奥の細道:平泉の章



心細 き長沼にそふて、戸伊摩と云所に一宿して、平泉に到る。其間廿 余里ほどゝおぼゆ。三代の栄耀一睡の中にして、 大門の跡は一里こなたに有。秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ 形を残す。先高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。 衣川は和泉が城をめぐりて高館の下にて、大河に落入。康衡等が 旧跡は衣が関を隔て南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。 偖も義臣すぐつて此城にこもり、功名一時の叢となる。国破 れて山河あり。城春にして草青みたりと笠打敷て、時のう つるまで泪を落し侍りぬ。
「夏草や兵どもが夢の跡」
「卯の花に兼房みゆる白毛かな 曾良」
兼て耳驚したる二堂開帳 す。経堂は三将の像をのこし、光堂は三代の棺を納め、三尊の 仏を安置す。七宝散うせて、珠の扉風にやぶれ、金の柱霜 雪に朽て、既頽廃空虚の叢と成べきを、四面新に囲て、甍 を覆て風雨を凌。暫時千歳の記念とはなれり。
「五月雨の降のこしてや光堂」



高館より北上川を望む(89年4月)



息子:金色堂にて(89年4月)


徳間ホームページへ
「奥の細道」俳枕の旅へ