「奥の細道」俳枕の旅 .............<足跡地図へ>

「奥の細道」俳枕の旅 
訪問地 訪問日 最寄りの駅 奥の細道の抜粋
深川 97/10 森下 深川(漂泊の思い)の章: 月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯 をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は日〃旅にして旅を栖とす。 古人も多く旅に死せるあり。・・・**<草の戸も住替る代ぞひなの家>面八句を庵の柱に懸置。**・・・
千住 97/10 南千住 千じゆと云所にて船 をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて幻のちまたに 離別の泪をそゝく。**<行春や鳥啼魚の目は泪>**是を矢立の初として、行道なを すゝまず。人〃は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと見送なるべし。LINK:松尾芭蕉 おくのほそ道 千住旅立ち(千住物語ホームページ内)
草加 97/10 草加 ことし元禄二とせにや、奥羽長途 の行脚、只かりそめに思ひたちて呉天に白髪の恨を重ぬといへ共 耳にふれていまだめに見ぬさかひ若生て帰らばと定なき頼の末 をかけ、其日漸早加と云宿にたどり着にけり。痩骨の肩に かゝれる物先くるしむ。只身すがらにと出立侍を、帋子一衣は夜の 防ぎ、ゆかた雨具墨筆のたぐひ、あるはさりがたき餞などしたるは さすがに打捨がたくて、路次の煩となれるこそわりなけれ。
室の八島 97/12 野洲大塚 室の八嶋に詣す。同行曾良が曰、此神は木の花さくや姫の神と申て 富士一躰也。無戸室に入て焼給ふちかひのみ中に、火〃出見のみこと 生れ給ひしより室の八嶋と申。又煙を讀習し侍もこの謂也。将 このしろといふ魚を禁ず。縁記の旨世に傳ふ事も侍し。
黒羽 97/11 JR西那須野 那須黒羽の章:**「かさねとは八重撫子の名成べし 曾良」 「夏山に足駄を拝む首途哉」**
雲巖寺 97/11 JR西那須野 雲巖寺の章:**「木啄も庵はやぶらず夏木立」**
殺生石 97/11 JR黒磯 是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、短冊 得させよと乞。やさしき事を望侍るものかなと、 **「野を横に馬牽むけよほとゝぎす」** 殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず。蜂 蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。
遊行柳 97/12 JR黒田原 遊行柳の章:**「田一枚植えて立ち去る柳かな」**
白河の関 97/11 JR白河 白河の関(みちのく行脚の始まり)の章:**「卯の花をかざしに関の晴着かな 曾良」**
須賀川 97/12 JR須賀川 須賀川の章:**「風流の初めやおくの田植うた」 「世の人の見付けぬ花や軒の栗」**
安積山 97/06 JR日和田駅 等窮が宅を出て、五里計桧皮 の宿を離れてあさか山有。路より近し。此あたり沼多し。かつみ刈比 もやゝ近うなれば、いづれの草を花かつみとは云ぞと人〃に尋侍れ ども、更知人なし。沼を尋、人にとひ、かつみ/\と尋ありきて日は 山の端にかゝりぬ。
黒塚 97/06 JR二本松 二本松より右に きれて、黒塚の岩屋一見し、福崎に宿る。
文知摺石 97/06 JR福島 あくれば、しのぶもぢ摺 の石を尋て忍ぶのさとに行。遥山陰の小里に石半土に埋て あり。里の童部の来りて教ける。昔は此山の上に侍しを往来の人の 麦草をあらして此石を試侍をにくみて此谷につき落せば、石の 面下ざまにふしたりと云。さもあるべき事にや**「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」**
医王寺 97/06, 11/06 福島交通医王寺前 梺 に大手の跡など人の教ゆるにまかせて泪を落し、又かたはらの古寺に 一家の石碑を残す。中にも二人の嫁がしるし先哀也。女なれども かひ%\しき名の世に聞えつる物かなと袂をぬらしぬ。堕涙の石碑 も遠きにあらず。寺に入て茶を乞へば、爰に義経の太刀弁慶 が笈をとゞめて什物とす。**「笈も太刀も五月にかざれ帋幟]** 五月朔日の事也。
飯坂温泉 94/09, 11/06 福島交通飯坂温泉 其夜飯塚にとま る。温泉あれば湯に入て宿をかるに、土坐に筵を敷てあやし き貧家也。灯もなければゐろりの火かげに寝所をまうけて 臥す。夜に入て雷鳴、雨しきりに降て、臥る上よりもり、蚤蚊に せゝられて眠らず。持病さへおこりて消入計になん。短夜の 空もやう/\明れば、又旅立ぬ。
笠島 98/08 JR名取 鐙摺白石の城を過、 笠嶋の郡に入れば、藤中将実方 の塚はいづくのほどならんと人にとへ ば、是より遥右に見ゆる山際 の里をみのわ笠嶋と云。道祖神 の社、かた見の薄今にありと教ゆ。 此比の五月雨に道いとあしく、 身つかれ侍れば、よそながら眺やりて 過るに、蓑輪笠嶋も五月雨 の折にふれたりと、 **「笠嶋はいづこさ月のぬかり道」** 岩沼に宿る
武隈の松 98/08 JR岩沼 武隈の松にこそめ覚る心地はすれ。 根は土際より二木にわかれて、昔 の姿うしなはずとしらる。先能因 法師思ひ出、往昔むつのかみにて 下りし人、此木を伐て、名取川 の橋杭にせられたる事などあ ればにや。松は此たび跡もなしとは 詠たり。代〃あるは伐、あるひは植 継などせしと聞に、今将千歳 のかたちとゝのほひて、めでたき 松のけしきになん侍し。 武隈の松みせ申せ遅桜と挙白 と云ものゝ餞別したりければ、 **「桜より松は二木を三月越シ」**
仙台:榴ケ岡・木の下 97/04 JR榴ケ岡 仙台:榴ケ岡・木の下の章 <画工加衛門からの紺の染緒つけたる草鞋二足の餞別に答えて>**「あやめ艸足に結ん草鞋の緒」**
多賀城碑 97/04 JR陸前山王 多賀城碑:壷碑の章
末の松山・沖の石 97/04 JR多賀城 それより野田の玉川沖の石を尋ぬ。末の松山は寺を造りて末松山といふ。松のあひ/\皆墓はらにて、はねを かはし枝をつらぬる契の末も終はかくのごときと悲しさも増りて、 塩がまの浦に入相のかねを聞。
塩竃神社 97/04 JR本塩釜 塩竃神社の章
松島 88/09, 89/04 JR松島海岸 松島の章
石巻 97/06 JR石巻 十二日、平和泉と心ざし、あねはの松 緒だえの橋など聞傳て、人跡稀に雉兎蒭□の往かふ道、そこ ともわかず、終に路ふみたがえて石の巻といふ湊に出。こがね花咲 とよみて奉たる金花山海上に見わたし、数百の廻船入江につど ひ、人家地をあらそひて、竃の煙立つゞけたり。思ひがけず斯る 所にも来れる哉と、宿からんとすれど、更に宿かす人なし。漸まどしき 小家に一夜をあかして、明れば又しらぬ道まよひ行。袖のわたり 尾ぶちの牧まのゝ萱はらなどよそめにみて、遥なる堤を行。
平泉 88/09, 89/04 JR平泉 平泉の章:<高館にて>**「夏草や兵どもが夢の跡」** 「卯の花に兼房みゆる白毛かな 曾良」**<中尊寺にて>**「五月雨の降のこしてや光堂」**
尿前の関・堺田 99/08 JR鳴子、堺田 尿前の関、堺田の章:**「蚤虱馬の尿する枕もと」**
山刀伐峠 04/10 JR赤倉温泉 山刀伐峠の章
尾花沢 04/10 JR大石田 尾花沢の章:**「涼しさや我が宿にしてねまる也」「這出よかひやが下のひきの聲」「まゆはきを俤にして紅粉の花」「蠶飼する人は古代のすがた哉 曾良」** LINK:芭蕉と尾花沢(俳聖松尾芭蕉・みちのくの足跡ホームページ内)
立石寺 89/04 JR山寺 立石寺の章:**「閑さや岩にしみ入蝉の声」**LINK:山寺の歩き方(山寺観光協会)
大石田 04/10 JR大石田 大石田の章 LINK:芭蕉と大石田(俳聖松尾芭蕉・みちのくの足跡ホームページ内)
最上川 99/08 JR古口 最上川の章:**「五月雨をあつめて早し最上川」** LINK:最上峡芭蕉ライン観光(株)の最上川舟下り
羽黒山 99/08 JR鶴岡 出羽三山の章1:**「有難や雪をかほらす南谷」**「涼しさやほの三か月の羽黒山」**
月山・湯殿山 00/07 JR鶴岡 出羽三山の章2:**「雲の峯幾つ崩て月の山」**「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」** 「湯殿山銭ふむ道の泪かな 曾良」**
鶴岡 99/07 JR鶴岡 羽黒を立て、鶴が岡の城下、長山氏重行と云物のふの家にむかへ られて、誹諧一巻有。
酒田 99/07 JR酒田 左吉も共に送りぬ。川舟に乗て酒田の湊に下る。淵庵不玉と云医師の許を宿とす。 **「あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ」** **「暑き日を海にいれたり最上川」**
象潟 99/07 JR象潟 象潟の章:**「象潟や雨に西施がねぶの花」**
出雲崎 99/08 JR出雲崎 出雲崎の章:**「荒海や佐渡によこたふ天河」**
市振・親不知 07/05 JR市振、親不知 市振の章:**「一家に遊女もねたり萩と月」**
金沢 96/10, 01/04 JR金沢 金沢の章: **「塚も動け我泣声は秋の風」**「秋涼し手毎にむけや瓜茄子」**「あかあかと日は難面もあきの風」**LINK:金沢市(「奥の細道をたずねて:加賀版」内)
小松 96/10 JR小松 小松と云所にて **「しほらしき名や小松吹萩すゝき」**此所太田の神社に詣。真盛が 甲錦の切あり。往昔源氏に属せし時、義朝公より給はらせ給 とかや。げにも平士のものにあらず。目庇より吹返しまで、菊から 草のほりもの金をちりばめ龍頭に鍬形打たり。真盛討死の後、 木曾義仲願状にそへて此社にこめられ侍よし、樋口の次郎 が使せし事共、まのあたり縁記にみえたり。 **「むざんやな甲の下のきりぎりす」**LINK:小松市(「奥の細道をたずねて:加賀版」内)
那谷寺 96/10 JR小松 山中の温泉に行ほど、白根 が嶽跡にみなしてあゆむ。左の山際に観音堂あり。花 山の法皇三十三所の順礼とげさせ給ひて後、大慈大悲 の像を安置し給ひて那谷と名付給ふとや。那智谷組の 二字をわかち侍しとぞ。奇石さま%\に古松植ならべて、 萱ぶきの小堂岩の上に造りかけて、殊勝の土地也。 **「石山の石より白し秋の風」**LINK:那谷寺:小松市(「奥の細道をたずねて:加賀版」内)
山中温泉 96/10, 08/02, 08/05 JR加賀温泉 山中温泉の章: **「山中や菊はたおらぬ湯の匂」**「行/\てたふれ伏とも萩の原」曾良**「今日よりや書付消さん笠の露」**
全昌寺 96/10 JR大聖寺 大聖持の城外、全昌寺といふ 寺にとまる。猶加賀の地也。曾良も前の夜此寺に泊て、 **「終宵秋風聞やうらの山」**と残す。一夜の隔、千里に同じ。 吾も秋風を聞て衆寮に臥ば、明ぼのゝ空近う読経 声すむまゝに、鐘板鳴て食堂に入。けふは越前の国 へと心早卒にして、堂下に下るを若き僧ども紙硯を かゝえ、階のもとまで追来る。折節庭中の柳散れば、 **「庭掃て出るや寺に散柳」**とりあへぬさまして草鞋な がら書捨つ。LINK:全昌寺:加賀市(「奥の細道をたずねて:加賀版」内)
永平寺 92/05, 08/05 JR福井 永平寺の章LINK:禅の里 永平寺へようこそ(なかむらホームページ内)
福井 01/09 JR福井 福井の章
敦賀 01/04 JR敦賀 敦賀の章:**「月清し遊行のもてる砂の上」**「名月や北国日和定めなき」**
大垣 96/11 JR大垣 駒にたすけられて、大垣の庄 に入ば、曾良も伊勢より来り合、越人も馬をとばせ て、如行が家に入集る。前川子荊口父子、其外したし き人〃日夜とぶらひて、蘇生のものにあふがごとく、且 悦び且いたはる。旅の物うさもいまだやまざるに、長月 六日になれば、伊勢の遷宮おがまんと、又舟にのりて **「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」** LINK:芭蕉と大垣(binyouさんホームページ内)
伊賀上野 98/02 JR伊賀上野 番外編 芭蕉翁生家および生誕地:芭蕉は1644(正保1)年に伊賀上野の 城下赤坂街に、松尾与左衛門の二男として生まれる。**「古里や臍のをに泣くとしのくれ」**LINK:芭蕉と伊賀

 
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俳聖松尾芭蕉・みちのくの足跡(芭蕉庵ドットコム内):「俳枕の旅」の計画によく利用したホームページ
松尾芭蕉 おくのほそ道 千住旅立ち(千住物語ホームページ内)
奥の細道をたずねて:加賀版(石川県教育委員会情報教育課)

 
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