第七十四話
 
 
 
 
 
 シンジがヤマトの事をお祖父様と呼ぶのは、強制されたからではない。
 ヤマトがぐれるからだ。
 そう、文字通りぐれる訳で、周囲に大きな禍根を残すのだ。
 父であるゲンドウは、シンジを預けっぱなしにはしたが、見捨てはしなかった。
 ちゃんと会いにも来たし、無論その動向はいつも知ってた。
 ただ、その根底には自らの計画に妨げにならぬように、と言う思いがいつもあったし、そしてとうとうレイをもう一人用意してまで、補完計画を遂行するという挙に出た。
 一方ヤマトの方は違う。
 これはもう、純粋にシンジを気に入っており、孫のシンジだと他人に紹介するのは言うまでもなく、実の孫であるアオイに優先する事も屡々である。
 前に一度、ヤマトがシンジを怒らせた事がある。
 数日間、口を利いてもらえなかったのだが、その間に融資から手を引かれて倒産した企業は二十に上り、役員会に於いてずさんな経理やミスを咎められて失職した者は三十名を超えた。
 無論、倒産した企業のメインバンクは信濃財閥の直系であり、失職した者達も皆その系列であった。
 普段なら、不意に手を引く事などまずあり得ないヤマトであり、解雇にしたってそうだ。
 例えどんな人物であれ、雇ったのは企業側だという認識の上に立っているから、いきなり解雇された者など、刑事罰でも受けない限りはいなかったのである。
 シンジが口を利いてくれなかったら、被害はどこまで拡大したか見当もつかず、その意味ではアオイなど足元にも及ばない。
 そんなヤマトだが、政財界にも多大な影響を及ぼし、その時になれば文字通り総理の首さえすげ替えられるのだ。そのヤマトが、一少年の呼称一つで企業の命運を決めると知られた日には、シンジは彼らから呪詛を一身に浴びるのは間違いあるまい。
 ある意味ではえらい迷惑だが、普段はいたって温厚な性格だから、差し引きするとちょうどいい位かもしれない。
 勿論、シンジの動向は全て把握しており、その中には上司も含まれているのは言うまでもない。
 とまれ、今回やって来たのはシンジが一向に戻ってこない上に、手紙も途切れがちだったせいであり、少々危険な事は間違いなかった。
 
 
 
 
 
「僕の方は大丈夫だけど、お祖父様一人でこっちに?」
「ヒナギクが、わしを一人では行かせてくれぬよ。さっき、お前の家を見てくると出かけた。まだアオイだけでは不安なのであろうよ」
「もう、お祖父様」
「ヒナギクにとってはいつまでも子供のまま故、仕方あるまい。それよりアオイよ」
「はい」
「シンジ達三人が出撃したのは、演習だったのか」
「いいえ、使徒迎撃です。それがどうかなさいましたか」
「お前の担当はシンジと聞いておる。だが、他の娘達も出撃したであろう、指揮官はどうした」
 ヤマトの表情は、既に財閥総帥のものへと戻っており、シンジに向けた表情とは根本的に異質の物である。
「あの、それは私が…」
「君が指揮官か」
「さ、作戦部所属一尉葛城ミサトです」
「ほう」
 ヤマトが珍獣でも見るような視線を向けた時、シンジは嫌な予感がした。ヤマトがこの視線で人を見る時――七割近い確率で死人が出る。
「アオイは君を降格する事も左遷する事もしなかった筈だ。二体の指揮は君の仕事の筈だが、作戦時に持ち場を離れてどこへ行っていたのかね」
「そ、それは…」
「一時的な所用ならやむを得まい。だが、君の姿は最初から無かったように見える。それとも、私の気のせいかな」
「お祖父様」
 面倒くさそうに声を掛けたのはシンジであった。
 ミサトなど別にどうでもいいのだが、いなくなると三人分が回ってくる事になる。
「別にいなくても構いませんよ。居たって何するわけでもないんだし。僕の優秀な上司にツッコミ入れる為に来た訳じゃないでしょ」
 ぶっきらぼうなフォローならともかく、シンジの場合はこれが本音である。一方アオイの方も、担当が増えるとその分仕事が増えるわけで、シンジと過ごす時間が大幅にカットされる事になるから、ミサトの分を回す事などは皆目考えていない。
「どうもお前は甘い所があるのう。まあよい、お前がそう言うならよかろう」
「あ、あの…」
 そこへ口を挟んだのはレイであった。
 ちらりと見たヤマトに、
「あの、綾波レイです」
「うむ」
「その、現場ではお兄ちゃんが…いえ、碇君が指揮を執ってくれますから、葛城一尉が一時的にいなくても大丈夫です」
「そうかね」
「はい」
(あーあ)
 勢いよく頷いたレイだが、シンジの考えた事は正反対であった。
「すると、現場での指揮をシンジに一任すれば、本部での総責任者は要らないという事になる。確かにシンジは優秀だ。だが結局は十四歳の少年に過ぎん。仮に大敗を喫しでもした時に、責任は子供が取ると言っても通じまい。そこまで言わないにせよ、そうなるとアオイもまた不要、と言うことかな?」
「い、いえあのそんな意味では…」
「君の言う事は間違いではない。現場では、シンジに一任しておくのが一番安心だ。ただし、それを後方から支援するのは指揮官の役目だ。君たちが出撃する前から、指揮官がいないと言うのは少々問題はないかな」
 アオイはヤマトが随分と抑えて話している事に気付いていたが、言うまでもなく、今回の事だけを取り上げている訳ではない。アオイが上京した日、シンジが茹でられかかった事も知っているし、そもそも機体の運用時から武器が大いに不足していた事も全て知っている。
 事前準備や適材適所の人材配置、これを怠る企業が成功する事は決してない。
 配下に数多の企業を収めているヤマトとしては、怒るとか呆れるとかいうレベルよりもむしろ、不思議でならなかったのだ。
 これでどうして使徒が倒せるのか、と。
「綾波レイと、君は惣流・アスカ・ラングレーだったな」
「はい」
 アスカは頷いた。
「先般の使徒戦の事は聞いたよ。弐号機でなければ、シンジは今頃魚の餌になっていたそうだな」
「いえあたしのせいで足を引っ張っちゃって…」
「シンジを縛り上げて乗せたのかね」
「そ、そんな事してないわ」
「ならば、乗り込んだ時点で全責任はシンジに移る。シンジ、そうだな」
「そゆ事」
 シンジは頷いた。
(…何でよ)
 別に自分を庇っているのではないらしい、と気が付いた。どうやら、これが彼らにとっては普通の考え方なのだ。
 これならば、シンジが当然のように自分を責めなかった理由も納得がいく。ただし、ここまでの高レベルを要求された場合、自分がそれに応えられる自信はない。
(レイがいてよかったわね)
 アスカがちょっと邪悪にほっとした時、一人の老婦人が姿を見せた。
「お祖母様どちらへ?」
「シンジ殿の家を拝見に。セキュリティががら空きになっていた故、少々手を入れておきました。役に立たぬ者を上司に持ったからとて、あなたまで堕落してはなりません」
「ちょっと待った」
「何か?」
 ヤマトの妻ヒナギクは、全身の雰囲気はヤマトより穏やかだが、アオイを直に鍛え上げただけあって隙など微塵もない。
 一難去ってまた一難、ミサトは既に生きた心地もしなかったのだが、
「お祖母様、社員からクーデターは起きてないんだ。余計な評価はお断りだよ。それと僕の家は、この二人を夕べから呼んだからレベルを最小限にしてあるんだ。勝手な事はしないでちょうだい」
「下げたのですか」
 ヒナギクの視線がアスカとレイを捉えたが、それはどうみても好意的な物ではない。
 す、とシンジの目が細くなる。
 シンジが口を開く前に、ヤマトがヒナギクに一瞥を向けた。
「御前様の仰せの通りに」
「シンジなりの考えがあろう。要らざる事はするものではない。シンジ、これから第二へ行ってくる。詰まらぬ所だが、総理から呼ばれておるのでな。一度くらいは、また顔を見せておくれ」
「ん」
 頷いたが、
「こっちに来てもいいけど、お祖母様は連れてこないで。来られたら迷惑だ」
「シンジ殿…」
 ヒナギクの言う事は分かっている。
 元々、半要塞化されているような信濃邸であり、そこに比べればシンジの家は甘い。甘くても構わないが、シンジは日々を安閑と過ごせるような身分ではないのだ。
 とはいえ、アスカとレイに事情を仔細話していない以上、そのレベルで物を言われるのは困る。
 シンジ自身は、現在の状況で別に困ってはいないのだから。
 確かにレイは素人だが、その内にあるのは稀代の妖女であり、これに致命的な危害を加えうる者などまずいるまい。
 ミサトも確かに役には立たないが、それはアオイやシンジのレベルであって、使徒という未知の存在相手に普通の人間では、良くてせいぜい、これに毛が生えた程度であろう。
 そんな事よりも、正月早々乗り込んできておかしな言いがかりを付けられる方が、その七十五倍も迷惑だ。
 アスカとレイが単なる素人である以上、シンジにとっては言いがかりでしかない。
「わしの方からよく言っておく。迷惑をかけたの」
 自分達に言われていると気づき、アスカとレイは慌てて首を振った。
 これが一介の凡人ならまだしも、ヤマトの方は経済雑誌で幾度も見た顔であり、その意味する所位は二人とも知っている。
 ただ、どうしてそのヤマトがシンジを孫扱いするのかまでは、二人にも分からなかった。
 ヤマトに引かれるようにして、ヒナギクが出ていった後、
「年寄りって、時々ろくな事考えないんだから」
 ぶつぶつぼやいたシンジに、
「さ、二人とも行きますよ」
 呼ばれて二人とも後に続いたが、
「アスカ、レイ待って」
 アオイが呼び止めた。
「『はい?』」
「どうしたの?」
「一つ言い忘れていたわ。私とユリは忙しいの。多分サツキちゃんとサクラさんも暇じゃないと思うわ。それだけ」
「は?」
「忙しいんだから、二人とも邪魔しちゃ駄目よ。いいわね」
「『は、はい』」
 よく分からないまま二人は頷いたのだが、シンジは嫌な予感がしていた。
 そしてそれは、ユリがレイだけを呼び寄せた時に一層濃厚な物となった。
 
 
「総司令はどうした?会議中ではあるまい」
「碇はその…」
「綾波レイの姿をした者と楽しんでいる最中か」
「!?」
 ヤマトの言葉に、冬月は顔色を喪った。長い付き合いで一度も勝てた事がない相手だが、まさかその口からこの言葉が出るとは思わなかったのだ。
「別に非難しようとは思っておらんよ。個人の倫理観は、私が口を出す所ではないからな。とはいえ冬月、お前がシンジに目を向けるのはまだ早かろう。あの子の何処が気に入らぬのだ?」
 ヤマトは穏やかな声で訊いた。
「私は古い人間でな。生憎と、礼儀や道徳を弁えぬ人間は好まんのだよ。少なくとも、自分の父親に向かって銃を乱射するような子供はな」
 言っている事は立派だが、冬月の視線はヤマトを捉えていない。
 怖いのだ――理屈ではなく、本能がその感情を伝えてくる事を、冬月は認めざるをえなかった。
 恐怖の中で最上級なのは、得体の知れないものであったろう。ヤマトに対して何を恐れるのか、と言われた場合はっきりとしたものはないのだ。
 だが怖い。
 それがある種の劣等感――決して自分が追いつけない者に対して抱く感情であることに、冬月は気付いていない。
「その件ならば聞いている。だが、上司への反逆罪で独房に放り込まれたという話は聞いていないし、何よりもその程度の遊びで傷を負わせる程粗雑な教育は施しておらぬ」
 冬月を顧みたヤマトが、
「単にシンジが計画の邪魔になると、そう思っただけではないのか?」
 その途端、冬月の表情が激しく揺れた。
 この男はどこまで知っているのか!?
「人類補完計画…人類の欠落部分を補うというのを建て前に、全人類を融合させようという話であったな。人間は元々、一組の夫婦からこれだけ増え広がってきた。原罪以前に戻そうなど所詮は思い上がりに過ぎぬ、そうは思わぬか?」
「あの二人は…計画の事を知っているのか…」
 吐き出すように言った冬月に、すっとヤマトが視線で制した。
 無論、冬月を制したのではない。冬月に反応したヒナギクを制したのだ。
 この年にして、ヤマトがヒナギク一人で良いと言うだけあって、並の者ではまったく歯が立たない。
 冬月など、秒の間もなく冥府へ旅立つ事になっていただろう。
「わしからは伝えておらぬ」
 ヤマトは微妙な言い方をした。
「それに伝える気もない。わしが余計な手出しをすれば、シンジに嫌われる事にもなりかねん。例え一国を敵に回したとしても、それだけは避けねばならぬからの」
 
「御前様、申し訳ありません」
 第二東京へ向かう車中、ヒナギクは深々と頭を下げた。
「よい。しかし、お前ほどの者がたかが小娘二人に取り合うとはの。シンジの気は変わって見えたか」
「はい、少々…」
「そうか。とはいえ、アオイが側についておる。何より、あれの道は自らが決める事じゃ、志半ばにして命を落とすならその程度の未熟と言う事、そうであろう」
「はい」
「それにしても、シンジはよくあのような娘の元で戦えるものじゃ。並の企業なら到底勤まらぬが、超法規機関とはよくよく変わったところと見える」
 雪を頂いた富士を見ながら、それでもヤマトの口調に呆れたものはない。
 むしろ、シンジのそんな状況を楽しんでいるのかも知れない。
「御前様、碇ゲンドウは如何なさいますか。既に、綾波レイをもう一体引き揚げたと報告が入っております」
「アオイからか」
「いえ、放っておいた者よりの報告にございます」
「そうか」
 放っておいた者、とヒナギクは口にしたが、ゲンドウは綾波レイをもう一体持ってきた事など極秘中の極秘であり、知っている者は文字通り五指に満たない筈だ。そんな情報を、一体どこから手に入れたのか。
「捨て置く」
 ヤマトは短く言った。
「お前に任せれば、病巣は全て一掃出来よう。とはいえ、今ゲンドウを取り除いてはシンジに負担がいく。それに、シンジは既に計画の事など知り尽くしていよう。シンジに任せようではないか。そう、我らの孫にな」
「御前様の仰せの通りに」
 ヒナギクはいつもの言葉で頷いた。
 だが冬月を放置した事が、後にシンジに取って災禍となる事に二人は気付いていなかった。
 そしてそれが、シンジに大きな悔いと哀しみをもたらすことにも。
 もしも分かっていれば、ヤマトは自ら動いていたに違いない。
 
 
 
 
  
「忙しい?正月早々オペもないのにどうし…あ、切れた」
 ぬうう、と受話器を置いてシンジが振り向くと、そこには文字通り目をきらきらさせて待っている娘が二人居る。
 言うまでもなくアスカとレイだが、問題は二人がアオイから贈られた物の処理にあった。
 初詣用にとアオイが贈ったのは、よりによって振り袖一式であった。勿論、二人は着付けなど出来ないし、第一振り袖など面倒な事この上ない。
 ならばサツキかサクラだと電話したら、正月は忙しいのだと、にべもなく断られた。
 アオイとユリに至っては論外である。
 そうなると残りは一人…シンジしかいないのだ。
「まったく面倒な事を…あ」
「どうしたの?」
「アスカ、レイに教えておくからレイに着せてもらって。レイは頭いいから、すぐに覚えるでしょ」
「レイには着せるの?」
「そうしないと覚えないし」
「ちょっと待ってよ、その扱いの差はどこから来るのよ」
「どこって――下着姿になってもらわないとならないし」
「え?」
 日本文化に関して、アスカはまったく無知ではないが、その中に着物と言う単語は入っていない。
 教えるというのは、多分シンジが図か何かで教えると思っていたのだ。
「べ、べつにあたしは…」
 アスカがごにょごにょ言いかけた時、
「じゃ、お兄ちゃんお願いします」
 すっくと立ったレイが、もうアスカなど眼中にないかのように、はらりと服を落とした。
 以前風呂に入れて洗った事もあるし、下着姿など別にどうと言う事もない。
 がしかし、アスカとシンジの口が揃って開いた。
「『……え?』」
 レイは下着を穿いていなかったのだ。
「ちょ、ちょっとあんた何やってんのよっ!」
 我に返って叫んだアスカに、
「知らない人は黙っていて」
「…どういう意味よ」
 ムカッと来て睨んだアスカだが、
「着物を着る時は、下着の線が出るから穿かないのよ。そんな事も知らないのね」
 当然の理のように、レイは言ってのけた。
 本当か嘘かは分からない。
 ただ、こうまで言われて引き下がれるアスカではなく、
「そっ、それ位知ってたわよっ。何よっ、そんなお子様体型よりアタシの方が魅力あるわよっ」
 魅力の問題ではない。
 繰り返すが、魅力はまったく関係ない。
 張り合いモードに移行したアスカが、引きちぎるようにしてブラジャーを外した時、すっとシンジが手を伸ばして制した。
「…レイちゃん」
「はい?」
 くるりとレイが振り向き、むき出しの下腹部がアップで迫ってくる。
 そこは、ほんのりと染まった頬と比例するかのように、わずかに湿った淫毛がひっそりと貼り付いていた。
(濡れてる…)
 内心で呟いたシンジの眉が、僅かに上がった。
 
 
 
 
 
「で、良い案は見つかったのかしら?」
 硬直しているミサトにアオイが声を掛けた時、それは最前の事など忘却したような口調であった。
「は、はいあの――」
 ミサトから話を聞いたアオイは、ユリに視線を向けた。
「どうかしら?」
「悪くはない」
 ユリは頷いた。
「元々一体だったものがどうして分裂したかは知らないが、シンジが食い止めていた時の動きを見る限り、補い合うものである事は間違いない。おまけにそれぞれがコアを持っていると来ているから、二体を完全に重ね合わせた所を討つのが最善だ。よく考えつかれた」
「い、いえ…」
 ユリからストレートに褒められたのは初めてである。
 これで少しは失態を取り返せたかと思ったのだが、
「そうなると、こちらも一機では足りない。誰を出すつもりかしら」
「シンジ君に、アスカとレイのどちらかと組んでもらうのが最善かと思います」
「なるほどね」
 アオイが日向に視線を向け、
「初号機が出撃出来るまでに、どれ位掛かるかしら。それと敵の再起動までの時間を計算して」
「技術部の全力を挙げて二日で終わらせます。それと、敵の方は一週間後の予定です」
「ありがとう」
 頷いてから、
「シンジをどちらかと組ませるのは悪くないわ。でも安直よ。今回の作戦に必要なのはパイロット同士の完全なコンビネーションよ。シンジなら完璧にしてのけるけど、それではこれからの作戦には貢献しない。今回はアスカとレイにやってもらうわ」
「でも信濃大佐、あの二人ではコンビネーションなんて…」
「だからこそ、よ。それとも、シンジに全負担を負わせるつもり?」
「い、いえそう言うわけでは」
 慌ててミサトは首を振った。
 これが普通の少年ならまだしも、世界平和にも滅亡にも興味が無く、単に小娘に生命線を握られたくないと言う理由でやって来た少年である。
 通常の常識は通用しない。
「本来ならば、戦力の逐次投入は好ましくないわ。とは言え、使徒相手となるとどうしても二機を先行させて、シンジがバックアップになる必要があるのよ。先行する二人の仲が悪いなんて、お粗末な洒落にもならないでしょう」
「分かりました」
「それで、チルドレン二人の呼吸を完全に合わせる為に、何か良い案があるの?」
「ダンス、と言うのはどうかと。最初から最後まで、動作を完全に合わせるんです。リズム感も掴めますし、向いているかと思います」
「悪くはないが、難しい」
 微妙に否定したのはユリであった。
「ドクター?」
「上手く行かない場合、シンジが手本を見せる事も必要になろう。その場合、シンジにピョンピョン跳びはねるのを強要出来るかどうか。シンジがダンスを喜ぶとは思えないが」
「それは言えてるわね」
 同意したアオイだが、
「とは言っても、悪い案ではないわ。シンジに直接訊いた訳ではないし、断られたらまた代案を考えればいいわ。葛城一尉」
「はい」
「シンジへはあなたから話しておいて。駄目なら私が出るから」
「え?」
 不機嫌なハブの側でステップを踏むような真似は、出来れば避けたい。むしろ、自分は考案専門で交渉はアオイに全て一任したい位なのだ。
 だがアオイは、
「今回訓練するのはアスカとレイだけど、シンジの協力も必要だからシンジだけ飛ばす訳にはいかないでしょう。お願いね」
「は、はあ…」
 頷いたものの、その脳裏には早くも導火線へ着火した自分の姿が映っていた。
 
 
 
 
 
「レイちゃん、取りあえず下着穿いて。下半身の診察時間じゃないんだ」
「で、でもお兄ちゃん」
「何?」
「私が露出したいから脱いだんじゃないもの。下着はつけないものだって、ユリさんに言われたの。間違ってるの?」
「…あいつか。今度メスにトリカブト塗っておいてやる」
 ぼやいてから、
「間違ってないけどね、それは好きずきだから」
「じゃあ穿かな――ひゃふっ!?」
 すっと腰を下ろしたシンジが、レイの秘所に息を吹きかけたのだ。
 へにゃへにゃと座り込むレイと、それを見て真っ赤になったアスカ。
「ノーパンで着物着たかったら、アスカとお互いの着付けしてる時にしなさい。ほら、さっさと下着穿いて」
「は、はいお兄ちゃん…」
 立ち上がろうとしたレイだが、何かに気付いたのか真っ赤になった。
 慌てて後ろを向くと、下着を取ってもぞもぞと穿き始める。
「じゃ、君からでいいや。アスカこっちきて」
「うん…」
 やって来たアスカが、
「あのさ、ちょっと訊いていい?」
 耳元に囁いた。
「どうしたの」
「あのさ、その…レイを抱いたりした事はないのよね?」
「……」
「あ、ごめん変な事訊いて。ただ、なんかレイの裸見ても平然としてたから」
「お風呂に放り込んで洗った事はあるし、別に妄想してるわけじゃないから」
「ふ、ふうんそうなんだ」
 自分の時もなんか手慣れていたし、側に美人が多いとこうなるのかと妙に納得した次の瞬間、
「お、お風呂入れたのっ!?」
「うん」
「しかも洗ったって言わなかったっ?」
「当然でしょう」
 むくっと起きあがったのは、無論パンツを穿き終わったレイである。
 妙な反応は、大方敏感な所に吐息がかかったせいで、一層反応してしまったせいだろうと思ったが、さすがのシンジもこの局面でガソリンを満たした一斗缶を投入する勇気はなかった。
「妹がお兄ちゃんに洗ってもらうのは当然よ。それに…」
 ちらっとシンジを見てから、
「お兄ちゃんとっても上手だったもの」
 放っておいても、レイが勝手に着火してくれた。
「あ、あんたレイの分際で生意気なのよっ」
「あなたこそ、後から来たくせに勝手に入ってこないで」
「何よっ」
 下着姿のままで二人が掴み合いを始めた直後、間髪を入れず雷が落ちた。
「『いたた…』」
 頭をおさえる二人に、
「僕の記憶が確かなら、君は市場のマグロ状態で僕にごしごし洗われた筈だ」
「そ、そうだったわ。い、今思い出したの」
「今度一回、脳内スキャンでもしてもらうといい。それからアスカ」
「な、何」
「何を想像したかしらないが、僕は服を着たままだった。ついでに言うと、ブラシの先にスポンジが付いた物でごしごし洗ったんだが、君も同じ経験してみるか?」
 アスカはふるふると首を振ったが、
(それって罰ゲーム?)
 どう聞いても色気はなさそうだし、どうしてそんな事になるのか想像もつかない。
 ただし、この時アスカの裡で一つの決心が生まれたのだが、シンジはそんな事など知らなかった。
 結局、二人とも振り袖の着付けはシンジがやる事になった。
 先に着たのはレイだったが、姿見に自分を映してうっとりしていたし、アスカはアスカでレイに着せられるのを嫌がった。
「どうしてあたしだけ着せてくれないのよ」
 と、強硬にごねるアスカにシンジが折れたのだ。
 カラカラと下駄を鳴らして歩くご機嫌な娘二人を従え、こっちはもう行く前から疲れているシンジが家を出た時、既に太陽は半分近くがその姿を消していた。
 
 
 
 
 
(続く)

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