期末試験も終わり、丁度計ったように長かった梅雨もようやく明けて、一気に夏を迎える。
 その日は職員会議があるので授業は短縮で行われ、いつもより早い放課後の校内は若干
浮き足立って見えた。
 からりと晴れ上がった青空に、まるで炎に熱せられたかのような風が舞い、すぐに汗ばむ肌
を撫ですぎてゆく。
 関東大会までそう間がなく、テニス部は今日もレギュラー陣を主体に、顧問の竜崎が来るま
では自主練習を行なうことになっていた。
 部室で着替えてコートに入ると、もう3年生はほとんどが集まっていた。唯一の1年生レギュ
ラーであるリョーマは、ラケットを手に所在無くコートの隅に立ち尽くす。
「あ、おチビー、ストレッチ始めるぞ」
 菊丸が手を振って呼び寄せるのに、リョーマはラケットを置いて彼らの方へ歩き出した。
「2年生は遅れてくるらしいよ。越前、僕とウォームアップ組もうか」
「はぁ・・・・いいっスよ」
 不二に微笑まれて、リョーマは俯きながら答える。
 いつもは桃城と組んでいるのだが、居ないのであれば体格の一番近い不二と組んだ方がい
いのは、明白なことだった。例え、二人の間に他人からは気取られないほどの、微妙な空気が
流れていたとしても。
 ストレッチで交互に背を押しながら、身体を解してゆく。不二の背中を押している間、リョーマ
はつい手のひらの感触を、他の者と比べていた。
 見た目以上に細い不二の身体は、筋肉もついているのだろうけれど、どこか骨の尖っている
印象があった。
 自分の背を押す手も、小さく薄い手のひらは、桃城などよりも身体に突き刺さるような力を感
じる。含んだものがなかったとしても、それは変わらないだろう。
 ふと、この手で不二は手塚に触れるのか、と思う。そして手塚は、どんな顔をして彼と付き合っ
てきたのだろう――――
 何をくだらないこと考えているんだろう、と気持ちの切り替えを図って、リョーマはストレッチの
終わった身体を地面の上で揺さぶるように軽く飛び跳ねた。
 練習は軽いラリーで始まり、サーブとレシーブの練習を交互にした後、ダブルスの強化練習に
入った。
 大石と菊丸のペアと、河村、不二のペアがコートに入り、フォーメーションの確認をしながら、
乾が次々と課題を与えてゆく。
 もうじき桃城達も来るだろうと、そのコートでの練習を眺めていたリョーマに、手塚が声を掛け
た。
「越前、お前はこっちだ。ラケットを持って来い」
「う・・・・はい・・・・」
 手塚は隣りのコートに、ボールの入ったかごを運び入れていた。
「俺が上げたロブを、スマッシュで俺の手元に打ち込んで欲しい。出来るか?」
「手元に・・・・?それ、どういう練習?」
 首を捻るリョーマに、手塚はポツリと、氷帝戦対策だとだけ言い置き、ボールを手に取った。
「しばらくラリーをしてからだ。なるべく真ん中を狙えよ」
「言ってくれるじゃん・・・・当たっても知らないよ」
 好戦的な笑みをひらめかせて、リョーマはポジションについた。
 軽くラリーを続けると、手塚が絶好のロブを上げてくる。
 タイミングを合わせて飛んだリョーマは、普通とは逆に相手の真ん前に狙いを定めてスマッ
シュを打ち下ろす。一直線に飛んだボールは、手塚のラケットの端をかすめて、横にそれていっ
た。
「もう少し上だ。正確にここを狙ってみろ」
 手塚が自分のラケットを持つ手の前に、右手を開いて示してみせるのに、リョーマは俄然や
る気を出す。
「よく判んないけど・・・・どんどんロブ上げてよ」
 何度か繰り返すうち、一度手塚が受け止め損ねてラケットを落としてしまった。大丈夫かと訊
ねると、今のでいいと言われる。
 むきになってより強烈なスマッシュを打ち込むと、上手くラケットの面で勢いを殺されたボー
ルが、ドロップボレーのような形になって、リョーマのコートに返ってきた。
「もう一本だ、越前」
「・・・・ういっス・・・・」



 散らばったボールを拾ってはかごの中へと打って入れる。その動作を繰り返しながら、同じく
ボールを集めている手塚の方を窺った。
「ねぇ、もしかしてあの跡部って人、ああいうスマッシュ打ってくるの?」
「・・・・ああ。本当は、グリップを狙って打ってくる。相手がはじいた球をもう一度スマッシュしてく
るんだ」
「ふーん・・・・それよりさ、俺もっと普通に打ち合う練習もしたいんだけど。いつ相手してくれん
の?」
 最後の一つをかごに放り込み、リョーマは手塚を見上げて言った。
「前に試合してから・・・・まともに打ち合ってないし」
 帽子を取って胸元を扇ぎながら、額から流れる汗をリストバンドで拭った。手塚も集めたボー
ルをかごに入れ、リョーマの方に視線を落とす。
「それは・・・・そうだな。そのうちに」
「そのうちじゃダメっスよ。ちゃんと約束してくれないと」
 唇を尖らせながら不満そうに言うのに、手塚は小さく見えないくらいの苦笑を浮かべた。
「判った。今度の休みは、お前に付き合うことにする。それでいいか?」
「うん!絶対だよ」
 ぱっと顔を輝かせたリョーマの、跳ね上がっていた前髪に手塚が手を伸ばす。そのままくしゃ
りと大きな手に撫でられて、リョーマは少し面映そうに目をつぶった。
 身体を動かしたのとは違う、心臓が驚いて跳ねるような鼓動に、心地好い息苦しさを感じる。
その手が離れ、手塚が背を向けて歩き出すのに、思わずついて行きたい衝動に駆られて、リョ
ーマはふと足を止めた。
 本当に参っているなと、今の自分を省みる。それは、今までに見たこともない、恋をしている
自分だった。
 手塚に触れられると、それまで味わったことのないような甘い痺れが体中に広がってゆく。手
塚に近付かれただけで、目眩がしそうなほどだ。
 その存在から、抗い難い引力を感じる。
 誰かに見られていたら、バレバレかも知れないなと思い、少し頬が熱くなるのを覚えながら、
リョーマもコートの外へ歩き出した。






■NEXT■  ■TOP■

■BACK■


03.04.28.  波崎とんび


夏色のフォリア  \