第三十八話
 
 
                   
 
 
 太陽がその姿を完全に消し、月がその愁貌を顕してから数時間後。
 既に街は眠りに就いており、夜の街もまたその活動を終えつつある。
 しかしそんな中−
 けたたましいサイレントが鳴り響き、寝ている者達の大迷惑となった。
 救急車や消防車ならまだいい。
 が、明らかにパトカーのサイレンであり、しかも一台や二台ではない。
 いかにも捕り物、と言った風情であり、一昔前の暴走族の追い込みを感じさせる。
 一カ所で上がったサイレンが一斉に散り、子供達が次々と起き出した。
 警察の威厳など、とうの昔に形骸化しており、治安の為ならと我慢する者など、誰一人としていない。
 警察の無能ぶりは、既に知れ渡っているのだ。
 追われる側の能力を考えれば完全な徒労であり、税金の無駄遣いであったろう。
 そして約一時間後、当然の結果として獲物を取り逃がし、サイレンは這々の体で引き上げた。
 更にその三十分後。
 
 
 
 
 
「どうせ無駄なのに。警察も相変わらず暇ね」
 とあるビルの屋上で、寝転がって星空を見上げている物体があった。
 全身を漆黒に包んでおり、その顔も定かではない。
 寝ころんだその肩の辺りに、なにやら包まれた物が無造作に放り出されてある。
 無人管理のこのビルは、屋上とて易々と入れはしない筈だが、警報は全く鳴らず警備員の駆けつけも無い。
 半身を起こした時、黒装束に包まれた胸が僅かに揺れる。
 おそらくはサラシを巻いてあるはずだが、それを越える程のボリュームなのか、あるいは服の中でずれたのか。
 ひょいと物体を掴むと、そのまま放り投げる。
 床に落ちると同時に砕けたそれは、奇妙な事に黄金の光を放っていた。
 それが数時間前、大邸宅から厳重な警備を笑うようにして、あっさりと盗み出された黄金の仏像である事を、翌朝見回りに来る初老の管理人は無論知らない。
 そしてそれが時価数億は下らないことも。
 更に、チャリティーオークションで買ったとされるそれが、実は金に物を言わせた盗品であったことを。
 何よりも、さらって来たそれをゴミのように壊したその娘が、それを既に知っていた数少ない人物であった事などは。
 
 
  
  
 
 
 
 
 
 
 さして大がかりな術でもなかったが、体の力が元に戻りきらないため、シンジはベッドに潜り込んでいた。
 ベッドと言っても自宅のではなく、病院のベッドである。
 しかも、院長室のすぐ隣。
 これが長門病院であったら、地球にぶつかる隕石さえもよけて通る程、安全な場所だったかも知れない。
 その部屋の扉がノックされたのは、既に朝日が高くなってからであった。
「具合はいかがですか?碇さん」
「良くない」
 回診に来たのはサツキであり、その後ろには、にせリツコを伴っている。
 ユリの方は一度見に来たが、眠っているシンジを見てそのまま出ていった。
 なおその時、寝顔に何かを感じたのか秀麗な美貌をすっと近づけたが、無意識のシンジに阻まれている。
「ユリの手伝いじゃなかったの、その子は」
「ネルフから片割れが来るかも知れないから、回診に付いていくようにと」
 と、これはにせリツコ。
「ふーん、ところでレイは?」
「それが…」
 シンジはその口調から、レイが姿を消した事を感じ取った。
 そしておそらくは、いや間違いなく姐姫が脱走したのであろう、ということも。
 いや、姐姫の辞書に脱走などと言う文字はあるまい。
 きっと、堂々と出ていった筈だ。
「出かけたのはレイじゃないね?」
 はい、と沈痛な面もちで頷いた。
 病院の清掃の者が、紫衣の裾をはためかせて出て行った、妖艶な美女を見かけたというのだ。
 尋常ならぬ、どころかこの世の物とも思えないようなその美しさに、清掃員が呆然とそれを眺め、気が付いた時にはもうその姿は消えていたという。
 初めてでした、と彼は断言した。
 無論、この病院に元からいた者ではない。
 長門病院から、他のナース達と共に回されてきた清掃班の一員であり、その精神力とて並大抵ではない。
 その彼をして、幻惑させたまま動かせなかったと言うのだ。
「足取りが軽かったんだな、きっと」
 白い天井を見上げたまま、シンジは分析した。
「はい?」
「で、ユリはどこへ行ったと言っていた?」
「そ、それがその…」
「ん?」
 起きあがったシンジの視線から、すっとサツキが顔を逸らそうとするのを、
「こら待て」
 顔に手を掛けると、自分の方を向かせた。
「なぜ逃げる」
「べ、別に逃げてなど…」
 身をよじると、白衣の胸が妖しく揺れる。
 その顔を更に引き寄せると、美貌が急速に赤くなって行った。
 殆ど触れあわんばかりにまで近づけると、
「クイズだ、そう言ったね?」
 語尾の上がる、だが確信のある声で訊いた。
「は、はい…」
 
 
 
 
 
 シンジの部屋をサツキが訪れるしばらく前、地下のセントラルドグマでは、奇妙な光景が展開されていた。
 普段は水槽の中で、それこそ回遊したり沈んだりと、好き勝手に棲息しているレイ達が、今日に限って隅の方に追いやられていたのだ。
 どう見ても異様な光景だが、その理由はすぐに知れた。
 水槽の中央に、一人の美女が浮かんでいたのだ。
 難点の付けようのない肢体を見るまでもなく、脱走した姐姫本人である。
 漆黒の髪が、まるでそれ自体に意志があるかのように波間を漂い、本人の方はどこかのんびりと浮かんでいる。
 たしかユイであった時も、ここへ来ていたはずだ。
 綾波レイの名を冠された肢体には、ここの水が合うのかもしれない。
 ただし、その割にはこの中の主要成分であるLCLが、未だ医術に用いられてはいないのだが。
「初体験じゃの」
 まるで、初な小娘のような台詞を呟いた姐姫。
 無論複合人格にも似た、今の境遇を指しているのは間違いあるまい。
 気に入らぬ者は、容赦なく滅ぼしてきた姐姫だが、まさか自分がクローン娘の異なる人格であり、もう一つのそれを滅ぼす事になるなどとは、さすがに予想も付かなかった筈だ。
「わらわはしばし眠っておる。お前達、そこで番をしておれ」
 居並ぶレイ達に命じた姐姫。
 こくん、とこれも揃って頷いたのは、数秒後の事であった。
 
 
 
 
 
「まったく病人に思いやりのないや…どうしたの?」
「そ、それもドクターが…」
「何だって?」
「わ、私は困窮している身で、重い槍など買う余裕はない、とその…」
 ユリとシンジの会話なら、切り返しで何でもない話だが、あいにくサツキはそこまでシンジ慣れしていない。
 しかもユリの代打などさせられて、かわいそうに真っ赤になっている。
「ああ分かった、分かった」
 これ以上追いつめると、精神的にダウンする可能性が高い。
 ただでさえ、術部屋の妖気に多少中毒ってる感のあるサツキなのだ。
「セントラルドグマに浮かんでる、ユリはそう言わなかった?」
「はい、そう言われました」
 初めてサツキが安堵の表情を見せる。
「じゃ、リツコさんには連絡済みだな」
「ただ、事情を知りませんので、あくまでドグマへは人を近づけないようにと」
「私と違って役に立たないから」
 横から口を挟んだにせリツコを、シンジがちらりと見た。
「それもそうだけど、それより知識はどれくらい持っている」
 真顔になったシンジに、
「大抵の事は」
「ふうん」
 なにやら考え込んだシンジだったが、この辺りの口調も少し本来のリツコとは違う。
 ニヒル、とは違うのだがどこか妙な冷たさが覗くリツコ。
 それ何とかしなさいよ、といつもミサトに言われる一因ともなっているのだが。
「姫君に任せて地球が滅ぶのは困る」
「はい」
「でもそれだけじゃ芸がないな」
「私に尋問を?」
「ご名答」
 シンジは頷いて、
「エヴァは、使徒が来てから造ったんじゃない。まるで、あらかじめ分かっているような感じだった。予知能力者、なんて信じないぞ」
 宣言した後、
「で?」
 と訊いた。
「少し長くなりますわよ」
「銀河系が出来て滅びるまでの間より短いよ。さ、教えてもらおうか」
 珍しく気乗りした口調で促すと、また横になって外に視線を向けた。
 
 
 
 
 
「で、一体何があったのよリツコ」
 ユリから、セントラルドグマを封鎖するよう連絡があった時、リツコは床に就いていた。
 魂を抜かれたような顔で帰ってきたリツコを、ミサトがむりやり布団に押し込んだのだ。
 シンジとレイが帰って来たらしいが、未だに本部には顔を見せていない。
 とっちめてやりたい所だが、まだミサトも死にたくないから我慢してる最中だ。
 そこへもってきて、中央病院へ出かけていったリツコが、夢遊病者のような足取りで戻ってきた。
 聞けば、中央病院が長門系列に入り、ユリが院長になるのだという。
 それは別に構わないのだが、シンジとレイがサイボーグにでもなりそうな気がして、ミサトはぶんぶんと首を振った。
「ま、無敵になったらそれはそれで…」
 呟いたミサトに、
「そんな訳ないでしょうが」
 どことなく自嘲気味な口調に、ミサトの表情が動く。
「どういうこと?」
「ミサトあなた、ドッペルゲンガーって知ってる?」
「ドッペル…確か二重存在じゃなかった?自分のそっくりさんがもう一人いる、って言う話で」
「どうして出来るの?」
「え…そこまでは知らないわよ」
「普通はね」
「ちょ、ちょっと何があったのよ、あの病院で」
「下着がいい物に換わっていたわ」
「はあ?」
「シルクで柔らかいのよ」
 幽霊に頬でも張られたような顔をしているミサトに、
「何でもないわ」
 ゆっくりと身を起こすと、
「ちょっと封鎖してくるわ」
 更にミサトを混乱に追い込むと、掛けてあった服を取って着替えだした。
 
 
 
 
 
「死海文書の事は聞いた事があるよ」
 むくっと起きると、枕元のコップを取って一口飲んだ。
「確か子供が見つけたとか。妙に古い文書だが、保存技術は到底その当時にはなかったものだ。だからUFO好きの連中に、援護射撃になったんだな」
「援護射撃?」
「自分の子供が、絶対に買えない物を持っていたらどう思う?」
「私には子供はいませんから」
「あのね、オリジナルみたいな事言わないでよ。想像はどうしたのさ」
 シンジの言葉に、
「そうね、ごめんなさい」
 わずかに笑うと、
「まず窃盗の線を疑うわね。それから盗聴器を調べてそれから…いたっ」
「おいこら」
 シンジが、にせリツコの額をぴんっ、と弾いたのだ。
「それじゃオリジナルと変わらないぞ」
「だってえ」
 わずかに身をくねらせる姿は、年齢には不相応だがリツコよりかなり色っぽい。
 第一、リツコには天地が滅んでも出来ない芸当であろう。
 がしかし。
「不気味だからやめて」
 ろくでもない台詞に、にせリツコがシンジをちろっと睨む。
「お仕置きが必要かしら?シンジ君」
 ずい、と顔を近づけてくる。
「あの、少しだるいんだけど」
「だからいいのよ」
 白衣のボタンを一つ外すと、中から黒い下着が覗く。
 甘い匂いがかすかに漂い、青少年のすぐそばに胸が迫ったその瞬間。
 ぴたりとにせリツコの動きが止まった。
「ほら」
 とにせリツコは言ったのだ。
「あ、本当だ」
 その口元に笑みが浮かんだのは、それから数秒後の事であった。
 そう、にせリツコは止まったのではなく、止められたのだ。
 無論オリジナルにはあり得ないが、ユリの手によって人格までも創られた、ダミーなればこその事である。
「話を戻そう」
 一つ咳払いして、
「あり得ない文明技術なら、他から授かったと思ったのさ。その筆頭が他の惑星から預かった線、次は海の底に沈んでいる大陸ね」
「アトランティスね」
「今はない、だけど何となくありそうな物に惹かれるのは特徴だから」
「でも、その割には変よ」
「変?」
「地球人を導くなら、もっと前から出している筈よ。少し遅くない?」
「僕の主治医なんだ、きっと」
「え?」
「気まぐれなんだな」
 からからと笑ったが、にせリツコの方は笑わない。
 それどころか、すっと青ざめたその顔を見て、
「そうか、造物主だったね」
 シンジもユリの性格は知っている。
 自分のダミーを始め、よく色々な物を造りはするし性格を植え付けたりもするが、ただ一つ絶対に植え付けない物がある。
 そう、自分への恐怖心であり服従心だ。
 それだけは、魔女医ユリは絶対に植え付けない。
 従って、今にせリツコが青ざめたのは、その力量を目の当たりにしたからだ。
 すなわち、その圧倒的な物を自らの目で見たから。
 室内に沈黙が流れ、ややあってから、
「私は、あなたにはなれそうもないわ」
「僕は特別だから」
 にっと笑ったシンジに、
「その通りね」
 にせリツコはストレートに認めた。
 
 
 
 
 
 分からない、これが素直な感想である。
 はっきり言って、特別な少年には見えないのだ−その目を別にすれば。
 死すら操りかねない魔女医、長門ユリ。
 創られた身とはいえ、その力を目の当たりにしてにせリツコは、はっきりと悟っていた。
 この女医は完全に人外のそれに等しい、と。
 無論この少年とて、それを知らぬ訳ではあるまい。
 なのになぜ?
 なぜ、こうまであっさりとユリを扱えるのだ?
 限られた思考能力の中、にせリツコはその思考をフル回転させていた。
 そして数秒後。
(601、ね…)
 解析不可能、をそのコンピューターは弾きだしていた。
 
 
 
 
 
「知らない方がいいよ」
 その途端、にせリツコの肩がびくんと震えた。
 異形の物を見るような目で、シンジを見たにせリツコ。
「僕がどうしてユリを藪医者と言えるか、そう思ったね」
 藪医者、とは少し違うものの、殆ど言い当てられてその顔が強張る。
「なんとなく、だよ」
「え?」
 曖昧な答えだったが、その通りかもしれないとにせリツコは思った。
 別にシンジはユリの恋人でもなさそうだし、まして主従関係にも見えない。
 にもかかわらず、ユリを藪医者と言えるのはおそらく、いや間違いなくシンジただ一人であろう。
 どういう関係か、と問われれば二人揃ってこう言うだろう。
 『「さて」』
 と。
 到底解けぬ難問に、無理矢理挑むのをにせリツコは止めた。
  
 
 
「で、その気まぐれな文書に人類が踊ったわけ?」
「いいえ」
 珍しく、あっさりとにせリツコは否定した。
「どういう事?」
「ヴァチカンの話はご存じ?」
「知ってる」
 シンジは頷いた。
「確か、あそこにもこの文書はあったはずだ。ただし、内容に問題があって全文は公開していなかったと聞いているよ」
「その通りよ、よく知っているのね」
 秘密を知るのは嫌いじゃないし、と言いかけたシンジだが、ふと訊いてみた。
「今の話、彼女は知ってるの?」
 彼女、とは無論リツコ本人の事だ。
「いいえ、知らないわ」
「おや」
 シンジの表情が少し動く。
「驚くような事でもないでしょう?」
 にせリツコはあっさりと言った。
「ダミーになると、オリジナルとは異なる事がしばしばある、あなたもよく知っているでしょう?」
「それもそうだ」
 肯定したシンジだが、その声はわずかに澱んでいた事を、にせリツコは気づいていたのだろうか。
 おそらくその脳裏には、レイの中に居たユイの事があったのだろう。
「外れるような文章ではなかったわ」
 話題を変えるようなにせリツコの口調であった。
「競馬の予想をしてほしいところだね。そう、万馬券がいい」
「地球の支配権の方がいいわ」
 一瞬シンジがにせリツコの顔を見る。
 二人の視線が絡み合い、
「で、いなかった訳だな」
「そうよ」
 にせリツコは、軽く頷いた。
 確かに、人類を御しうる者の出現が予言されていれば、今頃地球上は統一国家になっていたかも知れない。
 それがなっていない、あるいは現時点でそうなっていないと言うことは、少なくとも予言所には現時点での出現は予告されていなかった筈だ。
「アカシアレコード」
 不意にシンジが呟いた。
「アカシアレコード?」
 オウム返しに聞き返したにせリツコに、
「その単語、聞いた事ないかい?」
「いいえ」
「人類の歴史が、すべて記されているというレコード」
 シンジの声が、日の射し込まぬ病室に冷え冷えと響いた。
「誰が持ってきたかは知らないが、かび臭い書物ごときが敵う物ではないな」
 不意に風が変わった。
 詩を吟ずるようなシンジの声に、刹那にせリツコが陶然と聞き惚れた次の瞬間。
 違う!
 にせリツコはその目をかっと見開いていた。
「あ、あなたは…!?」
「死海文書とはいえ、所詮はレコードの意に反せぬ範疇の物だ」
 シンジは冷ややかに言った−死天使の気を玲瓏と煙らせながら。
「俺もまだ見たことはない。もっとも、別に見たくもないが」
「お前の知識、赤木リツコのそれとは少し変わっているな」
 厳然と身を起こしたシンジに、にせリツコは身動きも出来ずにいた。
「人類の最初から最後を記すと言われたそれを、アカシアレコードを覗いてみたくはないか?」
「わ、私は…」
 既に生者の色を失っているその顔を、シンジはくっと持ち上げた。
「一つ訂正しておこう」
 シンジは奇妙な事を言った。
「見たことがない、俺はそう言った。別にそれは嘘ではない。だが」
 その黒瞳がにせリツコを捉えた瞬間、その肢体は崩れ落ちた。
 だが、それが幸だったか不幸だったかは本人にしか分かるまい。
 シンジはこう言ったのだ。
「アカシックレコードを操ることが出来る、ベルリンから鍵十字が乗り出した原因がそこにあったと知ったら、後生の歴史家達は何という?笑うか、それとも?」
 では、ベルリンの狂人の原動力はそれにあったというのか?
 
 
 
 
 
「それでいい」
 ちょうどユリが、ナースの人数振り当ての書類に目を通した所であった。
 A4用紙に百枚ほどあったそれを、二分と経たずに目を通し終えると、院長の署名欄にペンを取ってその名を記した。
 見ただけで魂を喪失しそうなその文字に、自我を保ち得たのは長門病院で訓練を受けてきた成果だ。
 長門病院に勤務が決まった場合、まず最初に習うのは患者への接し方ではない。
 まして、医療行為に成熟する事でもない。
 では何か。
 総婦長補佐、長門ユリに慣れる事だ。
 その容姿に我を喪わない事であり、その言葉に自らの存在を無くさぬ事だ。
 かつて大学時代、教授達が数十人変わったのはスキャンダルのせいではなく、ある学徒のためであった−そう、長門ユリの。
 美貌というのは、時として迷惑な存在なのである。
「この分なら予定より一日早く終わる。さて、そろそろ想い人に会ってくるか」
 席を立とうとした時、卓上の電話が鳴った。
「延期だな」
 なぜか、受話器を取る前に呟いたユリ。
 ちょうどその頃、シンジの病室ではにせリツコが失神した所であった。
 
  
 
 
 
「ほう」
 セントラルドグマの水槽で、一つの声が上がった。
「大将軍が目覚めたと見える」
 その声には、どこか嬉しそうな響きがあった。
 ざば、と起きあがった姐姫は、明らかに復活している気配があった。
「想い人に会うに、これなら不足はあるまい」
 純白の双丘をきゅっと揉みしだいた姐姫。
 その指の間から、乳の肉が妖しくこぼれる。
「さて、ゆくか」
 クローンレイ達が忠実な臣下のように居並ぶ中を、姐姫は悠然と歩いて出ていった。
 首筋への一撃で失神したリツコが、セントラルドグマの入り口で発見されたのは、一時間ほど後の事である。
 
 
 
 
 
(続く)

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