第35回

『絵のある人生』―見る楽しみ、描く喜び―
                安野光雅/著
 岩波新書、2003、\740+税

 安野さんの作品を見たり著書を読んだりすると、ほんとうの意味での教養を身につける喜びが味わえる。本物の教養はことさら取り繕わなくても、自ずとにじみ出てくるものであり、間違いなく人生を豊かにしてくれることがわかる。
 絵画をめぐるこのすてきなエッセイでは、ブリューゲル、ゴッホ、ナイーヴ派を題材に絵画の歴史や表現法を語る。絵について語るにしても、目のつけ所がいかにもこの人らしい。オランダとかベルギーとか、ちょっと勉強してみたいな、という気になった。
 終わりのほうには実際に絵を描く技法の解説があるが、著者は「描く理由というのが、絵を描く者には大きいエネルギー、そして意欲になっています。ですから、それがないと描けません。そもそも絵を描く方法は教えられないものだ、と思ったほうがいいです。……自分で試し、失敗しながら勉強する方がいいと思います」と断っている。そのことは佐藤忠良さんとの対談『ねがいは「普通」』の中でも触れられている。確かにそうなのだ。絵は(いや、絵だけじゃない、すべての表現活動は)結局自分で実際にやってみて身につけて行くしか方法がないし、それがベストなのだと、ぼくも経験的にわかる。
 そうは言いながらも、読者のために一応技法の解説をしている。そこにこぼれ話的要素のあるところがおもしろいし、さらに「実験的に一枚描いてみますか」のコーナーでは、ちょっと驚きの不思議なアプローチを紹介している。でもそれは何も奇をてらっているわけではなく、絵を描くことの本質にかなっていることが納得できて感動してしまうのだ。画家としての長い経験がなければわからないことだろう。
 画家による絵の手ほどきはたくさんあって、どれも個性があり、それぞれに新たな発見がある。絵について新たな考えを見いだせるのもすてきだけれど、本書のしゃれたあとがきなどを読むと、名文を読む楽しみそのものを味わわせてくれるところが、安野さんの著作のすばらしいところです、ほんと。
                               9/27/2003

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