奥の細道:出羽三山の章2
八日、月山にのぼる。木綿しめ身
に引かけ、宝冠に頭を包、強力と云ものに道ひかれて、雲霧山
気の中に氷雪を踏てのぼる事八里、更に日月行道の雲関
に入かとあやしまれ、息絶身こゞえて頂上に□れば、日没て月顕る。
笹を鋪篠を枕として、臥て明るを待。日出て雲消れば
湯殿に下る。谷の傍に鍛治小屋と云有。此国の
鍛治、霊水を撰て爰に潔斉して劔を打、終月山と銘を切
て世に賞せらる。彼龍泉に剣を淬とかや。干将莫耶のむかしを
したふ。道に堪能の執あさからぬ事しられたり。岩に腰かけて
しばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半ばひらけるあり。ふり
積雪の下に埋て、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし。炎天の
梅花爰にかほるがごとし。行尊僧正の哥の哀も爰に思ひ出て、
猶まさりて覚ゆ。惣而此山中の微細、行者の法式として他言する
事を禁ず。仍て筆をとゞめて記さず。坊に帰れば、阿闍利の需に依て、
三山順礼の句〃短冊に書。
「涼しさやほの三か月の羽黒山」
「雲の峯幾つ崩て月の山」
「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」
「湯殿山銭ふむ道の泪かな 曾良」
月山から湯殿山へ縦走中の牛首近辺の雪渓にて