「おい、越前・・・・そろそろ起きないか。俺はもう出掛けるぞ」
部長の声がする。そして肩がそっと揺らされた。
俺は、眠たさで目がまだ開かないのをいいことに、その声に向かって両腕を伸ばした。
「・・・・キスしてくれたら起きる」
そう言うと、部長がフッと苦笑を洩らす吐息が頬にかかった。
ベッドが部長の重みでギシリと音を立て、ほとんど同時にふわりと体温が近付くと、柔らかく唇がふさがれる。伸ば
した腕をその首に回して、俺はすぐに離れようとした部長を引き止めた。
ちょっと離れた唇が、また重なって、滑り込んできた舌を迎え入れる。部長からはコーヒーの香りがして、俺はその
熱い舌から苦いはずのコーヒーを味わうように唾液を吸ってみた。不思議と、キスでは苦くない。
「幾ら春休みでも、今日は部活があるんじゃなかったか?」
「もう起きるよ・・・・おはよう国光」
笑顔をつけながら、意識して名前を呼ぶ。部長にも、呼んで欲しくて。
「・・・・おはよう、リョーマ」
もう一度チュっと音を立てて口付けられた。お互いにまだ呼びなれない名前だけれど。
二人きりで居る時には、そう呼ぼうって言い出してきたのは部長の方だった。
俺はつい今でも部長って呼んでしまっていて。でも初めて会ったときから部長だったし、俺が「部長」って言ったら
それは今でも手塚国光のことで、実際新部長のことは未だに「桃先輩」って呼んでいたりする。
部長に引っ張られて、俺はベッドの上に起き上がらされた。
「俺は多分昼過ぎには帰るから、部活が終わったら一緒に買い物でも行かないか?」
「うん!今日は制服取りに行くんだよね?楽しみだなー。夜、着て見せてね」
「ああ・・・・じゃあ、行ってくる」
部長はさっさと部屋を出て行ってしまう。俺は慌ててベッドから降りて、後を追った。
階段を降りて、玄関に向かう。靴を履いて立ち上がった部長の肩に手を置いて、振り向かせた。
「行ってらっしゃい」
そして、ほっぺたにキス。派手に音を立ててみた。最初驚いた部長も、優しく微笑んでくれて。
「行ってくる」
頬と唇に、ついばむようなキスをしてくれた。
朝ご飯を食べる時に、一度起こしてくれたみたいだったのだけど、今日はちょっといつも以上に起きられなくて、その
事情を知っている部長も、無理には起こさずにいてくれたんだった。
食堂に行ってみると、簡単な朝食の用意がしてあった。ご飯に味噌汁に納豆と卵としらす干し。朝はこれでもう充分
だ、と感動しながら、戴く。
何だか不思議な気分。いつもの食卓なのに、並んでいるものは部長が作ってくれたものだから。
春休みに入って、親父と母さんはアメリカの知人の結婚式とかで、挨拶回りも兼ねて1週間のアメリカ旅行(というか
帰省?)に行ってしまった。従姉の奈々子さんも、大学は春休みが長いので、実家に帰っている。
ところが、春休みでも部活はあるのだった。地区予選を控えて、他校との練習試合も幾つか入っている。それにカル
ピンも連れて行く訳には行かないし。俺は留守番をせざるを得ないのだ。
俺を一人で残していくのを心配していた両親は、ちょうど家に来ていた部長に話を持ちかけた。
もし良ければ、様子を見に来てやってくれないか。
それに部長は、それなら自分は高校入学まで何も用事はないし、泊まりに来ても構わないなら1週間面倒をみます、
と答えたのだった。
両親はそれなら安心と、すっかり部長に家の事を任せ、親父に至ってはテニスコートもどうせなら使ってくれ、ただ
ちょっとばかりその辺(つまり境内だ)の掃除なんかも軽くしてくれると助かるなんて、何だか都合のいいことを言って
いた。
お彼岸も過ぎたばかりで、今くらいしかお寺を空けられないみたいだけど、元々いつ居るのか居ないのか判らない親
父のこと。1週間くらい留守にした所で、大して困ることはないのだろうけれど。
そんな訳で、昨日から部長が家にいる。
客間も用意してあったけど、昨日は一緒に寝てしまったので、荷物を置いてあるだけで使わずじまいだった。
ご飯を食べ終わって、食器を流しに持っていく。部活に行く時間にはちょっとだけ間があったから、洗い物を済ませて
しまおうとスポンジに洗剤をつけた。
部長の食べた分の食器と、二人分。なんだかただそれだけの事なのに、ちょっとこそばゆい感じがする。
何だか、同棲してるみたい?とか思ってしまって。もう昨日からずっと、浮かれているし、こんな調子で1週間も(いや
もうあと6日しかないけど)大丈夫だろうかと、自分が心配になってしまう。
洗い物を終えて、コーヒーメーカーのサーバーに残っているコーヒーを、カップに注いで一口飲んでみた。やっぱり
ブラックだと苦い。砂糖とミルクを足して、カップを持って居間に移動する。
ソファに座って、甘くなったコーヒーを啜った。昨日は部長が来たのは夜になってからだったから、ご飯を食べてお風
呂に入って、それから・・・・久し振りだったのでかなり盛り上がってしまって。お互いに余裕無かった感じ。今日は、部
活終わったら、すぐ帰って来て、ちょっと部長と打ち合いたいかな。部長とテニスをするのも、久し振りになるから。
あれもこれも楽しみで、ドキドキする。ホント、最高の春休みかも。
そろそろ行かなきゃという時間で、俺は着替える為に自分の部屋へ上がった。
3年生が引退してから大分経つし、4月からは桃先輩達が3年生で俺達は2年生なのは当たり前のことだけど。やっ
ぱり今までの3年生は存在感が大きかったなと思う。一癖も二癖もある人が多かったよね、実際。
新1年生が入ってくる楽しみも、最近考える。少しは骨のあるヤツがいるといいな、と。
新しくレギュラー入りしたメンバーと打ち合ってると、どうしても1年前のことが思い出されてしまう。あの頃の先輩達
に、俺達は追い着けるのだろうかって・・・・でも俺は、不安にはならない。
部長がそうしていたように、俺が青学を強くしていけばいいんだから。
練習が終わってから、桃先輩にマックへ誘われたけど、留守番しないといけないからって断った。いつもより急ぎ足
で帰る。だって、部長が家で待ってると思ったら・・・・居ても立ってもいられないよね。
Spring holiday 1
02.04.01. 波崎とんび
続きます、一応・・・新婚祭りにはちょっと
遅れましたが、新婚ネタ?ということで。
(いや結婚はしてないけど(^^;)
そろそろ本気でイカセテもらいます。