第四十話
 
 
 
 
 
「全くあのガキどもが…」
 勢いよく缶を置いたミサトが、酔息混じりに呟いた。
 ガキども、とは無論アイドルの事ではなくチルドレンの事だ。
 脱走したと思ったら飄々と帰ってきて、しかも連絡一つ寄越さない。
「大人を…舐めんじゃないわよお…」
 自らの落ち度を突かれ、それを誤魔化すかのように、理不尽にいきがる輩のごとく赤い顔で宙を睨む。
 しかも、後から来たシンジはまだいいとしても、レイまでもがシンジべったりで訳が分からなくなって来ている。
 現在ミサトが空けているのは、500ml入りの缶八本だが、普段より多めに酔っているのは気のせいだろうか。
 そして九本目の残りを一気に傾けると、
「よし決めた!」
 ぐしゃりと缶を握り潰し、
「今から行って二人ともとっつかまえてやるわ。お説教よ、お説教!」
 ここは自分の家だから、どんな格好をしようともほぼ自由である。
 例えばノーブラにタンクトップで、しかも肩の部分がずり落ちて乳が半分見えてる、としても。
 ゆらあり、と立ち上がったその時、玄関のベルが鳴った。
「ひっく…誰よう…」
 これでは、シンジを前にした途端ぶっ倒れそうだ。
「誰よまった…く?」
「おはよう、ミサトさん」
 とっつかまえてやる、と息巻いていた二人組のガキ共、その片割れが目の前に立っていた。
「シンジ君!?あ、あたんねえ…」
 文字配列が間違っているのは、酔いで呂律が狂ったのか、或いは怒りで舌が回らなくなったのか。
 両方だろう−多分。
「い、今までどこにいたのよっ。あ、あんたのせーで私がどんだか…あらあ?」
 凄まじい酒臭に、シンジのしなやかな眉が僅かに寄る。
 そして。
「玄関前で倒れないで欲しいな、まったく」
 ぼやいたシンジの腕には、床とキスする直前で受け止められたミサトの肢体がある。
 ただでさえ、半分はみ出していた胸だったが、倒れ込んだせいで完全に片方の乳房が顔を出している。
 ミサトに取って幸運だったのは、それを見られた相手がシンジだった事だ。
 そう、顔色を少しも変えない少年に。
 そしてミサトに取って不運だったのは、それを見られた相手がシンジだった事だ。
 なぜならば−
「あーあ、ぽろっと出しちゃって」
 ずり落ちた肩を引っ張ろうとしてその手が止まる。
 下乳から少し視線を下げた所に、シンジはある物を見つけたのだ。
 引っ張ると伸びる、と思ったかどうかは知らないが、肩を引っ張る代わりに前にくいと引っ張った。
「傷…?」
 斜めに走る傷は、あっさりとシンジの目に暴露される事となった。
 が、それをどう見たのか、
「確か南極の…そうか」
 すっと元に戻すと、よいしょっと担ぎあげた。
「少し、も少しでいいからダイエットしようね」
 シンジの言葉がミサトに届いていたら、怒髪天を突いて怒るだろうか。
 それとも照れて頭をかくか。
  
  
 
 
 
「さて、こんな物か」
 爆音と共に、東関道を爆走しているのは、無論ユリのR−32。
 ユリがフェラーリ、アオイはポルシェと一応持ってはいるが、あまり好まない。
 そもそもシンジが750ILを買った時、
「不釣り合いだから買っておくように」
 と半ば強引に手に入った物だ。
 それに何よりも、
「これでないとシンジを捕まえられない」
 と言うのがユリの発想である。
 確かにシンジのメインは二リッターであり、水を得たように走りまわるそれは、大排気量で捕まえるには適していない。
 ところで、この女医が第三新東京を離れてこんな所にいるのは、別にドライブに来た訳ではない。
 そう、ウェールズを発ったアオイを迎えに来たのだ。
 隣にシンジはおらず、しかも着く事さえ知らないのはアオイのせいだ。
「驚かせるから黙っていて」
 と、それだけの理由でユリに口止めを命じたのである。
「ほぼ九割、ナイトドレスだ」
 こんな時、アオイがどんな格好で来るのか、大方ユリには予想が付いている。
「それに引き替え私はケープだ。おまけに下は白衣と来ている。これでは一生勝てんな」
 あまり困っていないような口調で言うと、ぐいとアクセルを踏み込んだ。
 見る見る加速度を増した車体が、矢のように無人のハイウェイを吹っ飛んでいった。
 
 
 
 
 
「あの、これはどうしましょう」
「んーん…」
 差し出された下着の山に、シンジはやれやれと六回目のため息をついた。
 ベッドがあるだろうからその上に放り出して帰る、つもりだった。
 だが、
「僕の足の踏み場はどこにある?」
 玄関を入ってすぐ、居間に続くドアがあったのだが、そこを開けた途端シンジは立ちつくす事になった。
 その目前に広がるのは、文字通りのゴミ世界であり、所々散らばった派手な色のパンストが、まるで蛇の棲息を錯覚させる。
 ゴミ漬けにして帰る、と言う案が浮かばないでもなかったが、これでも一応は上司であるし、スカートのチャックの隙間から、コンビニ弁当のサランラップが覗いているのなど絶対に見たくない。
 かといって、
「僕が掃除?嫌だね」
 と言う事で、当然のように現在室内には、十二使徒ならぬ十二ミサトがいる。
 無論いずれもダミーだが、完全に寝入っているミサトには、多少髪を喪っても分からない筈だ。
「いいよ、それは処分だ」
 ショーツとブラが六セット、シンジの感覚なら二日分の着替えだが、この際だしと処分を命じる。
 ミサトのダミーだが、思想や発想はシンジのそれが強いから、ゴミの量にとまどっているのも当然であったろう。
 缶と格闘している者あり、弁当パックを二つに折って押し込んでいる者あり、かと思うと一方では床の染みを退治している者がいる。
 なかなか、と言うよりかなり大変そうだが、一応作業は順調である。
 この分ならミサトが起きた時、ゴミと空き缶と少々の下着の喪失と引き替えに、とても綺麗な部屋を見る事が出来るはずだ。
 椅子にふんぞり返ってその作業を眺めていたシンジが、ふと一人を呼んだ。
「そこで缶踏んでるの、ちょっとこっち来て」
「はい?」
 楚々と歩いてくる様は、普段のミサトには絶対見られない。
 リツコが見たら、間違いなく噴飯物だろう。
「胸出して」
 怪しからん命令にも、あっさりとミサトは従った。
 タンクトップをまくりあげると、そこには胸が露わになった−全く傷のない胸が。
 しかも、さっきシンジが見たミサトより、きれいな乳房に見えるのは一体どういう訳か。
 肌はきめ細かさが増しており、静かな艶を蓄えているではないか。
「ダミーを作った時」
 シンジは言った。
「オリジナルとすべてうり二つになるはずだな」
「はい」
「じゃ、何で傷がないの?」
「多分、見られたくなかったからかと」
「僕に?」
 いいえ、と首を振った。
「殆ど完璧ですが、ごくまれに例外があります」
「今までに一度しかなかったけどねえ」
 ふむ、と再度胸に視線をやると、ダミーのくせにうっすらと顔が赤くなった。
「何をしている?」
「いえあの」
「まあいいや。それより、胸の傷はインパクトの時の物かい?」
「はい。ただ、これは本人は覚えておりません」
「どこで切ったかぶつけたか、それは知らないんだな」
「ええ」
 以前、ユリからミサトの経歴を見せられた事がある。
 その中に、セカンドインパクトの生き残りだと書いてあった。
 無論生き残り自体は多いけれど、直に立ち会って生き残ったのは彼女が唯一である。
「よほどの強運の持ち主…でもないね」
 シンジはくすっと笑った。
「どうかされましたか?」
「あれで全部の運を使い果たしたんだな。男運もきっと」
「まあ、住居がこれですから」
 と、これも僅かに苦笑した。
 まったくだ、と室内を見回した時、ダミーが全員戻ってきた。
「終わったかい?」
「『全行程終了しました。後はご確認下さい』」
 分かった、と頷いた時一人が大きな袋を持ってきた。
「生ゴミ?」
「いえ、生ものです」
「はん?」
 ご覧下さい、と袋の口を開けて見せた。
「…食用?」
 つい訊いてしまったのは、中に入っている物体があまりにも予想外だったからだ。
「何でペンギンが…?」
「インパクト後、南極からは多くの生物が捕獲されました。変化した生態を調べるためです」
「じゃあこれも?」
 はい、と頷いて、
「もう少しで天麩羅にされる所を、強引に奪取したそうです。名前はペンペン、と」
 ペンペンねえ、と呟いて眠っている物体の顔を眺めた。
 こんな時、知識まで模写できるダミーは便利である。
 オリジナルの知識は殆ど持ったまま、そしてその肢体もうり二つになる。そして、シンジの設定次第でその能力は変えられるからだ。
 シンジが創ったのはミサトのダミーだが、本体の家事能力で言えば、今頃は逆に人外の住処と化していたかも知れない。
「持って帰られますか?」
 ふと、ミサトの一人が訊いた。
「いらない」
 シンジは首を振って、
「今日は無償でボランティアにするよ。もういいから、全員戻って」
 間一髪と言うべきか虫の知らせと言うべきか、寝室のドアが開いたのはシンジが呪符を片づけた直後であった。
「…シンジ君?…」
「酔いは醒めた?」
「え?ええ…一応ね…水ちょうだい」
 ぼんやりしているミサトに、台所へ立って水を持ってきたシンジ。
 一気に飲み干してから、
「部屋が綺麗になってるわね…」
 ぼんやりと呟いた。
 
 
 
 
 
 ミサトが起き出した頃、リツコもまた起きていた。
 ユリの台詞であっさり失神したのだが、朝方になってようやく我を取り戻した。
 何となく、体中を精密検査したくなったが、その気になれば到底無駄だと諦めて起きあがる。
 枕元に置かれた紙に気づき、二つ折りになったそれを開けると、
「びっくりしてひっくり返った娘を置く余裕は無い。早々のお帰りを」
 と書いてある。
「だって、怖かったんです…」
 まるでユリがそこにいるような口調は、親しい者ですら訊いた事はあるまい。
 そしてもしゲンドウが耳にしたなら…何かを感じて押し倒したかも知れない。
 服を整えて出口に向かったリツコが、扉に手を掛けた瞬間それは向こうから開いた。
 そして。
「あ、あなた…」
「まだいたのね」
 ぶつかった二対の視線は同じ物−オリジナルとダミーが会ってしまったのだ。
 が、自分と同じ姿は両雄並び立たずが成立するのか、二人の視線には驚きよりも違う色の方が強かった。
 そう、どこか敵意にも似たそれが。
「まだいたの、とはどういう事かしら」
 先にオリジナルが口を開く。
「聞こえたそのままよ」
 返したにせリツコの声は、普段リツコが使う以上に冷ややかな物であった。
「簡単に失神するような女に、よくMAGIなんか任せられるわね」
 ぴく、とリツコのこめかみが動く。
「あなたはダミーでしょうが。私以下の女に言われたくないわ」
「私はあなたじゃないわ、あなた以上よ」
「何ですって」
「そのままダミーでは無能だから、それ以上に創られているのよ」
 ダミーとオリジナル、双方の視線がぶつかり合って火花を散らす。
 リツコは普段の白衣姿で、オリジナルの方はタイトスカートにハイネックのノースリーブだが、同じ自分が気に入らないらしい。
「私より有能?寝言は寝てから言う事ね」
「私を創ったのはドクターよ」
 一瞬ひるんだリツコに、
「オリジナルから取るデータが、外見と多少の知識だけという事もあるのよ。そうそう、一ついいことを教えてあげるわ」
「な、なに…むううっ」
 肩を掴まれた瞬間、唇を押しつけられたかと思うと、突如舌が入り込んできたのだ。
 吸って絡めてなぞる、ただそれだけの動きなのに数秒も経たず、リツコの目は溶けていた。
 ほんの数秒で、対等から支配へと関係が変化した二人のリツコ。
 吸い取ったリツコの唾液をぐいと拭いながら、
「ドクターから一つ、仕事を頼まれているのよ」
 にせリツコは冷ややかに言った。
「し、仕事…?」
「そう、ちょっと躯を使う仕事よ。無理はしなくていいと言われたから、絶対命令ではないわ。でも今決めた、あなたで試してあげる」
 ついさっき起きあがったばかりのそこへ、押しつけられるようにして倒れ込んだリツコ。その服へ伸びた手は、あっさりとその白衣を二つに裂いた。
「抱き合うなら女同士が一番。でももっといいのは自分同士よね」
 自分のことは自分が一番分かる、とは言え実際にはあり得ない形態である。
 それを、自分同士の絡みをにせリツコは実現しようというのか。
 さっと勢いよく脱いだノースリーブの下から、自分が着けていたのと同じ色形の下着が現れたのにリツコは気づいた。
 数秒とは言え、あまりにも濃厚で巧みなディープキスに、早くもリツコの思考は溶け掛かっている。
「あ、あなたそれぇ…」
 舌足らずな声で言ったのへ、
「これの在処を探していたんですってね。誰も同じ物なんか穿かないわよ、こんなおかしな染みの入った物なんか。碇ゲンドウを想って毎晩自分でしていたんでしょう」
 リツコの顔がかーっと赤くなり、
「だ、だれが染みなんかっ。わ、私はちゃんと着替えて…ひうっ」
 その上半身がびくんと動いたのは、にせリツコの指が脇腹に触れたからだ。
「いざとなったらネルフへは私が行ってあげる。時間はたっぷりあるわ…そう、たっぷりとね」
 自分と同じ顔が近づいて来た時リツコは、狼に喰われる羊の気分が、少しだけ分かったような気がした。
 
 
 
 
 
 まずいわね、とミサトは内心で呟いていた。
 ぶっ倒れた所までは覚えているが、その後の記憶がない。
 時間にしては二時間くらいだろうが、部屋が片づいているのは間違いないのだ。
 それも、シンジ一人の手によって。
 服は着替えさせられていないから、まさか躯を見られたなんて事はないだろうが、それでも一発かますには余りにもまずいカウンターであった。
 それでもとりあえずと、
「シンジ君そこ座りなさい」
「座ってます」
 やっぱりまだ、酔いが残っているらしい。
 咳払いして、
「あなた自分から独房入りを希望したのは、脱走するためだったの?」
「修行するため、そう思ったんですか?」
「え?」
「操縦は素人ですが、危険回避ぐらい知ってます。相田と鈴原を中へ入れた時、後先考えてないと思ったでしょう。僕のデータはどうなってました?」
「普通の中学生よ、シンジ君。確かにあの時、君の行動で使徒は倒せたし、別にエヴァ自体も大破はしなかったわ。でもね」
「でも?」
「やはり、命令違反には違いないわ」
「親の言うことは聞かなくちゃいけませんが、ヤクを買う金欲しさに我が子をペド愛好家へ売り飛ばす親もいます。それと、自分は昼間から男を引っ張り込んでおいて、娘には純血を強制する母親とか。もう少し、まっとうな命令だと助かります」
「まっとうですって?」
「最初の時とその次、両方とも余計な費用が掛かり過ぎです。それと人命も。この間僕の下僕達に襲われましたが、原因はエヴァによる人的災害です。もっとも、避難勧告を聞かない方が悪いんですが」
 シンジは思い出したように言った。
「ただ、出来るならばこっち側の人達には被害が少ない方がいいし、経済的な損害も少ない方がいい。アオイなら、海岸線での迎撃を選ぶでしょう」
「私の指揮には従えないって言うの?」
「うーん」
 まじめに考え込んだシンジを見て、ミサトは急激にむかむかしてきた。
「ちょっとシンジ君っ!」
「あ、いや綺麗な部屋だなと思って」
「…くっ」
「それはともかく」
 シンジは僅かに笑った−ように見えた。
「副司令は知りませんが、総司令はそんなに間抜けじゃありません。僕が素直に入っているなんて、最初から思っていませんよ。それと僕は僕のやり方で」
 一瞬顔色が変わったミサトに、
「やりません」
「はあ?」
「面倒くさいですし」
 一瞬シンジが真顔になると、
「僕は初号機が好きじゃないんですよ、ミサトさん」
(ゆ、幽鬼…!?)
 一瞬ミサトの背が凍るほど、シンジの姿には影が見えた。
「こら、聞いてますか?」
「え…あっ」
 ミサトが我に返った時、既におっとりした雰囲気に戻っており、
「と言う訳で、もうちょっと安全な指揮を考えてね。それと」
「それと?」
「もう少し、じゃなかった二百五十六倍です。ここの中きれいにしといて下さい」
 じゃ、僕はこれでと立ち上がったシンジを見送る気力は、ミサトには残っていなかった。
 玄関の閉まる音を聞いた後、
「安全な指揮、か…それもそうよね」
 無論未知の相手に、完全無欠な指揮などあり得まい。
 それでも、ここ二戦の指揮はミサト自身も、決して胸を張れる物ではなかったのだ。
 だが今ミサトの意識は、もう一つのシンジの台詞に向いていた。
「初号機が好きじゃないって…だけど、エヴァが嫌いとは言ってなかった。どうして?」
 ミサトとて、リツコからエヴァのデータはもらっている。
 だがその中に、シンジが初号機を忌むような理由はない。
「つまりこれは」
 ミサトは宙を睨んで、
「私よりシンジ君の方が何か知っている、と言う事よね。なんか…気に入らないわね」
 酔いの醒めた、低い声で呟いた。
 シンジの言ったもう一つの事、室内の片づけは脳裏から消えたらしい。
 
 
 
 
 
「随分と感じやすいのね」
 リツコの股間に顔を埋めていたダミーリツコが、顔を上げて少し蔑むように言った。
 肢体は自分の物と言う、そのどこか異常な状況が却って興奮を煽るのか、既にリツコは数度達している。
「な、何でそんなに…」
 息荒く、辛うじて呟いたリツコに、
「あなたがいきすぎるのよ」
 既に秘唇からはとめどなく蜜が溢れ出し、肛門まで達している。
「これだけ濡れてれば大丈夫ね」
 全裸にストッキング、しかも片方だけと言う、淫靡ともマニアックとも付かぬ格好のリツコは、両足を掴んで上げられており、両方の孔がくっくりと見えた格好になっている。
 快感を通り越して、どこか下半身がしびれるような感覚は、リツコから羞恥心と判断力さえも奪うのか、にせリツコの言葉に反応さえしない。
 その次の瞬間、
「ひぎいいいっ」
 にせリツコの中指が、その根本まで一気に押し込まれたのだ−ただし、後ろの穴に。
 間接を曲げて抉りこんで来る動きに、リツコは身も蓋もなく絶叫した。
「はあっ、ああ、お、お尻が焼けちゃうううっ。や、止めてええっ」
 霰もなく身もだえするリツコに、
「うるさいわね」
 にせリツコが、さも鬱陶しそうに言うと、リツコから脱がせたストッキングを丸めて口に突っ込んだ。
 即席の猿ぐつわに、
「ふぐー!うぐぐー!!」
 口の中だけ叫ぶリツコに、
「こっちは嫌がってないわよ、ほら」
 指を肛門に突っ込んだまま、今度は舌で秘唇を割る。
 まるで蛇のように動く舌は、既に顔を出しているクリトリスを、包皮ごとべろりと舐めあげた。
「んむむーっ」
 奇怪な叫びと共に、リツコの躯が三度痙攣する。
 またいったらしい。
 前と後ろを、指と舌で責められたリツコの秘所からは、一気に液体が吹き出した。
 まるで勝利の美酒のように、それを余す事なく飲み干したにせリツコ。
 最後の一滴を、こくっと喉を鳴らして飲んだにせリツコは、リツコの口からおもむろにストッキングを引っ張り出した。
「うう…あう…」
 言葉にならない呻きを上げているリツコに、
「下の口でもいかせてあげる所だけど」
 平然たる口調で言うと、
「これ以上いったら、多分壊れるわね。今日はこの辺にしておいてあげる」
 欲情などみじんもない、完全に科学者のそれとして言うと、その顔の所へ回った。
 既にリツコの乳房は、徹底的に責め立てられたおかげでべとべとに濡れ光り、その乳首もこれ以上無いほどに硬く尖り、天を仰いでいる。
 それを見ながら、
「私が全然いけなかったじゃない、どうしてくれるのかしら」
 口調には笑みがあるが、その表情は笑っていない。
「一つ教えておいてあげるわ」
「ふえ?」
 普段の冷厳として雰囲気は吹っ飛び、完全に一匹の雌と化しているリツコ。
 未だ淫靡な感覚さめやらぬリツコに、
「涙の通り道にほくろがある女はね、クリトリスと尿道の間が一番弱いのよ」
 冗談とも本気とも付かぬ口調で言うと、目の下の泣き黒子に軽く口づけした。
「あなたがこんな物なら、依頼は簡単に出来そうね。感謝するわよ、もう一人の私」
 唾液と愛液にまみれ、殆ど自我喪失状態のリツコに冷たい一瞥をくれると、そのまま出ていった。
「ひ、ひどいこんなの…」
 過剰とも言える反応をして見せた躯は、まだその自由を取り戻してはくれない。
 呪縛などされていないと分かっている。
 そして薬もまた。
 だからこそリツコは口惜しいのだ。
 舌の動きも指使いも、完全に自分を上回っていたから。
 そしてそれが他人ではなく、自分自身のダミーだったから。
 自分とうり二つのダミーに責められて、さんざんいった挙げ句アヌスまでも、その処女を喪ったなどと誰が信じよう。
 ぎゅっとシーツを掴んだリツコの目から、一筋の涙が落ちた。
「くやしい…」
 三十年に及ぶ生涯の中、始めての言葉であったろう。
 普段冷然たる仮面を崩さないリツコの、その仮面が一瞬だけ崩れた。
 
 
 
 
 
「いいや、歩くぞ」
 一旦家に戻ってきたシンジだが、エンジンオイルの具合が気に入らなかったらしく、現在は歩いて登校中である。
 別に不備な訳ではないが、どうしても信濃邸の時とは事情が異なってくる。
 それに、レイを隣に積んで遠距離を走った来たばかりでもあるのだ。
 何よりも、シンジ一人なら護身に不安は無い。
「身軽だ」
 ふとシンジが呟いた時、
「碇さん」
 呼ばれた声に、シンジが後ろを振り向いた。
「あれ、山岸さん」
 その声に僅かな乱れがあるのは、その接近に気が付かなかったからだ。
 マユミは、直前まで気配を消していたのである。
「マユミ嬢、って呼んで下さらないんですか?」
 どこか色気を含んだ声に、シンジの表情が少し動いた。
「おはよう、マユミ嬢」
 言い直したシンジに、
「はい、おはようございます」
 マユミはにこりと笑った。
「今朝はご機嫌なの?」
 訊ねたシンジに、
「今日はお車じゃないんですか?」
 逆に聞き返したマユミ、どうやら今朝はかなりテンションが高いらしい。
「今日は妹もいないし、歩いて行こうと思って」
「妹?綾波さんの事ですか?」
「どうしたの?」
「碇シンジ、と言う戸籍に綾波レイの名前はありませんわ」
 マユミの口元に、危険な色が一瞬浮かんだ。
「それと、綾波レイと言う戸籍も存在していませんわ」
「役所が改竄したんだよ、きっと」
「私もそう思います」
 シンジの口調に何かを感じたのか、マユミは素直に頷いた。
「で、何?」
「お暇でしたら、少しおつきあい頂けます?」
「学校はいいの?」
 現在、時計は七時半を指している。
 別に切羽詰まってもいないが、喫茶店へ行く時間でもない。
「はい、いいです」
 あっさりと言ったマユミに、
「じゃ、付き合います」
「はい」
 マユミが艶めいた微笑を見せると、シンジの横にそっと並ぶ。
 シンジが何か言う前に、
「お邪魔にはなりませんわ」
「本当に?」
 何のこと、とはシンジは言わなかった。マユミの反応を見て、何かを知っていると感じたからだ。
「本当ですわ」
「で、どこ行くか決めてあったね?」
 その時、一瞬だけマユミの気が動揺した。
「いいえ、と言いたい所ですが…碇さんには隠しても無駄ですわね」
 ちょっと出した舌は妙に赤く、そこだけ年相応の物を感じさせた。
「おしゃれなお店があるんです、さ、行きましょう」
 先に立って歩き出したマユミに、シンジが追いついて横に並んだ。
 十分ほど歩いた二人が着いた店は、洋風のいかにも若者向けの内装であった。
「ここ?」
「あまり有名ではありませんけれど」
 後に続いて入ったシンジが、ちらりと時計を見て、
「遅刻だ、不良だな」
 小さな声で呟いた。
 
 
 
 
 
(続く)

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