで液体が入っている。
 この筋の商品を扱う物に取っては、まず手に入れる事の出来ぬ代物であり、またそれをベースに調合した薬品こそ、黒瓜堂の主力商品なのだ。
「あの、黒瓜堂殿」
「何でしょう」
「碇様はその…ご無事で?」
 心細げに訊いた麗香に、
「大丈夫です。まだ、手は付いていませんでしたから」
 院長と従魔に聞かれたら、八つ裂きにされそうな台詞を口にしてから、
「ただ、精気が少し乱れているようです。今夜は側におられた方がよろしいかと」
「分かっています」
 頷いた麗香が、再度シンジをぎゅっと抱きしめたのを見て、
「じゃ、これで」
 軽く一礼してから歩き出した。
 
 
 その二日後、完全に復活したシンジが再度、長老邸の地下を訪れていた。魔界の扉を開けて、数メートル歩いた途端ぶっ倒れ、何故か嫌な予感がした黒瓜堂へ連絡したら、フェンリルとシビウの争奪の的にされる寸前で運び出された、までは覚えているが、その後がどうも曖昧である。
 目が覚めたら、何故か頬を赤らめた麗香に病院まで連れて行かれたし、途中で獲物をさらわれた筈のシビウまでもが、妙に艶っぽい表情で出迎えたのだ。
 ただ後者の方は、はっきりしている――その後三時間、たっぷりと付き合わされたのである。
 夜は夜で抱き枕と布団を兼ねたようなフェンリルに拘束され、自分の知らない所で事態が動いた事だけ分かったが、とりあえず治ったからとやってきたのだ。
「よろしいですか?」
「大丈夫」
 では、と扉が開いて一歩踏み出した途端、周囲は完全な別世界とへ変わり、前回同様重たい空気が腹腔から立ち上ってくる。
 が、軽い。
 前回は、開けた瞬間に凄まじい大波が叩き付けたような感覚に覆われ、前すらろくに見えなかったのだ。
 それが今回はすっきりとしており、前回のような不快感ではない。
「落ち着きが一番とは言っても…これは変わりすぎだぞ」
 小首を傾げた途端、全身にある感触が甦ってきた――全身を絡めて貪り合ったシビウの肢体のそれが。
 妖しく濡れ光って絡みついてくる舌も、指の中で形は変えても潰れない乳房。そして蛇のように巻き付いてくる脚や、突き入れた瞬間肉竿から全身に快感が広がっていく膣の感触まですべて。
 別に妄想している訳ではないが、歩くたびにその感触が鮮明になり、それと入れ替わるように空気がもたらす圧迫感が消えていくのだ。
(そっか、シビウがいい身体してたからかな)
 シビウが聞いたら、妖艶に笑ったであろう。
 しかし、不意にその表情が引き締まった。二人の行く道に巨大な獅子が立ちふさがったのである。
 いや、獅子に見えたそれはよく見ると頭が二つに分かれており、雰囲気からして魔界の住人だと主張している。
「ケルベロス?」
「いえ、オルトロスです。心配は要りません」
「ふーん」
(オルトロス?)
 全身でこっちを威嚇しているが、夜香は心配ないと言う。いざとなったら飛んで逃げるさと軽く力を抜いた途端、その目が見開かれた。
 何かがオルトロスの頭部を二つまとめて貫通し、凶暴な魔獣は断末魔をあげる事すらなくぶっ倒れたのである。
 狩人の正体はすぐに知れた。
 その後ろから、美貌の娘が顔を見せたのだ。
「夜香殿久しぶりですね」
 にこっと笑った顔は、シンジでさえ一瞬引き込まれ掛けたほどの物であり、
「相変わらずいい腕をしているな、秀蘭」
 応じた夜香の表情も、普段より幾分穏やかに見える。
「そちらの方は?」
「碇シンジさん、私の友人だ」
「あ、初めまして」
 夜香でもこんな顔をするんだと考えていたから、一瞬応対が遅れたシンジにも妙な表情をする事はなく、
「秀蘭と申します。以後、お見知り置きを」
 中国服の端をちょっと摘んで可憐に一礼した少女に、
「碇シンジです。よろしく」
 返しながら、どこかで見たことのあるような気がすると、内心で首を傾げていた。
 
 
 
 
 
(つづく)


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