第6回
『14ひきのおつきみ』 いわむらかずお・作 童心社
http://www.doshinsha.co.jp/isbn/ISBN4-494-00053-1.html
これも知らない人がいない人気絵本ですね。日本の自然の美しさ・大家族の楽しさを存分に味わわせてくれるシリーズです。もう10冊にもなっていて、650万部売れているベストセラー。四季それぞれの中でのねずみ一家の心温まる生活が楽しめます。今なら『さむいふゆ』がいいのでしょうが、ここではちょっと季節はずれですが『おつきみ』を紹介します。
もう10年以上も前、青山にある書店クレヨンハウスに行ったとき、いわむらかずおさんの『14ひきのおつきみ』発刊を記念した原画展を、たまたま見ることができました。この時の衝撃は忘れられません。1枚1枚の絵が信じられないくらい美しいのです。会場ではもちろん本が売られていましたが、他のあらゆる印刷物と同様、原画の方が遙かに繊細で深い色を出していました。どうやって色をぬ
っているんだろう? どうやってこの線を描いているんだろう? それは見る者にある程度の緊張を強いるくらいの丁寧な仕事ぶりでした。
このお話では、ネズミの家族達が自分たちの家のある木のてっぺん近くにやぐらを組んでお月見をするのですが、ネズミ達と一緒に読者の視点がどんどん木の上の方に登っていく。3見開きほどめくったころには、読んでいるぼくたちの心も、地上から遠く離れた木の枝や葉っぱの中にすっかりうずまっているのに気づきます。あっという間に物語の世界に引きずり込んでしまう、この演出は見事ですね。こういうの、大好き。黄緑の葉も時間の経過とともに暮色に染まり、深い紺色の静寂の中で月の光だけが輝いています。そしてぼくたちもネズミ達と一緒になって、自然の恵みに感謝しているのです。
カバーではネズミの家族が地上で空を見上げている様子が描かれているのに、その同じ姿が、表紙では夜空を跳んでいる姿になっているという視覚的遊びが、また秀逸です。
いわむらさんは現在、益子に住んでいて、そこでの生活がこの本の内容にしっかり結びついています。出てくる草木、鳥、虫などがすべてしっかりした観察を元に描かれていることは、もう見ればよくわかりますが、登場するネズミの家族の様子は、ご自身の子供のころ、現在のご家族の様子そのもののようです。『14ひきのアトリエから』はいわむらさんのエッセイ集で、これを読むと14ひきシリーズができていく背景や、いわむらさんの絵本づくりに対する姿勢がよくわかります。
那須の馬頭町にはいわむらかずお絵本の丘美術館があるようですが、残念ながらまだ訪れていません。(http://village.infoweb.ne.jp/%7Eitosan/sonota/iwamura/iwamura.htm)いつか必ず行こうと思います。
こんな生活、こんな仕事ができたらすばらしいでしょうね。ぼくのあこがれです。
1991年に、僕はこの絵本のルーツとも言える絵本を手に入れることができました。チャイルド社から刊行された「おはなしチャイルドリクエストシリーズ」をたまたま(このときもたまたま)書店で見つけたのです。これはチャイルド社が以前発刊したいろんな作家の絵本の復刻版ですが、その1冊目『ねずみのでんしゃ』(http://www.childbook.co.jp/zukan/hisaf03.html)が、山下明生/作、いわむらかずお/絵によるものなのです。「ねずみの7つ子シリーズ」として全部で4冊出ていますが、そのすべてがいわむらさんの絵なのかはわかりません。
ここではネズミの家族はお母さんと7匹の子どもたち。のちの14ひきシリーズにつながる要素があちこちに感じられます。ネズミ達の表情はもちろん、家の中のベッドや椅子やテーブルも。でもそれらの一つ一つが、14ひきシリーズになってからはるかに洗練されたものになってきています。14匹シリーズの方が、鳥も草も木も実際に見て描いているのがわかるから、ファンタジーに実在感があるのです。こういうのが絵本の神髄なのでしょう。いろいろ教えられます。
ぼくは、まだまだだなあって。
1/3/2001
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