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| 妻(ウラン)の日記より | 妻の要望により出来たページです。と言うより私が勝手な事を書くんじゃないかと疑い、「この通り書きや」と言われました。 | |
| 2001. 10月10日(水) | |
| としちゃん、起きた時『ごめんな。昨日は、わしが悪かった。わしもイライラしだすと、あかんねん。』と言ってくれたが、まだ気分は落ち込んでいて、としちゃんが朝の支度をしている間も、色々言ってしまった。 7時20分にトイレに行った時、テーブルの上に朝のパンが用意してあり、昼のサラダ巻きのレシートを見た時、「雨の中、買いに行ってくれたんだな。」と思い、ケイタイして『ありがとう。』と言うと、『辛いけど、解からへんことあったら、電話しといで。』と言ってくれた。でもまた、『辛い事なんかあらへん。』と強がりを言ってしまったが、うれしかった。 9時前に、叔母さんに電話したが、もうひとつ、ぱっとした返事が無く、嫌がってるのかと思い、すぐに切って寝に行ったが、母の病気の事が気になり、電話した。検査の結果、C型肝炎の疑いもあるらしい。昔の手術の時、きちっと治しておかなかったかららしい。でも『私治して見せる。』と言っていた。ついでに、おばさんの話しをすると、『あの子、私らにも、そうやねん。』と言っていた。 母も辛い病気になり、私の辛さが分かってもらえ、気分もすっきりとし、洗濯を廻して、泡が出てくるのを見るとうれしくなり、頑張っていこうと思った。(母も頑張っているんだから) としちゃんを、お出迎えするため、表に出た。植木の横で、自分の家を眺めていたら、『あんなに小さな土地だったのに、よくこの家を買ったものだな。私はこの家じゃなかったら、安住の地は無かったなと思って眺めていると、としちゃんが帰ってきて、私に礼をした。 夕食は、さんま・冷奴(としちゃんが丁子屋の安売りを見つけた)・野菜フライで、丁子屋の豆腐が発端で引越しをあちこちした事や、小寺グリーンハウスの話で盛り上がり、『最近、じいさん、ばあさんが昔話をしている乗りが多いね。』とか、『二人とも、一見神経質そうに見えるのに、どうにかなるわ!と思える性格やから、こんな病気になっても、笑って暮らせるんやね。』と私は云った。 今日は、としちゃん、珍しく“おねむ”にならず、パソコンをしている。私が元気になったからかな。『ハ〜イ!ママ。』とか云って、昨日と違い素直だ。 |
| 2001. 10月 9日(火) | |
| 7時過ぎに目が開き、内障子を開けて表を見ていると、散歩したくてたまらなくなり、「こんな時間なら誰も見たはらへんわ。」と思い、服に着替え、髪も解かず(潔癖症のため出来ない)外へ出て歩いてみた。 うれしくなり“ひとりじゃないの”を歌いながら歩いていたら、涙が出てきた。後ろから『ウランさん、どうしたん。』と、偶然にも、前からいっぺん逢いたいと思っていた知り合いに声をかけられた。歩きながら、現在の状態を話すと『電話してくれたら、お昼ご飯、買うて来てあげよか。』と言ってくれた。逢えただけでも、ものすごくうれしかった。仕事に行く途中なので『頑張って。』と言って別れた。帰りは、別の道を歩いたが、自分でもこんな事が出来るなんて、夢みたい。 早速、としちゃんに報告、ものすごく喜んでもらえ、ビックリしていた。 母に昨日の礼を言うため、9時過ぎに電話をし『お母ちゃん、ものすごく美味しかったわ。こんな豪華なおかず食べられ幸せやなと、二人で話しながら食べてたんや。そんな身体でよう炊いてくれたな。』と言うと、すごく喜んでくれ、10時前まで話しこんでしまった。 おにぎりを買いに行きたい、足が歩けるんだから、いけると思い、カバンを持って、行ってみた。普通の主婦と同じ時間に歩けるなんて、うれしいなと思い、空を見上げたら、きれいな秋晴れで、『そうだコンビニがいいな。』と思い、としちゃんがいつも行くサンクスに入った。焼きうどんなんかもあり、今度これを買おう。 帰ってきたら玄関で、おばあさんが『影が見えたんで。』と声をかけてくれた。『私、買い物に行けたん。』と言い、二階へ上がったら、ちょうど“はなまる”を見る時間になった。 こんな事をやってのけるなんて、とても信じられないが、現実に出来たんだ。 2時半になり、としちゃんが帰ってきたので、『頑張ったわよ。』と言ったら、『よくやったね!出来たんやね!』と言ってくれ、思わず涙が流れてしまった。でもその後『普通の主婦と一緒やね。』と言われた時、「そんな事あらへん、」と思ってしまい、何かイライラしてきた。 夕食の時、眠剤の事から言い合いになり、私がうるさく言いつづけたため、としちゃん、食欲が無くなりご飯を残したが、「そんなに弱い事では」と思い腹が立った。 食後も、としちゃん、例によって瞑想、座椅子で横になって黙ってしまった。 ついに私も鬱になってしまい、『今、何も面白くないし、喧嘩する元気も気力も無い。としちゃんの事、大嫌いや。』と小いさな声で喋り、その後、すっと黙っていた。としちゃんが『いつまですねてるつもりや。』と言ったが、喋る気もしない。すると、としちゃん『ほんなら、わし、もう寝てくるわ。』と言って、寝室へ行ってしまったので、『違うねん。私鬱で何もやる気、起きひんねん。』と言うと、戻ってきてくれた。 それから、しばらくしても、テレビを見る気にもなれないので、早く寝てしまいたいと思い、二人とも布団にもぐりこんでしまった。 |
| 2001. 10月 8日(月) | |
| いやな夢を見て6時半に目が開く。少しお喋りをして、8時に起きた。 久しぶりにゆっくり朝食を食べた。としちゃん、朝からご機嫌で、私もうれしくなり二人で『いただきマンモス。』と言った。 12時45分に家を出、“うるる”できつねうどんを食べる。(実家へ行けばいろんな物が出てくるので)レジで『1.470円いただきます。』と言われ、『何。』と思ったが、店員も『すいません。!』とやっと気付いた。伊吹の土産を持って実家へ向かった。 昨日、母が顔面神経痛と聞いていたので、心配していたが、口の所がゆがみ、かわいそうだ。痛みは無いらしいが外見を気にする人なので、嫌だろうな。父に『ばちが当たったんや。』と言われたといって怒っていた。父も、いくら云っても医者へ行かないから、そう云う言い方をしたんだと思うが、もう少し気を使ってあげなきゃぁ。 もうひとつ、父から面白い話を聞いた。母は、足が不自由なので、あまり出歩けないが、父の話しを聞いて、さも自分が行って来たように、人に話し、話がちぐはぐになっているらしい。今まで、どうも話の噛みあわない時が多いと思っていたが、なるほど!二人で大笑いをした。 帰りに、鯛の煮つけと大根の焚いたのと赤飯をもらったが、いつもひどい味付けなので『どうしよう。』と思っていたら、としちゃんが『修行や思て辛抱して食べんとあかんで。』と言われたので、私も諦めて食べる事にした。ぁ、は、は、は、は、は。。。 軍資金も入り、ユニクロへ寄ってTシャツを二枚買い、イズミヤに寄って、帰ったら5時前だった。 晩ご飯、母が作ってくれた赤飯とおかず、、以外や以外「美味しい!」、口がゆがんで大変な中、朝から台所に立ちっぱなしで作ってくれたと思うと、感謝の気持ちでいっぱいだ。明日電話しよう! |
| 2001. 10月 7日(日) | |
| 今日も7時半に起き、8時半に朝のパンを持って伊吹山へ向かった。 大津のパーキングでパンを食べたが、さすが連休、もうすでに人であふれていた。 ドライブウエイの入り口についたら、バッファローズ優勝謝恩で1000円引き、『ラッキー!うれしい!』と私が云ったら、FMから“うれし・たのし・大好き”流れてきておかしかった。 11時15分に山頂パーキングに着き、頂上へ向かって歩き出したが、二人とも息が切れ、2回給水をし、ゆっくりと登って行った。頂上は、霧が立ち込めていたが、まずは“日本武尊”の前で二人で記念撮影。下で買った五平餅をそこで食べた。 山頂をブラブラ歩いていたら、霧が晴れ伊吹の町が見えたので、『としちゃん、シャッターチャンスよ!』と言い、写真をパチリ。1時にいつもの小屋で伊吹そば食べる。『やっぱりここで食べると美味しいね!』と二人で云った。 食後、私が土産を見ている間、としちゃん目ざとく草餅を見つけ、早速食べていた。父への土産の“伊吹百草湯”と陶のワンちゃんが安かったので買った。母と下の妹への土産も買った。 帰り道、素晴らしい紅葉に出会い、乗鞍を思い出し感動、としちゃんカメラマンとして大ハッスル、シャッターを押しまくる。他の人も皆、それぞれ乗鞍・上高地・富士山の話しをしながら、下山していった。さすが三連休だな。 帰り道、ジョイ伊吹に行く途中、としちゃん興奮して『あっ!ウイングや。』と叫んだが、『あなた、あれはパラグライダーよ。』と言ってあげた。ジョイ伊吹の入り口で、地元の人の作ったものを売っていて、試食してうれしくなって買ってしまった。ハーブの土産の所へ入って、私が見ていると、としちゃんまたいやしんぼう、コーヒーを注文して飲んでいた。今日は、としちゃん口卑しく、おかしくなってきて、口を抑えて笑ってしまった。 店の飾りのいが栗を触っていたら、店の人に『よろしかったら、お持ちください。』といわれ、とげが痛かったが、断りにくかったのでもらったが、何も注文せず水だけ飲んで『厚かましいおばさん。』と思われないかと、顔から火が出る思いで、慌てて外へ出た。 名神の多賀Pへより晩の鱒寿し買いに行ったが、としちゃんここでもいやしんぼ、鴨串を買って食べたので、私もつられてジャンボフランクを食べてしまった。今日は、としちゃん、調子に乗りいろんなものを食べすぎだ! 二人とも秋の伊吹山は初めてで、信州にでも旅行した気分になれ、季節を変えれば風景も変わり、としちゃんに秋の伊吹山を見せてあげられよかった。としちゃん感動! 6時半に家に着いた。 |
| 2001. 10月 6日(土) | |
| 日の出と共に目が開いてしまった。(勝俣君みたいだ) 7時半に起き、パンを食べながら二人で洗濯をして、9時15分に家を出て病院へ向かった。 病院に着き受付をすると、『院長も理事長先生も診ておられますが、院長なら早いです。』と言われ少し驚いたが、理事長は恐いので、直ぐに『院長でお願いします。』と言った。いい先生なら、病院替らなくていい。カウンセラーの女性、話しやすくて好い人だから。 連休前でいっぱいだったが、直ぐに診てもらえ、これまでの経過を聞かれ、現在洗濯以外家事が出来ず、便意・尿意が無く、マニュアル生活を送っている事を云い、生理の話も聞いてもらった。 先生から『よく喋られますね!いつ頃から、こんなに喋られるようになったんですか?』と聞かれ、この頃、いろいろ出来る事が増えてきた事を話すと、『ずい分努力されて、頑張っていられるんですね。』と言ってもらえ、嬉しかった。 院長が『理事長先生からお話は伺ってます。』と言われたが、理事長は、私が文句ばかり言うので、院長に押し付けたのではないか? としちゃんが『まだ時間あるし、ユニクロ行こか。』と言ったので、上鳥羽店へ行き、としちゃんのフリースとソックス、私はセーターを買い、二人とも嬉しくなってきた。 お昼は、こだわり亭に行き、久々で、焼肉をやいて食べた。二人とも、先生がよかったので、気分よく和やかに話しながら食べ、デザートも始めてのイチゴシャーベットで、ものすごく美味しかった。 この後、私が小さいころよく遊んでいた、壬生へ連れて行ってもらった。長い事来ていなかったので、どこがどこだかサッパリ分らないので、四条通りのパチンコ屋に車を止めて歩いてみた。幸福堂の和菓子屋さんを見つけて嬉しくなってきた。『ここでよく買うてたんや。』店の人に家を聞いて、「あ!そや、この横歩いて行ったんや。』と思い出し、ついでに壬生寺も覗いてみたら、運良く壬生狂言をやっていた。あまり興味は無いが、横から少し覗いてみた。 秋の風を受けながら、子供の頃よく歩いた道を、『懐かしい!おぼえてる!』と思いながら歩いていたら、見つかった。おばさんが表で植木に水をやっていた。としちゃんが『挨拶だけしていくか?』と言ったので、その気は無かったが、挨拶をすると、『わあ〜、久しぶりやわ!』と言われ、ものすごく喜んでもらえた。『お仏壇に挨拶していって。』と言われ、上へ上がり、話しをしだすと初めて喋ったのにざっくばらんな人で、お互いの悩みを包み隠さず話せ、一時間ほど話し込んでしまった。 家が、昔とちっとも変わっていず、懐かしさで一杯になり、嬉しかった。旦那さんが、祇園で遊びまくっていた事や、私が小さい頃ここで両親としばらく暮らしていた事を、初めて聞かされ、私の知らないいろんな事が暴露された。 イズミヤで夕食の買い物をし、家に帰ったら5時半だった。今日一日、二人とも、充実して楽しい一日だったなあ! |
| 2001. 10月 4日(木) | |
| 今日も朝から楽しく、歌を口ずさみながら洗濯を廻した。雨が降っていたので、いえの中に洗濯物を干した。 “はなまる”、オープニングから面白く、カフェは長山藍子で、すごく年下の男性と結婚して、その生活を聞け楽しかった。 としちゃんが、今度の病院の予約を取ってくれた。連休明けはいっぱいで、木曜日になった。でも、話しを聞いてからでないと、その病院で診てもらえるかどうかは分らないらしい。 風呂を上がってから、この病気の事を、ふと考えてみると、また、いやになってきた。「今日一日中楽しかったのに、どうしてかな?」と考えたが、いい病院がまだ見つかっていないからなんだな。 |
| 2001. 10月 3日(水) | |
| 悪夢にうなされ目が開き、7時39分にケイタイし、おばあさんと話した事や、院長の事を話した。それと、今度の病院に9時に電話してくれると言うので、去年の日記を読んでいたが、その頃と比べると、だいぶよくなったんだな。 9時過ぎに、としちゃんから電話がかかってきたが、今度の病院、今日は休みで予約の電話は通じなかったらしい、残念。 急に、まどかと世間話をしたくなり、まどかの家に行き『この間は、テントの片付け、手伝えなくてすみません、病院へ行ってたもので、・・・・・・・・』と話せた。近所の家に行って話しをするなんて、今までは、考えられなかった事だ。忙しそうで、あまり話しは出来なかったが、やってのけたって云う感じだ。としちゃんに報告しよう。 “はなまる”、オープニングから楽しく、お昼のドラマ“ラブファイト”のテーマ曲を聞き、天気もいいので気持ちいいなと思いながら、ぶっかけきつねを美味しく食べた。1時半からの“ひとりじゃないの”も面白くなってきた。 25分に表に出て、学校のガーデンの所に座って待っていたら、としちゃんが顔をかくしながら通っていったが、その姿を見ておかしくなって『そんな事してたら事故に遭うわよ。』と笑って云った。 夕食は、食中毒以来、初めてかきフライに挑戦!久しぶりで美味しかった。としちゃんが、会津でアマエビに当たった事を話し、それから旅行の話になり、新婚旅行で帝国ホテルのスウィートに泊まった話等をし、『銀婚式は北海道行けるで!』と、としちゃんが言ったが、私は『まずは浅間温泉に行き、大王ワサビ農場・松本城で、ホテルおもと、に泊まるの。』と言った。 |
| 2001. 10月 2日(火) | |
| 今日は、いやな夢を見、10時まで、うとうとしていた。起きてからもズ〜ット腰の激痛が収まらず、気分もすぐれなかったが、天気が良くなってきたので「洗濯、頑張ろう。」と思い直した。 昔のつらかった事を思うと、今は、としちゃんと一緒に苦しみを乗り越えていけるんだと思い、頑張っていこうと思ったが、不安は消えず、今日は家のギャラリーを見ても、前のように嬉しくはならない。としちゃんにケイタイして、話しを聞いてもらった。 でも、ベランダを眺めていると、晴れているところに洗濯物が揺れていて、それを見ていると嬉しくなってきた。「私は、そんなに弱くはないんだ、頑張ろう!」と思った。 ケイタイって便利だ、いつも、としちゃんと一緒にいられる気がする。としちゃんが、心配しているといけないので、気分を持ち直した事を伝えておいた。 洗濯物を取り入れ、たたんでいたら、下からおばあさんがピーを鳴らし、昨日、まどかが『テントのかたずけ、手伝いに来てもらえませんか?男手が足りないんです。』と云って来た、と言ったが、その後、要領を得ずイライラして来た。そんなこんなで、忙しく、としちゃんのお出迎えが出来なかった。 今日は、稲荷へ散歩に行った。としちゃんも私も、昨日の病院の事から気分が沈みがちなので、気分転換にと思い、赤い鳥居の下を歩いた。外人さんが、千本鳥居の下で、一生懸命ビデオを廻していた。 外人さんってこんな景色が好きなんだな。 夕食は、冷奴とさんま(炭火焼)とマカロニサラダ、で美味しかった。「やっぱり夕食は、家でゆっくり食べるのが一番ね!」と思った。 としちゃん、パソコンで、自分の写真を送ったら、メールが来ていて「可愛い!若い!」と書いてあり喜んでいた。ウランは「としちゃんの特徴は、カワイイところよ!」と言った。 風呂上がってから二人で相談し、別の病院へ行くことにした。あんな院長では、診察のたびにいやな思いをし、としちゃんと云い合いばかりしてしまう。としちゃんに、早速明日にでも、予約の電話をしてもらおう。 11時半から”フレーフレー人生”の最終回を見た。赤井英和と娘が仲良くなれ、松下由樹もまた子供たちと暮らせる事になり、二人とも感動で胸が熱くなった。 |
| 2001. 10月 1日(月) | |
| 今日朝、主人が『行ってくるわ。』と言ったが、暗かったので『もう行くの。』と訊いたら、『今日から、30分早よ行かんならん。』と言ったので、一瞬『えっ!』と思ったが、有給が少なくなったので、10月から30分早く行く事になっていたのだ。私の病気が治っていたら、7時に家を出ればよかったのにと思った。 悪夢にうなされ目が開き、ケイタイして『いやな夢みた。こんなに早よ出勤して大丈夫か?』と訊いた。起きてしまったついでに日記を書いたり爪を切ったり、引出しの整理なんかをしてしまった、こんな事は退院以来初めてだ。 “ぽっかぽっか“が始まったので、毎日放送に電話して、時間を確かめておいた。テレビ局に電話するなんて、生まれて始めてのことなので少しドキドキしたが、ワクワクもしてきた。 いったん寝てから、10時40分に起きた。さっきまで起きていたのに、おかしくなってきた。 ”はなまる“は、5周年記念で、オープニングから面白く、カフェも伊藤四郎で面白く楽しく聞けた。新番組”一人じゃないの“は、京都が舞台で、だめ主婦が主役で面白かった。 2時に、下の妹から電話がかかってきたが、少し話の相手をしていたら25分になってしまって、慌てた。今日は、病院へ行くから忙しい。しかし、あの子は子供以下だ、話にならん。 4時10分に家を出て40分に病院に着いた。院長が代わったと書いてあったがどうなっているんだろう。7時過ぎに診察室に入ったが、理事長先生(前院長)が怒りだした。いやだもう!「何かあったら直ぐ来なさい。」と言っておきながら。 帰り、きりん家でカレーを食べ、9時に家に着いた。 |
| 2001. 9月30日(日) | |
| 朝に、としちゃん、シングルCDの編集をし、その合間にパソコンをやっていて大忙し。私は、その間、ビデオで“占有家族”を見ていた。 シングルCDの編集が出来たので、早速、聴いてみた。パソコンに長い事入ったままだったが、やっと聴けるようになった。うれしい! 新聞の番組らんをチェックしていたら、晩に福山君と西川の“世界一周旅行”があると知り、興奮して、としちゃんに『あるの!予約して!』と言った。 1時20分に家を出て、久々に第一旭に行った。ラーメンはやっぱり第一旭で決まり! 久しぶりに六地蔵のイズミヤへ行ったが、リストアップしてあった物が揃わず、「やっぱり寂れているな」と思ってしまった。横浜のシュウマイの試食をしていたので食べたが、『買う気ないの?』と言われた。スーパーへきて、一戸150円もするシュウマイ買えるか!一箱100円で売ってるで。 家に帰り、車を半分車庫へ入れた時、ウラン急に『あっ!コンビニ行かなきゃ!』と思い出し、そのまま、また、コンビにまで、明日の昼食を買いに行った。 帰って一休みしてから、缶詰の小豆でぜんざいを作ってもらった。食べている時、兼六園や高雄で食べた事を、二人とも思い出し、『熱いね』と言いながら、ラブラブムードで食べた。 さあ!福山君見るぞ! 晩になって下痢に悩まされた。薬の変わったせいだと思う。明日病院へ行かなきゃ。この間院長に『どうして、直ぐに僕の所へ来ないんだ。』と言われたから。直ぐに行かなきゃ。 |
| 2001. 9月29日(土) | |
| 久々にいい夢(信州旅行)を見、目が覚めて布団の中で『病気治りたいねん、治ったら快気祝いしてな、料亭がええな。』と興奮していった。 今日は、久々のカウンセリングだ。9時10分に家を出、開店前の川原町通りを見ながら、病院に着いたら9時40分だった。 10時過ぎからカウンセリングを受けた。『妹さんと仲良くなれて良かったですね。』と言われ、日々の暮らしをいろいろ話したら、涙ぐんで聞いてもらえたし、気楽に女同士の話も出来、『そのTシャツいいですね。』と誉めてもらえた。 しばらくして院長の診察を受け、血圧を測ってもらいながら、『困っている事があるんです。2時半までしか一人で待てないんです。』と言うと、『そう云うことを言うんだよ。』と言われ、た。今まで薬の副作用の事ばかり言っていて、院長を怒らしていたが、今日は穏やかに話せた。 『君は不安で、一人で待てない症候群と言うんだよ。』と言われ、今日は、帰りしなニコニコして『手帳を忘れないように。』と言われた。 歩いて、ぶらぶらと薬局へ行ったが、途中いろいろ食べる所を見つけ、今後の参考になった。ちょうど昼だったので、OLやビジネスマンのお昼に時間で、ビジネス街の風景と言うものを見たのは初めてだ。こんな所に、オープンカフェもあった。 レストランに入り、昼食となった。としちゃん久々のナイフフォークだ。家では一回もそんなもの出してないし、でも、ちゃんと使えた。さすがとしちゃん。私は、割り箸をもらってきた。食べやすい! 岡崎の美術館に、院展を見に行った。帰り美術館の庭で写真を撮り、その後、みやこメッセに行き、前から見てみたいと思っていた“ふれあい館“に入り、京都のいろんな事を勉強できた。噴水の前でも写真を撮ったし、ベンチに座ってコーラを飲みゆっくりした。 私の計画で、ヒカリ屋へ行ったら、“ホークスセール”で、いろいろ安いものを買え、ラッキー! 帰り、左馬の前に車を止め、としちゃんめがねを“ミタキ”に取りに行った。家に付いたら4時45分だった。今日はいろんな所へ行き、いろんな経験も出来、楽しい一日だった。 |
| 2001. 9月28日(金) | |
| 昨日の寝る前まで喧嘩をしていたため、興奮してず〜っと寝られず、朝方に、としちゃんが『ごめんね。』と言ってくれたが、私の気持ちは、まだ晴れなかった。それから少し夢を見たが、ものすごくいやな夢だった。 10時のベルが鳴ったのに、夢の中のように思っていたので、ビックリして飛び起きた。夢があまりにもいやなものだったので、起きてみて、「生きていて良かったな」と思い、「今日は仲良く歩いてダイエーまで歩いていきたいな。」と思った。 洗濯を気持ちよく廻せ、としちゃんに、早く、こんな気持ちになれた事を報告しようとケイタイし、気持ちを伝えた。 2時半に、としちゃんのお出迎えで下へ降りていった。今日は、少し遅れて帰ってきたが、安心して帰ってきたようだ。 言葉の行き違いで、言い合いになりかけたが、無事乗り越えダイエーへ歩いていった。行きしなに、としちゃん眼鏡のねじが折れていたので、“ミタキ“に預けた。明日までかかるらしい。 |
| 2001. 9月27日(木) | |
| 腰の激痛と悪夢で起き、ケイタイして、『朝から、すごく腰が痛くて辛かってん。』と言ったら、涙があふれて止まらなくなってしまった。 “はなまる“の本田博太郎を見ていて、少し気分を持ち直してきた。でも、としちゃんが帰ってきて、何か話がかみ合わず、また、いらついてきた。 夕食前から少し言い合いになり、夕食中も険悪なムードのままで、としちゃん『ウランは、夕食の時、なかなか席につかない。』とか、私は、雨の後ベランダの手すりを拭いた事がないのに『拭いた事がある。』とか言ったので、そんな覚えはないので、必死で訴えたのに、『いつもうるさく言うから喧嘩になるんや、反省の気持ちがない。』と言って、食後、電気を消したまま、座椅子で横になってしまった。 確かに、私は、としちゃんに対して、うるさく言ったのかもしれないけど、こんな風な状態になるのは耐えられない、『ごめんなさい。いつも喧嘩になるのは、私の方が悪いからですね。』とつぶやいた。 今日は、朝から辛かったけど、“はなまる”カフェの本田博太郎のトークで、少し気分がましになってきたので、その話を聞いて欲しかったが、・・・・・・・ |
| 2001. 9月26日(水) | |
| 8時半にケイタイして、『友達の所へ電話しようと思てんにゃけど、』と相談た。友達に電話し、9時前から9時55分まで話しをした。この間家にきてもらった時、あまり話せなかったので、気持ちがもやもやしてて、今日は話し込んでスッキリとした。いろいろ聞いてもらい『頑張ってな。』と言ってもらえた。 “はなまる”目玉は、アジvsサバ対決で、元料理好きとしては面白く、今日の晩のメニューはサバの煮つけで決まり。 “はるちゃん”は、信州屋の女将が、美鈴の大女将に、昨日言われた事から敵対意識を燃やし、8、000円のレディ―スコースを作り経営能力を疑われ、はるちゃんも「自分の考えと少し違ってきたな」と感じ、さあ大変。 洗濯をたたんでいる時、「いつものように嬉しくはないな」と思ったが、「あたりまえだ、普通の主婦と同じになっただけなんだ」と思うようにした。 今日は、洗濯のある日で、忙しかったのに、何の不安もなく、自然にやれた事が、自分でも嬉しかった。 |
| 2001. 9月25日(火) | |
| いやな夢を見、としちゃんに8時半にケイタイし、話しを聞いてもらった。 としちゃん、今日は目覚ましの電池が切れていて、遅刻しそうになり、慌てていて、コップを洗うのを忘れて出勤した。久々に私がスポンジに洗剤をつけ、コップを洗いをやってのけた。 『そうだ!』と思い、せっかく起きたのだから、昨日の日記を書き出した。こんな事したのは初めての事だ。10時半まで書いていて、それから横になったが、直ぐ起きる時間になった。10分しか横になっていないので、何でこんな事をしているんだろうと、おかしくなってきた。 「はなまる」の、香坂みゆきのコーナーが風船ガムだったので、昨日、としちゃんがたくさんもらい、タイミングが良かったのでおかしくなってきた。おばあさんが下から呼ぶので何かと思ったら、『とっちゃんにカレー頼んだんにゃけど、あんたに言うとかなあかん思て。』と言った。としちゃん忘れやからなぁ。 お昼、ぶっかけきし麺を食べてから“はるちゃん”を見た。石坂君と別れたはるちゃんに、美鈴の大女将が、「信州屋の女将に」と話しをもちかけ、ややっこしくなってきた。 昨日、借りてきた本にしおりをと思い、机の中を捜したら、いらない物がたくさんでてきたので、整理をし、ついでに、流しの下も整理をしていたら、ズ〜ット前に出雲からもらったワインが出てきた。もう飲めそうもない、としちゃん、整理が苦手だから。としちゃん帰ってきたので、『出雲から、ワインが届いたわよ。』と、言ってやった。 今日のとしちゃん、帰ってからず〜っと“夜空のムコウ“を歌っていたので、「SMAPのファンになって、私への愛情表現で、歌ってくれている。」と、思ったら、スガシカオの歌が良かったから、歌っていたのだ。 |
| 2001. 9月24日(月) | |
| 今日、久しぶりに、7時前までぐっすり寝た。7時半に起き、洗濯は、としちゃんに担当してもらい、パンを食べて直ぐ、鏡台の前に座り、用意をした。 9時に家を出て、中の妹の所についたのは、約束10分前の9時20分だった。直ぐに写真を出し合い、旅行の話になり、諏訪湖にある原田先生の美術館の話で盛り上がり、旦那さんに原田先生と谷内六郎の絵葉書をもらった。 妹に、私がほとんど袖を通していなかった、ワイン色のブラウススーツ等をあげたら、『シックやなあ。』とか、『いい色やなあ』とか言って、喜んでくれた。あの子に服をやったのは初めてじゃないかな。 直ぐにでも帰ろうと思っていたのに、1時間以上も話し込んでしまった。妹達は、今日は大阪へ遊びに行くといっていたのに、早く帰らなきゃぁ!帰りがけ、風船ガムやチョコなど、いろいろと袋に入れてくれた。旅行の話等いろいろ出来嬉しかった。 木幡から蹴上げへ行き、お墓参りをした。今日は『ちょっと離れた所へ止め、歩いていこう。』と言ってぶらっとお寺まで歩いて行ったが、こんな日に限って、としちゃん、おまんじゅうを車に忘れ、大慌てで取りに戻った。やっぱり近くに止めなきゃぁ!忘れの名人さん。帰り道も上り坂なので息が切れてしまった。 西野の“めんめん”へ行き、久しぶりにカレーうどんを食べた。やっぱり”めんめん”、美味しかった。 またもと来た道を戻って、MOMOへ行き、としちゃん散髪に行った。その間私は、旭屋書店で立ち読みをし、としちゃん戻ってきて、私の横にそ知らぬ顔で立っているのでおかしかった。スッキリした頭になっていた。 イトーヨーカドーへ行き、夕食の買い物をし、コンビにへ寄り、かえって来たら4時半だった。今日は忙しい一日だったが、二人とも、いろんな所へいけ、充実して楽しい一日だった。 |
| 2001. 9月23日(日) | |
| 今日の早朝、また、仲間はずれにされている、いやな夢で目が開いた。布団の中で、『中の妹の家に行きたいねん。』と、としちゃんに言った 8時前に起き、としちゃん、シーツと枕カバーの洗濯をしてくれ、朝のパンを食べ、9時45分に家を出て、近江八幡へと向かった。休暇村に11時半につき、湖岸を少し歩いてから、浜辺でお弁当を広げた。日向は暑いし、日陰は寒いし、3回も移動した。 さすが連休で、老若男女、各々が休暇を楽しんでいて、にぎわっていた。湖面を水上スキーやカヌーが通るのを見ていて、「ず〜っと、湖の先には、何があるのか!?」と想像すると、ワクワクしてきて、仲良く美味しく、お弁当を食べた。 休暇村の中に入り、パンフレットをもらう時、何か、うきうきして来た。 近江八幡の町に戻り、八幡神社に車を止め、瓦ミュージアムから八丁堀へ行き、としちゃん、早速カメラマンに変身、シャッターを押しまくった。 川魚やさんの表に水彩画が展示してあり、嬉しくなって、絵葉書を、妹の旦那のぶんまで買ってしまった。麩屋さんでは、試食とお茶を接待してもらい、あまりない事なので、感激した。 近江商人の町並みへ行き、旧西川邸などを見てまわり、『写真、撮っていいんやろか?』と言っていると、受付の人が『スナップくらいならいいですよ。』と言ってくれたので、早速、パチリとやっていた。 観光案内所で写真展もやっていたので、それを見てから、あきんどの里へ行き、土産を買い、おまけに前から探していた、シジミスープまで見つかった。店員さんと『お互いに、住んでいる所は行かないものですね。』と、しばし、おしゃべりに花が咲いた。 帰り、名神草津のPで休憩、たこ焼きを食べ、としちゃん、コーヒーを飲んで、お弁当を買って、車に乗ったら、福山君の放送の時間だった。ラジオを訊きながら家に着いたら、5時だった。 昨日喧嘩したのに、今日こんなに仲良く行けて、二人とも涙が潤んできた。 近江八幡の町がこんなにいい所だとは思わなかったので、感動した。 夜に、中の妹に電話をして、『明日、行っていいか。』と、約束をした。お互い写真を見せ合って、いろいろ旅行の話しをしよう。今まであまり仲が良いとはいえなかったが、これからは仲良くしたい。 |
| 2001. 9月22日(土) | |
| 悪夢にうなされ、6時に目が開いた。また、8時まで寝て、起きてから二人協力し洗濯を廻しながら、朝食を食べ、大急ぎで干した。 10時に家を出て、病院に10時25分に付いた。連休のためか、ものすごく混んでいて、診察室に入ったら1時過ぎだった。ベノジールで下痢が続いた事を院長に訴えたら、『あなたは、直ぐに、犯人探しをしてしまう、僕は、むしろウブレチドの可能性のほうが大きいと思う。』と言われたので、必死になって院長に、『絶対ベノジールのせいです。』と言ったら、院長は大きな声で『薬を変えるといっているだろう。』と、怒って言われた。 自分の訴えている事を聞いてもらえなかったので、としちゃんに言ったら、先生の見方をするような事を言うので、少し言い合いになった。薬局へ行って、薬剤師のおばさんにベノジールとウブレチドの副作用について調べてもらったが、ウブレチドの方が可能性が高いと分かった。 それでも、まだまだ院長に腹が立ち、帰りの車の中でも、としちゃんに、うだうだ言って険悪なムードになった。こだわり亭へ行こうと思ったが、ランチタイムを過ぎていたので吉牛へ行った。そこでとうとう、としちゃんもイライラし、大きな声をあげて怒鳴っていた。 下の妹の所へ行く約束をしていたので、ケイタイで電話してもらい、4時過ぎに着いたが、としちゃんと言い合いになっていたため、車から降りる時涙が出てしまった。気を取り直し、上にあげてもらい、郡上八幡の土産を渡し、お互いの写真を見せ合って、4時45分に失礼して、イズミヤで買い物をして帰った。 夕食の時に、としちゃん『毎日早退してもらわないと、一人でいられないと言う事を、院長にちゃんと言わなあかんで。』と急に言われたので、私は、パニックになりイライラ、二人の仲は険悪になり、寝る前まで喧嘩が続いた。 とうとう、私も泣けてきて、気持ちの整理がつかなくなってしまった。寝る前にやっと落ち着き、明日の行楽の用意をした。 |
| 2001. 9月20日(木) | |
| 今日も、悪い夢を見続け、7時45分に、としちゃんにケイタイし、聞いてもらった。外を見ると、天気がいいので「散歩でもしたいな」と思ったが、「そうだ、おばあちゃん所へ話しにいこう。」と、散歩から帰ってくるのを、台所の椅子で待っていたら、直ぐに帰ってきて、居間で話しを聞いてもらった。 私の子供の頃の家庭環境や、としちゃんと知り合った成り行き、この間母の所へ行ったときの事を話した。『とんでもない親やな。お母さんは何にも知らはらへんな。』と理解してもらった。 病気以来初めて、おばあさんと、じっくり思っていたことを話せ、たいした事をやってのけてもので。としちゃんと一緒の時でも、ちょっと何か言われたら腹が立ったのに、今日は落ち着いて話せた。早速、としちゃんに報告して喜んでもらった。 一度寝てから、10時に起き、「さあ!やるぞ!」と、気持ちよく洗濯機を廻し、“エブリシング”を歌いながら、洗濯物を干した。 「はるちゃん」を見ていて、撮影の協力旅館が昔泊まった「おもと」と分かり、病気が治ったら、一番に松本・安曇野大王わさび農場へ行き、「おもと」に泊まろうと思った。 |
| 2001. 9月19日(水) | |
| 真中の妹と旅行している夢を見た。海の見える旅館に泊まって、楽しかった。 布団の中で、大橋純子の“エンゼルフィッシュは眠らない”を思い出しおかしかった。8過ぎに目が開き、学校の号令が聞こえてきたので覗いてみた。「お腹がすいたな、時間が長いな。」と思いながら、うとうとしたら、10時20分に目が開いた。 10時40分に起き、窓を開けたら雲ひとつない晴天で、気持ちよく、ホッとしてラジオをつけたら、唐沢美帆の曲、気持ちよく服を着替えながら聴けた。 今日もまた、便の事でいやな思いをしたが、何とか頑張る事が出来た。 晩ご飯は、エビチリ、さつま揚げ、白和え(シメジ入り)のメニューを味わった。食後、中居君の家族会議を見た。としちゃんはおねむで、座椅子で横になっていたが、ウランがテレビを見て泣いていたので、ビックリして起き、しばらく一緒に見た。 風呂上がってから、録画してもらってあった、中居君の続きを見た。としちゃんは、日々の暮らしを打っていた。中居君が早く終わったので、としちゃんの提案で“フレーフレー人生”を一緒に見た。まことが『みんなの幸せな姿を見るのが、私の幸せ。』と言ったシーンが印象的だった。 |
| 2001. 9月18日(火) | |
| ほとんど、寝られないまま朝を迎え、9時頃までうとうとし、夢を見続けていた。 布団の中で、「昨日の事は、病気が長すぎるのと、母の態度から一時的になっただけなんだ。」と思い、郡上八幡での、楽しかった事を思い浮かべ、これからも、としちゃんといろんな所へ行き、秋を満喫しようと思った。 時計を見てスタンバイし、10時のベルと同時に起き、ラジオをつけた。キロロの”長い間”が流れてきたら涙が出てきた。「昨日の辛かった気持ちを考えると、こんなにも元気になれたんだなぁ。」思い、歌いながら服を着替え、嬉しくなってきた。 「さあ!頑張って洗濯するぞ!」と思い、洗濯をはじめた。としちゃんにケイタイし『ウラン、元気よ!昨日の事は、土産の事で、気合を入れすぎていて、お母ちゃんの態度から、電池切れしたのかもしれない。今日は、病院へは行かないから。』と言い、安心してもらおうと思った。 “はなまる”カフェで、大橋純子が、この前の“はなまる殺人事件”のアイデアを出したと、初めて知った。今度も考えているらしい、エンディング曲は“エンゼルフィッシュは眠らない“だそうだ。おかしい! 昼から、としちゃんにケイタイした時、抗うつ剤とオシッコの関係の事を言われ、せっかくいい気分になってきたのに、またイライラしてきた。イナリ寿しを食べながら『間の悪い男や!・・・こせこせしている・・・』とか、独り言を言っていた。 一通り、用事を済ませたら、しんどくなってきて、左の頭も痛くなってきた。としちゃんが帰ってきて『さっきは、薬の事ごめんな。』いってくれたが、座椅子で横になったまま『頭痛の薬ちょうだいな。』と言ってしまった。 サリドンをもらってのみ、少ししたら落ち着いてきた。イライラも和らぎ、イトーヨーカ堂へ買い物に行き、フードコートで、昨日の結婚記念日、1日遅れで乾杯をした。 6時過ぎに、中の妹から、土産の礼の電話があり、『早速、葉唐辛子食べてみたら、ものすごく美味しかったわ!』と喜んでくれ、郡上八幡の話や、信州の話で盛り上がり、『うちの人あんまり信州の地理、解からへんねん、信州、一緒に行けへんか?』と言われ、『信州の事やったら、よう分かっているさかい、行く前に電話しといでえな。』と言った。 私の願いが通じ、中の妹に喜んでもらえ、話も弾み、すごく嬉しかった。 夕食は、一日遅れの、寿しパーティー、昨日と違い楽しい夕食だ。 |
| 2001. 9月17日(月) | |
| としちゃんが仕事に行ってから、悪夢にうなされつづけ、8時前に目が開き『としちゃん、助けて!』と叫んでいた。『目が開いているのに、どうして10時40分まで布団の中にいなければ、』と思い、外が晴れているのに、私は、一人で外へ出られない。いつになったら治るんだろうと思うと、イライラしてきて、いつもだったら「さあ!私の時間だ、頑張ろう。」と思うのに、今日は時計も見ないで、ボーっとしていた。 朝食も義務的にとり、ラジオがついていてもうるさいだけだった。「としちゃん、としちゃん、淋しいよ!」といって、涙が出て止まらなかった。郡上八幡があんなに楽しかったのに、買ってきた物を見ても嬉しくなかった。「やっぱり病気が治らないとだめなんだなぁ。」 としちゃんにケイタイし『昨日の、お母ちゃんの態度、ちょっとおかしいと思わへん。・・・・・・・』と聞いてもらった。今考えても、むかつくほど腹が立ってくる。 ラジオもテレビも面白くなく、何の感動もなく、としちゃんの帰ってくるのを、ただひたすら待っているだけで、これから先、生きていく希望もなくなり、座椅子にもたれ、目を閉じ、じっとしていた。 としちゃんが帰ってきて、心配そうに『まだあかんのか?』と言ってくれたが、気分は全然晴れなかった。としちゃんの顔を見たら、また、涙が出て、泣き続けてしまった。「どうしたら、この病気は治るんだろう。何とかして欲しい。」と思った。 どうした事か、としちゃんの顔を見たら、よけいにイライラしてきて、言い合いになり、叫びつづけ、涙が止まらなかった。抗うつ剤が入っていないと、としちゃんに聞かされ、ビックリしたが、また鬱になったのかなあ。明日もこんなんだったら、病院へ行かなきゃぁ。 夕食の時も、イライラは続き叫びつづけたが、「頑張って食べよう。」と思い、しっかり食べたが、としちゃんは、喉を通らないみたいで、半分残してしまった。気が弱いので、何かあるといつもこうだ。 闘病生活の辛い事や、院長の愚痴などを、延々と叫びつづけ、としちゃんは黙って聞くだけで『どうしたらええか、解からへんわ。』と言った。もう、どうでもよくなり、闘う気力がなくなってしまった。 あ〜!寝るまで泣き続けてしまった。布団に入っても落ち着けない。寝られるんだろうか。 |
| 2001. 9月16日(日) | |
| 朝4時に、いやな夢を見て目が開き、それからは少しうとうとした。 1時10分に家を出て、うるるでうどんを食べてから、時に実家に着いた。 土産の説明をしようと思ったが、例のごとく、父の健康診断の話や、母の取り留めのない話が長くなり、やっと私が土産を出し、父に名水で作った酒の話などを、としちゃんがしたら、父も、ニコニコし、喜んで聞いていた。 手焼きの栃の実煎餅を袋からだし、テーブルの上にポイと置くので、私が『お父ちゃん、汚いで、やめてぇな !』叱った。おまけに、下の妹の所へ渡す袋に、名前だけを書いたので『様、と書いとき。』と言った。けったいな、お父ちゃん。 帰りに、イズミヤへ寄った時、母からもらったじじぐさいおかずをゴミ箱に捨て、晩のご飯を買い、サンクスへ寄って、明日の昼の、ぶっかけきし麺を解、4時過ぎに帰ってきた。 母は、相変わらず、私の病気の事を理解していない。話しを聞いていても、腹が立ってきた。 |
| 2001. 9月15日(土) | |
| 17日の結婚記念日を前に、一足早く小旅行。 8時15分出発、多賀で休憩して、11時20分に郡上八幡に着いた。博覧館のPに車を止め、そこのおじさんが『こんな天気やから、傘持っていった方がいいわ。』と親切に言ってくれた。 まずは、宗祇水に行き、としちゃん綺麗な水に感激して飲み、それをママがパチり!『昔と同じコース行ってね』と言ったので、昼も同じうなぎ屋さんに入ったが、これは失敗、座敷に座ったが、注文すら聞きに来てくれず、ちょっとしてから出て、他所のうなぎ屋さんを探しに行った。感じのいい店を見つけたが、いっぱいでいつ食べられるか分らないので、裏通りを探したら、誰も入っていない店を見つけ、ここにしたが、いいうなぎ丼で、肝吸いも着いていて、1,480円、感激!美味しかった。 おもだか民芸館で三館共通券を買って、やなかの小道から遊童館に入った時、ウランすごくうれしくなり、直ぐにレターセットを買ってしまった。2Fにふるさとの風景の人形が展示してあり、誰もいなかったので、写真を写しあった。としちゃん、水野先生が小さい子供に落ち葉でふくろうを造ってあげてるのを見ていたら、としちゃんまでふくろうを作ってもらえ、童心に返り喜んでいた。 斎藤美術館は、庭が綺麗なとこで、茶室まであり、いい雰囲気だったので写真を撮ってもらった。民芸品もいいのがたくさん置いてあり、いろいろ選んでいたが、ふくろうの飾りを買った。 旧役場へ行き、コーヒー牛乳を買い、テーブルについて、一息。ウラン、各家に合った土産を選べ、両手いっぱいに抱えてレジに行き、レジのおばさんに『このミョウガ漬けは、いいですよ。』と言われ、話がはずんだ。 町のあちらこちらに、手押し式の井戸のポンプが、現役で動いていて、さすが水で有名な町だなと思った。としちゃんそれを嬉しそうに動かし、手を濡らしていた。可愛い!! 少し日が傾きかけ、ちょうちん等に日が入り、二人とも嬉しくなり、『旅館にチェックインしてから散歩に出たみたいやな。』と言いながら写真を撮りつづけた。 酒屋さんで、名水百選の冷酒を、父と、妹の旦那に買い、「喜んでもらえるだろうな。」と思うと、嬉しくなり心が弾んだ。 それからまた、ニッキ飴やさんに行き、としちゃんが飴を買ってる間、民芸品を見ていたら、何処にもない、みみずくのタペストリーがあり、欲しくなって、また買ってしまった。 車に戻る途中、ものすごい雨になり、傘一本しかなかったのでずぶ濡れになったが、これもまた、楽しかった。町を見て回っている途中では、雨はほとんど降らなかったのでラッキー!! 帰りは遅くなったので、名神菩提寺のパーキングで、ひまわりカレーを食べて帰った。家に着いたら8時過ぎだった。楽しい旅行だった。 運転の疲れか、としちゃん、しんどそうだったので、座椅子で横にならしてあげ、ウラン、目がしょぼついていたが、土産がたくさん買え嬉しく、各家に分けたり、明日実家へ着ていく服の用意を一人でした。 寝るまで動きつづけ、ワクワク!! |
| 2001. 9月14日(金) | |
| 夢にうなされつづけ、としちゃんが会社に行く時間に起きた。時計を見たら6時15分で「としちゃん、いつも、こんなに早く起きて、私の朝食の準備をしてくれているんだなぁ。」と思った。自分でできる範囲のことを手伝い、また、寝にいった。 その後も、9時50分くらいまで、悪夢にうなされ続け、布団の中で”エブリシング”を歌っていると「どうして、こんな病気になってしまったんだろう。」と考えると、涙が出て止まらなかった。 起きてラジオをつけたら、偶然にも”エブリシング”が流れ、服を着替えながら、また、涙が出て止まらなくなり、声にならない声で口ずさんでいた。 明日、郡上八幡へ行くことに決めているんだけど、夜、ちょっと不安が出てきて、としちゃんに話すと、「やめよか。」と言われた。行く事に決めているんだから、今さらそんな事言われても。 私は絶対、郡上八幡に行く!ず〜〜〜っと、前から決めていたんだから。 |
| 2001. 9月13日(木) | |
| 今日は、やっと悪夢から開放された。中居君が出てきて、家とデパートまでついて行けた、楽しい夢を見られ、腰痛も不思議と消えていった。寝たきりの人と比べると、私ってずっと幸せだなと、布団の中で思った。 朝食のパンゆっくり味わえ、チョコの味で美味しいなと思った。洗濯を廻しながら、”真夜中のナイチンゲール”を歌い、泡が出てくるのを見ているとうれしくなってきた。 としちゃんから、昨日言ってた通信教育事で電話があったが、話もそこそこで、電話を切ってしまった。1時過ぎに、としちゃんにケイタイして『さっきはごめんね。』と言って、通信教育の資料を頼んでおいた。 お昼のサラダ巻きは美味しくいただけたが、その後また、薬の副作用の事が頭の中で渦巻いてきて、不安で、怖くなってきた。 慌てて、洗濯物を取り入れてたたみ、としちゃんが帰ってきた時、やっと布団の掃除を終わった所だった。少しイライラがつのり、としちゃんと言い合いになってしまった。 夕食は、久しぶりに酢豚を食べた。マカロニサラダと卵焼きをつけて、家庭的なメニューだ。食後”はるちゃん”のビデオを見た。ワキワキマイフレンドを歌おうと思ったが、途中からだったので歌えなかった残念!今度は、29分から録画しなくっちゃ。 としちゃん、風呂上り、男前にしている時、ウラン『あなただけ、大人なのにサンタさんがプレゼント持ってきてくれるんですよ。12月までおとなしくしていなさいね。でないと、デジカメもらえなくなってしまいますよ。』と言い、いつもこの話は、自分で言って、自分で大受け。11時なって、眠前の薬飲んだ時、眠剤の事で不安になり、怖さとで、としちゃんと言い合いになり、イライラして、日記も書けなくなった。 45分になってやっと”オヤジ探偵”を見た。今日、最終回、なかなか面白かった。雅俊と娘が、『ブス』、『ば〜か!』と言いあいながらも、笑っている姿を見て、やっぱりこの親子は、心が深く結びついているんだなと思った。 |
| 2001. 9月12日(水) | |
| 朝4時頃、悪夢にうなされ続けて目が開いた。としちゃんが朝の用意をしている時も、夢を見続け、『いやな夢また見た!』と言って起きてきたら、『かわいそうやな!』と言ってくれ、『仕事に行ってくるから、電話しといで。』と言って出て行った。 腰も痛くなり、横向けに寝ていたら、「何でこんな病気になったの。」と思い、涙があふれてきたが、としちゃんも頑張っているんだから、私も2時半まで、自分の出来る範囲のことを一生懸命する事が、今の私にとって、一番大事なことだと思った。郡上八幡の事が頭に浮かんできて、親の所と、妹二人の所に、土産を持っていこうと思った。 10時40分に起き、窓を開けたら晴れていたので、うれしくなり、「さあ、これからが私の時間だ。」と思い、朝食を取った としちゃんにケイタイし『私元気だし、大丈夫だから心配しないで。』と言い、”はなまる”をつけたら、米テロ事件が報道されていて、慌てて、としちゃんに電話で相談し、”マリア”を見ることにした。今日の”マリア”すごく感動した。 昼は、サンクスのぶっかけきし麺で、すごく美味しかった。ミスチルのCDを聴き、ベランダの陽だまりを見たりしてすごした。 としちゃんをお出迎えに表に出て待っていたが、なかなか帰ってこないので、ふと思いつき、学校の花壇の大理石に座り、ギャラリーの自分の好きな絵を眺めながら、秋風を受け、外の空気を吸っていたら、植物園に行ったような気分になってしまった。 夕食は、久しぶりに納豆を食べた。『日本人、米と納豆と味噌汁よ。』と大きな口を聞いたが、食べてみたら、あごの辺に糸がまとわりつき、気持ち悪かった。伊根へ行った時の話しで盛り上がり、食事も美味しく進んだ。 風呂上り、としちゃんおねむになり、『眠れ良い子よ・・・・』歌ってあげたら、「Z・Z・Z・Z・Z」と可愛く座椅子で寝ていた。 |
| 2001. 9月11日(火) | |
| 朝方に見た夢が悪く、いつまでも頭から抜けず、顔を洗ったら目の下がむくんでいたし、右手も、何かへんな型がいっぱい着いていて、自分の事ながら、哀れと思い、可愛そうになり、朝食中も、怖さが抜けなかった。 洗濯を必死で廻し、ラジオも鳴っているだけで耳に入ってこず、としちゃんにケイタイし『私、不安で、夢も悪いし、必死やねん。』と聞いてもらい。洗濯干すのも、やっと干した。 お昼にイナリを食べていたら、急に雨が降り出し、慌てて寝室の窓を閉め、洗濯物も内側に入れなければならなかったので、食べてる気がしなかった。楽しみにしていた、スタジオパークのキロロが、台風のため中止になり、どうしたらいいかと思ったが、急遽”徹子の部屋”を見る事にした。 ゴミをまとめ、戸を開けたら横雨になっていたので、慌てて洗濯物を家の中に入れ、布団の掃除をする時、やっと、ホッとし、としちゃんの毛布に向かって『陽子ちゃん』、『お母様、怖いです。』と冗談も出て来た。 扇風機に当たっていると、としちゃんが帰ってきたので、『大変だったの。』と言って抱きついた。 風呂前に、としちゃんと言い合いになり、院長の対応の事で必死に叫び、11時40分まで失望と落ち込みのため、泣きながら一人で喋りつづけた。 やっと、落ち着きを取り戻し、としちゃんと一緒に洗濯物をたたみ、12時30に寝床に行き、『ひつこく言うてごめんね。こんな私でも、ずっと守って一緒にいてくれる?よろしくお願いします。』と言い、寝ていった。 |
| 2001. 9月10日(月) | |
| 今日朝から、夢にうなされ続け、としちゃんにケイタイし『いやな夢見たんや。』と聞いてもらい、また、布団の中に入った。10時40分までの間、「何で、お腹がグーグーすいているのに、時間が来るまで待たなければならないんだろう。」と思い、「昔のように、目が開いたらすぐに起きて、普通の人のようになりたい。」と思った。 ラジオをつけて、服を着替えていたら、涙があふれて『としちゃん、としちゃん。』と、呼んでいた。でも、としちゃんは会社だ。 FMを聴いていたら、気分が落ち着いてきて、朝食を食べていると、楽しくなってきた。 昼食の出石そば、盛り付けがうまくいき、テーブルに置いた時、まるで自分が一から料理したようで、感動!テレビも楽しく、「昨日の下痢はいろいろ神経使ったからかな。」と思い、病院に行くのはやめにした。 2時半に、としちゃんをお出迎えに下へ降りていったら、急に便意を催し、中途半端な時間に出てしまった。少し不安になり「どうしたらいいのか?」考えていたら、としちゃんが帰ってきて、相談して、今度は4時にいくことにした。 としちゃん、風呂上がってから、おねむになり、『ぼく、10分で充分です。』と、座椅子で少し横になっていたが、いつまでも起きないので、ちょっと起こして薬を分けてもらった。その後も、まだ、うつらうつらしていた。 11時45分から、録画しておいた”氷点”を二人で見た。『ますますややこしく、面白くなってきた。』としちゃん喜び、次回も楽しみにしていた。 |
| 2001. 9月 9日(日) | |
| としちゃん、いつもより早く起きたが、「たぶんパソコンをしているのだろう。」と思っていた。案の定、布団の中で、パソコンの調子を元に戻す方法を思いついたみたいで、修復していたらしい。寝室に来て『ウランちゃん、直った。』と言って抱きついてきた。 『9時まで寝るわ。』と言ったので、としちゃん淋しく、一人で大物を洗濯し、ウランが起きたら、トランクスのままボーっとしていた。いろいろ指示し、やっと動き出し、二回目の洗濯に取り掛かった。 朝から、下痢が続き、出かける時間がちょっと遅くなり、1時20分に家を出て、きりん家で昼食、としちゃん、いすに座った時急に大盛が食べられる気になったみたいで、注文をしたが、やはりご飯を少し残した。 としちゃん、帰りしな、ボーっと出て行こうとした時、ウランが『としちゃん、帽子忘れているわよ。』と言うと、やっと気がつく。TSUTAYAへCDを借りに云った。ミスチルのベストと、川村隆一、郷ひろみ、TOKYOスカパラのシングルを借りた。としちゃん『ヤングになって良いですね。』と言っていた。 百円ショップダイソーへ行き、別々にウロウロ見ていたら、としちゃんチャッカリ、自分で使う軍手までほり込んでいた。 イトーヨーカドーへ行って夕飯の買い物をして帰った。 今日は、下痢に悩まされ、眠剤が替って、その副作用かと、気分がめいいり、朝起きたときの目蓋のはれぼったいのも気になる。としちゃんに、昨日の院長の態度の事を、必死で声がかれるほど叫び、終いには涙が出てきた。あんな薬いやだ! 5時前に、気を取り直し、『コーヒーゼリー、食べましょう。』と言い、としちゃん、合間にCDの編集を何とかやりこなした。CDを返しに『じゃぁ、ママ行ってきますね。』と出ていった。 私は、一人で布団の掃除をし、明日の着替えを出し、何とか落ち着いてきた。 『としちゃん、明日病院へ連れてってね。あの眠剤おかしいわ。』と頼んだ。 |
| 2001. 9月 8日(土) | |
| 9時45分に家を出て、病院へ行った。10時10分に病院に着き、11時過ぎに診察室に入った。 中の妹と母の話の時『ちゃんとした日本語を使ってください。』と言われ、薬の事も『主人に任してます。』と言ったら、院長は『あなたの事だから、自分で症状を言いなさい。』と言われた。 寝られないので、ずっと前の余っていたレンドルミンを増やし、ウブレチドも主人に一つ抜いてもらっている事を話したら、院長『とんでもない事だ、ご主人に注意しますから、入ってもらってください。』と言われた。としちゃん、院長に『素人が医者になってはいけません。』と、お目玉をくい、しゅんとしていた。院長は怖い! 薬局へ薬をもらいに行ったが、としちゃん、ただだと思って、薬局の飴を入れ物ごと抱え、子供みたいに、もらって喜んでいた。 病院の近くで、どこか食べる場所を探そうかと言っていたが、いい所がなく、九条まで下がって、吉牛に入った。レジャー費稼がなきゃ! 国道を走っていると、ユニクロを見つけたので『ここで買っていこう。』と、店に入った。空いていて選びやすい。いろいろ迷ったが、としちゃん、キャップと柄物のカッターを買った。ウランは、リビングパンツを買った。 久しぶりにシダックスへへ行き、としちゃん、引くドアを一生懸命押していた。『慣れてないなあ!』と照れていた。二人とも好きな歌を思いっきり歌え、最後に、デュエットを二曲歌い、のりのりだった。 院長の事を省き、今日一日、全てラッキーで楽しい一日だった。 としちゃん、帰ってから、パソコンをしたが、ソフトを壊し動かなくなり、パニックになり落ち込んだ。ウランの励ましで、何とか使える程度まで修復できたみたいだ。 |
| 2001. 9月 7日(金) | |
| 今日は、10時に起き、洗濯を廻したが、友達が来るのに、雨で、家の中に干さなければならず、下着が見えないように工夫して干した。 ”はなまる”カフェは、三谷幸喜の友達で面白かったし、昼食の薬師庵の割子うどん美味しく食べた。 1時23分にピンポンがなり、友達が来た。初めから、お母さんの友達の息子さんの鬱の話や、近所の鬱の奥さんや、別のヒッキーの娘さんの話等、必死でまくし立てて止まらず、面白がっているようだった。あまり感じのいい話ではない。 『私の病院の話、していいか。』と言って、やっと私の話も聞いてもらえた。その後、お土産の”しおり”を渡したら、直ぐに開けてみて『私いつも紙はさんでるねん。』と喜んでもらえた。 2時半にとしちゃんが帰ってきて、コーヒーを立ててもらい、上鴨で買って来てくれた焼きたてパンを出した。 その後、としちゃんが作ってくれた福山君のCDを見せてから、パソコンの話になり、『友達がやってて、面白いって云うてるし、覚えたいねん。主人、教えてくれへんねん』と言い、としちゃんにいろいろ質問し『だいたい分かってきたわ。』と言われ、”ご主人が居やはった方がええわ”と言う意味が分かった。帰りしなに『主人けちやわ。』と言っていた。 |
| 2001. 9月 6日(木) | |
| また、寝つけなかったので、レンドルミンを持ってきてもらって一錠飲んだ。それでも、ぐっすりとはいかなかったが、昨日よりはましだ。 としちゃん、出勤前、やさしくチュ―をしてくれ、握手して仲良くなれたので、昨日の事は、もう忘れようと思い、いつもどおりケイタイし『昨日は、くどい事言ってごめんね、・・・・・・』と言った。 ”はなまる”のオープニング面白く、大受け。昼食後、”はるちゃん”を見ていたら、電話があった。友達からだ、昨日もしてくれたらしいが、私が表に出ている時だったみたい。明日来てもらえる事になった。二十世紀のお土産つきだ、「うれし〜い!」 二時半に表に出て待っていたら、としちゃん、相変わらずスクーターに顔を伏せ、隠れて帰ってきた、私も合わしてあげ、下を向いて知らん顔をしてあげた。 今日も寝付けず、前の病院で余っていた、レンドルミンを1錠飲んだ。 |
| 2001. 9月 5日(水) | |
| 一晩中、一睡も出来ず、しんどかった。としちゃんが帰ってくるまでじっと横になっていたいなと考えたが、10時のベルの前に「ウラン頑張れ!」と自分にエールを送り、起きた。 顔を洗う時、鏡を見ると、目の下がすごくはれていて、よっぽど寝ていなかったんだなと思ったが、思いっきり目蓋を水でおさえ、気を取り直した。 洗濯を廻した時には、何とか頑張れるんではないかと思い、泡が出てきた時には、ホッとしてうれしくなった。としちゃんにケイタイし『一晩中寝られへんかったけど、頑張ってみるわ。』と言い、洗濯物がたくさん有ったので干し終えると11時半になってしまった。 ”はなまる”も”はるちゃん”も楽しくみられ、乾いている洗濯物もたたみ、布団の掃除をし、としちゃんの帰りを待った。 夜、話をしている時、何回も同じ事をうるさく言ったら、としちゃんの気分損ねてしまった。としちゃん頭痛になり、薬を飲んだ。私がうるさく言ったからかと、責任を感じてしまい、「昔のように戻れるなら」と考え、座椅子で横になっている主人を見ながら、涙があふれて止まらなくなり、「どうしてこんな病気になったのか、誰にも助けてもらえない。」と思うと、不安で仕方がない。音楽を聴く気もせず、ただ座椅子に座り、、寝る時間が来るのを、ひたすら一人で待っているだけだった。 |
| 2001. 9月 4日(火) | |
| 今日は、天気がいいので、気持ちよく窓を開け、朝食を美味しく食べる。 「はなまる」のオープニングも楽しくみられ、目玉は”ディズニ―シー全て見せます”だったので、としちゃんと夜一緒に見ようと、楽しみにのけておいた。カフェの稲川淳二の話も面白かった。 昼のイナリも美味しく食べられた。”はるちゃん”は意外な展開面白い。布団の掃除をする時「としちゃん、綿毛布いつまでも離さないので、かわい〜い!」と言いながらやった。 としちゃんが淋しがるといけないので、表でお出迎えしていたら、バイクの音がしたので見ると、車の陰に隠れている。「よくやるなぁ!としちゃん。」 夕食前、稲川淳二の話をしたが、としちゃん、あまり受けないので、ひつこく言ったら、機嫌を損ねてしまい、その後、無言のまま食べた。少し言い争いになったが、握手を求め仲直り。ディズニ―のビデオ、仲良く見る。 お風呂に入れると思ったが、今日もまだだめ、残念! 寝る前のビデオは”フレーフレー人生”これは、としちゃんのお気に入り。 |
| 2001. 9月 3日(月) | |
| 夜中から、悪夢にうなされ続け、としちゃんが会社に行ってからもうなされ、8時半にケイタイして「また、お父ちゃんがでてきて・・・・・・・』と聞いてもらった。 9時半に起き、洗濯を廻しながら、新聞を読み、家の中に干した。 退屈しのぎに下の妹に電話したら、ちょうど暇を持て余していたので、12時20分まで、話し込んでしまった。としちゃん、12時40分に帰ってきてもらうので、玄関の戸を開けて、服を用意し、寝に行ったら、直ぐに帰ってきたのでビックリした、まだ30分にもなっていない。 夜、お風呂上がってから、ふと真剣に『この病気、いつになったら治るのか?』と考えた時、急に涙が出てきて、止まらなかった。福山君のCDを聴いていたが、いつも歌う「巻き戻した夏」も、辛くて声が出なかった。 少し落ち着き、二人で”マリア”のビデオを見てから寝た。 |
| 2001. 9月 2日(日) | |
| としちゃん、8時に起き、掃除機とほこり取りを念入りに頑張る。ウラン、ゆっくりめで9時過ぎに起きる。 朝食後、としちゃん洗いかごを漂白しだした時、ウランが言っておいた半ズボンが洗ってなかったので、『今日洗っといてって言ったでしょう。』と言うと、やっと思い出した。やっぱり私が起きてこなくっちゃあ! 1時20分に家を出て、こまち寿しへ行き、二人とも好きなねたを堪能するまで食べ満足 イトーヨーカドーへ行き、としちゃん、大好きな試食をたくさんし、ビールまで飲んでいた。買い物をして、家に帰り、一段落してから、昨日買った富美家のあんみつを二人で食べた。ぁ〜美味しかった。 |
| 2001. 9月 1日(土) | |
| 二人で8時に起き、朝食を食べながら、洗濯を2回廻す。 今日は、映画に行くと言うのに、としちゃん、パソコンばっかりやっていて、なかなか用意しないので『早く頭、セットしなさい。』と言ったことから、少し言い合いになったが、としちゃん、直ぐに素直になり、セットをして『これでどうですか?』と可愛く言った。『決まってるじゃない。やっぱりセットしなくっちゃぁね。』と誉めてあげた。 12時に家を出て、京阪に乗って四条で降り、としちゃんワクワク!あまり電車に乗らないものだから、まだまだ出口が分からず、女子高生の後についていった。 高島屋の551で焼きソバを食べたが、いつ食べても美味しい。時間も迫ってきたので、急いで京宝へ向かった。映画館の人に『ちょうど良いお時間です。』と言われ、席を確保。思っていたよりは人が少なかった。としちゃんがコーラを買って戻ってきたら、真っ暗になっていたので、ウランが手を振ってあげたら、やっと分かって、席へ来た。 ”大河の一滴”は、ちょっと内容は重かったが、三国の温泉旅館の雰囲気や、東尋坊?の荒波が迫力あってよかった。 映画の後、下の本屋さんに行き、タレント本を3冊も買え、大喜び!寺町を通り、電々タウン、ニノミヤのセールで、としちゃんCDーRをたくさん買い喜んでいた。 高島屋へ行き、夕食にとしちゃんのアイデアで、富美家の、しのだを買い、昔よく食べていて美味しかったので、うれしくなってきた。あんみつも買った。黒蜜がなかったので、店員さんが蜜だけ入れ替えてくれた。 行きも帰りも京阪のキップをウラン一人で買え、昔一人で四条へ行っていた時の感じを味わえ、うれしかった。 5時過ぎに家に帰り、二人とも、都会を満喫でき、楽しい一日だった。 |
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