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「深町さん、具合はどうですか?」
 部屋に入ってきたのは、確かに副長と呼ばれていた人だった。私服を着ているせいで、三佐だ
と知っていなかったら、もっと若いと思うだろう。やっぱり綺麗だ・・・・と思った。モデルのような、
というか、その人だけ回りの空気が光っているように見える。
「もう大丈夫です。あの・・・・帰ってもいいと言われたのですが、今の家は分からないので、よろ
しくお願いします」
 ベッドからおりて頭を下げる。その人は慌てて駆け寄った。
「あ・・・・こちらこそ。それじゃあ行きましょうか」
 さっと荷物を取り上げて、彼は俺の背に手を添えた。
 あまりに自然な様子に、少しこそばゆいような感じがする。自分が艦長で、この人が副長だとい
うのは聞いた。でも私生活においても仲が良いのだろうか。
 自分の車だという、白のマークUを、速水さんが運転してきた。
「それじゃあ艦長、お大事に。副長、頼みますよー!」
 南波さんが手を振るのに会釈をすると、速水さんは車を走らせた。


 俺が緊張してどうするんだ、と自分を叱り付けながら、マンションまで車を走らせる。深町さんが
一番不安なのだ。とにかく早く記憶が戻るように、気持ちを楽にしてもらえるようにしなければ。
「そういえば、俺、今でも独り者なんですか?」
 さっそく聞かれてしまった。俺も詳しくは聞いていないのだが。
「いや・・・・前、結婚はしていたって、聞いてます。5年位前かな、離婚されたとか」
「そうですか・・・・結婚、一応してたんですね・・・・」
「・・・・奥さんに、連絡とってみましょうか?」
 もしかしたら、25才当時にもう知っている人かも知れない。そう思って切り出したのだが。
「いえ、・・・・いいです。何だか、怖いし。相手の方にも、迷惑でしょうし」
 それはそうかも。それにしても、この敬語攻撃は、思ったより効いた。25才の彼から見たら、確
かに35で三佐の自分は思い切り目上の存在なのだろうが。これでは全くの別人だ。
「ここです、ここの312号室。それで・・・・俺、実は同居しているんですよ」
 言わずには済まないことを、意を決して切り出した。
「同居・・・・?俺と、あなたが?」
「はい・・・・すいません。でも俺、実家近いので、そちらに帰りますから。同居っていうか、居候み
たいなものなんで」
「いや、・・・・別に構わないですよ。さ、入りましょう」
 何でか謝ってしまう俺を、さして気にせずに深町さんは先を促した。このまま何も疑問に思わず
に済めばいいのだが。
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