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バーゼル(スイス)
バーゼルにはドイツ国鉄の駅とスイス国鉄の駅があることをその時は知らなかった。当然この2つの駅間の距離など知らなかった。私たちの列車はドイツ国鉄のバーゼル駅が終着駅だった。ここから列車を乗り継いで,スイスのグリンデルヴァルトへ行こうとしていた。

夜9時を過ぎていた。駅で時刻表を眺めると,この夜はもうスイスのバーゼルへ行ける列車はなかった。ドイツのバーゼル駅周辺はにぎやかな繁華街などなにもなく,ホテルは見あたらなかった。タクシーも見あたらない。呆然として途方に暮れていると,一人の男が近づいてきて私たちに声をかけた。夜遅く近づいてくる人間は要注意だと身構えると,彼は「私は科学者だ」と名乗り,どうしたのかとたずねる。訳を話すと,「私の車があるから,スイス国鉄のバーゼル駅まで送っていこう」とありがたい申し出だった。科学者だからといって信用できるわけでもないし,科学者と名乗ることにどんな意味があるのだろうと思ったが,ほかに手はないので,不安でも彼に送ってもらうことにした。

2つの駅の間にはかなりの距離があった。車の中で,科学者は,彼の奥さんが日本の神戸でとても親切にしてもらったという話をした。そういうことがあったのかと,その時はじめて科学者を信用してもいいかもしれないと感じた。無事,スイスのバーゼル駅前に到着し,彼は駅に近いホテルまで教えてくれ

スイス国鉄のバーゼル駅



た。「情けは人のためならず」。今度は私が誰かのためにこの親切心を渡すことにしよう。親切の連鎖が世界に広まるように。後で聞くと,Mは車から見える夜の風景の中に,めぼしい建物や施設,標識などを記憶しつづけていたという。「ヘンゼルとグレーテル」を思い起こさせる行動をとっていたのだった。

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