Spring holiday     
「ただいま」
 声を掛けると、居間の方から「おかえり」と声がした。
 部長は居間のソファに座り、カルピンを膝に乗せて、本を読んでいた。カルピンは部長の膝の上で、気持ち
よさそうに眠っている・・・・めずらしい。というか、ちょっと羨ましい。だからソファまで近付いて、背もたれの方
から部長の首に腕を回して頬を合わせてみた。
 部長は空いている方の手で、俺の髪を撫でてくれる。
「疲れたか?」
「ううん、そんなに」
「そうか・・・・これから買い物行こうかと思うんだが、いいか?」
「うん。じゃあ、着替えてくるね」
 離れようと解いた手を、すっと握られて、振り向く部長に引き寄せられて。軽く、挨拶のキス。
 こんな風に何気なく触れられることってなかったから。一々ドキドキしてしまって、ちょっと困るけど、嬉しい。
 自分の部屋に上がって、私服に着替えた。買い物って、食料とかかな?と思ったけど、親が買っておいてく
れたものはまだ結構残っていたみたいから、違うかも知れない。
「じゃあ行こうか」
 階下に降りた俺を待っていた部長と、玄関に向かう。二人で戸締りをして家を出るのも、何だか不思議な気
持ちがして、我ながら浮かれているなと苦笑いをする。
 さすがに家を出たら、手を繋いで歩くわけにもいかないけど。俺は部長の顔を見上げられるように、なるべく
横に寄り添うようにして歩いた。このぐらいなら、友達なら不思議じゃないから。
 部活の様子とか、聞かれるままに答えながら歩いて、駅の方へ向かう。どこまで行くのかと思ったら、携帯
ショップの前で立ち止まった。
「え・・・・リョーマは、携帯持ってないんだよな?」
「うん。親父がまだ早いって。部長は?」
 確か持っていなかったはず。もし持ってたら、俺に番号教えてくれるもんね。
「うちの親がな。高校進学祝いで、買ってもいいと言っているんだ。それで・・・・」
「良かったじゃん。俺も電話しやすくなるね。で、どれ買うか決めたの?」
 それで見にきたのかな、と思ったんだけど。
「ああ、自分のはもう決めている。それで、実はな・・・・」
 ディスプレイの見本を一つ一つ取ったり戻したりしながら、部長はちょっとためらいがちに言った。
「お前の分を・・・・買おうかと思って」
「・・・・俺の?それって、プレゼントしてくれるってこと?」
「ああ・・・・まだ学生の身分で、親に悪いとは思うんだが・・・・祖父が協力してくれるというのでな。出世払いで
いいと言ってくれているんだ。この際甘えてしまおうかと思って。だから、お前の使うのを選んで欲しい」
 びっくりした。そこまでしてくれるとは思わなかったから・・・・
「部長のは、どれ?同じので良かったら、それがいいな」
「そうか・・・・そうだな」
 部長は、これがそうだと一つの見本を取り上げて見せてくれた。防水タイプのヤツで、使いやすそうだった。
 契約に必要なものも、用意してきていたらしくて、俺は部長が店の人と何か書類とか書いているのを、横の
椅子に座って見ていた。部長は自分の銀行口座を持っているらしい。引き落としは部長の名前からになって
いるみたいだった。さすが部長・・・・と見ていると、お店の人が電話の入った箱を持ってきて、中身の説明を
始めた。説明書・・・・すごく分厚い。あんなの俺、読めるかな。
「ありがとうございましたー!」
 店員さんの声に背中を押されるようにして、電話の入った袋を下げながら、店を出る。
「別に俺が買ったからと言って、俺専用にしなくてもいいんだ。出来ればお母さんとかには、説明しておいた方
がいいだろうし・・・・反対、されるかな、やはり」
「母さんなら大丈夫だよ。番号も教えておくけど。親父には内緒にしておいた方がいいかもね。その辺は母さ
んに協力してもらうよ」
「そうだな・・・・その方がいいだろう」
 他に用事はなかったみたいで、それならついでと俺はコンビニに寄ってもらって、お菓子と飲み物を買った。
 もう暗くなってきちゃったから、今日はテニスは無理そう。でもまだ日にちはあるし。
 部長はまだ自分の手に持っている電話の袋を見下ろして、言った。
「俺の番号とメルアドは入れておいてやるが、他は自分でやれよ」
「大丈夫、どうせ後は家の番号くらいしか入れないから。ていうか、他に電話することないだろうし・・・・着信す
る分にはお金掛からないよね。でも、メールとか、部長に送っていいでしょ?電話より安くつくし」
「ああ・・・・そんなに料金のことは気にすることないぞ。家族割引にもなっているやつだから・・・・」
 そう部長は言うけど、やっぱり俺達はまだ扶養されている訳だから。判ってる。それに、メールを送ったりして
見たかったのも事実で。
 4月から、なかなか会えなくなるから、せめてメールくらいはさせて欲しいと思う。でも部長も同じ気持ちで、
こんな無理をしてくれたんだろうな。だから、凄く嬉しくて、早くその気持ちを伝えたくて・・・・
 家に帰って来て、玄関を開けたら俺はすぐ靴を脱いで上がった。後からきた部長に向き直って、同じ高さに
ある肩に腕を伸ばして抱きつく。
「部長、ありがと!電話、凄く嬉しい」
 お礼のキスを両頬にして、ぎゅっと抱き締めると、部長も抱き止めてくれた。
「半分は・・・・自分のためだがな。喜んでもらえて、良かった」
 そう言うと、改めて手にしていた袋を俺に差し出して。
「これ、使ってくれ。電話するから」
「うん、ありがとう!」
 それから荷物を持って居間に移動する。ソファに座って電話の箱を開けてみようと手を伸ばしたら、後から
来た部長がのしかかるように腕ごと抱き締めてきた。
 ソファに押し倒されて、身動き出来ないまま口付けられる。いきなりでびっくりしてしまったけど、何だか部長
の気持ちが判ったから、されるままにしていた。
「リョーマ・・・・リョーマ、俺のこと、好きか・・・・?」
「うん・・・・好きだよ、国光・・・・」
 すぐに塞がれた唇から、言葉ごと引き出されるように舌を絡め取られ、痛いくらいに吸われる。
 部長も、不安なのかな、と思った。
 会えなくなることが。距離が離れることが。俺はまだ漠然としていて良く判っていないのかも知れないけど、
部長にはきっと見えているのだろう。それでも、離しはしないと、身体で示しているようで、俺は胸の中が熱く
なる感じがした。
 唇が解放されると、強く吸われていたせいで少し痺れが残っていた。部長は俺の首筋に顔を埋めたまま、し
ばらくそのままじっとしていた。
 やがてゆっくりと身体を起こして、ずれた眼鏡を直しながら言う。
「とりあえず、夕飯作るか。おなか、空いただろう?」
「そうだね・・・・じゃ、手伝うよ」
 立ち上がる部長に手を引っ張られて、俺も立ち上がろうとする。でも足に力が入らなくて、またソファの上に
座り込んでしまった。自分でもびっくりしたけど、部長が慌てて腕を伸ばしてくるのに、大丈夫と笑った。一瞬
のことですぐに直ったから、それから二人で台所に向かう。
 料理のことは部長に任せていたから、俺は言われるままに手伝った。ある程度用意が終わると、俺に出来る
ことがなくなって、それならと風呂を入れに行く。
 ご飯を食べたら、お風呂に入って・・・・毎日のことなのに、またドキドキしてきてしまった。昨日の今日で、そ
れはないかも、と思ったけど、部長はどうなんだろう。
 実は昨日の感覚が、まだ腰に残ってる。
 こんなことばっかり考えていたら、変かな。でも、仕方ないじゃん、部長が、あんなキスするから・・・・
02.04.05.   波崎とんび
すいません、まだまだ続きます・・・
というかまだ裏らしくないですよね。
病んだ頭で朦朧としながら書いている
ので、色々目をつぶって下さい(−−;