困ったペットブーム   9/29
 最近、日本各地で蛇やサソリがとんでもないところで発見されています。しかも外国産の爬虫類が多く、たいがい、どこかのペットが逃げ出したものらしい。
 ぼくも虫類は結構好きです。現に、わが家には夏に実家で捕まえたヤモリがいるし、カナヘビを飼っていたことも何度かあります。あ、カメもいる。全部国産。
 いま日本で問題になっているのは、飼えなくなったペットを捨てる人が増えて、生態系を壊し始めている、ということですね。近くの光が丘公園に行くと、池にたくさんのカメがいるのだけど、よく見るとミシシッピミミアカガメが多いのです。小さい頃はミドリガメと呼ばれて、それなりにかわいいのですが、あっという間に大きくなって結構繁殖力があるらしい。わが家に8年もいるクサガメのマックは、
最初の頃よりは大きくなったけれど、それでもようやく体長9cmくらいです。公園の池にも仲間はたくさんいますが、見ていると、数の点では外来種の激しい攻勢を受けているような印象があります。ぼくは「がんばれ、ニッポン!」と、思わず応援してしまいます。
 昆虫も外来種が増えているそうです。虫にしても、犬、猫にしても、飼えなくなったからといって軽く捨てていることについて、テレビや新聞では「飼い主は責任を持って」などと呼びかけていますが、良心に期待するだけでは無理だと思いますよ。ペットブームは必ずしも自然を理解し愛することと結びつくものではありません。

倉本聰のドラマ   9/27
 『祇園囃子』を見ました。ぼくは最近のドラマは全然見る気になれないのですが、倉本さんのなら見ます。彼独特の、ややウェットすぎる人間像が嫌いな人もいるでしょうが、この人のドラマでは、微妙な感情のひだがよく表現されています。映像が大きな要素になっていて、演出や撮影も相当の技量を要求されるでしょうね。

 贅沢な作りです。端役にまですごい役者を使っている。
石原軍団がアクション抜きで演じているところが面白かった。そして、京都の街が美しい。十朱幸代の和服姿がその風景にしっくり溶け込んでいました。素敵な大人のドラマでした。
 再会や出会いがドラマチックになるには、その可能性が低ければ低いほどいいわけで、そこで主人公は厳重に警護されているアメリカ政府の要人という設定になっています。この設定は若干のサスペンスも生み出していました。そのあたり、石原軍団の効果も引き出したかったのでしょう。
 全体に役者の年齢層が高すぎるような印象があり、藤原紀香はミスキャストに思えました。倉本さんは若い役者をあまり信頼していないのかな(勝手な推測ですが)。それと、祇園囃子は主人公に昔の感情を思い出させる役割を果たすものなのだけど、祇園祭のリアリティーが薄く、物語の中にもっと織り込ませてほしかったな……と、細かい注文をつけ始めたらきりがありませんが、これはわがままな視聴者の無い物ねだりということでご勘弁を。

大雨と駐車場   9/25
 二層式の駐車場をご存じでしょうか?駐車の台がエレベーターのように上下して、地下にも車を入れられるようになっているのです。ぼくの車はこの二層式の地下に入っています。
 大雨のたびに駐車場の管理会社から、地下に駐車している人たちに「台風に伴う車両避難について」というお知らせが配られます。今日も台風17号接近と言うことで入っていました。
 内容は次のようなものです。
駐車場には排水設備を設けてあるが、その能力を上回るような予測し得ない豪雨が発生する恐れがあるかも知れない、その際は車両を早めに退避するように、と。お知らせと一緒に「緊急避難中」の紙が同封してあり、何号棟何号室の誰それと記入するようになっています。ダッシュボードにおいておくわけですね。
 今年、この紙が配られたのは確か4回目。ぼくは最初に緊急避難中の紙に名前を記入して、車の中にいつも入れてあるから、実際にはもうこのお知らせは不要です。紙がもったいないなあと思うのですが、事故が起きたときに駐車場を利用している人の中には文句を言う人がいるかも知れないから、責任問題が発生しないように管理会社は毎回、このお知らせを出しているのでしょう。
 面白いのは、9月4日に大雨で中野区や杉並区が浸水したときにはお知らせが配られなかったことです。降ったのが日曜の夜で、間に合わなかったのですね。皮肉なものです。
 団地の駐車場はあの日も今日も無事で、ぼくの車はいつもの通り動いています。

大相撲が面白い   9/23
 今場所、琴欧州が大躍進。角界のベッカムだって? それはどうでもいいけれど
、この快進撃は注目。今日の朝青龍との直接対決が見ものです(追記:琴欧州、負けちゃいましたね。残念)場所前は朝青龍6場所連続優勝だけが焦点だったような気がするので、これは誰にとっても予想外の展開でしょう。
 ぼくは朝青龍のキャラが好きなので、残り3日で逆転優勝というのも面白そうだと思っているのですが、琴欧州の優勝も場を盛り上げそうで、同じくらい期待しています。

 大相撲はプロ野球と同じように、往年の人気を失っています。それは他のスポーツが盛んになってきたということでしょう。ぼくの子供時代(30年ほど前)はメジャーなスポーツというと、相撲と野球くらいしかありませんでした。国民的スポーツとしての地位を今でも保っているのは、高校野球くらいのものでしょう。ぼく自身、昔ほど相撲を好きというわけではないのですが、でも最近、意外に面白くなってきたぞ、と感じているのです。
 今の大相撲を支えているのは間違いなく外国人力士たちですね。国際化が進んでいるとメディアは伝えていますが、もう一つの国技であるる柔道と違うところは、柔道が世界中に浸透して、ルールや性格が変わっていったのに比べて、相撲のほうはあくまでも日本の中にとどまっているスポーツでありながら、外からの新しい風が入ってきている点です。日本の古いしきたりがずいぶん残っている世界で、風習の違う文化圏から来た人たちが活躍しているのは、大したもんですよね。その辺を詳しく調べてみたい気がします。

虫たちが住める町   9/20
 このホームページをごらんくださっている方は、光が丘に昆虫類が思いのほか多いことにびっくりされているのではないでしょうか。そのわけがちょっとだけわかる記事を、先週の金曜日、朝日新聞で発見しました。
 東京23区の緑が減っているという記事。自然が減っているのだから、少しがっかりさせる内容なのですが、その中で目を引いたのが、緑被面積のグラフ。樹林や草地、農地など、緑に覆われた土地の面積を各区ごとに示したものです。面積だけ見ると、大田区、世田谷区に続いて練馬区は3位。ところが緑被率を見ると、練馬区は杉並区とともに同率(20.9%)1位なのです(杉並区は面積では6位)。
 光が丘は計画的に整備されているので公園が多く、緑が確保されています。そのおかげで虫たちもたくさん棲息できているのです。もちろん、地方の圧倒的な自然にはとてもかないませんが。
 地球は昆虫の惑星(昆虫類は全動物の4分の3を占めるグループ)で、特に日本は昆虫が豊富な国なのです。これは大切にしたい。
 昆虫を相手にしていると、驚かされること、感動すること、学ぶことがたくさんあって、興味は尽きません。科学、文学、芸術、あらゆる領域に及びます。ぼくの場合、昆虫の形、色、パターンは、絵画・デザインの無尽蔵の教科書です。知れば知るほど、なんでこんなに美しいものが世の中にあるんや!と思わず叫んでしまうのです。だからやめられない。
 ここで一句。
  敬老の日に我はまだ蝶を追う

中秋の名月   9/18
 空をごらんください、今日は中秋の名月
。ぐっと秋らしくなった空気の中で、くっきりと輝く姿を見せています。一瞬でもこんな月を見ると、なんだか得したような気になってしまいます。理屈抜きで「わー、きれい」と思わず叫んでしまいますよ。
 ふと思い出しました。ぼくたちが結婚して1年目か2年目の秋(子どもはまだいませんでした)、やっぱりこんなふうに月がきれいだった夜、ベランダに小さなテーブルを出して晩御飯を食べたことがありました。うちのベランダは昔住んでた所も今住んでる所も全然広くないんですが、月を眺めながら食べるのはなかなか楽しいものです。
 日本人は特に秋の月を見ると、心惹かれるものがあるのでしょう。「ぼくの好きな絵本」で紹介した『14ひきのおつきみ』は、そんなわたしたちの心情をよく表現しています。月がどう見えるかはまわりの風景や空気と関係してくるのでしょう。外国では月は狂気に結びつくところがあるようで、月lunaから来るlunaticという言葉は精神異常を意味するし(月の満ち欠けが狂気をもたらすと考えられたらしい)、ピンクフロイドのアルバム "The Dark Side of the Moon "というタイトルも「狂気」を表す、というのを聞いたことがあります(
ちなみに彼らの音楽については、ぼくは『原子心母』しか知りません)。日本人の風情とはずいぶんかけ離れた感じ方をするんですね。
 ここはやっぱり、日本人らしくススキの穂などを飾って、優しい月を鑑賞したいものです。

単純思考はこわい   9/15
 性格テストやアンケートでYESかNOかの二者択一がよくありますよね。例えば「私は外向的である」○か×か。あれってかなり乱暴な話で、どっちを答えてもぴったり真実ではありません。現実はそう単純じゃないはず。
 現実というのは、さまざまな要素が混在していて、ものや人によって少しずつ割合が異なっているわけです。全体像を見るためにその辺をある程度シンプルにするほうがいい場合ももちろんあるのですが、何でもかんでもそれでやっていくのは怖いことです。
 なんだか、今の時代はみんな考えるのがめんどくさいから、ものごとを単純化して片づけてしまっているようにも見えるんですけどね。それが今回の衆院選でもしっかり表れたような気がします。
 自民が圧勝した要因の一つは、小泉さんが郵政民営化賛成か反対かだけに争点を絞ってわかりやすくした(と言えば聞こえはいいが、要するに論点のすり替え)ことだと言われています。本質をはぐらかした部分での話題づくりやイメージ昨戦があそこまでの票数につながったわけです。ま、民主党の戦略失敗など、他にもいろいろ考えられますが。
 作家の高村薫さんは、小泉さんが首相になって1年ほどたった頃だったか、政治というのはもともと単純化された言葉で説明できるものではないのに、わかりやすい言葉で片づけてしまっている小泉首相の言動は危険である、と批判していました。
そのとおりだと思います。あんな手法にやすやすとひっかかってしまうほど、日本人は思考力を失っているのでしょうか。

衆院選が終わって   9/12
 今日の夕方、選挙運動のような声が団地の近くで聞こえてきました。車でゆっくり走っているらしく、少しずつはっきり聞き取れるようになりました。昨日選挙は終わったのに、いったい何をやっているんだ、もう次の準備か、と思っていたら、そうではありませんでした。きのう、この小選挙区から当選した自民党議員(まだ議員にはなっていないのかな? でも、もう候補者とは言えませんよね)だったのです。
 この区でも自民が圧勝。2位の民主党候補を大きく引き離しての当選でした。そして今日、その人はお礼の挨拶に選挙区を車で回っているようだったのです。生まれてこの方、当選をした直後にお礼の挨拶に選挙区をまわった人を見たのは、これが初めてです。
 政治家なんて、有権者に頭を下げるのは当選するまでだけというのはよく聞く話。神社の祈願みたいなものですよね。神社で願い事をした人の中で、願いが叶えられたあと、お礼に参っている人なんて皆無に近いはず。30年前の大学受験の春、ぼくは明治神宮で合格祈願をして、めでたく合格が決まったあと、律儀にお礼にお参りしたんですよ(ちなみに卒業後はキリスト者になったので、神社で祈願することはなくなりました)。
 ぼくは支持政党はなくて、党よりも人物のほう(何をやっていて、どんな考え方か)を見て投票することがほとんどです。ぼくは小泉さんが今も高い支持率を保っているのが不思議でしょうがないし、おまけに今回の自民党圧勝はまったくの予想外でした。でも少なくとも今日のこの人の姿勢は、誉めてあげたいと思いました。

美しい風景が失われる   9/8
 数日前、民放のテレビで
流れていたハリケーン被害のニュースに、アメリカ人のカメラマンが出てきました。この人は、ニューオーリンズが被害を受ける前にこの街を撮影していたそうです。インタビューの中で、「被災後はじめてここに戻ってきたけれど……」と話すうちに言葉につまり、悲しみで顔がゆがんできました。そして泣きながら「もう、あとは笑うしかない」と言いました。
 見ていて、思わずぼくももらい泣きしそうになりました。ニューオーリンズの街を心から愛して撮影していたんだろうなあ、と思ったのです。このカメラマンの撮った写真にはきっと愛情が溢れていて、美しかったに違いない。失われた街のために泣ける心を持っているなんて、素晴らしいことだと思いました。
 カメラマンの名前を覚えていないのが悔やまれます。もしいつか名前がわかったら、写真を一度見てみたいもので
す。
 それで思い出したのが、『山古志村ふたたび―中越地震復興応援写真集』(中条均紀撮影)です。7月にNHKのブックレビューという番組で紹介されていましたが、大地震に会う前に撮影された山古志村の風景はほんとうに美しいものでした。買い物リストに入っているのですが、まだ手に入れていません。
 町や村が破壊され、その風景が失われると言うことは、物理的な意味だけでなく、精神的な意味でも、命が破壊されることを意味するのだと思います。時間はかかるかも知れないけれど、少しでも元の美しい風景が戻りますように。

今こそイラクから撤退を   9/4
 アメリカ南部を襲ったハリケーンによる被害の映像を見ていると、まるで昨年末のスマトラ沖津波のビデオを見ているような感覚になります。え、ここがあの豊かな国、アメリカなの?と疑いたくなるくらい悲惨な状況です。
 災害が起きることはずっと前から予想されていたのに手を打たず、予算はイラク戦争の方に回されてしまっていたとか。ところが皮肉なことに、復旧の費用は予防のための費用をはるかに上回るものになってしまったようです。
 最近、アメリカ国内でもイラク戦争に対する批判が増してきているようですが、今回のハリケーンはブッシュ政権にとってかなりの打撃になるのでしょうね。
 で、実現するわけはないことを承知の上で素人考えを言うのだけれど、今こそイラクから撤退する千載一遇のチャンスなんじゃないかと、ぼくは思うのです。アメリカは「勇気ある撤退」などはビジネスにおいてさえしようとしない国です(ま、どこの国でも多かれ少なかれそうですけど)。でも、今ならたとえ撤退をしてテロリストたちが勝利を宣言したとしても、
国内の被災地救援のためという大義名分がつくじゃありませんか。面子を失わずに済むのです。
 前にも言いましたけど、戦争は本当にあらゆるものを破壊するだけで、何もいいことはありません。そんなことにお金を使うくらいなら、今絶望的な状況に陥っている人たちに回した方がよほどいいでしょう。
 でも、ブッシュさんも小泉さん同様、他人の意見に耳を貸そうなんて気はさらさらない人みたいだからなあ。

間に合わせる   9/1
 ゆうべ遅くまで、息子は夏休みの宿題に取り組んでいました。数日前から「それじゃ間に合わないよ」と家族みんなから言われていたのですが、いっこうにせっぱ詰まった様子がない。昨日も一日、冗談を飛ばしながら宿題をしていました。息子の辞書に「緊張感」という言葉はないようです。娘と二人で、「ここまで緊張感を持たない人間も珍しいね」と話し合っていました。それでも何とか最後の一つを仕上げて(もっといいのができるんじゃないの?と言いたい出来ですが)、今朝登校しました。
 しかし、
緊張しない性格がよい方向に働くこともあります。8月の吹奏楽部コンクールでは、ソロ演奏を見せてそれなりの評価を得ていました。あとで聞いても、まったく上がることはなかったということ。そういうのは訓練ではなく、持って生まれた素質ですね。
 対照的に娘の方は、最終日を一日残して宿題を全部終えていました。決して着実に物事を進める性格ではないのですが、弟よりは段取りが良かったようで、文字どおり一日の長があったということでしょう。
 じゃあ、おまえはどうなんだ?と聞かれると実は偉そうなことは何も言えないのです。だから、父さんが若い頃
はちゃんとやれたぞ、とは決して言わない。父親の二の舞は踏むなよ、と言い聞かせるのです(笑)。
 昔、岸朝子さんから言われた言葉を、ふと思い出しました。「プロで一番いいのはもちろんいい仕事をして締切を間に合わせる人、次にいいのはいい仕事をする人じゃなくて締切を間に合わせる人のほうよ」

8月の「ごあいさつごあいさつ」