妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
 
 
C−5:子猫狩り
 
 
 
 
 
「期間を忘れた、と?」
「うん」
 数日後戻ってきた従魔の視線は、間抜けな主には相応しいものであった。
「何でそんな目で見るの?」
 そう言いながらも少し居心地が悪そうなのは、本人も間抜けなのは自覚しているらしい。
 追いつめるまでは完璧であり、たっぷりと余裕を持って罠を張った迄もいい。
 しかし肝心な所で間が抜けているのは、ある意味シンジがシンジたる所以である。
 高レベルの能力に加えて従魔は神狼であり、しかも穴がない性格となれば近づけるのはとある女医と夜の一族の者達しかいなくなるに違いない。
 そしてそれはやがて来る進路決定の一端でも、答案に名無しと言う結果に表れてくるのだが、無論本人は知らない。
「それでどうする気だ、マスター?」
「正確にはプライドの問題なんだよ。別にこっちが追い込まれてる訳ではないし、伸ばせばそれだけ手の内を空かす事になる」
「それで?」
「うん」
 とシンジは頷くと、何を思ったかフェンリルの真っ白な毛並みに軽く触れた。
 なお、二人が現在いる場所は京王プラザホテルの屋上であり、シンジはその腹に軽く頭を乗せて横になっている。
 と言えば聞こえはいいが、要するに不法侵入である。
 軽く腹に触れたまま、
「少し調べてみたんだが、父絡みらしいな」
「乳?私の胸に用が――」
「無い」
 ずむ、と肘を押し込んでから、
「美乳と巨乳に目の色の変わるマスターなら良かったのに」
 シンジの言葉は無視して、
「マスターと同じ?」
 と訊いた。
「違う、あんなに良くない。うちの両親と一緒にしないでくれ。それに、子供が二人いても恋人で逝ったのはある意味これ以上ない恋人関係だ」
「これは失礼を」
 すっと起きあがった姿は、もう美女の物に戻っている。
「それで大したことのない方の父親は?」
「栄光とその次の基本的な道だよ。それも実の兄弟に追われて消息不明。ただし」
 一度言葉を切ってから、
「多分生きているらしいがね…何?」
 不意にシンジの顔が上を向いた。
 正確には、フェンリルがシンジの上体を引いて膝の上に頭を載せたのだ。
 じっとその顔を見つめて、
「それは誰が知っているの」
「夜香に調べてもらった。と言うことで、知ってるのは俺と夜香だけ」
「そう」
 だけ、の意味は無論フェンリルには通じている。
 すなわち、実の娘達はそれを知らないのだと言う事を。
「シビウを?」
 単語で訊いたフェンリルに、シンジは横になったまま首を振った。
「使わない。洗脳する位なら解剖用にプレゼントしよう。いずれにしても、期限を忘れたのは間抜けな主だが、黙っていて嵌るなら向こうから動いてくる。私はそれを待つことにするよ。それよりフェンリル」
「何か?」
「今日の月は隠れていない。少なくとも、こんな顔を見るより遙かに風流さ」
 そっとフェンリルの顔を挟むと起きあがった。
「今晩は、罠評議よりも月と共に過ごすとしよう」
「無粋な事を」
 そうは言ったものの抗おうとはせず、妖艶な美女のまま主の身体にその身をもたせかけた。
 
 
 
 
 
 月光を楽しむ二人がいる所からやや離れた空間に、宙に浮かぶ人影が二つあった。
 夜香と麗香だ。
 文字通り美しさに人の形を取らせ、ついでに乱杭歯と翼をくっつけてみたような二人は、真昼に街中を歩けば魅入られて卒倒する者が続出することは請け合いである。
「やはり、あのお二人はお似合いです」
 白百合のような声で言った麗香の表情には、巨匠の手による名画を見る風情がある。
「ふむ、そうだな」
 夜香も頷いたが、
「普通の人間なら、わざわざ誘い出すなど力に奢ったか血迷ったかのいずれかだが、碇さんだけは分からない。もっとも――だからこそ神話の妖狼も従魔になり、ドクトルシビウもまた想いを向けられるのだ」
 ひっそりと呟いてから、
「麗香、お前はどう思う」
 妹の方を振り返った。
「来るでしょう――碇様がそう言われました。ですが、碇様のご性格では三人揃ってからまとめて、と言われるのではないかと」
「かも知れん。だが、分かっているならば為す事はあろう。治すぐらいならば、碇さんの邪魔にもなるまい」
「分かりました」
 一つ頷いて、麗香はすっと姿を消した。
 妹の消えた方角には視線を向けず、美しき吸血鬼の視線はただ一つ、夫婦彫像のような姿で月を見ている二人へと向けられていた。
 さっきから会話のない二人は、一見倦怠期のそれにも見えるのだが、二人を繋ぐ雰囲気がそれを否定しており、何よりもその強固な絆は夜香自身がよく知っている。
 凄絶とも言える美貌の夜香だが、その口許がほんの一瞬だけ緩んだのはそれから間もなく、彼もまた漆黒の闇夜に消えていく寸前であった。
 が。
「夜香と麗香?」
 全然そっちを見ていなかったシンジが、やはりそっちは見ないまま訊いた。
「しばらく観察していたな。そのうち我が姉の元で使役させてくれる」
 我が姉と使役、その単語だけ聞けば極道の姐さんみたいだが、それはすなわち冥界の女王ヘルを指している。
 しかし、このフェンリルもまた二人がいた方向など見ていなかったのだ。
 無論、二人とも夜香達がいる事などまったく聞いていない。
「フェンリル、血の気が多いよ」
 シンジはそれだけ言うと、また目を閉じた。一瞬主の顔を見たものの、フェンリルもすぐその後を追った。
 浴びる月光を楽しむかのような二人と共に、静謐な時だけが過ぎていく。
 
 
 
 
 
「こ、これは一体…」
 それから五日後、愛と瞳は愕然とした顔を見合わせていた。
 初診に訪れた医者が三日前にもう一度来たのだが、その時に渡された薬を服用して以来、みるみる傷が癒えてきたのだ。
 それも、三ヶ月と言われた泪すら快方に向かいだしている。
 あまりにも信じられない現象に二人とも呆然としていたのだが、訪れた医者の双眸が最初と違い妙にぼんやりしていた事や、薬の色が幾分変わっていた事には気付かなかった。
 飲用はカプセルだったし、注射液は違っていても普通は即座に違和感は感じないものだ。
 もっとも、そのせいで点滴に筋肉弛緩剤を入れられるなどと、言語道断の事件も起きたりするのだが。
 一見なんの変化もない薬の中身が一転していた場合でも、それを見抜く能力は本来無用なのであり、医者の言葉に疑念を抱かなかった彼女達の場合もまた同様であった。
「こんなに快復するなんて…何か不気味だわ」
「うん。でも原因はともかく、これはチャンスだよ。長引いてあいつの気が変わったら最後だもの」
 そうね、とゆっくり頷いた瞳だが、そこには悲壮な物が漂っていた。
 勿論、それを妹に悟らせるほど瞳も単純ではなく、愛もそれには気付かなかった。
「それで姉さん、次のターゲットは決まっているの?」
「これよ。来週末に横浜のポートタワーで絵画展があるの。そこでこれが出てくるのよ――この『遙かなる旅人』がね」
「来週末…後十日だね」
 当初ならば、それでも絶望的であったろう。
 だが今、二人とも急激に快復してきており、
「もしかしたら間に合うかも知れないわ」
 瞳の言葉通り、三姉妹揃っての作戦が出来るかも知れないのだ。
 ある意味天啓とも言える快復とそして日数。
 瞳は決して楽観視はしていなかったが、愛の方はもう普段の調子に戻っている。
 脳天気な娘だが、この末娘に今まで救われて来た事も一度や二度ではないのだ。
「この展示会がどこであるの?」
「横浜のランドマークタワーよ」
「横浜?」
 範囲は都内、それもこの近辺に限られていただけに、出向くことに刹那不安そうな顔になった愛だが、
「地理を知らないのは向こうも同じよ。それに今回は合同捜査になる――付け入る隙はあるわ」
 瞳の言うとおり、今までは地元の犬鳴署単体だったが、縄張りに踏み込んで来られては、神奈川県警は面子に賭けても逮捕に動くだろう。
 無論息が合わないのは最初から目に見えており、むしろ仕事自体は楽だと瞳は踏んでいた。
 所詮は烏合の衆、そう見ていた瞳であり、その視界の中には二人の青年しか映っていなかったのだ。
 警察に知り合いがいようと、捜査に加わるとは思えない。
 やはり、前回同様逃走ルートで待ち受けていると見るのが正解だろう。
「絶対に負けられない…」
「何か言った?」
 低い呟きが耳に入ったのか、既に絵図面を拡げていた愛が振り返ったが、なんでもないわと瞳は笑った。
 
 
 
 
 
「…今何と言ったのかね」
 震える声は、思い切り踏んづけた右足の痛みで誤魔化してある。
 多少靴は傷んだかも知れないが、この情報に比べれば大した事ではないだろう。
「分かった、と言ったんですよ」
 もう一度シンジは繰り返した。
「ただし、調べてのけたのは有能な情報屋ですが」
「情報屋?」
「おっきな翼と長い牙を持った情報屋です」
「…そうか」
 頷いた冬月の脳裏に、とある美影身が浮かんだ。
 誇り高き夜の一族でありながら、シンジとは交友があると言う話は冬月も耳にしている。
 だがシンジがそう言った時、遠くでとある美青年がそっと口許をおさえ、
「これは…シンジさんが?」
 ひっそりと首を傾げた事は無論知らない。
 既に夜の時刻になっている街を見下ろしながら、
「ところで連中の次のターゲットはこれだ、予告状が昨日舞い込んだよ」
「来週末ですな。場所は横浜ですか」
「君の言うとおり警備は手薄にしようと思ったが、そうも行かなくなったよ」
「無理?」
「展示はレストランを借り切って行われるのだが、そこのオーナーがいい宣伝になるのと営業妨害だと警官隊の配備を断ったのだ」
「警察の威厳も地に落ちましたか」
 無論強行しろという意味だが冬月は首を振った。
「犯罪者でさえ、その人権とやらが優先される時代になっている。まして、今まで幾度も逃がして来た我々としてはそう強くも言えんよ」 
「では、客に扮して私服を?」
 それもしない、と冬月はまた首を振った。
「警備であって逮捕の準備ではないのだ。まして、今回控えているのは碇シンジとその従魔だ。我々など寝ていても良かろうよ」
 シンジ絶対視みたいな言葉だが、シンジはそこに微妙な何かを感じ取った。
「まあ、そう言われるなら別に構いませんが――」
「後のことは任せたよ。ところで、連中の目的は何なのかね」
「父を訪ねて三千里」
「何?」
「つまりそう言うことです。渋谷駅前の忠犬と違うのは、自分達から行動を起こす所でしょうな。但し非合法ですが」
「……」
「そんな事はどうでもいいのですが、捕まえたら絵を没収して、ついで売りさばいて大もうけです」
「…シンジ君、同年代で君ほど自由に金を使える者はいないと思うがね」
「あれは祖母と姉のモンです」
 シンジはあっさりと言った。
「従ってお小遣いが欲しいときは自給自足に限ります」
 秘書が会合の時間だと呼びに来たのでシンジは帰っていったが、シンジの言葉が本心のような気がして冬月は会合中、ずっと背中に寒い物が留まりっぱなしであった。
 
 
 
 
 
「どう思う?」
「警察という機構も決して一枚岩ではない、しかしそれを口にはしたくなかったのでしょう」
 やっぱりそうかと頷いたシンジに、
「ところで今日、私の話をされましたか?」
 シンジをじっと見ながら夜香が訊いた。
「腕のいい情報屋がいるって言ったが、盗聴器でも仕掛けたの?」
 勿論そんな物が無いのは分かり切っている。
「――背中の翼がほんの少し震えたのです」
 言葉を選びながら夜香が言った。
「俺と思ったのは勘で?」
「何となく、でしたが」
「本当に?」
 ええ、と頷いた夜香の赤瞳が妖しく光ったような気がして、シンジはすっと視線を逸らせた。
 フェンリルもそうだが、シビウと言いこの夜香と言い視線に危険な力を持つ者がシンジの回りには多すぎる。
「それでどうされますか」
 逃げた視線は追っかけずに夜香が訊ねた。
「この前とおんなじ、出てきた所で検問と行こう。ところでそこの吸血鬼」
「なんでしょう」
 訊いてはいるが、既にシンジの言葉を読んだような口調であった。
「心当たり無い?」
「やはり余計でしたか」
「余計じゃないが足りない」
「…え?」
 意表を突かれたような夜香の表情に、シンジがにやっと笑った。
「治すのは構わない。揃ってないとつまらないからね」
 麗香が読んだ通りのことを言ってから、
「でも治すなら揃って治せ。出てこなかったら意味が無いぞ」
「分かりました、これは失礼を。必ず間に合わせましょう」
 うむ、と偉そうに頷いたシンジに、
「次はフェンリルさんと行かれますか――それともドクターと?」
「分かってて訊くの止めない?」
「分かっています」
 夜香は静かに、しかしどこか妖しく頷いた。 
「ですがお聞きしたいのです――シンジさんから直に」
「言ってやらない」
 そう言って指を向けた先には、ひっそりと微笑んでいるかに見える吸血鬼の当主がいた。
「光栄です」
 すっと一礼した顔が上がった時、何故かその笑みは深くなっているように見えた。
「人のこと言えないけどさ」
「何か?」
「長老はもう当主は夜香って言ってたぞ。当主のくせに悪趣味…え?」
 ゆっくりと夜香は首を振った。
「受けていないのは私もシンジさんも同じですが、根本的に違う所があります」
「どこさ」
「あなたのそれは、先代の当主をもう遙かに超えていますが、私のそれははるか未来の話です。玉石混合はいけません」
 ところで、ここで夜香が言う先代とはフユノの前ではなく、フユノ本人だ。
 勝手に先代扱いしている夜香に苦笑して、
「超えてるってどっちの話だよ」
 それはもちろん、と言いかけたのを封じるように、
「でも今回は手出しは禁止だよ」
 真顔で言った。
「分かっています」
 一つ頷いて、
「どうされるか、もう大凡は決めておられるのでしょう?」
「一応ね。でも素直に狩られてもそれはそれで面白くないし」
 我が儘なシンジに、
「多少は骨のある猫である事を期待しましょう」
「そうだね」
 軽く頷くと、シンジはふっと立ち上がった。
「ところで、今お時間はおありですか?」
 無い、とシンジはすぐに首を振った。
「でも、紅茶いれて待ってる娘を無視すると夜道が怖いし、それぐらいなら大丈夫」
「妹も喜びましょう」
 連れだって歩き出す二人の姿を、月光が静かに見送っていた。
 
 
 
 
 仕事自体は至極簡単な物であった。
 現場で張っていたのはいずれも神奈川県警の連中であり、キャッツアイを相手にした事など一度もない彼らを出し抜くのは、それこそ半分居眠りしながらでも出来る事だったのだ。
 予告状を出したにもかかわらず、犬鳴署の連中は一人もいない。
 普通に考えれば現場意識の表れだが、瞳の脳裏にはくっきりと碇シンジと言う名が刻み込まれており、これもシンジ優先の一端と読みとっていた。
 案の定、本庁所属の彼らは表の車で待機しており、あくまでも警備体制もどきなのが見て取れた。
 と、それは同時に瞳達に警報を強く鳴らす物であり、まして泪が結局来れなかった今となっては尚更であった。
 しかし、手に入れた得物をそのまま諦める事はしない。
 そう、キャッツアイの名に賭けて。
 警備はゼロとなったが、さすがに表から出るような真似は避けた。
 玄関前で一撃を受けたなどとあっては、その名に取っても名折れである。
 レオタードの上に羽織っていたのは、ばらせばそのままロープと化す代物であり、前回同様はるか高みでの脱走を試みた。
(?)
 自信と共に首を捻ったのは、四つ目のビルを超えた時であった。
「むあ〜て〜」
 あまりにも呑気な声だったが、その正体を知って瞳の肢体が勝手に反応した。
 一応素手と分かっている相手には使いたくなかったが、太股に仕込んだ小型拳銃を引き抜いた手がそのまま後方へ照準を合わせる。
 だがそこに追っ手の姿はなく、しかもその直後に、
「やばい、落ちるー!」
 間抜けな声に加えて物が空を切る音、更には、
「碇様、ご無事ですかっ!」
 聞いた事のない娘の声がして、これは余裕をかまし過ぎたシンジが墓穴を掘ったのだと瞳は判断した。
 事実、そこで気配はぷっつりと途絶えたのである。
 残りは一つであり、そこを過ぎればもう悠々と降下するとなる。
 シンジの事を自分なりに調べていた瞳は、約定は守ると見ていた。
 そうなれば、宣伝効果は減るものの父を――ハインツを探すのはずっと容易になる。
(お父様…!)
 一瞬宙を見上げた瞬間、その双眸がかっと見開かれた。
「こんばんは〜」
 そこで笑っていたのは、間違いなくさっき下に落ちていった筈の碇シンジ本人だったのだ。
「あ、あなた風で戻って…!?」
 違うぞ、と本能が告げていた。 
「さ、さっきのはダミーね!?」
「ご名答」
 シンジはくすっと笑った。
「麗香もあれだ、人間にしてついでに声優にしたら売れるかも知れない。アルバムも十枚くらい出してついでにラジオ番組も持ってー」
 具体例でもあるのか、奇怪な事を口走ったシンジに一瞬度肝を抜かれた瞳だったが、すぐにその表情が戦闘モードへと替わった。
 一度収めた拳銃をすぐに引き抜こうとした時、シンジの手がすっと上がった。
「無駄だ――十重二十重に包囲している。あれを見ろ」
 す、と指差した先にはずらりとベンツが並んでいた。
「な、何よあれ」
「広域指定暴力団、新鮮組の戦闘部隊だ。近藤総長とは付き合いがあってな、シマ荒らしになるがそれでも出てきてくれた――いいって言ったのに。もっとも、ここの組と揉めぬよう手配はしておいたがね。手は出すな――ただし銃口は別と言ってある。あそこで銃を構えているのは武闘派でナンバー2の龍宝国光だ。俺を撃つより撃ち抜かれる方が早いぞ」
 新鮮組、無論その噂は瞳も知っている。
 武闘派の幹部を抱えながら、総長は争いを好まないと言う変わった人物だ。
 二足の草鞋を履いている、と言う噂もあるがそっちはよく知らない。
「降伏しろとでも言うの」
「いーや、言わない」
 シンジは静かに首を振った。
「ただ、銃を向けられれば礼はしなければならない。それ以外で倒してみるがいい、この私を」
 シンジが自らを私と呼ぶ――愛はそれを聞いているが瞳は知らない。
 シンジが本気になったと思い、それでもなんとしても愛や泪に累は及ぼせないと決意した時、シンジがひょいと横に避けた。
「手配しといて良かったわ」
 奇妙な台詞と共に瞳の視界に入ったのは、今だ床にいるはずの泪の姿であった。
「ね、ねえさんっ!?」
「敵を欺くにはまず味方から…ごめんなさいね、瞳」
「姉さん…」
 瞳の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「少しは楽しめる…と言いたい所だがメンバーは前回と変わらんな」
 シンジの言葉に、二人の眉がぴっと上がる。
「この間と同じと思わない事ね」
 更にそこへ、
「ちょっとー、妹を忘れるなんてひどいじゃない!」
 ぷりぷりしながら、レオタードがもう一つ加わった。
「余人には手を出すなと命じてある。三姉妹の力、見せてもらおうか」
 しかしどこか間延びした言葉に、両者の間を鋭利な殺気が繋いだ。
 
 
 
 
 
(つづく)


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