第六十四話
 
 
 
 
 
 好奇心は過ぎれば猫をも殺す。
 親切も過ぎればお節介に変わり、愛情も度を超せば立派なストーカーの育成要因になる。
 謙遜――手柄を譲ったりするのも、度が過ぎれば嫌味になったりもするのだが、シンジの場合には大失敗であった。
 アメリカ合衆国大統領ビル・ジェファーソンが、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた娘が誘拐された。
 側近はおろか、秘密裡ながらFBIの全力を挙げた捜査にもかかわらず、手がかり一つ掴む事は出来なかった。
 追いつめられたジェファーソンが頼ったのは、大統領選に立候補する前からの知己であり、日本に於いて経済界に裏で広大な影響力を持つ一人の老人であった。
 すなわち、信濃ヤマト。
 無論その経済力ではなく、子供の急逝によって一粒種となった孫娘信濃アオイと、そのパートナーになっていた少年の協力を要請したのだ。
 祖父が二つ返事で引き受けた結果、海を渡って借り出された孫娘達が十日足らずで浚われた娘の居場所を探し当てた時、FBI長官は天を呪ったと言われている。
 音もなく忍び込んだ十数名のシンジが、見張り番を協力して始末していき、地下四階で囚われていた娘のメアリーを助けたのはシンジただ一人…と言うには少々人数が多かったが、碇シンジ本人だった事に間違いはない。
 が、シンジは全面に出たがらなかった。
 今なら気にもしなかっただろうが、あの頃のシンジはまだ自我を確立できていなかった。
 要するに、人目を気にしていたのである。
 あくまでアオイが助けた事にしてと言うから、アオイもいいわと受け入れたのだがこれが地雷となった。
 メアリーがアオイに惚れ込んでしまったのだ。それも単に自分を救ってくれたからというのではなく、どこで勉強したのか“お姉さま”と呼び出す始末である。
 それは別にいい。
 だが、メアリーは知ってしまったのだ。
 自分が熱い想いを向ける娘の目が、自分の方を見ていない事を。ただ見ていないだけならまだしも、決して見てくれそうにはない事を、そしてその先には自分にとっての大障害がある事に気付いてしまった。
 シンジの受難はここから始まった。
 人質を助け出して、感謝された事は幾度もあったが命を狙われた事はない。まして相手は素人である。それも、アオイが居ない時を見計らってネチネチと攻撃を仕掛けてくるから手に負えない。
 娘を助けてくれたと、素直に感謝する父親に呼ばれて赴くと、コーヒーや料理の中に断じて食材にはならぬ代物が入っているのはいつもだし、踵に超小型の爆弾を仕掛けられた事もある。
 爆弾の事をアオイに言わなかったのは、嫌な予感がしたからだ。例えいかに自分が邪魔な存在であっても、殺傷能力を持った爆弾ではアオイまで巻き込む。
 果たして、仕込まれていたのは胡椒であった。ただし、催涙剤がきっちりと混ざってはいたが。
 要するに嫌がらせなのだ。さっさとどこかに行かないとこういう目に遭うわよ、と警告しているのである。
 それでも、殺傷までは考えていないだろうと放っておいたら、ある日いきなり車を乗っ取られた。車に搭載していたコンピューターがハッキングされ、外部操縦になってしまったのだ。
 中からガラスを割って外に飛び出していなかったら、どうなっていたか分からない。
 正面からの電柱総攻撃により車は大破したが、それでも座席への大きな損害は無かった。
 アオイがそれを知ったのは数時間後だったが、
「どちらへ?」
「別に。ちょっとお出かけしてくるわ。お仕置きが必要な子がいるみたいだから」
 身を翻した途端その足が止まった。少年は、呼び止める代わりに後ろから胸を揉んだのだ。
 ふわっと引き寄せて、
「大した事じゃないよ。この分だと打撲か骨折で済んでただろうし、僕は擦り傷で済んだ。お風呂にゆっくり入って一晩寝れば大丈夫さ」
「私は大丈夫じゃないのよ…つねっちゃだめ」
 手は動かず、身体も逃げる素振りはない。
 右胸の乳首が軽く摘まれ、
「つまり君は僕に一人で、或いはその辺の天然温泉で動物と一緒に入ってろって言うんだ。もういい、アメリカでもロシアでもどこでも行っちゃえ」
 さっさと手を離して引き返そうとしたが、きゅっと首が絞まった。
 今度はアオイが腕を巻き付けて、
「猪やお猿さんならいいけど、長門病院に行くのは許せないわ」
「行かないよ。僕は孤独なんだ」
「だーめ、信用出来ないわ」
 耳元に熱い吐息を吹きかけ、
「やっぱり行かないわ。シンジには私がずっと付いて見張っていないとならないもの」
「好きにしたら」
 言い終わらぬ内にがしっと捕まえられ、シンジは少しだけ後悔した。急成長を見せたシンジだが、まだアオイを凌駕するまでに至ってなかったのだ。
 とまれ、メアリーは自分の知らぬ所で身の危険が発生し、預かり知らぬ所で助かったのだが、その後も懲りる様子はない。
 ただ、
「今度シンジの身に危険を及ぼしたら、ナイアガラの滝で修行してもらうわ。覚えておきなさい」
「滝修行?」
「滝の下で数時間、裸のまま打たれるのよ。あなたには少し精神修行が必要みたいだから」
 空港まで見送りに来た我が儘娘に、アオイが甘い声で囁いて以来、直接傷害を及ぼすような事はなくなった。
 それでも、ネチネチと体力や精神力を削る攻撃が止んだわけではなく、シンジが気乗りしない理由はそこにあったのだ。
 
 
 
 
 
 ホワイトハウスから護衛が消える――大統領がいる以上あり得ないのだが、直々の厳命があった以上、従わざるを得ない。
 なおアメリカ合衆国大統領は、この数時間だけで“三人も死亡した事が確認”されている。大統領は三度死ぬ、と言う事ではなく三人が射殺されているのだ。
「取りあえず、後をつけて殺って来ました。大統領を殺れてホクホクして帰っていった所を見ると、雇われでしょう。問題児を部下に持ってません?」
 言うまでもなく、暗殺されたのは大統領の複製だし、始末したのはシンジの分身である。複製の方はぼんやりしているだけの無能だが、シンジの分身は元が一筋の髪の毛であり、完全な戦闘マシーンにしてあるだけに強い。
 事実、一対一なら本人でも敵うまい。
 それでもシンジが自分を憎悪しない限り、敵対する事は絶対にあり得ないのだ。
 それより、雇われた殺し屋風情がこのホワイトハウスを狙う事自体が問題なのだ。つまり、相手は今日この場所が手薄になると知っていた事になる。
「ゼーレだよ」
「!」
 ビルの口から出たのは、思いもかけない言葉であった。
「ゼーレで人類悪寒計画のあれですか」
「悪寒だか補完だかのあれだ。無論、うちにも秘かに圧力を掛けてきている。正確には取り込もうとしている、と言うべきか」
「ふーん」
 既にシンジは、一応の黒幕になるゼーレの存在は探り当てていた。ゲンドウがシンジを厚遇したのは、好意と言うより事態の裏側に目を向かせない為だったこと、そしてシンジを切り離してでも人類補完計画を実行する気になった事を知っても、シンジにはさしてショックの色が見えない。
 洗脳、乃至は強制を選択されなかっただけましだと思っているのか、人間なんてそんなモンだと思っているのかは分からないが、どこかで阻止する事は取りあえず決めた。
 不完全な人間の修正はともかく、どこの誰とも分からない相手と精神レベルまで融合するなんてご免だ。
 いかにもシンジらしく、そこに正義だの何だのが絡まないのは人間性だろう。元々このエヴァに乗るのだって、負けたら人類が滅びると聞いても気乗りしなかったシンジであり、自分の命運を小娘に任せたくないとやって来たのが本音である。
 ゲンドウが世界征服を企もうが人類補完計画を立案しようが、断罪する気など毛頭無い。あくまでも自分は自分、であり断罪などしてる暇があったら計画を邪魔すれば良いだけの話だ。
「ところで、その人類補完計画なんですけどね」
「うん?」
「NERV(ウチ)の上層部が絡んでいるらしいんです。正確にはウチの父親とその子分一号と二号辺りが」
「傍迷惑な話だな。で、邪魔するのかね」
「最後にリセットボタンを押して、おじゃんにする予定です」
「それは良かった。聖なる夜には平和がよく似合う。ミスターシンジの活躍と武運に期待しているよ」
 すっと上げたグラスにシンジも合わせたが、
「折角ですが、僕はもう少し利益のある理由で」
「利益?」
「アオイは怒るでしょうが、約束日時よりも前に来ました。従って、どこかの大統領の我が儘娘に狙われず、服も無事でここまで来れました。僕の無事に乾杯」
 一瞬呆気にとられたが、
「それはすまなかったね。世界平和より、君の服が無事だった方にしよう。乾杯」
 チン、とグラスが鳴る。
 物わかりとノリのいい大統領だが、この位でなければ黒衣の死天使と紅の女神のコンビとお近づきにはなれない。
 金銭と立場があれば動かせる相手ではないのだ。
 
 
 
 
 
 ぎゅっと濃縮された空気と噎せ返るような精の匂い。
 それと同じながら異質な二つの喘ぐ声。
 室内はその三つで満たされていた。
 既に勝負が始まってから三十分近くが経とうしていた。
 入れ替えた体勢で身体を重ね、お互いの股間を責め合っているのはリツコとにせリツコだ。
 派生元はリツコだが、その能力はオリジナルを大きく凌駕している。
 だから読んだ、と言うわけではない。ただ、自分であったら収まらないと分かっていた。
 だからネルフの防衛プログラムを見ていた時背後にリツコが立っても――全裸の上に白衣を羽織っただけの格好でも――驚きはしなかったし、乾いた音を立ててバイブが二本投げ出されても驚きはしなかった。
「大したものね、ここまでやるなんて想像も出来なかったわ」 
 リツコの言葉には自嘲が混ざっている。
「あの人からは物足りない視線(め)で見られ、帰ってきてみればマヤにはお姉さま扱いよ。男女両刀だったってわけね」
「あなたがお手本よ」
 にせリツコがくすっと笑い、同じ姿形をした女同士の視線が宙で火花を散らす。
 ギリッと歯噛みしたリツコに、
「それで、私に反省してバイブを二本差しの格好で出て行けと、のこのこと来た訳じゃないでしょう。貴女の勝ち目なんて、その辺の一般人がエヴァを起動させるより低い確率よ」
 えらい言われようだが、本人仕様とは言え一応素人だったシンジはエヴァの起動に成功している。
「そうね。でも私はゼロに等しいシンジ君の起動を見たわ。一つ学習したのよ、突っ込むだけが脳じゃ無いってね」
 多分、最初からにせリツコの位置とそこまでの歩数を、すなわち捕らえられない時間を計算したのだろう。
 三歩で距離を詰めるのと、ポケットから何かを取り出して口に含むのとが同時であった。そのままにせリツコの顔に手を掛けて上を向かせて唇を重ねてきた。
 錠剤と憎悪が流し込まれたのを、にせリツコは黙って受け入れた。
 こくん、と音を立てて嚥下してから、
「自分の反応速度で計算したならまあまあね。でも相手は私、凡庸なオリジナルじゃないのよ。私が吐き出したらどうするつもりだったの?」
 にせリツコの言葉に、リツコの表情が変わった。
 あえて手に乗られたと気付いたのだ。やはり、自分の女としての部分を否定されたような気がして、幾分冷静さを欠いていたのかも知れない。
「まあいいわ、相手してあげる。それで、私が勝ったらどうするの」
「私が姿を消すわ。二度と貴女の前には姿を見せない。あの人もネルフも好きにすればいいわ」
「…そう、それなら勝負は成立ね。こっちよ」
 全裸になって向かい合うと、すぐにリツコは腕を伸ばしてきた。腕を回して互いの身体を引き寄せ、瓜二つの肢体同士がぬめぬめと絡み合う。
 ほぼ同時に相手の唇を奪い、熱い舌を擦り付け合った。
 リツコにとっては専門分野ではないが、例え敗色濃厚だとしてもこの勝負を挑まずにはいられなかったのだ――赤木リツコ博士としてではなく、赤木リツコという一人の女として。
 舌を絡めるとは言っても、快感として感じる場所は決まっている。その場所を取ろうとして、女の舌同士が格闘するように絡み合い、相手を責め立てる。股間はまだ濡れていないが、二人とも全身はうっすらと汗ばんでおり、思わずむしゃぶりつきたくなるほどの色香を漂わせている。
 舌で責め合いながら、
(さっきの性欲昂進剤、実は飲んでなかったと言ったら驚くかしら)
(!?)
 一瞬リツコの動きが止まった。
 精神感応に近いメッセージの伝達に驚いたのではなく、それを裏付けるようなにせリツコの反応に本能が危険信号を発したのだ。リツコの計算なら、既に股間からは愛液があふれ出し、内側で結界寸前になった官能の炎に身を焼かれている筈なのだ。
 だがにせリツコにその気配はまったくなく、自分と互角に責め合っている。
(冗談よ)
 びくっとリツコの身体が揺れた。にせリツコが下肢に触れたのだ。
(ここからいやらしい液があふれ出して、もう立っているのもやっとの筈――予定通りには行かなかったようね)
(くっ…はあんっ)
 ちゅぷっと音がして二人の顔が離れた。ぬりっと淫唇の内側を指の腹で押されたリツコが離れてしまったのだ。
「まだまだ精神修養が足りないみたいね」
 実験結果に目を通すような口調には、欲情はおろか薬の影響など微塵もない。まさか本当に飲み込まず処分したのかと焦りを感じたリツコに、
「安心しなさい。ちゃんと飲んだし効果は出ているわ」
「こ、効果って…」
「普段より0.00003%性的快楽への反応が高まったわ」
「そ、そんな…」
 一割どころか百分の一すら切っているという。ショックで立ち竦むリツコにはお構いなく、その股間ににゅるっと手を伸ばした。
「男も知ってるしオナニーも経験がある。勝負の続きよ。立ったまま弄り合う?それともシックスナインで舐め合うのがいいかしら」
 どっちでも好きに選ばせてあげると言わんばかりの口調に、またリツコの眉が上がった。戦闘意欲が少し回復したらしい。
「立ったままなんて無粋な事はしたくないのよ。横になったままの方が、果てたあなたを放っておくのにちょうどいいでしょう。何なら貝合わせでも構わないわよ」
 貝合わせ、俗に言う松葉崩しの体位だが、松葉崩しと違って足を交差させず、むしろM字型にして小淫唇まで開いたまま押しつけ合う事が多い。
 にせリツコは婉然と笑って、
「さすがは私のオリジナル、いい女じゃない。でも、私のデータにはあなたの敗北しか記録されていないの。少しは堪えられるようになった所を見せてちょうだい」
 言うが早いか、あっという間にリツコは抱え上げられていた。軽々と担いだリツコをベッドの上に柔らかく放り出すと、その顔を跨いで膝をつく。
「さ、どれ位上達したか見せてもらうわ」
 嘲笑ではないが明らかに格下相手の口調であり、リツコは何も言わず股間を抱え込んだ。あまり気乗りはしなかったが、絶対に負けられないとマヤは犠牲にした。
 あらゆる愛撫をマヤの身体で実験したのである。
 勿論舌を使った愛撫も含まれており、巧みな愛撫でにせりつこの秘所からも愛液がわき出してきた。
 微量ながらプライドが回復したところへ、
「一分経過よ、これでちょうどいいハンデね」
 わずかに濡れた声が降ってきた。
 身体を入れ替えた姿勢で相手の腰を掴み、ほぼ同時に秘裂へバイブを突き刺した。
 バイブの刺さった秘所を愛撫し合い―つまり自分も股間で太いバイブがうねっているのだが、薬と先攻の愛撫が効いたか現在の所形勢は互角である。
 ぴちゃぴちゃと、子猫がミルクを飲むような音と荒い呼吸、そして時折混ざる喘ぎとバイブの低い駆動音だけがこの部屋の物音であり、女同士の闘いにそれ以上の物は必要ない。
 びくっとひときわ大きく肢体が震えたのは、それから数分後の事であった。
 
 
「それで、そのゼーレの脅迫とか言うのは、自分らの味方になったら核弾頭をお安く売りますとか、そう言う話ですか?」
 乾いた音を立てて鹿おどしが鳴る。和風に造られた浴場は、監視カメラの類など一切無い文字通り本来の目的に使える大統領官邸唯一の場所であり、シンジも武器は何も置いていない。
 外に貼り付いている十人の自分に任せているのだ。
 二人でワイン五本を空にしたのだが、変わらぬシンジに対して大統領の方は少し顔が赤い。若くて新鮮な少年と入浴しているから、ではあるまい。そんな事はないが、アメリカ合衆国大統領ビル・ジェファーソンである事を完全に忘れ、湯に全身をのんびり任せられるのはこの少年が来た時しかない。
 ぴゅっと手で湯を飛ばしながら、
「違う。別にそんな物はいらんよ。それに奴らは少々自意識過剰でね、政権を安泰してやると来た。要するに、自分達の傀儡に出来る政権なら都合がいいという訳だ。無論、他の者には色々な条件で釣っているらしい。金、女、或いは地位、人間の本性をストレートに突いてきてるよ。表の顔は人類補完委員会、裏の顔は国連を裏で操るゼーレと言う事になるか」
「人類補完委員会とは国連の諮問機関なんですが、そこが問題なんですよ」
「どういう事かね」
「どうせゼーレが操っていたものでしょうが、エヴァは前から造ってました。でも秘してます。アオイはセカンドインパクトの時、カプセルの中ですやすや眠ってましたが、殆どの日本人はまともに被害を受けてます。それに、使徒の襲来は遠い極地の出来事じゃなくて目の前です。本来なら、こんな奴らが来たから迎撃を手伝えとするの当然ですが、でも箝口令なんです…止めて下さいってば」
 ぴゅうぴゅうと飛んでくるお湯は止まらず、ひょいと避けたシンジが太い湯柱を放った。ビルのが爆撃ならこっちは大陸間弾道ミサイルだ。
 まともに顔面に受け、ひらひらと白旗を揚げた大統領が、
「日本の特撮物もそうだった筈だ。どこぞからの侵略を受け、さらに違う星雲からの助けを受けて撃退しながら、あくまで国民には公表しない。委員会は、使徒の再来を絶対確信してはいなかったようだ。つまり、万が一来なかった場合の、民衆の反応を恐れたのだろうな。あれは平和転用出来る物じゃないし、処分に頭を悩ませる方が、公表して革命か暴動が起きた時の対処を考えるより楽だからさ。私だったらそうするね」
「一般人に被害が出て、何も知らぬまま巨大な物体に踏みつぶされて死んでいくとしてもですか?」
「そうだ」
 頷いた時、ビルは大統領の顔になっていた。
「例えば惑星が衝突するとしよう。宇宙へ十人の作業員を送り込めば、危機は回避出来る――彼らの生存確率はゼロだ。その時断を下し、神の御許に召されるまで両肩に十字架を背負っていなければならない…それが大統領という生き物なのさ。私怨だけで弱い国に経済制裁を科し、政権転覆だけを企んでいられればこれほど楽な事はないよ。エヴァもそうではないかね?第三新東京市とて、使徒の襲来時には避難命令が出る筈だ。普段の生活をしている市民が、何の前触れもなくエヴァに踏まれたり使徒に殺されたりする訳ではないだろう。何よりも、民衆など身勝手なものなのだよ」
「その方が適任なのに」
「違うな」
 ビルは一言で否定した。
「成人では自我が出来上がりすぎていて、完全洗脳でもしないと機体占拠でもされたら一大事だ。多分、君らの微妙な年頃が一番適しているのだろう――良くも悪くも言う部分は否定しないがね。さ、客人の背中一つ流さぬではアメリカン魂に傷が付く。背中を流させてもらおう、上がりたまえ」
 大和魂と並び、アメリカン魂というのも存在するらしい。
 黙って上がったシンジの背中を流しながら、
「私はメアリーを愛している。だからこそ、あれが浚われた時に君たちまで出動を要請したのだ。だが、もしもあれば適格者に選ばれたとしたら、私は喜んで行かせるつもりだよ。例え本人が嫌がってもな」
 シンジの脳内には、綾波レイやまだ見ぬ惣流・アスカ・ラングレーの事があった。二人がどう考えてエヴァに搭乗するのかは別として、十四才というのは戦場に駆り出していい年頃ではない。シンジは既に、エヴァ無き後の事も考えていたのだ。
「レズっ気のある人と同僚になるのはやだ」
「…済まない。きちんと君に惚れるよう教育しておくから」
「もっとお断りです」
 一転してベタベタ惚れられたら気味が悪い。何よりも、今度は権力を利用してネルフにやって来そうな気がする。
 そっちの方がもっと嫌だと、シンジはぷいっとそっぽを向いた。
 
 
 
 
 
 リツコ同士の責め合いは、バイブを使った勝負へと移行していた。双頭のバイブをそれぞれの膣に入れ、スイッチを入れた状態で動かし合うのだ。
 バイブの位置は膣圧が直結するから、締め上げの弱い方がすぐに突き入れられる事になる。
 腰をくねらせて責め合いながら、互いの顔は見ていない。四つん這いになった状態でバイブを受け入れ、尻同士をぶつけ合っているのだ。豊かな尻同士がぶつかり合うたびに片方の、或いは両方の口から小さな喘ぎが漏れる。
 リツコが保っているのは意地からで、にせリツコがここまで追い込まれているのは薬のせいだ。わざと受け入れた薬だが、効果が計算外であった。
(あなたにだけは絶対負けないっ)
 ネルフでは決して見せない女の顔であり、叫びであった。やっと仮面が外れたのね、と笑いたくなったが、生憎そこまでの余裕がない。
(この分だと数秒差で私の方が先に…)
 にせリツコの方は既にお互いが達する時間まで計算しており、はじき出した答えは自分の敗北であった。
(ハンデが大きすぎたかしらね)
 ねじ込まれたバイブを僅かに避けて突き返す。膣内を抉られたリツコの喘ぎを聞きながらふっと自嘲気味に笑った時、不意に造物主の顔が浮かんだ。
「その程度の限界には造っていない筈よ」
 同じ白衣姿ながら自分より遙かに美しく、遙かに妖美な造物主は冷ややかに見下ろしていた。
(ま、負けられ…ないっ)
 不意に、にせリツコの目が見開かれた。ふっと腰の力を抜いて、リツコが突き入れてくるのをまともに受けた。
「え…はああっ」
 何を思ったかそのまま力を入れ、リツコの膣内からバイブを抜き出してしまった。
 何をするのかと訝しげな表情を向けた途端、リツコの尻は抱えられていた。くるりとひっくり返すと、L字型に足を曲げ、ぱっくりと開いた秘所に自分の性器を合わせ、一気に突き入れたのだ。
「遊んであげるつもりだったけど…少しだけ本気を出させてもらうわ…くうっ」
「な、何が少しだけよ…んんっ…ぜ、全力のくせに…はあっ」
 薬と一分のリードで条件は互角。蛇のように足を絡ませ合った二人のリツコが、互いを繋ぐバイブだけを武器と盾にして激しく責め合った。
 バイブを根元まで飲み込むと、二人の秘所同士が直接擦れ合い、ぷっくりと膨らんで充血した淫核同士を剣闘のようにギリギリと擦りつける。
「んっ…んくううっ…」
「あうん…あん…はああぁんっ…」
 結合した場所は、お互いの汗と愛液が混ざり合い、もう疼いているのが自分の肢体なのか相手の肢体なのかさえ定かではなく、ただ同じ肢体を持つ相手の女にだけは負けたくない一心でひたすら腰を振り合う。
 愛液の飛沫が掛かっても、それすら刺激になる程敏感になった肢体同士の淫らな闘いが相討ちで終焉を迎えるかに見えたその時、不意に終わりは訪れた。
「く、悔しい…も、もう駄目ぇ…」
 股間から大量の愛液を吹き出してリツコが果てたのだ。
 ただ、大量の愛液は潮となってにせリツコの淫核を直撃し、リツコが仰向けに倒れ込んだ直後、こちらもゆっくりと倒れ込んだ。
 まだ二人の股間はバイブで繋がったままで、しかも動いている。完全に果てた二人には快感より苦痛だが、二人とも手を伸ばす気配はない。
 たっぷり五分以上経ってから、漸くにせリツコが動いた。スイッチを切ってからじゅるっとバイブを引き出す。
「この勝負私の勝ちね。約束通り私の言う事を聞いてもらうわよ」
「分かってるわ…実験台でも何でもしなさいよ」
(完敗ね…)
 もう、闘う前から勝負は分かっていたのだ。それでも挑まずにはいられなかった。強力な媚薬に加えて一分間のハンデ、それを付け加えても勝てなかったのだ。
 ここまで完敗なら却ってすっきりする。
 まだ視点の定まらぬまま見上げた視界を、鏡でよく見た物が遮った。
「なによ…んむっ!?」
 また舌が入り込んできたが、もうリツコには抗う余力も反撃する気力も残っていなかった。
 唇はすぐに離れ、
「すっきりしたって顔はしてないわね」
「……」
 そう言うと、すっとリツコの目元に触れた。
 指先で涙を拭ってから、
「私はね、碇ゲンドウなんてどうでもいいのよ。別に興味もないわ」
「…え?」
「ただ、初めてがレイプでその後もそれをネタに、下手なセックスで言う事を聞かせようとしているのが癪に障ったのよ。別に受け身でも良かったけど、あんなのに受け一方なんて爵だしね。赤木リツコはそんなによわよわじゃないでしょう」
「あ、あなた…」
 予想外の台詞に意識がはっきりしてきたが、裸を隠す気は起こらなかった。
「既にシンジ様は補完計画の破壊を決められたわ。あなたにも手伝ってもらうわよ」
「わ、わたしは…」
「まだそんな事を言ってるの。人類補完計画が、エヴァに溶け込んだ母親失格の女と会う為とあなたも知っているでしょう。一つになった時、あなたの存在は用済みになるのよ。シンジ様は多分、碇ゲンドウを殺そうとはされないわ。精神世界で一つになった時そっぽを向かれるのと、生身の女で勝負して自分の方を向かせるのとどちらがいいか、考えなさい」
 にせリツコの声は、もういつもの物に戻っている。
 リツコはシーツをきゅっと掴んだまま、天井を見上げて何も言わなかった。
 元から分かっていたのだ。補完計画の終焉は人類合体であり、その目的は亡妻との再開にあるのだと。
 そしてレイに向ける昏い情熱もまた、その思いの凝縮に過ぎない事も。
 でも…でも自分は認めたく無かった…。
 つうっと筋を描いて流れ落ちた涙を、にせリツコがそっと舌で舐め取った。殆どくっつかんばかりの距離まで顔を近づけると、
「あなたはあなた、赤木リツコよ。ダッチワイフじゃないわ――やれるわね」
 十数秒が経過した時、リツコの首がゆっくりと動いた。
「それでいいわ。私は今日限り病院に戻るから、ネルフの赤木リツコ博士はあなた一人よ。また元の任務に戻ってちょうだい」
 そう言って起きあがったにせリツコに、
「ま、待って…」
「何かしら」
「どうして…あんな勝負を受けたの…。私が勝ったら、あなたを殺していたかもしれないのよ」
「勝てばいいだけの話よ。それに、あなたと指や舌、或いはバイブで責め合って負ける確率はそれこそゼロに等しいと踏んでいたもの。それとも、また勝負してみる?いつでも受けてあげるわよ」
 慌ててリツコは首を振った。
 ハンデ付きで自分が勝てなかったという事は、相手の責めも全力では無かったと言う事だ。これで五分の条件で勝負を始めたら、それこそ快感で気が狂ってしまうかもしれない。
「え、遠慮するわ…」
「そう。でも、今のままのあなたじゃ碇ゲンドウを下僕にするのは無理よ」
「わ、分かってるわそんな事は…」
「分かって無いじゃない。無理ならどうするの」
「く、薬でも何でも使って…あつっ」
 言い終わらぬ内に額を弾かれた。
「それだから進歩が無いというのよ。あなたには出来ず、出来た女がここにいるのよ。さ、どうすればいいのかしら」
「…わ、私にも出来るの」
「さあ、どうかしらね」
 くっとリツコは唇を噛んだ。
 だがにせリツコの言うとおり、薬を使ったのでは本当の勝利にならない。液化している女如きには負けられないのだ。
「お、お願い…お、教えて下さい…」
 起きあがって頭を下げた途端、いきなり押し倒された。
「いいわよ。やっと素直になれたわね。じゃ、早速練習よ。いいこと?あなたが私に勝てないのは、技術もあるけれどそれ以上に心が足りないのよ。私はね、あなたを負かせてやろうなんて事は、一度も思った事はないわ。勝負とか倒すとかではなく、相手を絶頂に持っていくとストレートに考えるの。まずはそこからよ」
 言われて気がついた。
 にせリツコの愛撫には、強引さが無かったことに。激しく腰を動かす時は自分の秘所もたっぷり濡れていたし、敏感な箇所に爪が当たったりすることは決してなかった。
(そこからも…負けていたのね…)
 呟いた途端、その身体が跳ねた。
「ひゃふぅっ!?」
「鉄は熱いウチに打て、よ。余韻が残っている内に教えてあげるわ。こんないい性器(もの)を持ちながら、使い方も知らないなんて天罰が当たるわよ」
 もう悔しさは起きなかった。
 それよりも、リツコの脳裏には早くも自分の身体を求めて哀願するゲンドウの姿が浮かんでおり、それに比してまた股間がじわっと濡れてきた。
 少しふやけた感もある淫唇を、指で器用に拡げていたにせリツコには、そんな事などお見通しだったのだが、リツコの方はまったく気付かなかった。
 
 
 
 
 
「それで、少しは強くなったのかお前は?」
 あちこちに青痣を作って帰ってきたレイの裸身を治療しながら、サツキは半ば呆れたように訊いた。
「す、少しは…いたっ」
 ぴしっと弾いてから、
「型だけにしておけば良かったものを、今日のアオイ様にスパーリングなどとは愚かなことを」
 戻ってきた機体にサツキとユリの姿しかないのに気付いたアオイは、相棒の少年に裏切られた事を知って少々ご機嫌斜めであった。
 ホワイトハウスへは一緒に行こうと話していたのだ。
 ただそれが、自分ではなくメアリーの攻撃から逃げる為だと分かっているから尚更であり、そこへ持ってきてレイが型だけではなく実戦形式がいいなどと言った物だから、文字通り飛んで火に入る夏の虫である。
 最後にはもう失神してしまい、ぴくりとも動かなかったのだが、これでもアオイは五%も本気は出していない。数パーセントを加えれば、骨の数本では済まなかったろう。
 戻ってきて早々レイの手当をする事になるとは思わなかったが、
「でも、いいんです…」
「何がいいって?」
「信濃大佐は…私の事を一人の人間として見てくれました。私はとても…嬉しかったんです…」
 全身の傷にもかかわらず、レイはどこか嬉しそうであった。
「お前が嬉しいのは構わないが、今のお前ではアオイ様の足元にも及ばぬ。明日からはしばらく私が相手してやるから、精進する事だ」
「はい…信濃大佐は?」
「シンジさんとホワイトハウスだ。シンジさんの方はもう行っておられる」
「はい…」
 少しレイの声が暗くなった。
「どうした?」
「お兄ちゃんは信濃大佐とお似合いだと思うんです。でも私は…私は足手まといにならない日が来るのでしょうか」
「知らんな」
 サツキの答えは冷たいものであった。
「私が来る、と言えば満足か?それとも来ないと言えば諦めがつくか?」
「ご免なさい」
 謝ったレイに、
「まあ、シンジさんの場合は能力優先とはっきりしているから、私情はない。私情を入れられる稼業ではないからな。私の見たところ、ATフィールドをもっと使いこなせるようになれば、任せられるまでは行かなくとも、右側にいてお邪魔にならない程度にはなれるだろう。精進するがいい」
 生粋の極道の娘に生まれた為か、こんな時サツキの言葉は重く響く。
「頑張ります」
 頷いたレイの頭をくしゃくしゃと撫でたが、その手つきがまたいかにも姐御のものであった。
 
 
 その数日後、太平洋上にあったセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーの元に両親が死亡した事が伝えられた。
「殺し合った?」
 奇妙な情報に首を傾げてから、
「これであたしも親無しか…」
 ぽつりと呟いたが、二回瞬きして目を開くとも、もう表情は元に戻っていた。
 両親との別れは数秒で済んだらしい。
 
 
 
 
 
(続く)

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