第七十三話
 
 
 
 
 
 真っ白い肉体に浅黒い肉棒が出入りし、そのたびに華奢な身体が大きく揺れる。
「い、碇司令…んっ」
 発展途上の乳を自分で揉みながら、ぴちゃぴちゃと舌を絡める表情は、既に立派な女の物である。
 膝の上に跨がせる格好で下から突き上げられると、もう余すことなく肉棒が侵入してくる為、繋がる感触を愉しむにはこれ以上の格好はない。
 ゲンドウの膝の上で喘いでいるのはレイだが、言うまでもなく水槽からすくい上げられた新しい方だ。
 あなた、と呼ばせようかとも思ったのだが、さすがにそれは躊躇われた。配線が数本飛んだようなゲンドウでも、ギリギリの所で羞恥は残っていたらしい。
 そう、理性ではなく羞恥である。
 水槽からもう一人を掬ってきた時、これはもう最初から手を出す事は決めており、目下従順な性奴へと調教中なのだが、ゲンドウ自身も分かっていない事がある。
 最初のレイに手を出していれば、すなわちその内にあるもう一人の逆鱗に触れていたであろうことを。
 そしてそれが、数多の国を滅ぼしてきた稀代の妖女であり、ゲンドウなどその前にあっては米粒ほどの存在にも値しない事を。
 手を出さなかった事が、自らを救ってきたというのは、無心にレイの肢体を貪っているゲンドウにとって、思いも寄らない事であったろう。
 しかも、レイがその妖姫から多大な影響を受けている事など、想像も出来ないに違いない。
 
 
 
 
 
 結局アスカは、サツキの所でレイ共々飼育される事となった。
 けしからん言い草だが、預かる身のサツキにとってはチルドレンを預かると言うよりも、ペットを飼育している感覚に近い。
 普通に考えれば、ミサトの所に預けるものだが、将来ホームレスと自分の家の区別が付かなくなっては困るとアオイが反対した。
 無論、数日で原状に復した家の中を見た上である。尤も、当のミサトの方もアタッシュケースを届けてそのまま病室へ運び込まれ、今なお意識不明が続くリョウジに付きっきりだから、アスカを構っている暇はないだろう。
 来日するまで秘かにリョウジを慕っていたアスカだが、早々に見切りを付けたのはやはりユリの影響が大きかった。
 意識不明と聞かされて病院へすっ飛んでいこうとしたのだが、
「君が行くほどのものでもない」
 と、例の危険な声で囁かれ、
「ど、どうしてですか」
「礼儀を知らぬので、少々眠っていただいた。君ほどの娘が慕う相手ではない」
「あ、あの医師(ドクター)が?」
 そうだ、と頷き、
「私も男不要論を声高に喚く愚かなグループに属してはいないが、初対面から口説きに来る男は好まない。まして、礼儀を弁えぬそれとあっては。今は葛城一尉が付いているが、目が覚めたら確認してみてるといいわ」
 少女に取ってはこの上なく危険な、妖しい魔力を帯びた目で覗き込まれ、アスカは思い切り首を振った。
 更にとどめを刺したのは、
「彼の資料は私の手元にもあるが、君の扱いは子供の領域を出ていない。それよりも、君の仔細を全て知っている少年が居るはずだ」
「碇君の事ですか?」
「そうだ。加持リョウジは、君が父親に貞操を狙われた為自己防衛を余儀なくされた事は知らない。その程度の事も知らずに子供扱いするよりは、同年代であっても全てを知った上で接してくれる少年の方が良かろう」
「で、でも碇君には信濃大佐が…」
 アオイの言った事を嘘だとは思っていない。ただ、二人の接し方や空気を目の当たりにして、形式など不要の濃厚な関係だと感じ取っていたのである。
「恋、と言う関係なら不可能だ。シンジは君の手には負えん」
「ド、ドクター」
 ユリの言葉を聞いた時、ユリもまたシンジの事を気に掛けていると気づいたのだが、それが自分の知らぬシンジであり、自らを僕と呼ぶ少年でない事などは思いも寄らなかった。
「今、君がシンジの右を歩ける事はあり得ない」
(右側?)
 首を傾げたアスカに、
「Schwesterの称号ではご不満かしら?」
『Schwester』とは妹の事である。
 二秒ほど間が開いてから、アスカはふるふると首を振った。
 かくして、更に燃料は増やされたのである。
 
 
「赤木博士は?」
「先輩…いえ、赤木博士はデータの分析があるので、今はお部屋です」
「そう」
 そう言ったマヤの表情は、何故か異常なまでに艶々して見えたのだが、シンジはそれ以上言わなかった。
 大晦日の晩、サツキの家からアスカとレイを呼び出し、自分で作った蕎麦を出してから、朝になったらお寺でも見に行こうと話していたのだ。
 まだ二人の間のギクシャクが取れてはいなかったが、サツキが夜勤の為家にいない。サツキの方が黒服より余程役に立つから、黒服など付けてはいないのだが、レイの方が積極的にアスカを守らない可能性がある。
 そうなると、アスカを無防備で置く事になるから呼んだのだ。
 本来なら、アオイと二人で出かける予定だったのである。
(それにしても)
 シンジは内心で呟いた。
 欠員だらけではないか。
 ミサトがリョウジに付いているのは知っているが、建前上エヴァの指揮を執るのはミサトであってアオイではない。
 作戦部代表もいないし、技術部代表のリツコも居ない。
 にせリツコに聞いた範囲では、おそらくマヤに相当吸われたのだろう。一本注射しただけ、と言ってはいたが、被検体となったマヤが大いにパワーアップしたのは想像に難くない。
(まったく真性だとは…)
 内心でぶつぶつぼやいたが、別に支障があるわけではない。侵攻してくる敵の場合には、別段リツコはいなくても構わないし、ミサトにしたってそうだ。
 ただ、
(あまり気乗りはしないわね)
 アオイの関心はあくまでもシンジ一人であり、他のエヴァはミサトで十分だと思っていたのだ。ミサトが来ないと、必然的にその分までアオイに回ってくる事になる。
 当の本人達はと言うと、どうみても機嫌が悪い。と言うよりもむしろ、使徒が来たら細胞レベルまで殲滅してやると、意気込んでいるようにも見える。
 何しろ、アオイから振り袖まで送られてきた所であり、気乗りはしないがほんの一時だけ休戦して日本の正月を楽しむべく、あれこれと考えていた所だったのだ。
 アスカは勿論、レイだって正月だの初詣だのは初体験で、しかもそこで小銭と引き替えに願い事が出来るとなれば意気が揚がるのも当然といえよう。
 ただし、二人の願い事がシンジに知られた場合、ほぼ十割の確率で却下されるのもまた間違いない所だ。
「今回の使徒迎撃は水際になるわ。分かってるとは思うけど、今は三機とも通常装備のままだから、間違っても水中に引っ張り込まれたりすることのないようにね」
「はい」
 アスカは頷いたが、
「私はアスカとは違います」
「運搬されていたのが零号機なら、今頃僕まで水中で御陀仏だ。弐号機でなかったら助かっていなかったよ」
「お、お兄ちゃん…」
 ピシャリと断ったのはシンジだが、それでも半分程度に抑えたのだとユリには分かっている。
 アオイは別段その事には触れず、
「さて、どうしたものかしら?」
 シンジに振ったのは、出撃の事である。訊く必要もない事なのだが、あえて振ったのはレイの言葉にバロメーターがぶれたのを知ったからだ。
 放っておけば、君は要らないから留守番してろとか言い出しかねない。
「アスカ」
「え、あたし?」
「君だ。僕と出ろ。言っとくけど、足は引っ張るなよ」
(え!?)
 つい先日、自分のせいで水中に引きずり込まれ、あまつさえこの世からあの世へ旅行する寸前だった時にも、シンジはまったく咎めようとはしなかったのだ。
 一瞬度肝を抜かれたアスカだったが、
(綾波レイのせいだ)
 すぐに分かった。
 アスカと違う、と言った事ではなく、アオイの言葉に余計な言葉を差し挟んだのが原因なのだろう。
 その証拠に、シンジはレイに一瞥すら向けないではないか。
(……!?)
 アスカの背を電流のような物が走り抜けた。
 それは、口に言い表せない違和感であり、それを感じたのはシンジに対してである。
 アオイとシンジの関係は、普通の恋人などとは根本的に異なるのだと、アスカの第六感が囁いたのだ。
 自分はシンジの右側を歩けない、とユリは言った。無論、自分に身体障害はないから比喩的な意味、つまり自分に何らかの要素が不足しているという事なのだろう。
 アスカが恐怖すら一瞬感じたのは、シンジが顔色一つ変える事無くレイを叱った事にある。
 確かに、普通の恋人同士でも、相手を貶されたりすれば腹は立つものだが、この二人の場合はレベルがまるで違う。
 まるで同一人物のような反応であり、何の違和感も感じさせなかった。寄り添って寝ている時、片方が襲撃されれば片方が自動的に反撃するのではないかとすら、アスカが思った程である。
 無論、それがまさにその通りである事などは知らないが。
 とまれ、目が潤んで泣きそうになっているレイを見ると、さすがに少し可哀想になってきた。
 純粋な思いとは少し異なるのだが、自分だけにシンジの目が向いても困る。妹として見てくれるなら是非と望むのだが、自分にシンジと同レベルの物を要求される事だけは困るのだ。
 自分がその域にない事は、先だっての使徒戦で分かっているし、それすら認められぬ程アスカは傲慢ではなかった。
「ちょ、ちょっと待って」
「何か」
 その声も、自分を膝に乗せて話を聞いてくれた時とは雲泥の差である。
 一瞬怯みかけたが、
「あの…あ、あたしとレイに出させてくれないかな」
「却下だ」
 冷ややかな即答は、それ以上言葉を重ねる事さえ許しそうにない。
「僕と出るのが嫌なら、君が一人で出るといい。ドイツ仕込みの実力を見せてもらうとしよう」
「そ、そんな意味じゃっ…」
 自分までシンジから遠ざけられたのでは、元も子もない。
 アスカが慌てて首を振ったところへ、
「シンジ、その辺で」
 すっと制したのはアオイであった。
「アスカ」
「は、はい」
「レイと出撃しなさい。ただし、私が言った事は忘れていないわね」
「分かっています」
 慌てて姿勢を正し、一礼したアスカに続き、
「レイも出撃の用意をしなさい」
「はい」
 ぎゅっと目を拭ったレイが、
「あの、お兄ちゃん…」
 何を言うつもりだったのかは知らない。
 謝るつもりだったのか、或いは他の言葉だったのか。
 だが、
「信濃大佐は出撃を命じたはずだ」
 シンジはまったく見ようとすらしなかった。
 操縦者の感情が結果を左右するエヴァに於いて、どう考えても自分の方が有利なのだが、悄然と肩を落として出ていくレイを見ては、さすがのアスカも素直に喜ぶ気にはなれなかった。
「あ、あの…」
 レイも悪気はなかったと思うから、そう言おうと思ったのだが、口から出たのは、
「あたしの実力はあんなのじゃないわ。今度は絶対倒してみせるから」
 と言う、どう考えてもかけ離れた言葉であった。
 シンジは軽く頷き、
「期待している。ただし、僕の言った事は忘れないでね」
「う、うん…」
 何故か勝手に赤くなった頬を隠すように、アスカは早足で出ていった。
 二人の姿が消えた後、
「シンジ、エヴァの操縦はパイロットの精神状態と直結する。あまり余計な刺激はしないでもらいたいが」
「ならば、甘い言葉を囁いて回復呪文にする事だ。それが医師の役目だろ」
 あくまでとりつくしまはなく、シンジはさっさと出ていってしまった。
 初めて見る光景に、オペレーター達も声一つ出す事が出来ない。
 一方、それを上から見下ろしながら、内心でほくそ笑んでいたのは冬月である。レイに恨みは無いが、これを利用しない手はない。
 アスカとレイを見れば、仲が良くないのは一目瞭然だし、ましてやあんな精神状態で出撃したレイがいい結果を残せるわけはない。
 これで敗退でもしてくれれば、アオイとシンジ共々責任を取らせてくれると、既に狸十匹分の皮算用は済んでいた。
 
 
 まだ使徒は沿岸まで接近してはおらず、機体は既に沿岸へ配備され、パイロットは飛行機で向かう事になっている。
 廊下を歩く二人の間に会話はないが、その姿はあまりにも対照的であった。出がけにシンジから声を掛けられた事で、また意気の揚がったアスカとその一方で悄然と歩くレイと、二人の間には天と地ほどの差がある。
「あのさ…レイ」
「何」
(人形みたいな声聞くとこっちまで滅入ってくるじゃない)
 これが自分と張り合った娘だとは、どう考えても思えないのだが、今はそんな事に突っ込みを入れてる場合ではない。
「この間の話、あれ今日は止めとくわ。今の状態であんたに勝ったって嬉しくないし、後味悪いわよ」
「……」
 レイにはそれには答えず歩き続けたが、ふと立ち止まった。
「私がお兄ちゃんと住んでいたのは知っているでしょう」
「この間聞いたわ」
「でも今は違う。それも…出たんじゃなくて出されたのよ。私はもういいの…これを繰り返すだけだもの。私じゃなくてあなたが妹になった方がいいのよ」
「……」
 この時アスカの思考を占めたのは、そんなあんたに勝っても嬉しくないと言うのが三割で、残りの七割はどうして繰り返すのかという単純な事であった。
 アスカはさっきのレイを見ていて、シンジの前で口にしてはならない言葉、乃至は行動というのを何となく掴んでいた。
 あれがシンジの言葉だった場合、あそこまで反射的ではないにせよ、アオイも似たような反応を示すのだろうとアスカは思った。
 分かっていて地雷を踏む必要などないが、多分レイはその地雷を踏んづけた為にイブの二の舞となったのだろう。
 イブは蛇の誘惑に乗ったため、楽園(パラダイス)を追い出された夫婦の片割れであり、女が所詮男より劣る事を示す先達となった女である。
(何で繰り返すかな)
 当然の疑問に行き当たったアスカが、それなら棚牡丹だしとある意味当然の結論に行き当たり、
「だったらあた――」
 あたしの不戦勝と言いかけた時、
「お、お兄ちゃん…」
 姿を見せたのはシンジであった。
 表情はさっきと余り変わっていないが、
「一つ言い忘れた」
「あたし?」
「アオイから振り袖もらったでしょ」
「うん」
「無にするのは許さない。さっさと使徒退治して初詣の続きだ。僕はとりあえず、さっさと君らが成長して僕が引退出来るように祈ってくる」
「わ、分かってる」
「それと君もだ。さっさと使徒片づけて出かけるよ」
 あまり気乗りした風ではなかったが、それでもレイだけすっぽかすような事はせず、そしてその効果は覿面であった。
「は、はい…」
(ちっ)
 アスカが内心で舌打ちしたのは、シンジの言葉を聞いた途端、枯れていた植物があっという間に復活したのを知ったからだ。
 シンジの姿が見えなくなった次の瞬間、レイがくるりと振り向いた。
「やっぱり、妹は私だけで十分よ。あなたは要らない、用済み」
(こいつー!)
「何よさっきまでめそめそ泣いてたくせに。あんたこそとっとと妹じゃなくなればいいのよっ」
 少しでも同情した自分が馬鹿だったと、憤怒の炎を背に睨み付けるアスカと、冷ややかにそれを受け止めるレイとの間で見えざる火花が飛び散った。
 
 
 シンジが発令所へ戻ると、アオイは資料に目を通していた。
「どうかしたの?」
「これを見て。これが巡洋艦から送られてきた使徒の映像よ」
「ちょっとぼんやりしてるね」
「攻撃されても困るし、この位が限度よ。先日シンジがアスカちゃんと倒した使徒は、エヴァよりも大きな身体と、水中戦と言う武器で挑んできた。その前は鞭だったわ。今回の使徒を見ると、最初にエヴァが遭遇した使徒と変わらないように見えるの」
「武器がないって事?」
 アオイは頷いた。
「これは私の想像だけど、使徒はおそらく学習機能も持っているような気がするの。ただ、そうなるとどうして波状攻撃ばかりで、一斉に来ないのかと言う疑問も残るけど」
「一枚岩でなければそうなるさ。人間が水星人の襲撃を受けて逆に攻撃する時、全人類が一丸となって突撃するとは限らない。国の思惑が絡んで、足取りはばらばらになるかもしれないよ」
「そうだといいんだけど、妙な予感がするのよ」
「最初の奴と一緒で、自爆装置を持ってるとか?」
「違うわ。最終手段じゃなくて、その前の話なのよ。今は見せていないけど、何か秘めている気がするの」
「あいよ」
 ぽん、とアオイの肩を叩き、
「じゃ、行ってくるわ。もし何かを持ってるなら、殿が用意してないとまずいでしょ」
「お願いね」
 シンジが出ていった後、羽音を響かせながら肩に止まった鷹の頭をアオイは軽く撫でた。
 何か言いたげな妖鷹に、
「いいのよ。シンジに全部任せてあるんだから」
 アオイが囁くと、妖鷹は満足したように身をすり寄せた。
 
 
 ライバル意識を全開で戦場に臨んだ二人だが、さすがに互いを牽制しながら前に出ようとするほど愚かではなかった。
 どちらが上かとは言っても、ソニックグレイブ、つまり近接戦闘を主とする武器を持ったアスカと、遠距離攻撃用のライフルを持ったレイとでは、必然的に役割は決まってくる。
 既に二人の肉眼には、万博博覧会のオブジェに使われそうな格好をした使徒が見えている。
「あんたは右へ走って。あたしは正面から突っ込むから」
 当然と言えば当然なのだが、アスカの言い草にムカッと来たレイ。
 とは言え、武器の特性上仕方がない。
「あたしがバックアップでもいいわよ。あんた先に行く?」
「…アスカからでいいわ。さっさと行って」
 本人達は気付いていないが、張り合える相手というのは、実はこの二人にとっては非常に少ない。
 特にレイにとっては尚更である。
 アオイやシンジは論外だし、こないだ出来た友人のマユミも、自分と対等のレベルではない。
 何よりも、こんな言い方を出来る相手など今までレイの周りには一人も居なかったのは事実である。
「じゃあ行くわよ。gehen!」
(普通にGoでもいいのに)
 と思ったが、口にはしなかった。
 アスカが走り出すのと同時に、レイも動いた。右方向へ走って距離を取り、流れるような動作で片膝をついてパレット・ガンをぶっ放す。
「ふーん、腕はまあまあじゃない」
 水面と敵体へ交互に、それも正確に撃っていくレイを見てアスカが小さく呟いた。
「でも主役はあたし…いっくわよー!」
 かつて日本の戦国時代、夫に代わって城を守った女達が長刀を構えた時、こんな姿でもあったろうか。
 柄の長いソニックグレイブを大上段に構えたアスカが、助走を付けてそのまま大きく跳躍した。
「たーっ!!」
 零号機と弐号機に注意が分断した使徒が、やっぱり小五月蠅いあっちをやっておくかと、零号機へ向かって歩きかけたその瞬間であり、漲る殺気へ振り向いた所を文字通り唐竹割で真っ二つにした。
「少しは出来るのね」
 レイが呟いた直後、ぱっと通信画面が開いた。
「ドゥーかしらレイちゃん、戦いは華麗に無駄なく美しくよ?」
「アスカ」
「何よ」
「華麗って言う字書けるの?書けない字は使わない方が身の為よ」
「う、うっさいわねっ。あんたこそ今言った言葉ドイツ語で言ってみなさいよっ」
「そう言うのを無駄知恵っていうのね」
「何ですってー!」
「何よ」
 ディスプレイ越しに二人がキッと睨み合った直後、
「アスカ」
 飛んだのはアオイの声であった。
「あ、信濃大佐。もう使徒は片づき――」
「後ろを見なさい」
「え…あー!ぬあーんで分裂してんのよっ!!」
「使徒が分裂してる…」
 確かに断たれた筈だが、断たれたそれぞれのパーツが再生して一体となり、ムクムクと起きあがったのだ。
「使徒を片づけられなかった上に、余計な物まで引っ張り出したわ。アスカ、勝負は振り出しよ」
「分かってるわようるさいわねっ。レイ、あんたどっちよ」
「私はオレンジをやるわ」
「オッケー、じゃああたしは白。行くわよっ」
 二人で一体を倒すより、それぞれが一体を倒す事を選んだアスカとレイ。
 発令所でその様子を見ていたユリが、
「すぐにでもシンジの出番かと思ったが、大したものだ」
 いいえ、とアオイは首を振った。
「すぐに出てもらう事になるわ」
 とそこへ、
「アオイ聞こえる」
「ええ」
「国連の連中は出てきてるの?」
「来てるわ。既に待機中よ。初号機が倒されたら全権委任するわ」
「それはちょっと困る。連絡して、爆雷持って来させて。一つでいい」
「了解」
 そんな動きが後方であった事など、前線の娘達は知る由もない。
 お互いを心配する必要はないから、それぞれが独自で目の前の敵に挑み掛かったのだが、シンジは既に敗退を見抜いていた。
 原因が分からずに解決出来る問題と言うのは、基本的に存在しない。
 出来たとしたら、それは表面的にそう見えるだけか、或いは思いこみだ。そしてアスカとレイは、いずれも使徒が分断した原因が見えておらず、ただ闇雲に戦っているのみである。
 シンジとて分かっているわけではなく、既にここは一旦撤退だと決めていた。
 ただ、やる気になっているのを無理に引かせるのは、二人の士気が低下するからと自由にさせているところだ。
 それに、
「二人ともなかなか出来る」
 お互いをカバーし合う余裕とその気はなさそうだが、そんなに押されてもいない。
「あ、倒した」
 レイが使徒の片腕を切り落とし、そのまま蹴り飛ばしたのだ。海中へぶっ倒れた使徒に馬乗りになってプログナイフを突き立てる。
 三回突き立てた所で、
「レイ下がって」
 シンジから声が飛んだ。
「え?」
 一瞬怪訝な顔を見せたレイだが、いつの間にか自分達の後ろへ、初号機が出てきているのに気が付いた。
「こっちへ」
 言われるままレイが下がった直後、海中からナイフが飛び出した。再生した使徒の皮膚がナイフをはじき飛ばしたのだ。
「やっぱりそうか。アスカ聞こえてる?」
「聞こえてるわよ」
「そのまま、一目散に逃げ帰ってきて。一切反撃はするな」
「に、逃げ帰れ!?」
 逃げるという文字は、特注したアスカの辞書にはない。
 だがシンジはこう言った――僕が退却してと言ったら退却して、と。そして自分はそれに同意したのだ。
「分かった」
 一瞬きゅっと唇を噛んでから、それでもアスカは言われた通り後ろを振り返る事無く馳せ戻ってきた。
「二人ともお疲れ。僕が蹴飛ばしておくから、二人とも下がって」
「『はい』」
 二人が退却した後、アスカから受け取ったソニックグレイブで一体を真っ二つに分断し、返す刀でもう一体を真横から叩き斬ったシンジが、穴を開けた胴体に爆雷を埋め込んで蹴り飛ばし、ついでに自分も爆風で派手に吹き飛ばされ、包帯少年となって帰ってきたのは三十分ほど経ってからである。
「お兄ちゃんっ」「大丈夫!?」
 駆け寄ってきた二人を制し、
「分析は?」
「赤木博士に依頼したわ。一時間もしないで出るそうよ。後は葛城一尉が考えるって言うから、今日はもういいわ」
 アオイが二人に向き直り、
「倒すまでに行かなかったけど、取りあえず及第点ね。今日はもういいから、シンジとお寺でも行ってらっしゃい」
「い、いいんですか?」
「いいわよ」
 アスカとレイの顔にぱっと喜色が浮かんだが、
「葛城一尉は彼氏に付きっきりじゃなかったの?」
 シンジの方はまったく関心があるようには見えない。
「ごめんね、さっき戻ってきたの」
「……」
 振り向いたシンジの目に、申し訳無さそうに頭をかくミサトが映った。
「一生付きっきりじゃなくてほっとしたよ。じゃ、僕はこれで」
 シンジが出ていこうとした時、
「良い上司を持ったようじゃの、シンジ」
「お祖父様!?」
 重厚な声と共に姿を見せたのは、信濃財閥総帥の信濃ヤマトであった。
「お祖父様なんでここに?」
「冷たい孫に見捨てられたかと心配になってな。シンジよ、怪我の具合は大丈夫か?」
 時の首相すら、その機嫌を損ねる事だけは避けると言われる老翁は、シンジに穏やかな視線を向けた。
 
 
 
 
 
(続く)

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