第三十九話
 
 
     
 
 
「あの女、赤木リツコと言ったの。どうせユリが差し向けたものじゃな。余計な事をする奴じゃ」
 浮かんでいた姐姫が上半身を起こし、芸術品のような胸が妖しく色香を振りまく。
 元より監視装置など気にしていないし、この中にまで据え付けられてはいない。
 確かにクローン達の監視も大事だが、もし万が一にも彼らの映像が、
 『特務機関ネルフ発!お宝画像!!」
 などと言って出回った日には、足下からその存在が覆されかねない。
 とは言え、この水槽の設置以降はゲンドウとリツコしか、この中には入れない。
 この中にLCLを満たした時点で、工事人夫達は全員あの世へと旅立っている。
 秘密の完全保持の為には、工事関係者の人命など空気よりも軽いらしい。
 長門病院の場合、これとはやや事情が異なる。
 ユリが作ったダミーは、本人の部屋にしかいないが、たまにシンジがダミーを連れて来院する事があり、他の患者に出くわしても、
「誰にも内緒だよ」
 と、声を揃えて口止めするのだ。
 奇怪と言えばあまりにも奇怪な現象だが、却って毒気を抜かれるものなのか、大騒ぎされた事はない。
 無論水槽内に飼っているものと、双子や三つ子だと言い逃れられる者とではあまりにも違うが、ネルフの存在が多くの人柱の上に成り立っている事は、動かしがたい事実と言える。
 ただ、姐姫自体はそれをどうみているのかは分からない。
 無論レイの記憶は全部持っているし、その生い立ちなる事も分かってはいる。
 それでもさして、いや少しも気にした様子はないのだ。
 或いは、どうでもいいのかも知れない。
 そう−その歴史に埋もれたきた数多の国々と比べれば。
 とまれ、出口にリツコがいる以上、何らかの手段を講じなければならない。
 姐姫が選んだ方法とは。
「誰でもよい、あの女を寝かせて参れ」
 何を思ったのか、控えているクローン達に命じたのだ。
 一瞬顔を見合わせて、すぐに二人が立ち上がった。
 首筋にむざむざと一撃を受けたリツコだが、悪夢を見ているようだったろう。
 階段を上がってきたのは、素っ裸のクローン二人であり、さては脱走だとブザーを鳴らそうとした途端、いきなり攻撃されたのだから。
 いやもしかしたら。
 クローンが抜け出した事も、そして襲われた事も、病院での出来事に引き続いて悪夢の一部だったかも知れない。
  
  …すべてを論理で弾き出す女科学者に取っては…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なんじゃ、お前か」 
 姐姫が部屋に入ってきての、第一声がこれである。
 雰囲気は既に夜の物になっているが、その肢体はまだ元に戻っていない。
 着ているのは中国服(チャイナドレス)であり、それを見たシンジの表情が動いた。
「あれ、その服どうしたの?」
 姐姫は珍しい事に、笑ったようにも見えた。
「似合うであろうが」
「お前中国産だっけ?」
「沙羅双樹の大枝の付け根から生まれておる。で、どうじゃ?」
「元の方がいい…あ」
 口にした瞬間、シンジは失言を悟った。
 姐姫は、今度こそにっと笑ったのである。
「元がよい、そう申したなシンジよ。男が前言を覆すまいの」
 すう、とまるで猫のようにすり寄ってくる姐姫。
 その視線は、一直線にシンジの喉元に向けられている。
「あ、ちょっと待った」
「何じゃな?」
 既に妲姫の口許には、危険な笑みが浮かんでいる。
「それ、ちゃんと買ったんだろうな」
「安心せい」
 ぽい、と放りだしたのはレイが持っていた財布である。
「で?」
「で、とは何じゃ」
「店までどうやって行った?」
「地下の水槽にレイどもがぷかぷか浮いているであろうが。その中の一匹に適当に持って来させたのじゃ。さ、それより早う」
 妖香が迫ってくるのに、シンジは僅かに顔だけ逸らした。
「あの、一つ提案が」
「悪あがきか?」
「昼間から血を吸われるのは気乗りしない。夜にしないか?」
「ならぬ」
 あっさり却下した妲姫に、
「じゃ、僕もいやだ」
「…何?」
「大体、お前なんかに魔力をあげなきゃならないんだ。僕は貢ぐ君じゃないぞ」
「みつぐくん、とは何じゃ」
「朝貢する蛮族みたいなもんだよ」
「良いではないか」
 妲姫はからからと笑った。
「わらわに血を与えるならともかく、魔力を与えられる者などまずおらぬ。光栄とは思わぬか」
「全然」
「それは残念じゃな」
 あ、こらと言った時にはもう、その赤い唇がすぐそばまで来ていた。
「言ってる事とやってる事が違うぞ」
 はね除けようとしたが、まだシンジは完調ではない。
 第一、妲姫との力比べなどどうあがいても敵うまい。
 だが。
 奇妙な事に妲姫の顔は、シンジの喉元でぴたりと静止した。或いは、シンジが目を開けたままだった事も関係していたのかも知れない。
「では」
 妲姫は何を思ったか、すっと身を引いた。
「お前、わらわに何をさせたいのじゃ」
「は?」
「本来なら、もっとじたばたと暴れる所であろうが」
 言い切った妲姫、結構シンジの性格は読んでいるらしい。
 妲姫の黒瞳がシンジの瞳を捉え、シンジは少し視線をずらした。
「教師」
「教師?」
 オウム返しに妲姫が聞き返す。
さすがの妖女も、この答えは想像していなかったのか。
「使徒の事、少し勉強しておかないとね」
「不要じゃ」
 あれ、とシンジが首を傾げた。
「どうして?」
「分かっておらぬからじゃ」
「レイちゃんが?」
「ここの者どもがあの巨体を造ったのは、死海文書に踊らされたからであろうが」
「そうみたいだ」
「ソドムの街は知っておるか?」
「天から火が降った、史上初の街だ。確か塩の柱もあった筈だよ」
「あの街の洞窟で、パピルスのそれを見た」
 ちらっとシンジを見た妲姫が、
「お前、わらわを何と思っておったのじゃ」
「え?」
 それを見た事がある、と言った途端、シンジの目に畏敬にも似た色が浮かんだのを見たのだ−初めて見るその色を。
「そこまで博識とは思わなかったんだよ。で?」
「あれは一種類ではない。書かれた筋書きが幾つもあるぞ、シンジよ」
 シンジの目にある種の光が宿ると、すっと起き上がった。
「どう言う事?」
「さて」
「はん?」
「教えてやってもよい。報酬次第じゃな」
「好きに持っていくといいさ」
 そう言って自分の首筋を指したシンジの声はあっさりしており、それを聞いた妲姫が低く笑った。
「ふふ、良かろう。数千の星霜を得たわらわが教えて遣わす」
 
 
 
 
 
 ユリの部屋の前まで行きかけたサツキだったが、何となく戻ってきた。
 そして彼女が見たのは、部屋の前に倒れているにせリツコであった。
 失神したにせリツコをシンジが室外に放逐したのだが、無論サツキはそんな事は知らない。
 ソファの上に横たえられているそれを見て、これはまずいと起こしかけて…止めた。
 その感覚が、室内の妖気を感じ取ったのだ。
 シンジのそれとは違う気を。
 僅かにその目が細くなると、にせリツコを肩に軽々と担ぎ上げて、猫のような足取りで廊下を去っていく。
「ドクターにはお知らせ…しない方がいいかしら?」
 シンジを−サツキの知らぬシンジを巡る関係は、サツキも知っている。
 シンジがやや疲労している以上、その枕元でもと思ったのかもしれない。
 ただそれ以上にもしかしたら−巻き込まれたくない、と言う考えが脳裏を過ぎらなかったとは言えまい。
 そしてにせリツコを担いだサツキが室内に入らなかった事、それは結果的には良かったかも知れない…そう、お互いの為に。
 
 
 
 
 
「誰が読んだ歴史なのかわらわは知らぬ、知ろうとも思わぬ。ただ、文書のそれはいくつも道が用意されておった、それだけの事じゃ。ところでシンジよ、お前なら使い終わった玩具(がんぐ)をどうする」
「僕かい?」
 ちょっと考えてから、
「貢献度に応じて殿堂入りだな。捨てる事はあまりないな」
 そうか、と言ってから、
「ではこのエヴァはどうじゃな」
「は?」
「襲ってくる奴らが、未来永劫に来るとは思っているまい。それが終わった後にこれを、お前ならどうするのじゃ?」
「猫を乗せれば完璧だな」
「わらわか?」
「エヴァ一つと妖姫一人で、世界は簡単に征服できる。王達を誑かすより手っ取り早いんじゃない」
「お前も付き合うか?」
「支配した後、面白いかはお前が良く知ってるだろ」
 少し口調を変えて、
「こんなモン、平和利用なんかまずしない。と言うより人類には出来ない。廃棄処分が一番だな」
「お前もまだまだ小物じゃの」
 薄く笑った妲姫に、
「晩成だからいいんだよ。で、どうしてさ」
「支配せずとも、滅ぼせばよいであろうが。わらわが、平和呆けした女などと思っておるまいな」
「そうでした」
 妲姫、と名の付く女の歴史を、シンジは束の間思い出していた。
「猫の性格は分かったよ。それでエヴァをどうすんの」
「世界を滅ぼす」
 突拍子もない言葉も、この妖女の口から聞こえるとごく普通の単語に聞こえる。
 ちら、とシンジが妲姫の顔を眺め、室内の空気がひんやりと冷えた。
 
 
 
 
 
「お目覚め?」
「あ…ド、ドクター…」
 鈴のような声に、リツコの目がぱちりと開いた。
「頭部への一撃で失神されていたようだが、誰に襲われたかな?」
「……」
 リツコはすっとうつむき、室内に静寂が流れた。
「天罰なんです」
「天罰とは、文字通り天の下したもうた罰だ。いつから敬虔な宗教家におなり?」
「きっとそうです、だってレイが…」
「レイ嬢が?」
「水槽から上がってきて、私を襲ったんです」
「水槽内の個体数は合っている。計算は?」
 いえ、とリツコは首を振った。
 やはり、クローン達の個体には管理が行き届いていなかったらしい。
「脱走は考えなかったのね」
 完全に監視していると思っていた、とはリツコは言えなかった。
「造った者達にクーデターを起こされては、世話はない」
 ユリは変わらぬ口調で言った。
 それなのに、快適に設定された室内でリツコの背に冷たい物が流れた。
「ここに煽動者が一人いて、彼らを意のままに操る事が出来れば、ネルフは内部崩壊を起こす。そして、あなたを寝かせたのもおそらく」
「クローン達の中に?」
 驚愕を隠せないリツコに、ユリは軽く首を振った。
「違う。とは言え、殺されなかったのが不思議な程だ」
「だ、誰があの中に…」
 ユリはそれには答えず、
「碇ユイの残存思念は、あのクローン達すべてに?」
 逆に訊いた。
「違います」
 弱々しく首を振ると、
「本来その…表に出す綾波レイは一人だけです。そのレイに与えた知識の中に紛れ込んで…」
「では、本来碇ユイの自我が目覚める事はない、と?」
「その筈です」
「筈、あり得ない、これらの単語は科学者ならではの物だ。胎内に手首まで沈める少年と、死人を操る少女を見てあなたは何と言う?」
「し、死人を?」
「シンジの愛人だ」
 返す言葉が見つからず、一瞬詰まったリツコが何かを思いだしたように顔を上げた。
「あ、あのドクター」
「何か」
「私とその…下着を換えた誰かは、いるのでしょうか」
 だが次の瞬間、リツコは猛烈に後悔していた。
 ユリがリツコの顔をじっと見たのだ。
 照れるとか恥ずかしいとか、そんな感情以前に完全に虜になってしまい、本能の叫びとは裏腹に視線を外す事さえ出来ない。
 だから、
「私の教育もまだまだ甘い」
 とユリが言った時には心から安堵した。
 が。
「あ、甘い?」
「企業秘密を漏らすような部下には、それなりの仕置きが必要だ。そして−証拠の隠滅もまた」
 それを聞いた途端、リツコの顔からさーっと血の気が引いていき、きっかり四秒後にぱたっと倒れた。
 それを見ながら、
「何とひ弱な、と言いたい所だが残っていた足跡は複数。常人なら発狂しているところだな」
 一人頷くと、手首を取って冷静に脈を調べ始めた。
 
 
 
 
 
「お前は愚かゆえ、このわらわが取り込んでくれる、そう申したらシンジよ、お前はどうする」
「逃げる、それはもう一目散に」
 シンジはあっさりと言った。
「そんな危険物に関わるほど、僕は暇じゃないぞ」
「だが、やつらはそう考えておる」
「奴らって?」
「エヴァを造った者達じゃ」
 ちょっと待った、とシンジが手を上げる。
「世界を滅ぼすのと、取り込んでくれるのとどう繋がる?」
「人間達が、火を自らの物として来た大本の理由は夜道が怖いからじゃ。なれど、一人では怯えて止まぬそれも、二人三人とおればさしたる事はあるまい。それを、最初からしようと言うのじゃ」
「つまり最初から溶け合ってれば寂しくないから、強制的にそうしてやるって事?」
「よく分かっておるの」
 出来の悪い生徒に教える家庭教師のような口調で、妲姫は頷いた。
「人間どもの考える事など、数千年の昔から変わっておらぬ」
「そうなの?」
「紀元の頃より、権力を持った者は大抵それを一つにまとめたがる」
「嘘」
「何?」
「せいぜい統一国家のそれだろ。それ以上どうす…」
 シンジの表情が止まる。
 姐姫は笑ったのだ…聖女のようなそれで。
「ケルンでも見た」
 姐姫は言った。
「バグダードでも見たし、末期の開封でも見た」
 だが何を?
「魔術に、或いは薬品に頼った液体じゃ。人の精神(こころ)を溶かす液体は、幾度も歴史に埋もれておった。人間は、時として訳の分からぬ物を創り出して来たからの」
 ん?と首を傾げたシンジが、 
「ケルンはともかく、開封やバグダードは両方ともモンゴルの侵略じゃなかった?」
「それゆえじゃ。貢ぎ物に入れるなら、労せずして国を一つとれるからの」
「…飲んだの?」
「さて」
 と姐姫は言ったが、僅かに口調が変わったのをシンジは感じ取っていた。
「でもその液体とエヴァがどう繋がる?」
「これはわらわは知らぬ事じゃ」
 姐姫は珍しい事を口にした。
「十五年前の大災害、あれをもう一度起こすつもりじゃな」
 当時を知る者がいたら、間違いなく目を剥くであろう台詞だが、シンジは自分の身で体験はしていない。
 それと、無論本人の性格もあったろう。
「それをレイは」
 と言ったシンジ。
 当然レイも知っているのか、との問いだが、
「知らぬ」
 その答えに僅かながら、シンジの表情が緩む。
 やはり、レイがそれを知っているのといないのとでは、シンジにとっても変わってこよう。
「単純に言うと、エヴァを使ってサードインパクトを起こす。で、その目的は人類の吸収合併って事だな」
「なかなか物わかりが良いの」
「褒めるなよ」
 シンジは薄く笑いかけ、
「ちょっと待った」
「何じゃ」
「今なかなかって言ったぞ」
 姐姫の微妙な台詞に、何かを感じ取ったらしい。
「半分正解なんだな」
「勘も冴えてきおったか」
 にっと笑った姐姫に、
「で、答えは…あ?」
 答えはと言いかけた姐姫が、急速にシンジに顔を寄せてきたのだ。
「あ、こら」
「少ししゃべりが過ぎたの。少年に付き合い過ぎたわ」
 つう、と寄ってきた唇を、なぜかシンジは避けなかった。
 日は射し込まぬものの、外はまだ日も高い。
 それを余所に室内では、二人の影が暫く一つになっていた。
「あまり痛くない。二度目だからかな」
 先に口を開いたのはシンジであった。
 チャイナドレスがあちこち裂けかかった姐姫を見ながら、
「僕以外はいないの?」
 ある意味厚顔にも取れる事を平然と訊いた。
「術がない」
 その肢体を本来の物に戻した姐姫、短く言った。
「ん?」
「この街には妖気はあれど、わらわが使える物ではない。戻らねば、血もまたわらわには無用の長物じゃからの」
 ふーん、と何やら感心していたシンジだったが、
「じゃ何?普段は血、吸えないの」
 別に笑いはしなかった筈だが、それでも姐姫のどこかに触れたのか、
「わらわは出かけてくる、お前はそこで番でもしておれ」
「…え」
 失敗したかな、とシンジは内心で首を捻った。
 なにせ、今のこのお姫様、犬歯がにゅうっと伸びており、その上双眸からは爛々と赤光を放っているのだ。
 いくらシンジがのんびりさんでも、こんなのを街に放す訳には行かない。
「あの」
「何じゃ」
「僕でよろしければお供など」
 最大限低姿勢に出てみる。
 どうやら、シンジへの違うダメージを考え出したらしいのだ。
 とりあえず押さえつけて襲う、と言うより魔力を吸い取る。
 それで姐姫の肢体は元に戻るが、なかなかシンジがさせない上に、そんなにダメージが残らない。
 だとしたら、吸血鬼のまま徘徊する事だ。
 シンジの魔力で吸血鬼になった女が、一晩で街の半分を夜の住人に変えたら、いや既に幾たびも変えてきた女ではあるが、シンジは極悪の超A級犯罪人である。
 同じ事なら、そっちの方がよほどダメージを与えられるのだから。
「いらぬ」
 あっさり拒否された。
「あの、そんな事言わないで」
「お前ごとき…」
 姐姫が僅かによろめいて、額を押さえた。
「…そうか、起きおったか。小娘の分際でわらわの妨げとなるか。まあよい、ここはお前の好きにせよ」
 他人には奇怪な現象も、シンジには胸をなで下ろす一幕であった。
 ふーう、とため息をついた直後、
「…お、お兄ちゃん…」
 これも赤瞳、だが妖気を持たぬそれは間違いなく綾波レイの物であった。
「自分で起きたの?」
「ううん、違うの」
 レイはふるふると首を振った。
 肢体は姐姫とさほど変わらぬ物ながら、その気その雰囲気は天と地ほども違う。
「いつの間にか意識が戻っちゃって…」
「僕達の話は聞いてた?」
 再度首を振ったレイ。
 偽りはない、と言うよりどこか眠そうにも見える。
「まだ眠いの?」
「うん…少し…」
 が、実際は少しどころではなかったらしい。
 ふらふらとシンジの肩に寄りかかると、すやすやと寝息を立て始めたのだ。
 どうやら、姐姫を妨げたのは無意識のうちだったらしい。
「成長したねえ」
 頷くと、そのままレイを抱き上げてベッドに横たえる。
 横に添い寝はしなかったものの、蒼に戻った髪を数度撫でてやったシンジ。
 だが、その表情は甘い物とは幾分違っていた。
「多分、親父が違う事を考えている筈だ」
 その目が僅かに光を帯びる。
「エヴァを…これを親父はどう使う気だ?それにあいつ、使徒の事は分からないって言ってたぞ」
 虚空の一点を見つめ、シンジの視線が少し鋭くなった。
「僕の知らない事がうじゃうじゃありすぎる」
 一人ごちた後、
「座してピエロになるよりは…でも今はとりあえず眠いのが先」
 
 
 
 
 
 気の変化を感じたサツキがドアを開けた時、そこには壁に寄り掛かって眠っているシンジの姿があった。
 そして、その膝にはレイの頭が。
 さすがにシンジの姿勢が悪いと、動かそうとしたサツキの手が止まった。
「お兄ちゃん…もう…」
 何の夢を見ているのか、レイが幸せそうに笑ったのだ。
 うっすらと、その唇を可愛く開けた表情に、サツキは無粋を止めた。
「シンジさんもお怒りにはなるまい。お膝でゆっくり眠るといい」
 後ろ手にそっとドアを閉めると、音を立てないように歩き出した。
 結局二人は、この幾分奇妙な姿勢のままで一晩過ごし、目が覚めたのは次の日の朝となる。
 そして、先に起きてさっさと部屋を出たシンジに、レイが辺りを見回すのも。
 
 
 
  
 
(続く)

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