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 妻(ウラン)の日記より 妻の要望により出来たページです。と言うより私が勝手な事を書くんじゃないかと疑い、「この通り書きや」と言われました。

     2001.  12月31日(月) 
 寝る前まで喧嘩で、寝られそうにないので、、ソラナックス飲んだが、何回も起き、あまり寝た気がしなかった。早朝、寝汗でパジャマがぼとぼとになり、不安になって、ぐっすり寝ている、としちゃんを起こした。タオルを持ってきてくれたので、体を拭き、少し収まった。また迷惑をかけてしまった。

 今日は、としちゃん、当番で昼まで仕事、7時前に出て行った。

 「としちゃんも頑張ってるんだから」と思い、7時40分に起き、内障子を開け、外を見たら、名神の所に陽が差していて、「そうだ、洗濯しよう。元旦からばたばたしたら、年中ばたばたすると言うから。」と思った。

 まずは、サンクスの8時の便でお弁当がたくさん来るので、買いに行った。雲ひとつない青空で、しゃきっとして、「明日から正月なんだ」と思った。ブーツにユニクロのカバン、「これならいつでも電車に乗れるな」とうれしくなった。今年はじめて一人で散歩に行った、疏水の道を歩き、ジョギングの若者とすれ違い、例のベンチの所で、今年最後の朝陽をしばし見、「幸せだな」と思い、商店街へ回った。

 スマイルの薬局に、ガスマットがあったので、「うちのも替えて欲しいな」と思った。サンクスへ入ると、ナポリタン&オムライスがあったので「これがいい」と思い、としちゃんの分と二つ買って帰った。やった〜!

 洗濯を廻し、干しているとき、「主婦やってるな」とうれしくなり、「昔も31日に、最後の洗濯をしてたな」と思った。ケイタイして云うと『すごいね!』と言ってくれた。

 12時35分に、としちゃんが帰ってきて、お弁当を見て『わ〜!美味しそう。』とビックリしていた。390円だと言うと、またまたビックリ、コンビニっていいな。

 食べ終わり、ガスマットの交換の話をしたあたりから、二人の雰囲気がおかしくなり、歯車がかみ合わなくなり、買い物行くのも5時すんでしまい、イトーヨーカドーへ行っても、買おうと思っていた、平野の御節がなく、仕方なくイトーヨーカドーのを買った。何もかも安くなっていて、お得だったが、こんな買い物の仕方は、もう二度としたくない。家に帰ったら7時前、あ〜、疲れる!

 結局、寝るまで喧嘩。ついには、泥沼。私は、悲しくなり涙が止まらず、「もう、こんな人」と思い、寝られそうもないので、今日もソラナックスを飲んで寝た。

 

     2001.  12月25日(火) 
 7時25分に起きて、昨日の事、メモ取っていたら、文章がわからなくなり、ケイタイしたら、『昨日の事、ごめんね。イライラしたら、止まらへんようになる、反省してるねん。』といわれた。仕事忙しそうだったので、後で聞くことにし、電話を切った。

 しばらくしてケイタイしたら、留守電になっていて、洗濯たたんでいたら電話があり、私も『さっきごめんね。こっちこそ反省してる。』と言い、メモのことは、『自分で書けたから、』と言っておいた。

 “はなまる”カフェ、植草克秀で、シブガキ隊、ジャニーズの面白い話聞け、メモ取るのが大変だったが、楽しかった。

 お昼、きつねうどん食べ、ホッと一息。としちゃん、『ありがとう!』

 ちょっと時間があったので、キッチン・キャビネットの整理をし、明日の服の用意をした。寒くなりそうなので、としちゃんの服、暖かそうなのを選んでおいた。

 ユニクロの広告に、としちゃんが会社できられそうなジャンバーがあったので、伏見店へ行ったが、すでに売り切れていて、宇治のベルファ店まで足を伸ばし、ジャンバーと、フリース手袋を買ってあげた。

     2001.  12月24日(月) 
 夜中に、何度も目が開き、寝不足気味で、すっきりしなかったが、8時7分に何とか起きた。
 としちゃん、どんどん用事を進めーる!

 二人協力し、仲良く洗濯干す。
 としちゃん、お昼のおむすび(高菜と瀬戸内ちりめん)と、明日のお昼のきつねうどんを、セブンイレブンへ、買いに行ってくれ、その間、私は、“はなまる”を見た。

 昼食は、カレーうどん、『としちゃん、おこたで、待ってなさい。』と言い、私が作ってあげ、テレビを見ながら、ゆっくり食べた。

 3時半に家を出、京阪三条で降り、久々の街での夕食なので、まずは、お食事をするところを下見。味ビルへ行ったが、いいところはなく、としちゃん『がんこ、行ってみよか?』と言い、ショウウインドウを覗くと、いいのがあった。二人『これがいいな!』と、言い合い、『これでゆっくり、高島屋へ行ける。』と言い、一安心。

 久々の、グランドホール。与勇輝展、見る。としちゃん、初めてで、表情豊かな人形に感動!私は二回目、「絣に、赤い鼻緒の下駄の女の子、カワイイ!」思い、感動!うれしくなり、人形絵本と絵葉書を買い、「こんなの、温泉に行ったと思えば、安いもん。」と思った。

 『次どこ歩こうか?』と言うと、
 『別に・・・・・・。三条の教会でも行こか?』と言ったので、
 『川原町のほうがにぎわってるし。』と言い、(ほんとは、「別に」と言う言葉、不快だった)歩いていると、オーパの前で、ポインセチアを配っていて、ラッキー!少し歩くとギャラリーがあり、ちょっとのぞいたら、としちゃんのポインセチアを見て『クリスマスですね、サンタさん、付けていらっしゃいますね。』と、ニコニコされた。としちゃん街の中を、大きなポインセチア持って、歩いている姿、おかしかった。

 蛸薬師から、新京極へ入り、東映の“千年の恋”の情報を聞き、三条商店街を通り、としちゃん、自然にエスコートしてくれ、川原町教会の横の街路樹のイルミネーションに、しばし、うっとり。

 寺町へ抜け、“がんこ”に行く。20分待ちと言われ、その間、としちゃん甘酒をもらい飲んでいた。少し待ったら呼んでもらえた。

 てんぷら・刺身などがついたお膳で、値段も手ごろで、私たちには、ちょうどいい量。ジャズのライブ演奏も聴け、『ディナーショーに来ているみたいだね。』と、感激!「こんな、幸せな思い出来るなんて、うそみたい。」と思い、涙が自然にあふれてきた。(でも、この前に、少し、言い合いもあった。)

 9時過ぎに家に帰ってきて、バタバタと片付けものをして、10時前から日記を書いたが、思ったより時間がかかり、10時40分になってしまい、そのことで、としちゃん、イライラし、言い合いになった。

 あんなに、いろいろと行って来たので、「日記が長くなるのは、当たり前だ。」と思ったし、せっかく、家帰って「よかったね!」とか、楽しかった事、色々話そうと思っていたのに、喧嘩になってしまい、「あんな人、明日もう、電話なんて、してやるか。」と思った。

 『ごめんね。』と何回も謝り、涙が出てしまった。
 お互い、反省はしたが、いやな想いで、寝る羽目になってしまった。

 

     2001.  12月23日(日) 
 8時20分にやっと起きる。としちゃん、掃除機をかけてから起こしに来てくれた。

 朝食の後、としちゃん、布団の掃除機、私は、昨日の洗濯物が乾いていたので、たたみ、昨日の続きの“さんまスマップ”を見た。スマップ、4人それぞれの素顔が分かり、中居君カワイク、すご〜く面白すぎて大受け。山下達郎のクリスマスイブをスマップが歌い、キムタクすごくうまく、うっとり聞く。

 1時に家を出、ワクワクTSUTAYAへ行く。竹内まりやのボナペティ!とシングルCD4枚レンタル、630円で、お得で、うれし〜ぃ!

 『晴れて気持ちいいね!』と言いながら、第一旭へ向かう。ワクワクしラーメンと餃子を注文。ラーメン『うまい!』餃子も『うまい!』

 Pitへ行き、としちゃん、録音用に、CDーRを買い、イトーヨーカドーへ行った。本屋へ行く途中、おもちゃ売り場を通ったが、クリスマスプレゼントを買い求める人で、にぎわっていた。

 B1へ行き、エレベーターを降りると、いきなり栄養ドリンク(リポビタンDライト)の試飲、私たちの疲れがばれてるようで、大受け!二人ともクリスマスメニューの試食、堪能、としちゃん、ピザとスペインシャンパンのコースも行き、クリスマスパーティー気分満喫。とっても楽しかった。

 帰り、エレベーターで、おばさんが『いいとこの子は、やっぱり顔までお上品で、違うわ。』と言っていて、おかしかった。イズミヤの前を通り、としちゃん『こんなちんけな店、行かないよ!』と生意気?大笑い。家に着いたら、4時前だった。

 おばあさんに、としちゃんのフリースと、実家でもらったバスタオルなどを、『クリスマスプレゼントです。』と渡した。

 おやつは、昨日父が買ってきてくれた、今川焼きを食べた。4時半ころから、CD制作を始めたが、ステレオで鳴らすと、うまくいかず、私が『ちゃんとできるんか?』と言うと、『そんなセメントいて。』とイライラしだし、言い合いになったが、私が、土壇場でひらめき、『好きな曲だけ、テープに録って。』と言って、7時半にやっと出来上がり、としちゃん返しに行った。

 

     2001.  12月22日(土)
 長い間悪夢でうなされ続けた。
 7時45分、「おはよう。」と起き、パンを食べてから洗濯。

 今日は、私一人で洗濯を廻した。としちゃん、私一人で洗濯をしているところ、見るの初めてで、「さすがママだ、手馴れている。」と感心していた。干すのは、としちゃん担当。

 9時40分に家を出、川原町を通って、病院へ向かう。
 高島屋や、他の店もたくさん開店していた。

 パーキングから出たら、まだ時雨れていたが、傘を持って出なかったので、としちゃんユニクロで買った、おニューのジャケット、濡れたが、ワクワクうれしそうに歩いていた。(後で写真撮ってあげるからね!)

 1時20分からカウンセリング。
 「自分でしゃべりすぎなので、カウンセラーに質問受ける余裕持てるよう、口数、少なくしなくっちゃぁ〜!」と反省。m(__)m

 11時20分、診察。
 先生に『髪の毛を一本一本取らなければならない事と、手の汚れが気になり、しょっちゅう洗わなければならない事、どっちが解決しやすいと思いますか?』と聞かれたが、『どっちも難しいです。』としか答えようがなかった。

 駐車場へ戻る時、ホテルリッチモンドで写真を撮り、中へ入って、としちゃん、外人向けのパンフレットを取り、うれしがっていた。ソファーに座り、私も写真を撮ってもらった。

 薬をもらってから、ソフマップへいった。パソコンの部品が、まだ壊れているらしい?修理の受付が、時間かかるみたいなので、としちゃん店を覗きにいき、その間に私は、ユニクロの広告チェックと、日記のメモを取った。

 ユニクロへいき、としちゃん、起毛フライスタートルを買い、私も下着と靴下を買った。二人とも「また買っちゃいましたね。」と笑いあった。そのあと、吉牛で牛丼。早い・安い・美味い!

 実家へ向かったが、顔が火照るので『窓開けてもいいですか?』と言うと、『はい、いいですよ。どんどん開けてください。』と、フェイク・ムートンのジャケットを着ているので、威張っていた。

 実家で、父にかばんを渡し、としちゃんも、会社で貰ったマスコットのキーホルダーを渡し、喜んでもらった。父が、としちゃんのカバンに付いているサンタを、目ざとく見つけ、『ええのん、つけてるな!』と、欲しそうに言い、和やかに話した。竜馬通りの話をし、『お父ちゃん、寺田屋行ってみ。男の人にはいいで。』と言うと、『そうか、行ってみるわ。』と言っていた。

 母には、カーデガンをあげ、すごく喜んでもらった。
 でも、母は、相変わらず台所のへばりついたままで、私たちの話には加わらず、やっと来たと思ったら、私の話をあまり聞かず、自己中心的なところは、ちっとも変わっていない。

 帰りに、母が『あんたが、一番親孝行や!と、お父さんが泣いたはる。』と聞き、車に乗ってから、涙が出てきた。

 イズミヤに寄り、夕食にお寿司を買い、家に着いたら、5時45分だった。もらってき、たみかん・ほうれん草の茹でたの・あられを整理していたら、「こんなに、いろんな物もらえ、ありがたい、感謝しなければ。」と思った。

 

     2001.  12月21日(金) 
 少し暗くて時計が見にくかったが、目が開いたら7時25分だった。ディズニータイムの録画、間に合った。バッチグー!

 今日、久しぶりの雨で、朝、散歩行かなくて、家でこんな風に過ごすのもいいものだ。

 「はなまる」カフェ、ケイン・コスギで、寡黙だが私生活と兄弟愛、「いいなぁ」と思った。

 お昼は、おんちのきつねうどん、美味し〜ぃ!だしも飲みやすくていい。なんか顔が赤くなってきた、申年だから、しかたないか???

 としちゃんが帰るまで、明日の二人の洋服を用意し、入浴剤(ゆず)のチェック、買い物のリストアップ、すっかり主婦し、大忙しだったが、楽しかった。ふと気がつくと、2時37分、慌てて玄関の戸を開けると、としちゃんが階段を上って帰って来た。

 夕食後、二人で、朝、録ったディズニータイム見た。とても面白かった。


     2001.  12月20日(木) 
 夢でうなされ、としちゃんを呼んだが、もういなかった。うとうと長い夢をみ続け、目が開くと8時12分。としちゃんにケイタイして『こんな時間に起きて、どうもないか?』と訊き、この後の、トイレの時間なんかを聞いたが、尿意が無い事がいやになってしまい、気分がさえず、また、ケイタイして『としちゃんは普通でいいけど、尿意が無い事、どんなに辛いことか分かるか?』と、怒って言った。

 気分が晴れないまま、家を出、どこへ行こうかと迷ったが、食べられなくて辛かったとき、一人で行った藤の森神社へ行き、当時の自分と比べれば、「今はたいしたことない」と、思えるんじゃないかと、(落ち込んだら、原点にもどれ)行ってみた。
 「また来れた」と思い、昔、座ったイスに腰を下ろした。「来年、6月になれば、このアジサイ園、見事な花を見られるんだ。」と思いをはせた。帰り、読売新聞の表に、前から見たいと思っていた映画“化粧師”のポスターが張ってあり、中に入り聞いてみると、『詳しくは分かりませんが、東映でもう直ぐやるんじゃないですか?』と教えてくれた。としちゃんに調べてもらおう。

 帰り道、フローリストの前には、ゴリラとクマの大きなぬいぐるみが置いてあり、ビックリ!サンクスでサラダ巻きを買い、としちゃんに怒ってしまったので、ご機嫌取りに、ベルギーチョコレートパンを買い、家に着いたら9時45分、慌てて布団をたたみ、チョコレートパンの袋の、ベルギーの町並みの絵を見て「いいな〜ぁ!」と思った。

 ケイタイして『さっきは、ごめんね。藤森神社行って来た。』と言ったら、『朝、落ち込んでたのに、そんな所行けるなんて、心臓止まりそうや。』とビックリしていた。

 「はなまる」見ていたら、下からピーが鳴り、おばあさんが『今日、病院行ったら、どこもどうもなくて、心配かけました。』と言い、ビデオ再生しかけたら、また、ピーがなり、『ご飯ある?』と聞かれ、私がチンして持っていくと、『助かったわ。』と喜んでくれ、役に立ててうれしかった。「はなまる」カフェ、乙武君で、たのしい新婚生活の話聞けよかったが、メモ取るの大変だった。

 FMで、“遠い街のどこかで”や“クリスマスキャロルが流れるころには”などが聴け、すっかりクリスマス気分に浸れ、懐かしかった。

 イズミヤで、久々に拒食症の女の子発見!元気そう?でよかった。フードコーナーで、としちゃんチョコレートパンを食べ、『美味し〜ぃ!大人の味だ。』と感激。私も一口御相伴。お・い・し・い!

 としちゃん夕食前、昨日夜遅かったので眠く、『寝るわ』と言って横になった。私は、竜馬通りと日吉の写真が出来てきたので、見ていた。夕食のメニューは、かつおのたたき・だし巻き・かにサラダで、バッチグーのメニュー。夕食後、出雲から『漬物届いた。ありがとう。』と電話。

 風呂上がってから、としちゃん、私に云われ、友達の年賀状に添え書き。『遊び心です。』と言って書いていた。

 

     2001.  12月19日(水) 
 何時までもうとうとし、夢ばかり見、目が開いてからも、なかなか起きられず。7時52分にやっとの思いで起きる。

 散歩に行かなかったので、押入れの整理をした。父にちょうどよさそうなバッグを発見!実家に電話した。初め母が出て、正月の集まる時間、妹の言っていた事と、母の言っていること少し違い、下の妹は、いかにも昼に集まること、決まったように云っていたが、そうではなく、母は、「どうするか聞いといて。」と言っただけらしい。

 どっちにしろ、上の妹は、夕方しかこられそうもないらしい。結局、夕方に決まり。父に代わってもらい、「土曜日の病院の帰りに行くし。」と、云っておいた。

 この後、また、母に代わり、いろいろ話し、『喧嘩になったら、別れたくなるときもあるで。』と、私が云うと、母も『私も、若いときは、お父さんと別れよ思た事ある。』と言い、『でも、私ら、夫が先に死んだら、生きていけへんな。』と言い合い、母の妹も、よく離婚したいと言っていたことなどを話した。

 「はなまる」カフェ、筒井道隆、ファンなので、朝からワクワク、「かけい君」そのままで、寡黙でシャイな青年だった。

 朝から、色々あわただしかったが、張りがあった。ホッとして、カレーうどん味わおうと思ったが、ドラマ“ママまっしぐら”が、面白かったので、「としちゃんに、云わなきゃ。」と、メモを慌てて取っていたら、もう“レッド”の時間、ゆっくりと云うわけには行かなかった。

 一段落して、セーター洗いって、「面白そうだな」と思い、洗ってみた。水を出していたら、ピンポン!ソフマップからだ。パソコンが直ってきた。なんか「主婦やってるな」と、思ってしまった。

 2時33分になったので、玄関で立っていたら、としちゃんがバイクで立ち乗り、手を振ってあげたら、大きくてをふり、喜んで帰ってきた。

 『セーター、洗ってるよ!』と言うと、『へぇ〜!ママ、今日も主婦やってるの!僕、帰ってきたら、直ぐ洗おうと思ってた。助かるわ。』と言った。

 イズミヤへ行く前、スマイルに寄ってもらい、昨日チェックしておいた、かやぶきん・バスピカ・スポンジを買った。イズミヤで、“TVガイド”で、“はなまる”の年末年始をチェックしてもらい、一安心。

 帰ってきたら直ぐ、実家から『漬物届いた。』と電話。まるで、私たちの行動を見ていたみたい?でタイミングよくかかってきた。

 夕食は、久しぶりにマーボ豆腐。としちゃんが“三宅”の漬物で、サービスでもらった千枚漬けをあけてもらった。

 ビデオに録ってもらった“1億3000万人が選ぶ!ベストアーチスト30”を見、桑田さんの“白い恋人達”と小柳ゆき“remain”を歌った。楽しい〜!

 としちゃん、風呂上りから、修理できた古いパソコンをセットアップ、その後、新しいパソコンで打っていたら、突然エラー発生、必死で復旧、書きかけの年賀状散らばっていて、ほっとけず、付き合っていたら、1時20分になってしまった。パソコン、何とか回復!

  

     2001.  12月18日(火) 
 何時までもうとうと寝ていて、目が覚めたら7時52分。少し起きにくかったが、慌てて起きた。

 下で、テレビの音がしたので、「そうだ、おばあさんの風邪の具合聞いて、ついでに馬の貯金箱をあげよう。」と思い、出かけるとき、下の戸を開けて、『風邪、どうですか?』と訊くと、『昨日は牛乳のめへんかった位で、胃の具合悪かった。』と言い、『今日は、ちょっとましやけど、おかゆ食べてるの。』と言われた。毎日のように、散歩に行っていることを話すと、『あんた偉いな。』と言ってくれた。としちゃんが私のあげたサンタを、カバンにつけて喜んでいることを云うと、『子供見たいやな。』と笑っていた。いろんな話でき、うれしかった。

 家を出たら、すごく天気が良く、中学校の男の子が『おはようございます。』と言ってくれたので、『おはようございます。』と答え、気持ちよかった。疏水を墨染の方に散歩し、いつものベンチのところで、朝陽がまぶしかった。前から気になっていた小さな踏切を渡り、つき抜けると、イズミヤへ行く道に出、商店街の方へ歩いていった。スマイルの薬局に、カヤ布きん5枚198円、チェック!明日、としちゃんと買いに来よう。

 サンクスへ行き、初めてゆっくり立ち読みをした。テレビガイドの年末年始の欄を見たが、よく分からなかった。また、としちゃんに見てもらおう。スパゲティーのナポリタンがあった。見たのは初めてだ。「これ買おう。」私も、モダンになってきたものだ。

 洗濯、天気いいので、干しているとき気持ちよく、たくさんあったので大変だったが、面白かった。

 “はなまる”カフェ、橋本聖子で、楽しいお話がいろいろ聴けた。

 お昼、ナポリタン、初めて食べ、ゆで卵と荒挽きウインナーがのっていて、リッチでこれはいける。

 買い物は、イトーヨーカドーへ行き、うなぎを買って帰った。

 夕食は、うなぎ丼と白和え。久しぶりで美味しかった。

 風呂上がってから、二人で年賀状の宛名書きをしたが、としちゃん『ゆがんだ。』とか言ってうるさいので、『私が、明日書いてあげるから、もう寝ましょう。』と言うことで今日はお終い。

  

     2001.  12月17日(月) 
 としちゃん、出勤前『昨日は、ごめんな。』と謝ってくれた。『私こそ、ごめんな。でも、イズミヤみたいな人前で、あんな態度取ったらあかんで。』と言ったら、『うん、これから気ぃつけるわ。』と言って、出勤していった。

 6時頃、目が開き「私、自分の事、ちっとも反省してへん。自分の方から、しつこく言うといて、・・・・」と、としちゃんが、かわいそうになった。

 「私に出来る事と云ったら何か?」と考え、「寒い中、稲荷へ行って、アンパン買ってあげることしかない。」と思い、7時10分に起き、洗濯物を片付け、昨日の晩の、日記の下書きをし(これも、つぐないの意味込めて、一生懸命書いた)、9時に家を出た。

 稲荷に着いた時、「一人で来たのは二度目だ。」と、うれしくなってきた。稲荷大社に行くと、すっかり、初詣の準備がととのっていた。JR稲荷駅へ行き、行楽の参考になりそうなパンフレットをもらい、久野病院の方へ歩いていったら、伏見人形を作っている店に、立派な馬があり、「高いんだろうな?」と眺めていた。

 セブンイレブンがあったので、「今日は、お昼はうどんだけだ。」と思い、おにぎりを買いに入った。高菜ちりめんを買い、出ようとしたら、クリスマス・グッズがあり、サンタの袋を押すと、ジングルベルのメロディーが流れ、「これは、としちゃんに受ける!」と思い、買ってあげることにした。

 サンタを、レジに持っていくと、プレゼント用に、かわいい熊の袋に入れてもらえ、すご〜くうれしくなり、ワクワクして、「としちゃんに、プレゼント買えた。」と思い、稲荷の駅でも、その袋をワクワクして眺めていた。

 時間が遅くなってしまい、電車もなかなか来ないので不安になり、やっと来た電車に乗り、藤森から家まで、必死で歩いた。家に着いたら10時半、間に合った、マニュアル生活の時間に!

 買ってきたものを整理し、布団をたたみ、いつもより早い目にパンを食べ、ラジオを消してメモを取っていたら、としちゃんから電話、『心配やったし、電話してん。』と言ってくれた。

 お昼のきつねうどんと、高菜ちりめんおむすび、バッチグーのメニューで、セブンイレブンでおむすびを買え、それを食べられるのがうれしかった。

 いつもより遅く、5時に家を出、イズミヤへ行った。私があげたサンタさんを早速カバンにつけてくれ、うれしがってメロディーを鳴らし、フードコーナーでも、耳に当てて『どんな曲かな。』と喜んでいた。としちゃんには、お似合いのプレゼント、カバンにつけてもっれるなんて思ってなくて、「こんなに喜んでもらえて、買ってきた甲斐があったなあ!」と思った。アンパンも『うまい!』と言って食べてくれた。

 おでんの材料を買って帰り、直ぐに、おでん作りに励んでくれ、いいにおいが部屋中に染み渡り『家庭のにおいっていいな〜ぁ』と二人とも思った。

  

     2001.  12月16日(日) 
 悪夢にうなされ、8時6分に起きる。二人で腕組み外を見たら、良い天気。『すごいね!』 

 としちゃん、新しいフリース着て、鏡を見て『いいね!』と云う。としちゃん、カバンも新品、うれしそう。ユニクロの話で盛り上がり、朝食食べ終わるのが9時になってしまった。

 二人で洗濯を干した。
 としちゃん、午前中、パソコンで年賀状を印刷。(レイアウトは、二人で決めてあった)

 1時に家を出、上鳥羽のユニクロへ行った。いつもと行き方が違うので、少し迷ったが、看板が見え一安心。フェイクムートン・ジャケット、としちゃん、色を迷っていたが、モスグリーンを選んであげた。

 お昼は、大手筋の“桃山”へ行った。久しぶり、懐かしい!
 二人とも、オムライスを注文。『あ!この味。』。。。としちゃん、ここのオムライスは初めてらしい。かしわと違い、牛肉が入っているので、『うまい!』

 イズミヤへ行き買い物。おばあさんの風邪薬とうがい薬を買ったが、としちゃんが『後で清算するし、払っといて。』と言った事から、私が、『お金のことは、二世帯なんだから、ちゃんとしてもらわなきゃ困るわ!』と言い合いになり、食品売り場で、としちゃん、大きい声で怒り出し、私が『ごめん、もういいでしょう、ご破算にして。』と言って、何とか収まった。おかずと、ヒロタのシュークリームを買って帰った。

 帰り、ダイソーへ、一輪挿しの花瓶を買いに行ったが、としちゃん、知らん間に、CD ラックをかごに入れていた。ちゃっかりしてる!

 夕食は、ナスのはさみ揚げ・おから(久しぶり)・かぶらのあんかけ、和食で美味し〜ぃ!

 風呂上り、会社へ履いていく靴のことから、ちょっとした言葉の行き違いで、とんでもない喧嘩になってしまい、淋しくてたまらなくなり、涙があふれて止まらず、おまけに、私が、昼間、収まったおばあさんの薬代のことまで持ち出し、話が余計にややこしくなり、としちゃん『そんなに自信があるんやったら、何でも自分でしたらいいやろ、』と投げ捨てた言い方。お互いののしりあい、としちゃん寝にいってしまった。私は「明日は、一度もケイタイしてやるもんか」と思い、ソラナックスを飲んで寝た。

 喧嘩で興奮してて、なかなか寝付けなかった。


     2001.  12月15日(土)
 久しぶりに、いい夢を見た。中居君と映画に行く約束をした夢。

 としちゃん、8時10分に起き、掃除機をかけ、起しにきてくれた。

 11時50分に家を出、電車に乗って、竜馬通りと寺田屋へ行く。

 電車に乗るときからうれしく、伏見桃山のアナウンスが聞こえたら、二人ともワクワクしてきた。大手筋は久しぶりで、歳末の賑わいをぶらぶら歩き、竜馬通りに行った。

 小間物や風のみやげ物店や、竜馬寿しの店があり、うれしくなってきた。としちゃん、竜間通りから蓬莱橋を見たとき、川に柳が映え、『近江八幡みたい!』と感動!土手を歩き、酒蔵がカメラマンの被写体として、いいアングルで、シャッターを押しまくっていた。

 長建寺に寄り、寺田屋へ行った。としちゃん、旅籠の雰囲気に感動。観光客に混じり中へ入った。「女が行っても仕方ないところ」かと思っていたが、入ってみると、なかなかいい雰囲気で、「写真とって。」と、としちゃんに云い、たくさん、撮ってもらい、うれしかった。

 としちゃん、被写体に恵まれ、シャッターを押し捲り、二人とも、幕末の雰囲気そのままで、しばし、ひたる。、観光客気分を満喫、400円は、超お得!帰り道、竜馬通りで、赤カブ漬け発見!150円、美味しそう!

 お昼は、“きらく”へ行き、としちゃん、相のり(イナリがジューシーでうまい!)私は、他人丼を食べた。座敷で座って食べていたので気づかなかったが、食べ終わる頃、やっと、座敷椅子になっているのに気づき、足を落とした。おっかし〜!

 食後、久しぶりに、サテイに行った。店頭に、造花のブーケがあり、前から欲しかったので、思わず買ってしまった。としちゃん、バッグ売り場で、いいのを見つけ、買って、うれしそうにしていた。

 一階へ降り、カートを押しながら、ルンルン気分でお買い物。人ごみの賑わいでうれしく、ミスドーでドーナツも買ってしまった。

 近場で、行楽気分とショッピングを堪能でき、とっても楽しかったな〜ぁ!
 家に帰ったら、4時半だった。

 

     2001.  12月14日(金) 
 夜中に、いやな夢見て、うなされてしまった。
 としちゃんの出勤の時、寝ていたらしく、気づかなかった。7時42分に慌てて起き、ディズニータイムを録画した。

 起きた時には、夢の内容は忘れていたので良かった。

 としちゃんに、3回ケイタイしたが留守電で通じず、あきらめて、寝室へ寝にいった。

 起きてきたら、としちゃんから留守電が入っていた。

 洗濯しながら、拭き掃除、ごみまとめをし、としちゃんに電話した。

 “はなまる”カフェ、丸山茂樹で、温かい性格で、子供たちのために、ゴルフ場を解放。「いい事しているなぁ!」と思った。

 お昼の、きつねうどん、お揚げが味しみて美味しく、三つ葉入りで七味も清水の七味家、美味しかった。

 2時半、としちゃんから電話があり、帰りが40分になると言うので少し時間が有り、下の妹のところに電話をした。正月の話など、世間話をし。『この間は、服ありがとう。』と礼を言っていてた。

 40分になったので、表へ出て、車庫の方へ行ったら、ちょうど帰ってきた所だった。

 買い物は、ダイエーまで歩いていった。風もあり、ものすごく寒かった

 

     2001.  12月13日(木) 
 今日は、大雨の中お昼買いに行くので、としちゃんに、ウォーキングシューズ、出しておいてと頼んだが、『どこにも、あらへん?』と大騒ぎして出勤。

 うとうとして、何時までも寝ていたかったが、仕方なく8時半に起きた。

 気合を入れて着替えたが、まだ「弁当一つくらい買いに、雨の中、行くなんて。」と気がすすまなかったが、玄関を見たら、ウォーキングシューズ!やっと行く決心がついた。あ〜、よかった。「としちゃん、ありがとう。」

 「としちゃん、朝早くから探すの、大変だったんだろうな。」思いながら商店街の方に歩いていくと、スマイルの薬局の表に、アクロン詰め替え用が安売りしていて、うれしくなって買ってしまった。

 ハヤシの芋屋に、昔、肉屋の時のおばさんがいて懐かしかった。サンクスのレジのところに、クリスマスカードがたくさんあり、「としちゃん喜ぶかな。」と触った。弁当売り場に行くと、お気に入りの“小さなお弁当”があり、すごくうれしくワクワクしてしまった。

 家に帰って、としちゃんにケイタイし、報告すると『雨の中、よく行けましたね。主婦してますね!』と言ってくれた。

 「はなまる」カフェ、吉川晃司で、独身生活をエンジョイしていて、ヤックンと昔、アイドル仲間で、絡みも面白く、楽しかった。

 お昼は、“小さなお弁当”で、ピクニック気分で、美味しくて、ラッキー!

 冷蔵庫の中を把握して、ストックを補充したりしていて、としちゃんのお出迎えまで、動きっぱなしで大忙し。

 表に出て待っていたら、としちゃん、ず〜っと向こうの方から、バイクで立ち乗りして帰ってきた。こんなことする人は、としちゃんしかいないので、直ぐに分かった。

 イズミヤへ行き、婦人公論を読んだが、安藤和津が奥田英二の父の事を、いろいろ書いていて、「面白いお父さんだな。」と思った。どこへでも一緒に行っていたらしい。

 晩のおかずを買っていると、急に隣の奥さんが声をかけてきたのでビックリ!世間話をして『また会いましょう。』と言って別れた。こんな遠くまで、自転車で来るんだな。パワフル・パワフル!

 夕食は、サーモン刺身・酢豚・かにサラダのメニュー、美味し〜ぃ!

 寝る前、スピッツを聞きながら、南果歩のエッセイを読んだが、こっくりこっくりしてきた。


     2001.  12月12日(水) 
 7時15分におき、セーター片付け、寒さと気が進まなかったので、ためらっていたが、台所に陽が差してきたので、『行ってきます。』と自分に言って、家を出た。

 防寒対策をしていったので、冷え込んでいたがちっとも寒くなかった。疏水のところで、近所の足の不自由なおじさんが、“たのしい旅の友”の札をかばんにつけて、ダイエーの方へ歩いていった。どっかへ旅行するんだろうか?いいな〜ぁ。

 電車に乗って墨染迄行った。駅に着いたら8時、墨染ガスの前をまっすぐ歩いていった。もうだいぶ前のことなので、道を歩いていても不安で、前住んでいた団地らしい所に着いたが、覚えはなく、そこにいた女の人に聞いたら、やっぱりここがそうだった。

 昔住んでいた102号室に行ってみたら、階段も踊り場も、ごみが散乱していて、ドアも薄汚れていて、老朽化して、当時の新築の面影は見られなかった。駐車場を見て、やっとなんとなく思い出してきた。

 消防署の横を通り、教育大の入り口から少し歩いていくと、ポプラ並木があったが、葉がすっかり枯れ落ちていた。「黄葉していたら、きれいで感動しただろうなぁ。」

 学校を通り抜け、商店街を墨染のほうへ歩いていくと、懐かしい大阪屋や、みやこ食堂があり、ムーランに入ると、いろいろパンがあり、としちゃんに何を買おうかとだいぶ迷ったが、としちゃんが好きそうなクリーム系のパンがあり、私はシナモンロールに決めた。

 墨染の駅で待っていたら、まぶしいくらいの太陽で、目が開いていられないくらいだった。電車は混んでいて、初めてつり革を持った。「誰かさんみたいなつり革の持ちかたはしないですよ〜だ!」

 ケイタイして報告したら、『また心臓止まりそうになったわ。』とビックリしていた。ムーラン行ってきたことはなすと、『本当、ボク、クリーム好きです。』と喜んでいた。

 ”はなまる”カフェ和泉元弥で、腕は痛かったが、たのしいお話を聞け、メモを取るの、苦にはならなかった。

 お昼はカレーうどん、何時食べても美味しく、夢中になってしまう。としちゃんも、久しぶりに食べて、感動してるかな!

 朝買ってきたパン食べるとき、としちゃん『ケーキみたい!』と感激!カンパ〜イ!『おいし〜い!』

 夕食は、北海団子なべ。美味しいし、温まる。

 

     2001.  12月11日(火) 
 今日も、としちゃん、『お昼に帰ってくるからネ!』と、言って出かけた。

 9時半に起き、洗濯のかごを見て、『セーター洗いたいな。』と思い、ちょっぴり不安だったけど、廻し出したらワクワクしてきた。洗っている途中に、友達から電話がかかってきた。私から電話しようかなと思っていたので、うれしかった。

 『私、聞いて欲しいことがあるねん。』と言われたが、洗濯途中なので、後で、私から電話をした。
 『富山の、主人のお父さんが、もう癌であかんねん。と、昼間に姑から電話かかってきて、心臓ドキドキして、主人の会社に電話して、郵便局でお金下ろして、夜に走って、富山に着いたら夜中の12時やねん。前から、食べられんようになってきて、悪なってんのん分かってたのに、電話してくれはらへんかってん。』嫁と姑、難しい問題が多い。この姑さん、未だに、小林幸子の追っかけやっていて、家の事、何にもしない人で、お金をせびってくるので、余計に腹が立ってくるらしい。

 娘さんの受験の事聞いたら、『嵯峨美大、受かってん。』と喜んでいた。

 としちゃんに、ケイタイして、セーター洗えたこと話したら、『へ〜!ほんまかいな。』とびっくり、『心臓、止まりかけた。』と言っていた。

 セーター洗えた事がうれしくなった。FMのキヨピー聴きながら、「来年には信州旅行行ける気がした。うれしかったので、としちゃんが帰ってくるまで、キヨピーを聴き起きていた。としちゃん12時40分に帰って来た。台所のほうから顔を出したので、としちゃん『今まで、ず〜っと、起きてたの?』と、ビックリしていた。

 Pitへ行き、セーター洗えたので、『ママよくやれたネ!』とメロンソーダで乾杯!

 7時過ぎ、枚方の義姉さんから電話があった。私が出て、少ししゃべり、病気のこと気遣ってもらった。としちゃんの兄弟は、いつもこうして、気に留めてくれているのに、私の妹二人は、全然知らんふり、ちょっとおかしいな?

 夕食のとき、としちゃん『ママ主婦復活、おめでとうございます。』と言ってくれたので、ちょっぴり照れて『ありがとうございます。』と言い、うれしかった。今日は、上天丼、美味し〜ぃ!

 

     2001.  12月10日(月) 
 としちゃん、出勤の時『昼、帰ってくるからね。』と言って出て行った。

 嫌な夢、見てしまった。大きな精神病院に、一人で通院していて、しんどくて嫌だった。何時までもうなされ続け、何時になったら、こんな夢から解放されるのだろう。

 9時半に起き、洗濯する時、まだ、気分は晴れなかった。洗濯がきちんと干せて、やっと、気持ちがすっきりした。

 気持ちを聞いて欲しくてケイタイしたが、『今、ややこしい仕事してんねん。』と言ったので、直ぐに切った。

 FMを聞きながら、新聞を読み、番組の把握をしてから、もう一度寝に行った。

 12時40分に帰ってきてくれた。今日は私がきつねうどんを作ってあげた。こんなこと初めて。『お揚げが取ってもジューシーで、美味し〜ぃ!』と言ってくれた。

 買い物に、早い目に出た。ムライ・キタムラ(アルバムを買った)と寄り、イズミヤへ行った。3階の本屋で、私のキルティングジャケットと同じのを着ている人がいて『上品で、いいな〜ぁ。』と思った。

 今日は、生理で、朝の散歩も、コンビにも行っていないので、いろいろなところへ行け、うれしかった。

 夕食は、二人のアイデアで、湯豆腐・秋刀魚の塩焼き・野菜フライで、バッチgoodのメニュー!

 寝る前、スマスマを見たが、今日もおねむになり、半分以上見られなかった。明日見よう〜っと!

  

     2001.  12月 9日(日) 
 延々と、嫌な夢見続け、うなされ続け、6時半頃、目が開き、本当だと思い、としちゃんに助けを求めた。

 としちゃん、8時半に起き、掃除機かけてから起こしにきてくれた。

 午前中、私のひらめきで、写真の整理をした。伊吹山、大阪城菊花展の写真を、額に飾ってもらい、うれしかった。溜まってたのをアルバムに貼り、ワンちゃんの写真をトイレに貼ってもらった。

 1時10分に、晴天の中、きりん家へ向かった。カツカレーを食べたが、今日のカツは少し硬かった。でも、ここのカレーは何時食べても美味しい。

 momoへ行き、としちゃん散髪、その間、私は旭屋で雑誌を見ていたが、直ぐに『今終わった。』と、帰ってきた。スキッとしていて、ぴったり!『男前が、よりいっそう男前になったね。』

 ついでに、ディズニーストアへ行った。「わ〜!ドリームの世界。」と思った。としちゃん、早速、プ〜さんを引っ張り、ぶるぶるさして遊び、喜んでいた。目ざとく、プ〜さんの着ぐるみまで見つけた。私は、ミニーのマグカップを買え、レジでドナルドの袋に入れてもらったので、うれしかった。

 イズミヤで買い物をし、帰りに、きれいな夕焼けを見られ、感激!家に帰ったら5時だった。

 私が『ディズニーランド行ってきたの!』と言うと、『泊まらなくて行けちゃったね!』と言った。直ぐに、おぜんざいを温めて、仲良く食べた。

 夕食は、揚げだし豆腐(久しぶり)・レタスポテトサラダ・ごぼうのきんぴらで、割合ヘルシーなメニュー!

 寝るまえ、本を読んでいたら、こっくりこっくりとしてしまい、その間としちゃんパソコンをし、寝るのが1時になってしまった。

 

     2001.  12月 8日(土) 
 としちゃんに怒られた夢見、6時に目が開く。その後少しうとうとして、8時に一緒に起きた。としちゃん、『僕ストーブの見張り番です。』と言って、ストーブの前で着替えて、そこから離れなかった。『早く用事を進めなさい。』と言ったら、やっと動き出した。

 二人で協力して洗濯をし、最後としちゃんに干してもらい、私がチェック。それから支度をして、10時25分に家を出て、病院に向かった。

 ユニクロで買ったキルティングジャケットをはじめて着て、うれしくなってきた。五条を通った時、『昔この辺で勤めていたな。』と思い出し、懐かしさがこみ上げてきた。

 病院の中は、ポインセチアやツリーが飾られていて、すっかりクリスマス気分。11時15分にとしちゃんと一緒に診察室に入った。としちゃん、先生に会うのは初めてで、少し緊張していた。先生に診断書をお願いして、出て行った。

 先生が『優しそうなご主人ですね。』とビックリされていた。
 大手筋にいけたことを話すと、
 『来年には、信州に行けますよ。』と言われ、
 マニュアル生活のことも、
 『人に迷惑がかかっていなかったら、いいんじゃないですか。』と言われた。

 薬局へ薬をもらいに行ったら、花の卓上カレンダーをもらい、うれしくなってきた。それからプラッツへ向かった。

 京都駅に近づくと、としちゃん、とぼけて『どこへ行くんですか?』と言った。自分のものを買いに行くくせに。ソフマップに着くと、まずは、ウイルスパソコンを修理に出し、それから、インクとマウスとCDを買いに行った。その間、私は、日々の暮らしのメモを取っていたが、としちゃん、なかなか戻ってこない。かなり迷ったそうだ。

 その後、5階の旭屋書店に行き、KYONKYONの本がありうれしくなって買った。としちゃんに『これ使い。』と図書券を渡されたので、260円プラスするだけで買えた、ラッキー!

 昼は、アトムボーイへ行き寿司を食べた。外から見ると薄暗い店のようだったが、中に入ってみると、テーブル席もあり、きれいでこじんまりとした、落ち着くとこだった。寿司もわさびが利いていて、大人の味、美味しかった。

 下の妹の家に行ったが、としちゃん、『車へ写真忘れた。』と、取りに行ったが、車に鍵を置いたまま、ドアをロックしてしまい、針金で開けようとしたが、開かず、JAFを呼び、1時間も待たされた。JAFのおじさん曰く『私もやったことありますねん。』まあ、しょうがないか。

 旦那にあげるセーターや、妹の服、写真などを渡すと、喜んでいたが、あまり話をしない子で、1時間もいて、気を使ってしまった。

 イズミヤで買い物をして、ガソリンを入れて、家に帰ったら、6時過ぎだった。もう少し早く帰るつもりだったが?

 

     2001.  12月 7日(金) 
 また、仲間はずれにされた、いやな夢を見て、暗いうちに目が覚めてしまった。

 7時32分に起き、ディズニータイムが途中なので、録画して、夜、としちゃんと見ることにした。朝の散歩も、天気は良かったが、今日は、としちゃんと、ダイエーに歩いて買い物に行くから、やめにした。

 洗濯物をたたみ、ふと考えた「明日病院なので、少しでも楽なように、洗濯しておこう。」、量があまりに少ないので不安だったが、洗濯を少しだけ入れてまわした。し過ぎのとき、変な音がしているので、いってみると、水があふれて、あたり一面水浸し、「どうしたらいいの?」とあわてたが、とにかく水を止め、排水にして水を減らしてから、水を少しだけ出してやったら、うまくいった。

 最初に洗剤を入れすぎ、そのため、すすぎの水を多くしたのがいけなかったみたい。“コイシイヒト”を歌いながら、気持ちよく干した。ケイタイしたら『大変やったな。大騒ぎやったな。』と言ってくれた。

 9時過ぎに、下の妹に電話をした。相変わらずで、旦那が狂牛病で敏感になっていて、『カレー食べたいけど食べられへんし、すき焼きは、かしわにしとけ、言わはるし。』と言うし、『ストレス無くすのどうしたらええ?』と言うが、自分でストレス増やしているように思う。歌番組の話をしていたら、『私、スマップ見られへんかったわ。』と残念そうに言っていたので、SMAPの本貸してやることにした。明日、病院の帰りに行く約束をして、電話を切った。

 “はなまる”カフェ、奥菜恵で、いやし系の生活の工夫をいろいろ聞け、「いい事だな」と思った。

 お昼は、セブンイレブンのきつねうどん。お揚げに味がしみ、ジューシーで美味しい!

 洗濯物たたみ、布団の掃除機を掛け、明日の服の用意をし、すごく忙しくしていたところへ、としちゃんが帰ってきた。

 

     2001.  12月 6日(木) 
 としちゃんが起きた時、雨が降っていたので『お昼、買うてこうか?』と言ってくれたが、『私、買いに出る。』と言った。

 8時10分におき、雨が降った寒い中を歩いていると、若い男性二人が、相合傘で歩いていた。男同士の相合傘、「あまり様にならないな」と思った。

 サンクスでサラダ巻きを買ったとき、ポポロ(ジャニーズ系の雑誌)発見、キムタクの記事が載っているので、今日、イズミヤで立ち読みしよう。

 帰りは、商店街を回って帰ったが、どの店も、いろいろと考えきれいなツリーを出していたが、スマイルのツリーは、ダサくてパチンコ屋の飾りみたいだった。

 家に帰ったら、服が上から下まで、雨にぬれていて、「雨の中って大変だな」と思った。としちゃんにケイタイしたら『よう、雨の中、そんだけ行けたな。』と驚いていた。

 “はなまる”カフェ、渡鬼の香楽の娘、吉村涼で、ドラマは興味ないが、温かいお話が聞けた。

 今日の天気、陽が差していたなと思ったら、曇ってきて、ふと外を見ると、雨が降ってくるという、ややこしい天気で、洗濯物を入れたり出したり、結局、家の中に入れなくてはならず、『いい加減に何とかしてよ。』

 FMで福山君のメロディーがかかり、一緒に歌い、ごきげん!33分になったので、ポンチョを着て出ようとしたら、としちゃんが自分で戸をあけて帰ってきた。

 イズミヤへ買い物に行き、晩のおかずを買い、昼のきつねうどんを買おうとしたが無く、仕方なく、セブンイレブンへ寄ってもらい、雨の中、としちゃんに買ってきてもらった。『ありがとう。』と言って頭をなでてあげた。ここのきつねは美味しい。

 夕食は、豆腐ハンバーグ(としちゃんの好物)・かぶらあんかけ(料亭風)。メールが送れる様になったので、労をねぎらいパーティー、『としちゃん、お疲れ様。良かったね。』と言うと、『大変でしたけど、ママのお陰で、僕、頑張れました。』と言った。和風がマッチした料理で、美味しかった。

 今日も、としちゃん、写真送るのと、メール返信で遅くなり、寝るのが1時になった。私は、ほとんど寝ていて、やっとのことで寝室へ行った。

  

     2001.  12月 5日(水)
 仲間はずれにされた、いやな夢を見たが、起きて、内障子を開けると、陽が差していて、どこかに出かけたくなり、7時半に着替え、「大手筋へ行きたいな。」と思い、乾いた洗濯物をかたずけてから、家を出た。

 外へ出たら、顔が引き締まり、すきっとしてきた。通勤の男性も、冬のおしゃれをしだし、ロングコート、皮のハーフコートで駅に向かっていた。切符を買ったら、すぐに中書島行きが来、それに乗った。寺内製作所が見え、丹波橋に着いてドキドキ、伏見桃山のアナウンスが聞こえたら、うれしくなってワクワクし、伏見桃山の改札口を出ると、タカラブネが売店になっていて、商店街を歩いていると、マクド・ミスドー・ファーストキッチン・ドトール、おまけに川魚屋、履物屋も、店が開いていて、山下達郎のクリスマスイブのメロディーが流れていて、アーケードにメリークリスマスと書かれた、かわいいサンタが飾られていた。人も、そこそこ歩いていて、楽しい気分にさせられた。

 「大手筋に行けるだけでも。」と思っていたが、もう一つ行ってみたい所が龍馬通りだった。納屋町を抜け、昔勤めたことのある“かつおか呉服展”からが龍馬通りになっていて、“龍馬通り”のミニ看板が掛けられ、うれしくなって通り抜けると、川に柳、橋があり、きれいなトイレもあった。左に行くと長建寺と書かれ、観光客らしいおじさんも、「下へどうしたら降りられるのか?」とうろうろし、私も、一人旅に来て、朝、散策している気分にさせられた。

 寺田屋の前も雰囲気が良かった。今度としちゃんと一緒に来よう。男の人は一度は来てみたい所だろう。富栄堂の前を通り、帰り道ミスドーでド−ナツ三つ買った。家に帰ってきたら、9時20分頃だった。

 ミスドーの袋を見ていると、うれしくて、何時までも眺めてしまった。としちゃんにケイタイして言うと、『へ〜ぇ!大手筋行けたん。心臓止まりそうや!』と、驚いていた。

 お昼のカレーうどん、何時作っても料理をしている感じがするし美味しい、としちゃんにも、食べさせてあげたいな〜!

 2時29分に、ポンチョを着てお出迎えに降りようとしたら、としちゃんから電話で、道が混んでいて少し遅れると聞き、FMを聞き、38分に下へ降り、玄関で待っていたら、向こうのほうから大きく手を振り、帰って来た。としちゃんを喜ばそうと、ポンチョの背中のウサギを見せたら、『ウサギちゃん』と呼ばれた。

 六地蔵のPitへ行き、紅茶で乾杯、ドーナツを食べた。『すごく美味しい。久しぶり!』と喜んでくれた。パソコンのコーナーを見て回り、としちゃん店員さんと少し話をしていた。

 イトーヨーカドーへ行き、おでんの材料を買って帰った。帰ってすぐ、としちゃん、おでんの用意に取り掛かった。楽しみ!

 大手筋までいけたお祝いに、おでんパーティー、夫婦仲良く「フ〜フ〜」し、『温まるね!』と言い合い、としちゃん特製の出しで、味がしみていて、すごく美味しかった。感謝でいっぱい!

 としちゃん、今日もパソコンの復旧に忙しく、12時過ぎにやっと、メールが通じるようになり、二人とも安心した。としちゃん『どうなっていたんか、さっぱりわからへんわ。』と言った。『よく頑張ったね!』言ってあげた。


     2001.  12月 4日(火)
 としちゃんの行く時間に、一度、目が開いたが、8時10分まで寝てしまった。

 ラッキーにも、雨がやんでいて、傘を持たずに散歩に出かけられた。団地の前を通り、国立病院が見えたので、「行ってみよう。」と思い、中に入った。もう、受付が開いていて、けっこう、並んでいた。

 赤い電話ボックスが並んでいるところがあり、ソファーに座り、「おしゃれだなぁ。」と眺めていた。売店へ行き週刊誌を見たら、雅子さんの記事がけっこう載っていた。夕方、スーパーで見ようっと。

 商店街のほうへ歩いていったら、スマイルの薬局に資生堂のハンドソープが安売りしてたので、買うことが出来た。「こんなことも出来るようになったんだな。」スマイルの袋に入れてもらって、なんだか、一人で昼間スーパーに買い物に来ているような気になった。

 サンクスで弁当を買って帰る道、名神の下でカラオケの練習をしている人が居た。感情を込め、身振り手振りで歌っているのを見て、「こんな寒い所で練習しなくてもいいのに」と、おかしかった。

 帰ってから、としちゃんに電話したら、『ようそんだけ回ったな。』とビックリされた。服を着替えているとき、FMかららいおんハート”が流れ、若宮てい子さんが『SMAPも今年、辛いこともありましたね。』と言ったとき、涙が出て来てしまった。私も辛いことがありました。

 “はなまる”びびっと、香坂みゆきコーナー、お歳暮産直で、岡江さん、ヤックンにも送られてきたが。ヤックンのリアクションがおっかしい。

 1時ころ、晴れてきて、きちんと干せた洗濯物を見て、気持ちよかった。ピクニック気分で楽しみながら、お弁当を食べた。値段の安さに満足!

 2時半になったので、としちゃんのお出迎えのため、外へ出た。寒かったので、玄関の出た所で待っていたら、近所のおばさんが向こうから来て、しばし、久野病院のことで、少し世間話をしていると、としちゃんが帰ってきた。

 買い物へ行くついでに、昨日の急患の清算をしに行き、その帰りダイエー(午後の紅茶とバナナが安かった)へ行き、それから、イズミヤへ向かった。

 夕食のメニューは、あらびきウインナー・マカロニサラダにした。

 風呂上がってからは、としちゃん、パソコンをだいぶ使いこなせるようになり、“日々の暮らし”がんばって打ってくれた。

  

     2001.  12月 3日(月) 
 今日の夢は、サザンの桑田さんと、仕事をして、しゃべっていたが、あんまりいい夢ではなかったように思う。

 7時50分に起き、昨日の洗濯物を片付けていると、昨日、としちゃんと、いろんなところへ行け、楽しかったので、今日はちょっぴり淋しかった。晴れていたが、散歩コースも限られて居る。昼食買いに行く必要もないので、今日はやめ。

 病気が治って、普通の主婦になれているのなら、朝早く起きられているので、誰かと接する仕事をしたいなと思った。ケイタイしたら『まだまだ、辛い状態やな。』と言ってくれた。

 母に電話したら、また、いつものように近所の人の話を言い出したので、私のほうから話を切り替え、としちゃんとの馴れ初めや、若い時働いていた所の話を聞いてもらった。嵯峨野の写真の話などもしたが、もうひとつかみ合わず、最後には『私、何時死ぬかわからへんしな。』とか『あんたを高校へ行かせてあげられへんかったし、その償いでお金あげてんね。』とか言って、相変わらずで、電話を切ったときには、ホッとした。

 もう10時39分、服を着替えて私の時間が始まる、『一人で気楽だなぁ。』と思った。

 「はなまる」“雨上がり決死隊”で、さすが吉本、面白い!
 新番組“ママまっしぐら!”が始まったが、1を見た覚えがあり、ヤンキーのミッチョンのママだった。もうひとつかな?

 お昼は、きつねうどん、あっさりして美味しい!ホッと一息。ピンポンが鳴った。奈良のお義兄さんからのお歳暮が届いた。一人のときって、誰か来るとワクワクうれしい!

 2時29分に、としちゃんのお出迎えのため、階段の所で待っていたら、向こうから、おばあさんが帰ってきた。『病院へ自己管理ノートもらいに行ってきた。』と言い、私が『このごろよく散歩行ける様になった。』と言うと、『私は、散歩は慣れっこになってるえ。』と、皮肉っぽい言い方をされた。

 としちゃん、いつもより遅れ、向こうのほうから左手を大きく上げ、バイクに乗って帰ってきてので、私も手を振った。

 出かけようと思っていたら、上の妹から電話がかかってきた。母に預けておいた、与勇輝展のチケットを受け取ったのでその礼の電話だった。『前に神戸であったとき、よっぽど行こうかと思っていたんや。』と、ものすごく喜んでくれた。

 買い物に行ったが、今日はメニューが決められず、としちゃんが考えてくれた。湯豆腐と餃子、それに母の煮たふき、さあ、帰ろう。

 今日も、としちゃん、必死でパソコンの設定、今までのデータもうまく読めないみたいだ。

 晩御飯を食べようと思ったら、出雲の義妹さんから電話、いとこの人が死んだので気になってかけてきたみたい。

 別れ話が出ていたので、気になって聞いてみたら、今は、何とか収まっていると言うこと、でも、また嫌になったら、いつでも妹さんの方から別れるという事で決着。と言うこと。

 風呂上り、お尻のへんがものすごく痒くなってきた。それが時間がたつとともに、だんだんきつくなってきたので、不安になり、1時ころに久野病院に電話してもらい、急患で行った。ダニかなんかにかまれ、それから蕁麻疹が出たみたいだ。注射を打ってもらい、オイラックスと飲み薬をもらって帰って着たら2時だった。

 としちゃん、ありがとう。明日も早いけどがんばってね。


     2001.  12月 2日(日)
 いやな夢で6時過ぎに目が開いた。8時5分に起き、今日も腕を組み空を見上げ『わ〜!すごい。』と言い合った。いいお天気だ。

 としちゃん、ユニクロのスウェットはいているを見て『いいの、はいてるね。』と言ったら、『こないだ、ユニクロで若いカップルの女の子が、「これにしとき。」と言ったら、男の子が「こんな裾のすぼんだん、いやや。」と言っていたわ。』と言うので、おかしかった。でも、としちゃんには、お似合い、「悟空」みたい。

 二人で、協力して洗濯がんばる。
 私が脱水をして、カゴの中に入れる時、一足しかなくどうしようかと思ったら、としちゃんに『干してから探したらええ。干さんと解決しない。』と言われたが、『どっから出てくるの?出てくるわけない。』と言い張り、言い合いになった。結局、カゴの底の方に入っていて、としちゃんの言っている意味がわかった。『ごめんね!』

 いやな雰囲気のまま11時に家を出て、晴れ間の中ソフマップへ向かう。
 としちゃん、タワーが見えてきて、ワクワク!
 ラッキーにも、プラッツ地下の駐車場に止められ、二人とも笑顔が戻った。

 としちゃん、駐車場からニコニコして、6階に着き、店員さんの説明を受け、『これ買います。』と言ったとき、今まで待ち遠しかったし、物凄くうれしそうだった。『これ僕買ったんじゃないよ。サンタさんが夕方届けてくれるの。』と言った。そうだ、サンタさんのプレゼントだった。

 エレベーターに新宮誕生写真展と書いてあったので、帰りに寄ってみた。雅子様の事好きなので、ラッキー!運に恵まれ、うれしかった。

 ポルタをぶらっとしていたら、阿月があり、ウランのひらめきで今日のおやつにと、抹茶白玉と黒蜜白玉のあんみつを買い、『駅の大階段へ行ってみましょうよ。』と言って、今度は京都駅のほうへ行った。

 ツリーにイルミネーションが灯り、大きなリボンとベル、メリークリスマス2001書いてあり、クリスマスソングが流れ、二人とも大感激!『写真持って来たらよかったな。』と言い合った。

 昼は、勧修寺の第一旭へ行って、ラーメンを食べた。超うまい!
 としちゃん、ラーメン食べて、頭の回転良くなったのか、『ダイソーへ行ってメモ買お。』と言ってくれた。明日からの日々の暮らしのメモがないのだ。

 それから、イトーヨーカドーへ行って江戸前ちらしを買い、イズミヤによって明日の昼のきつねうどんを買って帰ったら4時5分だった。

 ママ、サンタさんと玄関でお会いし、プレゼントをいただき、代理で赤いファッションに身を包み、としちゃんにパソコンのプレゼントを渡す。としちゃん『わ〜!来てくれはったんやな!僕、これ欲しかったの〜!』とすごく喜んでいた。

 家に帰って、家計簿をつけてから、阿月で買ったみつ豆を食べた。『さすが、老舗の味ね。』と言い合った。

 夕食は、としちゃんが、サンタさんにプレゼントをもらったので、すしパーティー!『としちゃん、プレゼントもらってよかったね。』と言うと、『僕もサンタさんに会いたかった。』と言い、本当にかわいいと思った。『その歳にしてクリスマスプレゼントもらえるのは、特例中の特例よ!』

 としちゃん、12時前やっと、インターネットがつながりホッとし、『うれし〜!』と実感。ウラン、パチパチと手をたたき『おめでとうございます!』と言う。『1時までしようかな?』と言うので、『だめです、後30分にしときなさい。』と言って、私も付き合って起き、テレビを見ていたが、こっくりこっくりと居眠ってしまい、時計を見たら1時3分、あわてて、としちゃんに云い寝る。

     2001.  12月 1日(土)  
 としちゃん、8時前に起き、私は、8時過ぎに起きた。
 パジャマのまま腕を組み外を見ていたが、結構人がいたので、恥ずかしく、少しさがっって空を眺めていた。

 着替えてから、としちゃん、ストーブの見張り番をしていて、私の指示でやっと動き出し、用事を進めていく。今日は、初めて、ポット洗浄中をやって『ママ、泡がぶくぶく出てきたよ。』と言って、喜んでいた。

 『今日は、日曜日?』と聞くので、『今日は土曜日!』と言った。日曜日に、ソフマップへ行く約束をしていたので、待ち遠しいらしい。やっぱり、としちゃん、パソコンがないと寂しいらしい。ウイルス・パソコン、何度セットアップやってもうまくいかないみたいだ。一応、サンタさんが、早い目にプレゼント、持って来てくれると、としちゃんには言ってある。

 としちゃん、Gパンの洗濯と、扇風機をしまってくれた。(何時まで、出しとくの!)

 11時40分に家を出て、実家へ向かった。まず、うるるに寄って昼食。うどんと、アナゴ天丼を半分ずつ食べた。店内は、美濃和紙ふうの提灯と、造花がきれいにレイアウトしてあり、雰囲気が、とってもよくなっていた。

 2時半に実家に着き、柿と芋を渡し、説明をし、父と和やかに話せた。父は、あちこちへ、一人でバスツアーに行っている。この間も、上高地へ行ったらしい。『やっぱり、信州が一番ええな!と納得していた。これで上高地と上山田の区別がついたようだ。

 父が、カメラを落として壊したので、新しいのを買って、うれしくなり、お互い二人ずつで、写しあった。

 私が、散歩コースや、稲荷・東福寺へ一人で行っている事、コンビニへ昼の弁当を買いに行っていることを聴いてもらい、嵯峨鳥居本の大伸ばし写真を渡したりしたが、母が、台所にへばりついていたため、たくさんある写真を見せるのが遅くなり、短い時間で必死に説明しなければならなくなった。

 4時20分に実家を出、上鳥羽のユニクロへよった。のどがかれていて、ユニクロの駐車場で、お茶を飲んだとき、ホッとした。まえ、来た時に、『欲しいな』と思っていたキルティングジャケット、千円高くなっていた。ショック!買っておいたらよかった。でもどうしても欲しいので、買った。うれし〜!

 帰宅後、二人とも、結構疲れていて、私は、目しょぼしょぼ、のども痛くなって、早速うがい、目薬も差してもらった。

 夕食は、母が作ってくれた、かす汁(私の大好物)ほうれん草のおひたし・大根と揚げの煮物、かす汁は久しぶり、私たち、せわしい毎日を送っているので、こんなものは作れないのでありがたい。おいし〜!

 今日も、としちゃん、あきらめずに、パソコン修復していたが、どっかでつまずくみたい。でも、プリンターは使えるみたい。写真をプリントしていた。

 必死で、横でやっているのを見ると、こっちもイライラし、寝る前に言い合いになり、寝られそうもないので、頓服のソラナックスを飲んで寝た。

  

     2001. 11月 27日(火)
 『行ってくるわ。』と言う声がかすかに聞こえた。よく寝ていたようだ。
 7時10分に起き、外へ出ると、ギャラリーと名神に陽があたり、寒かったが顔が引き締まり、気持ちよかった。としちゃん、バイク通勤、今日は寒かったんだろうな。

 安協のおばさんが、子供達に愛想をし、元気に仕事をしていたが、「それにしても厚化粧だな!」、高久堂の前を通り、ローソンをのぞき、踏切を渡ってローズセンターへ行った。落ち葉を踏みしめ歩いていたら、名神が朝日に輝いていた。こんな思いできるなんて、なんて幸せなんだろう!

 今度、実家へ行く時に、父の好物の芋を持っていってやろうと思い、のぞいてみたら、こんな朝早くから開けていた。ラッキー!
 『大きな芋、3本ほど下さい。』と言うと、
 『蒸かすんやったら時間かかりまっせ。細いのやったらよろしいでっせ。』と言ってくれたので、適当に選んでもらい、
 『1080円です。』と言われ、へぇ〜!こんなにするの?と思った。芋なんて買ったこと無いので知らなかった。「まあ、お父ちゃんが喜んでくれるなら、安いもんだ。」

 昼を買いにサンクスへ行った。マーボ豆腐が欲しくなり「温めて食べたら、美味しいだろう。」と思い、買った。家に帰りしな、左手に芋、右手にマーボと両手に荷物で帰っていった。

 としちゃんにケイタイすると『鳴門金時やし、上等や、それぐらいするで。』と言った。 

     2001. 11月 26日(月)
 5時半に目覚ましで目が開き、『としちゃん、起きられるか。』と起こしてあげた。3連休の後、辛いみたいだ。

 布団の中で、「今日は何処へ散歩に行こうか?」と考え、7時10分に起きた。この間の東福寺通天橋、「気分晴れなかったのを取り戻そうか?」、「そんな事までして行ってもなぁ」とか考えていたが、「よし!」と行く事にした。

 天気予報では寒くなると言っていたが、15度もある。下着、何着ようかと迷ったが、結局、長袖にした。家を出たら、晴れて、シャキットして気持ちよく、駅に着いた時「大丈夫、行ける。」と思い、電車に乗れるだけで、うれしくて仕方が無かった。

 通勤通学で、皆座っていたが、席が一つだけ空いていて、ラッキー!
 東福寺の駅に着いたら、「昔、よく、友達の家に行ったなあ」と思い出した。
 途中、京都タワーが見え、「こんな所から見えるなんて」と、うれしくなった。

 東福寺へ歩いて行ったが、方向音痴のため通天橋の見える場所がわからず、駐車場のおじさんに訊いたら、『通天橋は9時からです。昨日はすごい人でした。私も行きますから一緒に行きましょう。』と、親切に言ってくれ、歩きながら話した。

 『見頃はいつなんでしょう?』と聞くと、
 『20日頃ですね。』とおっしゃった。
 もう終わりなのかな?

 近くまできたので、『もう一人でいけますから。』と別れ、着いたら、犬を抱いたおじさんが『もう枯れてる。』と言い、老夫婦も、『ここの紅葉は遅いはずなのに。』と、がっかりしていた。

 私は、ここへ来れただけで夢みたい、充分。この間、護摩焚きをしていた、としちゃんの好きなお寺も見、帰り、明星観光のバスツアーに出会い、ものすごく紅葉のきれいなお寺も有り、ここのもみじは色鮮やかだった。近畿ツーリストのツアーも見かけた。皆、朝早くからきているんだなぁ!
 駐車場の向かいの角のもみじに陽があたり、鮮やかでとってもきれいだった。

 通天橋にいた老夫婦は、奥さんはデジカメに三脚の棒一本のを、ご主人はごっついレンズに三脚で、ご主人が奥さんに、写し方を教えていて、ほほえましかった。

 帰り東福寺の駅で、JRと一緒になっているので、分かりにくく、どうしようかと迷ったが、「どうもこのホームはおかしい」と思い、駅員さんが見えたので、『藤森は、どっから乗るんですか?』と訊き、向かいのホームへ行ったが、まだ不安だったが、淀屋橋行きが来たので、やっと安心して乗った。

 家へ帰る道、風が吹いて寒かった。「冬の訪れがもう直ぐそこだな」と思い、家に着いた。

 早速ケイタイすると、『ようやったな!東福寺の紅葉、もう終わりか?』とビックリしていた。二度目ケイタイしたら、『ウランちゃん、やったね!』喜んでいて、『柿の料理でお祝いしよう。』と言ってくれた。

 “はなまる”カフェ、中村玉緒で、とぼけた、楽しいお話が聞け、メモをとるのが大変だったが、「東福寺へ行ってこれた」と思うと、手の痛いのも苦にならなかった。

 お昼は、きつねうどんだったが、大徳のきつねは、アルミ鍋が小さく作りにくいし、おつゆを飲む時も飲みにくく、口のまわりや服が汚れ、大変だった。

 洗濯物をたたんでいる時も、東福寺へいけた喜びがよみがえり、としちゃんの帰りを楽しみに待っていた。

 私が『写真の額、買ってね。』と言ったので、買物の行きしなに、キタムラへ寄ってくれた。セールをやっていて、六つ切り用、680円、ラッキー!としちゃん久しぶりにキタムラへ寄れてワクワク!イズミヤで買物をして帰った。

 としちゃん、帰ったら直ぐ、柿のサラダに取り掛かった。夕食は、それとハマチの造り・湯豆腐で、としちゃん『ママの冒険に乾杯』と言って祝ってくれた。

 夕食前に、鳥居本つたやの紅葉の写真をプリントし、額に入れて食堂に飾ってくれ、ウランのお祝いに花を添え、盛り上げてくれた。

 寝る前、スマスマを見ていたが、直ぐに眠くなり、最後の歌とトークが見られなかった。前は、としちゃんがオネムになっていたのになぁ!人の事をバカには出来ない。


     2001. 11月 25日(日)
 10時40分に家を出て、坂本の日吉大社へ向かった。
 病気のきつかった時、日吉大社に着くなり、喧嘩になり、直ぐに車に乗って帰った、いやな思い出が有り、それを取り返そうと、坂本行きの計画を立てた。

 山本そば粉の前を通り、日吉大社に着いた時、二人とも、うれしくてワクワクした。近くの駐車場が、運良く一台だけ空いていて、直ぐに止められた。

 前の日に、としちゃんが、私のもらってきたパンフレットで、計画してくれた、“山辺の道”をウォーキングした。少し歩くと、原田先生の絵の世界と同じような風景があり、としちゃん『原田先生の絵や!』と感動し、デジカメのシャッターを押しつづけ、その間、私は、その光景をメモに書きとめておいた。

 私も「ほんとうに、原田先生の絵、そっくりで、のんびりするな」と思った。ススキと柿の木、「晩秋の田舎の景色だな」と感動し、写真を取り合った。景色を見ながらも、立ち止まってはメモをとりながらのウォーキングだ。

 日吉大社に着くと、そこはもう境内で、本来ならお金が要る所だった。歩いて来たお駄賃かな?超ラッキー!

 としちゃん、昔、比叡山から歩いて下りて来て、よく知っているので案内してもらった。川の所へ着くと、そこは絶景ポイントで、もみじに陽があたり、川のな流れとマッチ、感動!

 淡路島から、写真の下見にきているおじさんがいて、その人にシャッターを押してもらい、しばらく話しながら歩いたが、日帰り出来ているとの事、へぇ〜〜!
 色とりどりの紅葉にうっとり。

 お昼は、“日吉そば”へ行き、私がトイレに行っている間に、としちゃん、落ち着いた席取っておいてくれた。懐かしく思い、昔食べた古代そばを食べ、すごく美味しかった。

 岡本邸が無料公開されていて、おまけに甘酒の接待もあり、ラッキー!(私は甘酒飲めない)

 私が土産物を見ている間に、としちゃん、他の人が食べているのを見て欲しくなり、肉まんをいやしん坊。もう!「おばさん笑ったはるで!」

 私は、かわいいにおい袋が合って、うれしくなって買ってしまった。それから、縄を編んだり、蕎麦の実を粉にしていたりしている所があり、面白く、としちゃん、蕎麦を粉にして喜び、たるの茶室まであり、また、カメラマンに変身。土産を売っているおばさんと話し、90歳で足の悪いおばあさんが作ったわらじがあり、それにあやかり、母も健康になれるようにと、そのわらじを買った。

 律院によったが、そこも庭がとてもきれいで、としちゃん、「ウランの病気が治りますように」と拝んでおいてくれた。

 ジャスコ大津により、たこ焼きを食べメモをつけてから、夕食の買物をし、家に着いたら5時半だった。

 坂本は、人が少なく、落ち着いていて、二人とも晩秋の一日を、たっぷり楽しめ、旅行気分でたっぷり堪能でき、「幸せだなぁ」と思った。

 としちゃん「坂本は、被写体が多く、カメラマンとして意欲が湧き、シャッターの押し応えがあり、大満足!」と言っていた。


     2001. 11月 24日(土)
 9時20分に家を出て、病院へ向かった。東本願寺の銀杏並木が青空に映えとってもきれいだった。10時に病院に着き、10分からカウンセリング。

 家計簿に、日々の暮らしを日記風に書き、それを主人にメールで送ってもらっていて、「紅葉に陽があたり」とか、フレーズを思いつき、書いていることを話したら、『すごいですね!天才ですね!よくそんなフレーズが浮かびますね。』と言ってくれ、辛い事を行った時、涙ぐんでもらえた。主人が、“アイデア.ワクワク.ママ”と言った事を云うと、『そのとおりですね。』と言ってくれた。『楽しい生活工夫されているんですね。』とも云われた。

 1時過ぎから診察になり、この間、国道に飛び込みたくなったが、「ここまでやってきて死んでたまるか」と思いとどまった事を話すと、『それは、あなたは生きていなさいと、守ってもらっているんですよ。』と言われた。

 吉牛で少し遅い昼食をし、ユニクロでとしちゃんのスウェットを買って、宝塔寺へ行き、末寺へ嵯峨野の写真を持っていった。台所でお茶をだしてもらい少し話しをした。ふるさとの福岡の話などで盛り上がっていると、としちゃん、美味しそうなお菓子に目が映り、『頂いてもいいですか』といやしん坊をした。

 帰りに、また柿をもらったが、大分の奥さんの実家に植わっている柿を又送ってきたそうだ。としちゃんに、またサラダ作ってもらおう。

 イズミヤへ行き、ペアでポンチョを買った。(前から、としちゃんと、おそろいのが欲しかった)夕食の買物をし、家に帰ったら5時15分だった。

 今日は、二人とも、うれしい事が重なり、とっても楽しく充実した一日だった。

 

     2001. 11月 23日(金)
 悪夢で6時半に目が開いた。

 としちゃん、8時に起き、掃除機をかけてから、起こしに来てくれた。

 10時45分に家を出て、ウランの計画で、嵯峨野へ向かう。小春日和で、二人ワクワクしながら走っていると、丸田町通りの銀杏並木が、とってもきれいで、晩秋だなあと思った。

 嵯峨野に近づいて来た時、二人とも思わず涙が出てきてしまった。としちゃん、5年ぶりで嵯峨野の写真が撮れるので、感涙にむせび手を握り合い『やっと来れたね!』と言い合った。

 一台だけ車を止めるスペースが空いていて、ラッキー!

 まずは、“つたや”“平野屋”の紅葉を写しあった。としちゃん急に『上に行こ!』と言い出すので、『何で?』と思った。でも、さすがカメラマン、目の付け所が違う、紅葉が陽に輝いて、ものすごくきれい。早速カメラマンに変身。絶景の紅葉スポットで感動し、シャッターを押しまくった。

 撮影が一段落して、嵯峨野めぐりへと向かった。ものすごい人で、あふれていた。としちゃん、美味しそうに食べている人を見て、『ママ、お金、ちょうだい。』と言い、草餅をいやしん坊。私も昼食前にどうかと思ったが、『くやしい〜』と思い、思わず買って食べた。

 どう云う訳か、楽しみにしていた嵯峨野、そんなにうれしくない。土産物見ていても、みんなは元気なのに、私は、昔の自分とは違い、ちょっぴり淋しかったし、そんなにはしゃげなかった。

 “まゆ村”へ入って、やっとうれしくなってきた。車につける、まゆ人形を選び、としちゃんに記念の写真を取ってもらい、楽しくなってきた。

 町並み保存館へより、ノートにとしちゃん&ウランちゃんと書いた。広沢池へ行き、やっと遅い昼のお弁当。もう3時半だ。秋の広沢の池は初めてで(記憶に無いだけかも?)うれしくなってきた。としちゃん、『差し迎えで食べよう。』と言いお弁当を広げた。

 食べ終わって、私がノートをつけている間、としちゃん、昔のように一人で撮影に行った。私が病気になって以来、始めてのことで、私もうれしい。広沢池は、思い入れのある所で、胸にぐっとくるものがあったようだ。

 私がノートを書き終えた頃には、もう陽が沈んでいて、薄暗くなってしまっていた。少し寒くなってきたが、写真を撮ってもらい、池を後にした。

 渋滞にも逢わず、ダイエーによって夕食を買い、家に帰ったら6時15分だった。

 としちゃん、『ママのお陰でいい思いが出来ました。』と言ってくれ、私も、としちゃんに喜んでもらえた事がうれしく、お世話になった住職さんに、プリントをさし上げる写真が取れただけでも充分だと思った。

 夜遅くになって、今日行ってきたのが実感としてつかめず、悲しくなってきて、涙が出て止まらなかった。寝られそうも無いので、頓服のソラナックスを飲んで寝た。


     2001. 11月 22日(木)
 7時10分に起きてくると、昨日家の中で乾かしていたセーターが、パ〜〜っと出しておいてくれた。さすがだ。「そうだ!今日は木曜日、ディズニータイム。」と思い、「としちゃんにも撮ってみてもらおう。」と録画した。“リトルマーメイド”面白いとしちゃん喜ぶだろうな。

 散歩、遅くなったが、家を出たら雲ひとつ無い青空で、気持ちよかった。登校時間で、生徒で歩道がいっぱいだったので、名神の下を歩いた。

 何処へ行こうかと迷ったが、疏水を墨染めの方へ歩いた。国道まで出て、商店街へ廻り、サンクスへ行って、サラダ巻きを買った。

 わりあい温かく、手袋をはずし、ジャンパーのジッパーも開けた。顔がシャキットなり、気持ちよかった。

 “はなまる”カフェ、大竹しのぶで、面白い話たくさん聞けた。

 お昼のサラダ巻き、私が一人で出られなかった時、「よく買ってきてくれたな!」と思った。

 2時半に、階段の下で待っていたら、としちゃん、手の振り方、別バージョンにしたため、バイクを車庫に入れるのを忘れ、家の横に止め、『あっ!、忘れた。』と言って、慌ててUターンし車庫の中に入っていった。

 明日から3連休、紅葉の秋本番、予定がぎっしり。

 

     2001. 11月 21日(水)
 としちゃんが『行ってくるわ。』と言った時、よく眠っていたらしく、聞こえたのは聞こえたが無言のままだった。

 今日は、散歩を止めた。腰が痛いし、何か身体がしんどかった。

 “はなまる”ゆっくり楽しく見る。相変わらず、岡江さんは面白い人だ。原さんの10分ランキングも楽しく見られた。

 お昼になった。やっぱりこの季節はカレーうどんが、超うまい!昔と同じように楽々とカレーうどんが作れるようになり、普通に食べている。「良かったなぁ!」と思った。

 早い目に家を出て、イズミヤへスラックスを見に行った。アクリルの素材で温かそうで、腰がゴムで楽なので、グレーとベージュの2枚買った。これで充分冬が越せそう!

 夕食は、湯豆腐・餃子・えび豆で、とっても美味しかった。

 風呂には、草津の湯を入れ身体をゆっくり休め温まる。

 

     2001. 11月 20日(火)
 久しぶりにいい夢だった。
 福山君が、家に来て歌ってくれた。
 としちゃんが『今日は、誕生会があるし、10時から11時は電話出られへんしな。』と云い出勤。

 7時過ぎに起きて、内障子を開け外を見たら、陽がさしていたのでワクワクし、家を出たら、雲ひとつない青空で清々しかった。気分もすっかり持ち直し、「これで金曜日に紅葉(嵯峨野)も楽しく行ってこれる。」と思った。

 安協のおばさんに会い、『おはようございます。』と言ったら、『ちょっと待ってね。』と、車を止めて渡らせてくれた。ダイエーの近くの疏水の紅葉が見事で、青空に映えていた。橋を三つ越え、今日は気分もいいので、欲張って足を伸ばし、深草まで紅葉の土手を歩いた。春になったら、この木が桜の花でいっぱいになり、きれいだろうなと思った。

 途中、家の前で、真剣に体操をしているおじさんがいておかしかった。深草駅を見て、よくここまで歩けたものだと、うれしくなった。帰りは、直違橋通りを歩いた。立派な菊を玄関に置いている家が二軒あり、とってもきれいで、見事だった。

 昼ご飯を買いに、サンクスへ入ったら、ま〜るいサンタがあり、とってもおかしかった。ピクニック気分で食べたかったので、小さなお弁当を買った。

 帰り道、学校の門の所に立っていた中学生が、私にも『おはようございます。』といってくれうれしかった。

 帰ってケイタイしたら、『ようそんだけ歩けたな。良かった元気になって。』と言ってくれうれしかった。

 9時半頃、下の妹に電話し、昨日の手紙の礼を云い『落ち込んでいたけど元気になれたわ。』と言った。妹の旦那さんが、私と妹の顔を比べて、『おまえの方が大きいな!』と言って、ものさしで計ったと聞いて、おかしくなってきた。手紙の文章を誉めてやると、喜んで『ありがとう。あれ、3回書き直したんや。』と言っていた。布施明のコンサートの事なども聞き、『また、行くから。』と言って電話を切った。

 “はなまる”カフェ、山本耕史で、面白い話たくさん聞けた。

 買物に行く前に六地蔵のピット・ワンへより、自販機のソーダをおごってもらい『ママ、復活おめでとうございます!』と言ってくれ、二人で「カンパ〜イ!」としちゃん、店のパソコンで、インターネット。出ようと思ったら、急に、パソコンのチェックにいき、おまけに『あっ!そや、写真プリント用紙買わんと!』と慌てて買いに行った。急いで、イトーヨーカドーへ行き、おでんの材料を買って帰った。

 帰宅後、としちゃん、早速おでん作り、二人仲良く「ふぅ〜ふぅ〜」、『温まるね!』といいながら、おでんをつつく。

 寝る前“小津先生”を見たが、としちゃん、パソコンにはまり夢中、私はコックリコックリ、何のためにつけていたのやら?

 

     2001. 11月 19日(月)
 台所の電気が明るいので「いつまでパソコンしてるんかな?」と思っていたら、もう、としちゃんの起きる時間だった。寝室に来て『こんだけ長い事、闘病生活を続けていたら、お互いイライラしてくる。ごめんな。病気やから仕方ない。』と言ってくれたが、「病気」と言う言葉が、私の心に重くのしかかった。

 ずるいかもしれないが、今の私は、病気のことは出来るだけ考えず、としちゃんといろんな所へ行って、美味しいものを食べて、「そのうち病気が治っていけばいい。」と、ずっと思って生きてきた。それが、病気と言われた事で恐くなってしまった。

 気分がすぐれないまま、天気がいいので、昔住んでいた西浦のアパートまで、足の右小指が痛くなったが行ってみた。でも、何も思わず、むしろ、そこに住んでいた頃の自分を思い出し、「どうしてこんな病気になってしまったんだろう?昔の自分に戻りたい」と言う思いばかり頭に浮かび、何も感じないまま歩き、会社員や学校の生徒を見て、「みんなは、自分の世界がある。」と思った。

 もっと病気と向き合っていかなければならないのに、自分の性格上、こうしか出来ない。としちゃんが『病気やけど、言うていい事と悪い事があるんやで。』と言ってくれていたら、こんなに落ち込まなくてすんだと思う。今はもう、こんなんだったら、死んだ方がいいとまで思っている。

 変ええてきて、ケイタイしても、『それは分かってるて言うてんにゃけどな。』言うだけで、こんなに落ち込んだ私に、やさしい言葉も、「頑張って。」と言う励ましもない。私は、涙があふれて仕方がなかった。助けを求めてケイタイしたのに・・・・

 起きてからは、「病気の事は仕方がない。」と思えた。そのうち、としちゃんから『そんなに落ち込んでいるのか。辛かったやろ。』と電話してくれるのを待っていた。

 電話はかかってこなかったが、帰ってきて、ちゃんと「声をかけてくれる。」と思っていたが、『まだあかんのか?』と言われ、「人がこんなに落ち込んでいるのが分らないのか!」と腹が立ち、あきれ返ってしまった。こんな人とは思わなかった。

 喧嘩しながらも、「食べるものは食べなければ」と思い買物へ行き、落ち込んだ頭で「うな丼にしよう」と考え、夕食の時には、少しは落ち着いてきていたので、仲直りをしたが、食後、また、言い合いが始まった。

 下の妹から手紙がきていて、以前に撮った写真と、励ましのエールが入っていて、それを読んだ時涙があふれて、すごくうれしかった。

 結局、言い合いは寝るまで続いた。

 としちゃんには、ずい分不愉快な思いをさせ、心配をかけ申し訳なかったが、こんな病気になったショックは隠せなかったし、「辛い病気だな。」と思った。寝られそうもないので、頓服のソラナックスを飲んで寝た。


     2001. 11月 18日(日)
 『8時やで、起きよか。』といわれるまで、ずっと悪夢を見ていた。目覚めすっきりとはいかない。

 私が日記の下書きを書いている間、としちゃんが洗濯を担当してくれた。

 11時半に家を出て、東福寺へ向かった。駐車待ちが長くて、警備の人が交通整理をしていたのでどうなるかと思ったが、意外と早く駐車場に車を止められ、無料でラッキー!

 通天橋の見える橋のところでお互い写真を写しあい、としちゃんが昔から好きだった末寺へ行き、早速、カメラマンに変身、デジカメのシャッターを押しまくった。「かわみちや」の蕎麦がテントを出していて、護摩焚きが一時にあるので、それを待つ人が食べておられるんだな。

 雨がぱらぱらと降ってきて、橋の所で雨宿りしていたがだんだんきつくなり、不安になりお腹もすいてきて、イライラしてきて言い合いになり、奸悪なムードになった。雨がやみ歩き出し、私が仲直りしようとしても上手くいかず、末寺の方へ歩いていったあたりで、としちゃんの方から握手を求めてきて仲直り。

 私が『石庭のお寺、行こう。』と言い、光明院に連れて行ってもらった。さすが紅葉の日曜日、何時もなら人のいない時もあるのに、結構、来ている。縁側から見た紅葉が見事で、思わず写真を撮ってもらった。

 タクシーの運転手さんがお客さんに、『この窓から見るのが一番いいのですよ。』と説明しているのを聞いて、私もそこに座って写真を撮ってもらった。

 向こうの縁側へ行ったら、一人で来ていたおじさんがいて、
 お互い『伏見ですねん。』と言い、
 おじさんが『私、ここ初めてですねん。いい所ですね。』と言われ。
 私が『私たち、ここへちょこちょこ来るんですよ。いいとこでしょう。』と話に花が咲き、
 おじさんが『湖東三山も行った事あるんですが、東福寺の紅葉が一番ですね。』と言われた。

 おじさんは、近鉄の歩こう会に参加していて、一人で桃山から京都駅まで歩く予定だったらしいが、この庭があまりにもいいので、スッカリ腰を落ち着け、『ここでやめようかなと思ってます。』と言っていた。『ごゆっくり』と言って分かれた。

 きりん家へ行って、カレーを食べ、イズミヤで買物をして帰ったら3時50分だった。病気が治っていないことで少し落ち込んでしまった。

 夕食後にまた言い合いが始まり、寝るまで仲直りできなかった。あ〜ぁ!

 か〜っとしていたためか、寝られず、3時にソラナックスを飲んだ。


     2001. 11月 17日(土)
 朝、kyokoさんより、メールがきた。
 私の日記を『何気ない出来事に、幸せを感じる。』と、言う風に受け止めてもらい、うれしかった。写真も入っていて『とても美人で、元気そう!?』、としちゃんに、大阪城の私達の写真を送ってもらった、パソコンも出来ないのに、メル友がいる気分!

 11時半に家を出て、ファッション雑誌から抜け出したようなスタイルできめ?としちゃん、電車に乗るときからワクワクし、四条の階段を上る時、私を置いて、チョロケて跳ねながら上っていった。

 高島屋の地下で、リニューアルのため、551が何処にあるのか分からず、店員さんに聞いて、やっとたどり着いた。券売機になっていて、としちゃんはちゃんぽん、私は焼きソバを味わった。

 “冷静と情熱のあいだ”を見に、京宝へ向かう。チケット売り場は、若者でにぎわっていて、一瞬「座れるかな」と思ったが、いい席が取れた。若いカップルや女性がほとんどで、何か、恥ずかしいような?!

 「あおい」と別れた「順正」が最後の手紙を出し、「あおい」がそれを読んでいて、ふたりの出逢いから付合っていたようすが描かれていて、ロマンチックだなと思った。二人とも、十年後の「あおい」の誕生日にフレンツェで逢う約束をし、二人とも覚えていて、そこで逢えたが不器用なため別れたが、順正がミラノまで追いかけ、再会したシーンで、感涙にむせんでいたら、としちゃんが手を握ってくれた。としちゃんとラブストーリーに行ったのは初めて。竹野内豊かの演技力が素晴らしく、ケリー・チャンも美人で、ぴったりのカップルで、二人とも感動!

 帰り、寺町を通り、ニノミヤPCタウンで、パソコンの下見をし、高島屋へ行った。クリスマス・グッズを見てから地下へ降り、新しくなった地下を試食をしながら見て歩き、ウランが前から広告でチェックしておいた、おばんざい工房で、白身魚のあんかけ・こんにゃく七味煮・いわしマリね・ロールキャベツ(としちゃん好物)を二人楽しみながら容器に取り、「これはいいね」と言いながら選んだ。

 表に出たら、ネオンがまぶしくきらびやかで、『二人で、夜にゆっくり四条を歩くなんて、久しぶりね。』と、うれしくなって、四条の駅に向かった。藤森に着いて、歩いて帰るときも、ロマンチックな気分になり、腕を組んで歩いた。家に着いたら6時15分だった。

  

     2001. 11月 16日(金)
 目が開き、久しぶりに腰の激痛でさすっていると、ピンポンが鳴り、宅急便だった。「利之様ですか。」と言うので、『違いますけど。』と言うと、「失礼しました。」といったが、としちゃんが出たら『失礼なやつだ。』と言うだろうな。結局名前の読み違いだ。この間の車検証が、トヨタから送られてきた。

 宅急便で少し時間が狂った。昨日、おしゃれ着洗いしてもらったのが乾いたので、しまうついでに洋服ダンスの整理(これから着るものを取り易いように)をしたが、30分もかかってしまった。やっぱり衣替えって大変だ。

 FMを聴きながら新聞を読んだ。それから、また、としちゃんが帰ってくるまで、寝室へ行き布団に入った。

 12時40分に、セブンイレブンで鍋焼ききつねを買って帰ってきてくれた。としちゃん、うどんとだしを入れ、火を点けようとしたら、アルミ鍋が一つ穴があいていて大騒ぎ、結局、普通の鍋で作る羽目になった。何のためのアルミ鍋だ!

 このきつねが、美味しいので、一度としちゃんに食べてもらいたかった。『うどんに味が染み、モチモチしていて、お揚げも味がよくしみている。ものすごく美味しい!』と言いながら食べていた。

 歩いてダイエーへ行く途中、郵便局へより、写真の掲示板のお金を振り込みに行った。としちゃんデジカメを持ってきていて、疏水の桜の紅葉や夕日を撮ってから、ダイエーへ行き、焼きソバを食べ、本屋で立ち読みをしてから買物をして帰った。

 帰りしな、真っ暗になったが、それでもデジカメ取り出して、京阪電車なんかを取っていた。帰ってパソコンで見たが、電車の明かりが意外といい感じで取れていた。


     2001. 11月 15日(木)  
 『行ってくるわ、昼に帰ってくるしね。』と言って、出て行ったので、心強かった。7時22分に、何時ものように起きたが、「そうだ、生理だから、こんなに早く起きてはだめなんだ。」と思い、としちゃんに聞こうとケイタイしたが、留守電になっていたので、『お父さん大変やねん』と、慌ててメッセージを入れておいた。しばらくしてかかってきて、、相談して、9時半に起きる事にした。

 9時半から、日記の下書きをし、FMを聴きながら新聞を見、洗濯物をたたんで、一段落してまた布団の中に入った。

 としちゃん、12時40分に、お寿司を買って帰ってきてくれた。二人で楽しくテレビを見ながら食べ、一服してから、としちゃんにおしゃれ着洗いをしてもらった。たまりすぎて気になっていた。

 イズミヤ(六地蔵)へ行き、鍋用のカット野菜といわしのつみれを買った。帰りの大亀谷で、もう、庭の木に、きれいなツリーの飾り付けをしてある家があり『うちも来週あたり、飾りましょうね。』といいながら帰った。

 夕食は、何年ぶりかで、ちゃんとした鍋で、つみれ鍋をした。アルミの鍋と違い、ものすごく美味しく『夫婦仲良く、ふ〜ふ〜して食べましょうね。』と言って味わい、『久しぶりね。』と言った。雑炊も美味しく堪能した。

 11時過ぎから、少しだけメールを見せてもらった。「かわいい奥さん」なんて書いてあると、うれしくなってくる。これからも頑張って日記書こう。寝る前に、二人で楽しく“はなまる”を見た。


     2001. 11月14日(水)   
 としちゃんが『行ってくる。』と言った時、またいやな夢を見ていた。7時26分に起き、服着替えるのじゃまくさかったが、昨日、疏水を歩いて、気分晴れなかったので、それを取り返そうと家を出た。清々しかったが寒かったので、としちゃんのまねをし、ジャンバーの袖に手を入れて歩いた。

 聖母の子供達が登校してきて、帽子の似合う子も、似合わない子もいるが、よく見ると、どのこも髪の毛を耳にかけていた。私も紅葉を見に行く時、まねしよ〜っと!

 疏水を墨染めのほうへ散歩し、国道も渡り、昔好きだった白いお家を見て、商店街へ向かう途中の家の、ピンクの山茶花がきれいだった。国立病院の紅葉がきれいだったので、帰り道はそっちと決めたが、また国立の中へ行きたくなって、中に入り、ソファーにオープンカフェー気分で座り、横を見ると、ツワブキやもみの木が植えてあり、いい雰囲気。横を見ると喫茶深草の明かりがついていて、行ってみると営業しており、コーヒーを飲んでいる人がいた。よくここで食べていたので懐かしい。

 団地の横を通ったが、ここも紅葉がきれいだった。中学の前では、ベビーカーの赤ちゃんに手を振っている男子中学生がいた。「やさしい子だなぁ!」と思った。

 家に帰ってケイタイし、オープンカフェの事話すと、『へ〜!そんなん、あるのん。』と、驚いていた。

 “はなまる”カフェ、大阪弁の映画監督だったが、面白いおっさんで、書く事がいっぱいあり、腕が疲れた。

 お昼はカレーうどん。やっぱり、温まるし超美味しい。としちゃんも食べたかな、蜂蜜りんご入りって知っているかな?

 としちゃんが帰ってきた。『サンタさんより電話があって、としちゃんも特例で、パソコン、プレゼントしてもらえる事になりました、ただしお約束があり、おりこうにしている事と、何時も、かわいいとしちゃんでいること、それを守れなければもらえないよ。』と話すと、大喜びして『守りま〜す』と言った。

 イトーヨーカドーへ行ったら、今日はフライの日。晩ご飯はかきフライ、刻んだキャベツも買った。それと、ふきの煮物、今日も美味しくご飯をいただけた。

 今日から、としちゃん、しばらくお風呂は一人、『僕、頭洗う日?』と聞くので、頭をなでて『今日は洗う日。』と念を押しておいた。

 としちゃん、お風呂上がってから、も熱心にパソコンをやっていた。『でも、独学でここまで出来るようになったなあ。』と感心。楽しそうにやっているのを見て、「よかったなあ」と思った。


     2001. 11月13日(火)   
 としちゃんが『行ってくるわ。』と言った時、またいやな夢を見ていたらしく、『私、何か言った。』と聞いた。

 としちゃん『今日は、お稲荷さん行こうね!』と言ってくれた。昨日行けた記念に写真を撮ってもらう。うれしい〜!

 昨日も、私の買ったあんぱんを、あんなに美味しそうに食べ、喜んでくれたので、「すごく、買ってきた甲斐があったな。」と思ったし、うれしかった。

 7時16分に起き、新聞を見たら、飛行機事故が大きく載っていて、「前のテロの時みたいにテレビがなくなったらどうしよう。」と思って、不安を抱えながら歩いた。昨日は、「聖母の子の帽子がかわいいな。」思ったのに、今日は、横断歩道のおばさんと生徒が。、抱き合って『おはよう。』と言っているのを見て、「私は一人ぼっち」と思い、疏水も深草の手前まで行ったが、ただ歩いているだけで、それに、紅葉もなんとも思わなかった。

 南座の“智恵子と光太郎”のポスターを見て、智恵子の病気の事を思った。疏水を歩いている女の子達が、皆、としちゃんと同じように袖の中に手を入れているのを見て、おかしかった。帰りは、反対の疏水を歩き、サンクスに行くと小さなお弁当が有りうれしかった。木下大サーカスのパンフレットがあり、懐かしくなりもらって帰り、歩きながら見てしまった。

 今の生活は、仕方がないけど、私の性格上、「孤独だなあ」と、少し落ち込み帰って来た。“はなまる”つけたらやっていて安心!

 落ち込んで寝ていたら、友達から電話があり、下の娘さんの大学受験の話(美術大学すごくお金が要り、4年間で700万円)、嵯峨野の“まゆ村”の事を聞かれ、『子供が受かったら、連れて行ってやろうと思っている。』と言われた。宝塔寺の話しをしたら、『今、月参りしてもらっているお坊さん、何も話さんと帰ってしまう。そこの住職さん、紹介してくれへん。』と興味を持っていた。

 電話を待っていたので、うれしくなり、元気が戻ってきた。

 “はなまる”カフェ、角替和枝さんで、とっても面白い女の方で、スッカリ楽しめた。お昼の、小さなお弁当、いろいろ入ってちょうどいい。としちゃんと食べたらもっと美味しいだろうな!

 4時20分頃出かけ、昨日、電車で稲荷へ行けた記念に写真を撮ってもらおうと、二人で稲荷へ行った。黄昏に火がともり、鳥居の赤が映え、幻想的な気分にひたり、朝とはまた違った趣で、としちゃん、高鳴る気持ちを抑え、カメラマンに変身シャッターを押していた。私の記念写真を撮りに行ったつもりが、としちゃんの撮影会になり、ウランは、単なるアシスタントになってしまった。

 観光客気分になり、土産物やさんの所をウロウロし、あんぱん屋さんの所まで行き、そこでも記念写真を撮ってもらった。

 冷えた身体を温めるため。イズミヤで、マクドのホットココアを飲み、買物をして帰った。

 としちゃんが、会社の人から、USJのお土産をもらってきたが、一瞬、袋を見てディズニーのかなと思った。お土産なんてもらうのは久しぶりで、それも顔も知らない方からなんて、涙が自然に出てきてしまった。


     2001. 11月12日(月)   
 5時半に、とってもいやな夢み、内容を聞いてもらい、
 『そんな夢かなんな。』と言ってくれた。

 『私、散歩にいけるやろか?気分悪い。』と言ったら、
 『よく努力なさってますね。と先生が言うたはったやろ。』と励ましてくれた。

 7時10分に起き、内障子を開けてみたら、地面はぬれていたが、陽が差していたので、『夢くらいで、負けてたまるか!』と思い、心の中で「胸の奥で♪・・・・」と流れてきて、「Gパンにブーツを履けば行ける!」と思い、「電車で稲荷まで行こう」と外へ出、藤森駅が見えてきたとき、うれしくなった。

 キップを買い、ホームに座った時、「とうとうやってしまった。」と思った。私も一人で電車に乗れる。

 電車に乗ると、通勤の人でいっぱいだった。「7時台の人も意外といるな。」と思い、何とか座る事が出来た。深草駅で急行待ちをしている時、太陽がまぶしいくらいだった。稲荷の駅で降りた時は、うれしさが倍増して、「きつねの煎餅(としちゃんの好物そう)を帰りに買っていこうかな」と思い、真っ直ぐ稲荷の参道の階段を上り、鐘を鳴らして手を合わせ「病気が治りますように」と言い、鳥居が二つに別れている所へ行きたくて、近くにいたおばさんに聞いて行ったが、薄暗くて、変な人が出てきたらいやなので、引き返した。

 としちゃんが何時も車を止めるとこの木が、鮮やかに紅葉し、鳥居が青空に映えていた。としちゃん見たら「感動するだろうな」と思った。

 さすが稲荷、朝のお参りする人もけっこういて、観光バスも来ていて「今日一日、よろしくお願いします。」と声をかけていた。雨上がりの朝の稲荷は清々しかった。

 帰りに、昔よく買ったあんぱん屋さんで、「としちゃんと食べよう、喜ぶだろうな。」と思い、大納言を買った。「やっぱりアンパンはこれでなくっちゃ」と思いうれしくなった。

 稲荷の駅でキップを買ってから、紅葉のパンフレットをもらい、向かいのホームのきつねを見たら実感がつかめ、神馬堂のポスターも有りうれしくなった。

 電車に乗ったら、今度は、生徒でいっぱいで、藤森に着いたら、階段の所で押されそうになり、ちょっと待ってから改札口を出た。道も生徒であふれていて、向かい側を通って家に着いたら8時前だった。

 早速、としちゃんにケイタイしたら『へぇ〜!夢やろ、ほんとうか?心臓止まるわ、うそやろ!』と、驚いていた。

 ラジオをつけたら、昔よく歌っていた“ただ泣きたくなるの”が流れてきて、いろいろな思いがめぐり、涙がじ〜んとした。

 洗濯多すぎて「廻るのかな」と不安だったが、手で押し込み何とかできた。“はなまる”カフェ、南こうせつで、ほっとできるお話だったが、書く事が多くて、指先と腕が痛くて、大変だった。

 乾きやすいように、うまく干せてる洗濯物を見て、われながら感心し、きつねうどんを、「美味しいな」と思いながら、幸せをかみしめていた。

 FMから、ユーミンのバラード集が流れてきた。秋はやっぱりバラード、心に染みるし、秋って一年のうちで一番楽しめる季節で、私は大好きだ!

 としちゃんバイクで帰ってきた時、横を向いて知らん顔してやったら、『見てくれなきゃ!ママが横を向いていたのでは、意味がない!!』と甘えていたが、『気付かなかったわよ、公園へ行こうとしていたの。』と言った。

 夕食の時、南こうせつの話の事で、自分の考えと違う事を言われたのでイライラし、険悪になり、喧嘩になったが、夕食後には仲直り!ぁ〜よかった!


     2001. 11月11日(日)   
 悪夢で、6時20分に目が開く。

 としちゃん起きた時、髪の毛がピンと跳ね上がっていたので『あっ!オバQだ!』と言うと、「芸術は爆発だ!』と古い事を言っていた。

 起きた時は寒かったので、としちゃん、ストーブの前で、ぼーっとしていて、ウランの指示で、やっとパンの用意に取り掛かった。

 としちゃん、天気がいいので、『シーツ洗うわ。』と考え付き、その間私は“サタスマ”の中居君の保母を見、その後、ウランが予定していた、冬物の衣替えを二人でした。タンスに敷いてあった紙も敷き変え、ほかす物とあげる物を分け、大変だった。ウランきびきび指揮し、としちゃんもその通りしてくれ、重たいこうりを持って手伝ってくれた。やり終えるとうれしくなってきた。

 お昼は、第一旭へ行った。久しぶりのラーメン、美味しかった。やっぱりラーメンはここに限るな。後から入ってきた若者とおっさんは、ジャンボラーメンに餃子・ライス、おまけにラーメンにニンニクとコチジャンをたっぷり入れていた、ビックリ!としちゃんには、まねできないな。

 六地蔵のイズミヤへ行き、靴屋さんをのぞいたら、TOROYのスニーカー2900円が980円になっていたので、としちゃん仕事用に買ったら、まだそれから5%引き、ラッキー!

 試食をしながら、買物をし、3階の本屋で家計簿を買い、帰りにセブンイレブンへ寄って、鍋のきつねうどんを買ったら、50円引き、ラッキー!4時20分に家に帰った。

 一段落してから、おぜんざいを食べ、その後、日記を書いた。

 夕食は、ナスのはさみ揚げ・白和え・高野豆腐とシジミスープ。食事中、喋りすぎたため、何回も口の中を噛んだ。としちゃんに『喋らなくなる薬を、先生にもらったら?』と言われた。

 食後、昨日、琵琶湖で撮ったデジカメ写真の上映会。

 風呂上がってから、としちゃんがパソコン打っている間、河相我聞のエッセーを読んでいたが、持ったままうとうとしてしまい、としちゃんに『ウランさん、寝ましょう。』と言われ、『おねむのとしちゃんに言われたくないわ。』と思った。としちゃんだって、おねむだったらしい。


     2001. 11月10日(土)   
 悪夢(仲間外れにされた)で6時に目が開く。それからうとうとして、『8時16分やで。』と言われて起きた。仲間はずれにされた夢で、淋しかったので、窓に立ち二人腕を組んだ。空を見上げたら青空だったので、感動!うれしい!

 パンを食べながら、二人で協力し洗濯を2回廻し、としちゃんに干してもらっている間に、病院へ出かける支度をした。

 二人とも、ファッション雑誌から抜け出したスタイルで決め、10時10分に家を出た。新車(実は代車)に乗って、川原町通りを通ったら、京宝で、若いカップルの行列ができていた。“冷静と情熱の間”来週見に来る予定だが、けっこう混むみたいだな。

 10時40分に病院へ着いたが、ものすごく混んでいた。2時間ほど待っても呼んでもらえず、順番を聞きに行ったら、後4人。やっと名前を呼ばれ、後一人となったが、新患で病状のきつい若い子で、両親も話しをしていて、とんでもなく時間がかかり、1時40分にやっと診察室に入った時、ほっとした。

 先生が『長い事待たせましたね。先週が文化の日で休みだったので、混んでいたんです。』と言われた。手帳に書いてある事を一通り話し終えると、『軽いそう状態ですね、アナフラニールを他の薬に変えましょう。あまりテンションが高いと大変ですからね。』と言われた。悪い時も何とか頑張った事を言うと、『自分でよく気持ちを持ち上げられましたね。』と、ニコニコ笑って話された。

 昨日が、としちゃんの誕生日だったので、ウランのアイデアで、今日、一日遅れの誕生祝で、大津の“かつくら”へ車を走らせた。途中、岡崎を通ったら、疏水の並木の紅葉が青空に映え、二人とも感動!浜大津を通り抜け、“かつくら”の看板を見た時、久しぶりなので、うれしくなった。

 としちゃん主役で、乾杯!『抱負は。』と聞くと、『二人仲良く、一生楽しく過ごしていくことで〜す。』と答えてくれた。「美味しい!」こんなに柔らかだったんだな。赤だしもキャベツもお代わりし、大満足。「美味しいね!」と言い合って食べた。

 『なぎさ通りを歩こう。その後、プリンスホテルに行こ。』と言ったら、としちゃん『プリンスホテルに車止めとくわ。』と、グッド・アイデア、さ〜すが!におの浜を歩いていると、“ラブレター通り”と言う看板が立ててあった。「へ〜!考えたものだな。」と感心、そこで写真を取ってもらった。

 としちゃんデジカメまで持ってきていて、ウラン、ビックリ!『あたりまえでしょう。カメラマンなんだもん。』チャッカリしている。

 プリンスホテルへ戻り、としちゃん『一番上まで昇ってみよう。』と言ったので、38階まで昇ると、素晴らしい琵琶湖の夜景が見られ、二人ともしばし感動して、としちゃんシャッターを押し続けた。

 下へ降りて売店へ行って、買物をして帰った。夕闇に輝くミシガンを横目に京都へ向かった。ヒカリ屋で、四国のしっぽくうどんを買い、トヨペットへ車を取りに行き、家に帰ったら7時だった。

 としちゃん『こんなの素晴らしいバースデーを迎える事が出来、幸せだなぁ〜』と感涙にむせんだ。二人とも、こんなに頑張っているから、こんな思いが出来たんだな。


     2001. 11月 9日(金)  
 色々な夢を見、5時半に目が開く。お互い『今日一日頑張ろう!』と、握手。7時15分に起き、“ディズニー・タイム”を見る。ミッキーとミニーがドライブに行き、それを一緒に行ったドナルドが邪魔をする話だったが、すごく面白く、声をあげて大笑いしてしまった。としちゃんにケイタイしたら『僕も一回見てみたいな〜!。』と言っていた。

 9時過ぎに、下の妹に電話した。『明日、京都会館に布施明見に行くねん。』と喜び、『主人が、狂牛病危ないし、肉食べたらあかん云うし、焼肉も、すき焼きも、してへんねん。カレーも肉使ってへん。』と言うので、「馬鹿みたい、そんな事言うてたら、そうでなくてもレパートリー少ないのに、もっと困るで。」と思い、おかしくなった。そんなこんなで10時半まで話していた。

 一度寝室へ行き(自分でもおかしい)10時40分になったので、マニュアル生活の始まり。パンを食べていたら、「ゆーきやこんこん♪・・・・・」とスピーカーが鳴り、灯油を売っている車が通った。これだな、この間FMで言っていたのは。

 “はなまる”オープニング森尾ちゃんが、クリスマスツリーの事で喋りすぎ、メモ取るのが大変だ。もうすでに森尾ちゃんは飾っているらしい。早いな〜!カフェの高橋克美の話も面白かった。としちゃんに、ちゃんと聞いてもらわなきゃ。

 セブンイレブンのきつねうどん、具を入れてほっておけばいいので、すごく楽で、お揚げが出しにしみ、うどんもモチモチしていて、すごく美味しかった。

 久しぶりに“徹子の部屋”を見た。内田也哉子で、子育てママで、エッセイ本や絵本を書いているし、モックンの奥さんで、興味があった。

 2時半になったので、お出迎えのため表に出たが、なかなか帰ってこないので、向かいの公園で紅葉を眺めていると、バイクの音がした。としちゃん『表の戸が開いているのに何処にもいいひんし、何処行ったんやろ思てた。』と言ったので『公園にいてたんや。紅葉がきれいだから、見てごらん。』と言って見せてあげた。


     2001. 11月 8日(木)   
 悪夢で、5時半頃目が開き、気分がすぐれず、ちょっぴり淋しかったが、昼食が買ってないため、7時半に買いに出かけた。

 淋しさのためか、学校の掃除のおじさんや、横断歩道で旗を持って交通整理をしている、安全協会の腕章を巻いたおばさんに話し掛けた。おじさんは、愛想が悪かったが、おばさんの方は、愛想よく、笑って礼をされた。

 疏水の方を回って国道へ行き、ぐるっと商店街を回っていこうとしたら、うずら保育園のところで、ヘルメットをかぶった父と子が、中へ入って行った。サンクスの近くでは、お湯のいっぱい入ったどんべいを、そろりともって歩く若者を見た。「皆、それぞれ大変で、いろいろ有るんだな」と思うと、なんだか救われたような気がした。

 サンクスへ入ったが、今日の気分では、いろいろ入ったお弁当は無理だと思い、サラダ巻きを買った。レジの横に、この間、父が福祉で買ってきたポテトチップスが置いてありおかしかった。

 帰り道で、マザコン男発見!大きな籠を持っていたが、あとで考えると、あれは地蔵盆の時にもらったランドリーかごだ、あんなものを持ち歩いているんだな。おかしくなってきた。

 ケイタイして、色々聞いてもらい『そんな、落ち込んでるのか。』と、心配してくれた。寝に行って“ぽっかぽか”の主題歌を口ずさむと勇気づけられ、としちゃんと温かい家庭をもてているので、元気をだそうと、10時のベルが鳴ったとき「私の一日が始まるのだ。よ〜し!」と思い、洗濯の脱水2階廻し、量がやたら多かったのでちゃんと干せるか?一瞬不安だったが、ちゃんと干せ、空も少し明るくなってきたので安心した。

 “はなまる”オープニングから色々面白い話が聞け、カフェ、ケリー・チャンで、今度見に行く映画のヒロインで興味があり、メモをたくさんとった。

 お昼、サラダ巻きを食べる時、「あんな気分で、よく買ってこれたな。」と思い、「げんきになれて良かったな。美味しいな〜!」と思った。“はなまる”見ていても不安で淋しかったが、食べ終えて、朝、としちゃんが言ってくれた言葉を思い出し、淋しさも和らいでいった。

 今晩はしし唐を食べようと、としちゃんとスマイルに行ったが、しし唐がなく、美味しそうな蛸きゅう・さばの煮つけがあり、おふくろの味って言う感じで、これに決まり。トヨペットへ車検に持っていき、代車でイズミヤへ行った。プラッツと云う車だが、スプリンターと比べると乗り心地が悪い。仕方ないか2日だけだ。

 イズミヤで、明日の昼の、きつねうどんがなかったので、コンビニへよって帰った。あちこち行ったため、帰りが遅くなって6時20分になってしまった、後がせわしない。

 夕方からテンション高くなり、喋りすぎ、としちゃん『その方が、ウランらしいよ。』と言った。

 寝る前、“あすなろ白書”を見たが、なかなか終わらないので、としちゃんが『最終回やし、長いん違うか?』と言ったので、ストップ!時間も遅いので、寝る事にした。


     2001. 11月 7日(水)   
 ぐっすり眠って目が開くと、としちゃんが布団に座っていたので、少しお喋りをした。7時15分に起き、戸を開けると雨が降っていたので、一瞬どうしようかと思ったが、昔、自分が使っていた傘があったので、それを差し、名神の下を通り真っ直ぐ行った。緑のおじさんがいて、生徒にやさしく『おはよう。』と言っていた。ほほえましい光景。

 雨なので、商店街の方へ行くことにした。ワンルームから寝坊したらしく、慌てて走っていく若いビジネスマンを見かけた。その先にまた新しい喫茶店が出来ていた。

 国立病院が見えたので、行きたくなり、中へ入ったら暖房がついていて暖かかった。外が寒かったので、うれしい!外はだいぶ変わっていたが、受付は昔とちっとも変わっていず、血圧計で計ろうと思ったが、うまく出来なかった。売店には、きれいなブーケが置いてあり、喫茶深草もちっとも変わっていない。「よくここでカレーを食べたなぁ〜」と思った。

 雨のときは、何時もとしちゃんに「エスコートしてね。」と言っているのに、今日は、一人で傘をさして歩け、「私も普通の人と同じだ。」と思うと、うれしくなってきた。

 団地のあたりから、雨もやみ、晴れ間がのぞき、公園の紅葉がいっそう鮮やかさをまし、とてもきれいだった。隣のご主人が、出勤するところだったので、礼をして、家の中に入った。身体が冷えたのでコタツに入ったら「なんだか足が熱いよ〜。」と思ったら、としちゃんがコタツを勝手にきつくしていたのだ。「まぁ、あの人の自由になる事は、これぐらいしかない。」仕方がないなぁ。おかしい。

 ケイタイして、としちゃんに報告、また、ビックリさせてしまった。それから寝に言って、「10時のベルまで長いなぁ」と思って時計を見たら10時40分、慌てて起きた。

 お昼、「カレーうどんを作りましょ♪・・・・♪」と、シンガーソングライターに変身。今日みたいな寒い時、温まって美味しい!としちゃんも、ちゃんと作って食べたかな? 

 寝ていた時、あまりにも寒かったので、一人で冬支度、冬物のパジャマを出した。

 トレーナーが欲しかったので、イズミヤへ買物に行ったついでに2階へ上がり、いいのはないかと探したら、明るい色のトレーナーが有ったので、うれしくなって買った。

 下へ降りて、寒くなったので、入浴剤を見に行ったら、旅の宿が安売り。ラッキー!おばあさんも喜ぶだろうし、私も今日は寒いので、お風呂に入るのが楽しみ!草津がいいかな、別府がいいかな。

 夕食は、酢豚・はんぺん・高野豆腐と野菜の煮物で、とっても美味しかった。

 メールが来ていたので、見せてもらった。私の事、「かわいい奥さんで、ほほえましい夫婦」と書いてあってうれしかった。大阪城の写真のプリントが出来ていて、それを見て、11時半から、“恋は何年休んでますか”を見た。


     2001. 11月  6月(火)  
 8時に起き、「そうだ、宝塔寺へ行こう。」と思った。この間の柿の礼を言わなければ。

 宝塔寺の、柿をもらった末寺のピンポンを押し、
『お参りさせてください。』と言い、礼だけ言って帰ろうと思ったが、奥さんが、お茶と上生菓子を出してくださり、住職とお話をし、病気の事を話していたら、他のお寺の住職が来て、話に加わり、
『祇園の料亭の女将が鬱になって、入退院を繰り返している。あなたもその人とよく似ている。』と言い、『あなたは、顔色がいい。もう直ぐ治りますよ。頑張ってください。』と言われた。その後、
『鬱は、夫婦で乗り越えていくしかない。』と言われた。
末寺の住職が『縁は異なもの味なもの。』と言われた事によって、私の人生にとっての巡り合わせ、出会いだと思い、ありがたいお言葉だと思い、感心した。

 その祇園の女将は、店を切り盛りし、バリバリ仕事をやっていた人らしい。そんな人でも鬱病になるんだなあ。

 家に帰ってきたら、一軒おいて隣の奥さんが、家の方を見て立っていた。「いやだなあ!」と思ったが
『雨がやみましたね。』と声をかけたら、
『奥さん、この頃見いひんね。』と言われたので、
闘病生活、入院していた事等を云うと、
『私の息子、今、入院していて、一生治らないの、最後には寝たきりになって死んでしまうの。』と涙を流しながら『私が元気なうちにお金を残してやろうと、休みなしで働いているの。』と言われ、
『奥さんどうもないですか?』と言うと、
『大丈夫です。』と言われ、『親が一番辛い。奥さんは治るんだから、頑張って。』と言ってくれた。
『頑張ってね。』と、私も言って、家に入った。

 としちゃんにケイタイし、報告したら、ものすごくビックリしていた。

 今日のお昼は、としちゃんが買っておいてくれたおにぎり弁当。値段の割にボリュームたっぷりでとしちゃんの愛を感じた。

 天気になってきたので、手すりを拭いて、洗濯物を外へ出したが、また雨がきつくなったので中に入れたりで、忙しかったが、そんな事が出来るようになった自分が、うれしくなった。

 イトーヨーカドーへ買い物に行ったら、カレーうどん100円引き、ラッキー!としちゃんの分もついでに買った。としちゃんも会社で、一緒のものを食べる事になる。おっかし〜!

 寝る前に“あすなろ白書”を見ていたが、あくびが何回も出てきたので、今日はねられそう、安心。


     2001. 11月  5日(月)  
 いやな夢で、夜中にうなされて目が開いた時、としちゃんが手を握ってくれた。それからまた良く寝たようで、としちゃんの行く時、まだ寝ぼけていた。

 7時半頃起き、ケイタイしたが、留守電になっていた。また持つのを忘れているのだな。

 9時過ぎに、母に電話をした。土曜日の礼と、昨日大阪城の菊花展へ行って来た話をしたが、土曜日に病院の事あれだけ説明したのに、全然理解できていなかったみたいだった。大阪城の事は、母が若かった頃、大阪にいて、府庁の近くにいたので、懐かしくていろいろと話した。父とも少し話し、『おまえは、親孝行や。ようやってくれる。』と言われ、うれしくなってきた。妹二人は、ほとんど父とは話、しないから。いろいろ話しているうちに、一時間ぐらいはたち、私のマニュアル生活の時間なので、慌ててきった。

 “はなまる”も、楽しく見られ、お昼の、きつねうどんも美味しかった。

 どう云う訳か、夕方前からイライラしだし、としちゃんや、おばあさんの悪口(ほんとうの事だけど)を言ってしまい、としちゃんを怒らしてしまい、必死で訴え、声をからし、喋り続けながら謝った。

 買物をしていても、夕食のメニューも、決められなくなり、としちゃんが『湯豆腐にしたら。』と言ってくれ、やっと決まった。帰ってからも、また悪口を言ってしまい、天気予報の最中も喋りつづけて、『静かに!』と怒られてしまった。

 自分が一人で買い物に行けないことや、病院に行けない自分が情けなく、こうやってしょっちゅう喧嘩になるんだろうと思うが、私にも分らない。

 としちゃんが、『黙ると言ってから、いつまでも、また、喋っている。そんな事言うてたら寝られへんようになるで。』と言ったので、『メール見てたら、鬱の人が皆イライラして、こうなったはるのん解からへんのか!』と言い返してしまった。

 夕食中に、いったん仲直りしたが、風呂上がってから、また、としちゃんの仕事のことで喧嘩をしてしまった。

 としちゃんが、座椅子でイビキをかいて寝ている横で、『あ〜ぁ、私が昔に戻れているなら、こんなに朝早く出勤しなくてよかったのに。せめて、11時に寝かせてあげて、私一人で12時半まで、甘えずに起きていなければ。』と思ってしまった。

 あくびが一度も出なかったので、頓服のソラナックスを飲んで寝たが、それでもなかなか寝付かれなかった。


     2001. 11月 4日(日)   
 2時頃に目が開いてしまい、ず〜っと昔のレンドルミンが残っていたので、それも追加で飲んで寝た。早朝、目が開いた時、『行くわ!』と決めた。(この時はまだ、行けなかったらよけいに恐くなると思っていた。)

 『8時で〜す。』と、気分よく起きられ、『空を見てご覧なさい。』と言うと、『向こうの方が、青空が見えてますから、大丈夫です!』と、としちゃんが云い、早速、洗濯を廻し、干して、朝のパンを食べずに、出かけた。

 プレーベンでお昼のサンドイッチを作ってもらい、高速の桂川Pで、うどんを食べた。お客様感謝デーで、試食がいっぱいあり、行く前からもう試食。

 吹田から近畿道へ入って、阪神高速に乗ったが、法円坂出口が分からず、としちゃん少し焦ったが、私の励ましで、環状線を一周してきたら見つかった。府庁前Pに車を止め、としちゃんの頭をなでてあげた。

 築城70周年と菊花展で大勢の人でにぎわい、お城が見えて感激。きれいなオブジェや立派なモニュメントがあり、今まで見た事がない、すごく見事なもので、感動で一杯になり、二人写しの写真のシャッターを、近くにいた人に押してもらった。予想していたよりも、全然違い、『わ〜!すごいなぁ〜!』と二人で言い合った。

 としちゃん、デジカメをフルに使い、シャッターを押し捲り、感涙にむせんだ。(ちょっと大げさか?)眺めのいいベンチが有ったので、サンドイッチと温かい紅茶で昼食、右に新NHKビルがそびえ立っていた。七・五・三のせいか、童謡が流れてきて、のんびりし、とても美味しかった。

 天守閣に見とれ、シャッターを押し、としちゃん、なかなか進んでくれなかった。

 みやげ物店を覗いたら、ハローキティー(地方限定)が有り、「“はなまる”びびっとでやっていたのはこれだな」と思った。

 その後HNKを覗いたが、見学待ち40分、諦めて帰路についた。

 始め真剣だった、としちゃんも、阪神高速の入り口の看板を見たら、冗談も言えるようになってきて、一安心。『さすが!大都会。すごい!』とビルの中を抜けて、吹田のPへ着き、たこ焼きを食べて一服。としちゃんコーヒーも飲んでゆっくりとした。みんなの食べている、カレーのいい匂いに誘われ、晩のカレー弁当を買った。ここにも菊花展があり記念撮影。

 帰り、コンビニへ寄り、家に着いたら5時10分だった。

 二人とも、秋の一日を、ゆっくり堪能でき、楽しく「幸せだなぁ〜」と思った。


     2001. 11月  3日(土)  
 今日は、8時過ぎに起きた。私はゆっくり旅番組を見、としちゃんは、写真をパソコンに取り込んでいたが、途中でパソコンが壊れ、私が励まし、一からやり直し。復旧した。

 1時20分に出かけ、こまち寿しで昼食。2時半に実家に着いた。父が3時に帰ってくるので、うるさくならないうちに、母に写真を見せ、病院の先生の事でいろいろ有った事を話しをしていたら、父が早めに帰ってきた。少しややこしくなってきたが、何とか母に話は聞いてもらえた。

 父に“ダンシング・サンタ”を渡すと『わしこれ欲しかってん。平和堂で見たけど、あかん云われて・・・』、やっぱり!! 仕方ないから、大きなサンタさんと並んで写真を撮って辛抱したらしい。大受け、おかしい! スイッチを入れ歌って踊りだすと、喜んでニコニコごきげん。ずっと、うれしそうにしていた。

 帰りに、例によって、お金と朝から煮たおかずと写真立てや、いろいろ、ユニクロの大きな袋にいっぱいもらった。

 帰りユニクロへ寄り、私がチェックしておいた、としちゃんのハイネックTシャツを買いに寄った。としちゃん二枚も買えて『僕買っちゃいました。』と大喜び。

 晩に、明日、大阪城へ着ていく服の用意の時、どれを着ていいか分からなくなり、必死で、としちゃんに聞いたが、ちゃんと言ってくれず、喧嘩になり、『それやったら、行くの、やめよか。』と云われ、興奮したのか、寝られず、ソラナックスを追加で飲んだ。明日行けるかな?

 

     2001. 11月  2日(金) 
 朝、としちゃんが行ってから、うとうとし、7時半になったので、慌てて起き、ディズニータイムを見た。ミッキーとライバルの話で、面白くて、手をたたき声をあげて笑ってしまった。その後も、落ち葉でミッキーやプ〜さんを子供達が作っていて、としちゃんが見たら喜ぶだろうな。

 もう一度寝に行き、10時に起きた。三島池の写真を見ながら、紅茶をチンしている時、「あっ!40分に起きる日だ。どうしよう?」と思ったが、「パジャマ洗えば!」と思い、洗剤を八文め入れた時、「何とかなる」と思った。

 としちゃんにケイタイしたら、『よう、頑張ったな!』と言われたが、不安もあり素直に喜べなかった。パジャマを干せ、自信が持ててうれしくなり、もう一度ケイタイして、『さっきはごめんね、・・・』と言った。

 “はなまる”カフェ、“さだまさし”で、話し上手で面白かった。森尾ちゃんのコーナーは、カッップメンで、下の妹向きの番組で、参考にならなかった。

 お昼は、アルミ鍋のきつねうどん。簡単に作れ、温まるので、楽で美味しい。食べてる時は夢中になってしまう。

 momoの五周年の広告を見た時、五年前、妹と行ったときの事を思い出し、ちょっぴり悔しかった。でも、ディズニーストアが有るのを発見!チェック出来うれし〜!今度行こう。

 2時24分、表に出、学校の花壇の大理石の座り、ちょっぴり冷たい風を受けながら、遅いなと思って待っていたら、としちゃん、バイクで、他所のおばさんの後ろに隠れて来た。おばさんが変な顔していたので、『としちゃん、引ったくりと間違えられますよ。』と注意した。

 『今日洗濯しておいたので、明日、大阪城へ早く出かけられますよ。』と、としちゃんに云った。後は夕方の天気予報を見てから!

 残念、明日は昼から雨。実家へ行く事に変更。リュックをしまい、実家に持っていくものの用意をして、実家に電話をしてもらった。


     2001. 11月 1日(木)
 目覚ましがなっていたのに、としちゃん、なかなか起きず『目覚まし鳴ったで。』と、起こし、その後また、うとうとし、目が覚めたら7時47分だった。ちょっと遅かったので、としちゃんにケイタイし、相談してから散歩とコンビニへ出かけた。

 藤森の名神横の公園は、たいした事なかったが、ローズセンターの紅葉を見た時、昔、私一人でダイエーへ行った時と同じ気分になった。サンクスに行くと、商品が入ったとこで、品揃えが豊富で一瞬迷ったが、プチ弁当に決め、買う時うれしくなった。

 帰り道、聖母に子供を送っていく、ヤンママの厚化粧と香水の香りが、家の近くまで匂っていた。家に帰ってケイタイし『今日も違うコースへ行ってきたよ。』と報告した。

 洗濯をし、干している時、昔主婦やっていた時と同じように、あたりまえに干せているのがうれしかった。

 “はなまる”カフェ、鈴木雅之で、面白いお話がたくさん聞け、情報コーナーも充実しており、楽しかった。お昼ご飯もかわいいお弁当だったが、いろいろ入っていて、格安で超お手ごろで、いいな〜!

 夕ご飯は、としちゃん、柿ときゅうりの和え物にトライ。嵐山の料亭で出たものらしいが、『どんなのが出来るのか。』楽しみにいていた。『美味しい!』こしょうが利いて、柿とマヨネーズもぴったり。これはいける!それに、淡路産のアジのたたきと湯豆腐、今日はごちそうだ。




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